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月夜霊
作:小夜



59.練習4


 ジャンの言った通り、街に戻ったのは閉門間近の頃であった。
 すっかり息の上がったクレアは疲れた様子で門をくぐる。
 力の事や、使い手の事を良く分かってはいないアレンでも、力を扱う事の大変さはクレアを見ていれば分かった。
 ジャンを見ていると簡単に枝から枝に飛び移り進んで行くように見えるが、クレアに目を移せば、一言に飛び移ると言っても、その距離を正確に捉えて、力を寸分の狂いなく扱わなければならないその技術の大変さが良く分かった。
 クレアを見てジャンは言った。
「早い動きほど正確な力の扱いが難しくなる。だから、今はゆっくりで良いから。それと」
 言ってジャンは止まる。
「多分クレアもやってて良く分かると思うけど、こうやって自分の動きを力で補助するのはタイミングが何よりも大切なんだ。でも、大変そうに思えて、これは感覚さえつかめたら大して難しい事じゃない。もともと誰でも多かれ少なかれ、無意識にやっている事だしね。クレアももうあんまり意識しなくてもタイミングを合わせるのは平気だろ?」
 同じくクレアも止まって頷く。
 確か以前、ジャンは普段身体を動かす時に使い手でなくとも力を使って筋肉の動きを助けている、と言っていた。
「本当に難しいのは、例えば落ちた時や、飛び降りる時に自分の体を支える事。これは、焦るから、とか集中するまで待てない、とかそう言った事もあるけど、実はそうじゃない。例えば、力の補助は自分の体の中だけでだから、意外と楽だろ?次にこうやって」
 と、ジャンは手に持っていた包みから手を離し、空中に留める。
「これもそれ程苦労はしない。でも、自分の体を持ち上げるのは難しい。問題は支点にある。物を持ち上げる時には、自分の体から力を伸ばして…見えない手のような感じだろ?」
 それにクレアはうん、と頷く。
「だから、イメージもしやすいし、物を支える支点が体にある訳だから簡単なんだ。でも、自分を持ち上げる、この時は力の支点が外に来るんだ。ほら、さっきクレア落ちる速度を緩めようとした時どんなイメージでやった?」
「イメージ?…う〜ん、手の上に乗る、みたいな感じ?」
「つまり、力で自分を上に持ち上げようって事?」
「うん。土台みたいな感じのを作ってその上に乗るみたいな」
「じゃあ、その土台は上に持ち上げてるって事?」
 少し考えてからクレアは頷く。
「そうすると、力の支点は体の外に出てその土台を支えてる事になるだろ?吊り上げてるんだから」
 それにクレアはまた頷く。
「支点を体の外に出すのは難しい。しっかり支点の場所を感じられないから。でも、落ちてる時、人は大抵上に自分を吊り上げるイメージになる。どうしてだろうね?でも、上から自分をゆっくり吊り上げる、そうイメージしてしまう人がほとんど。だけど、それは遠回りなんだ」
「遠回り?」
「うん。わざわざ難しい道を選んでるんだから。だから、支点を体の中に置いたまま自分の落ちる速度を落とすように考えるんだ」
「体の中に…?」
「それが分かったら、多分ずっとやりやすくなると思うよ」
 答え、教えてはくれないんだ、とクレアは言う。
「そりゃね。でも十分ヒントは出したからね。考えて答えを出した方がいざとなった時に柔軟性が出るんだって。ウルの受け売りだけど」
 言ったジャンにクレアはふ〜ん、と呟いた。
 力を使うのは意外と体力を使うため、宿につくとクレアはすぐに眠ってしまった。
 アレンはアレンで帰る前に一度親父のとこに寄って来ると言って別れたきりまだ戻って来てはいなかった。
 一人で部屋にいるうちに、いつの間にか眠り込んでしまったらしく、帰って来たアレンの物音で目を覚ました時には夜も深まっていた。
「あ、悪い起こしちゃったな」
 アレンはそう言いながら隣の椅子に腰掛ける。
「そうだ、明後日にはここを発つってさ」
 分かった、と返事を返せば、アレンはそれと、と言葉を続ける。
「後一押し、って感じだな」
「?何が?」
「何だよ、使い手になる話しに決まってるだろ」
 こっちは必死だってのに、忘れてるんだもんなぁ、とぼやくアレンにジャンは苦笑する。
 そこまで真剣に頼んでいたとは思わなかった、と言うのが正直な所。
「どうせ、親父も俺を跡取りにするのはほぼ諦めてるからな」
 あっけらかんとそう言って笑う。
「…良いの?」
「良いって。妹の方は商いも好きみたいだし、俺が継ぐより絶対上手くいくしさ。それにいざとなれば何も血縁関係にこだわる事ないだろ?」
 そうは言っても子供が親の後を告ぐのが一般的。
 中にはそれを嫌って飛び出して行く者もいないではないが。
「俺が後継いで店潰すより、よっぽど良いって」
 真顔でそんな事を言いながら、アレンはクレアの部屋の方に視線を向ける。
「大分疲れてたみたいだけど、もう寝たのか?」
「うん。慣れないうちは特に疲れるからね」
「俺も、さっさと親父説得してこないとなぁ」
 そう言ってアレンはもう寝るか、と立ち上がった。
 それにつられるようにしてジャンも立ち上がる。
 長かった一日がやっと終わりを告げた。












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