55、陰影
クレアが目を覚ますと、既に太陽は完全に昇りきり、窓からは朝の光とはまた違う陽光が差し込んでいた。
完全に目は覚め、眠くはなかったが、ベッドから出る気になれず、寝返りを打った。
ドアの隙間から、幽かに人の話し声が聞こえてきたが、内容までは分からなかった。
無意識に手が胸元のネックレスへと向かい、服の上から握り締めた。
ぼんやりと、何を考えるでもなく寝転びながら目を閉じる。
そうやっているうちにいつの間にか時間は流れて、かなりの時間が立っていたようだった。
さすがに起きようか、と考えていると、控え目なノックの音が部屋に響いた。
「クレア?起きてる?」
ジャンの声にクレアは身を起こし、ベッドから降りると部屋の戸を開けた。
「もう起きてた?」
ジャンの言葉に無言で頷く。
「…大丈夫か?顔色、悪いみたいだけど…」
遠慮がちに聞いてくるアレンに、クレアは視線を向ける。
しばしの沈黙の後、平気、と小さくクレアは呟いた。
「そうか?なら…良い、けど」
「何か食べる?お腹空いてない?」
ジャンの問いに首を横に振る。
「私、もう少し部屋で休んでるね…」
そう告げてクレアは部屋の戸を閉めた。
アレンとジャンは、閉められた扉から視線を反らし、顔を見合わせる。
「…さてと、じゃあ、俺ちょっと親父のとこ行ってくんな」
アレンは、息を吐くとそう切り出した。
「説得もあるし、ここをいつ出るかとか今後の予定もあるからな。昼には帰ってくるから」
そう言い残してアレンは部屋を出て行った。
それを見送ってから、ジャンは再び椅子に腰を下ろした。
特にする事もないので、ジャンはぼんやりと道行く人々の姿を見ていた。
こうやって人々の営みを見ていると、何とはなしに疎外感のような物を感じてしまう。
だから、今までは必要に迫られない限りこうやって回りで営まれる日常を見ようと思う事はなかった。
きっと、とジャンは思う。
きっと雇われて人の輪にいる今だからこそ、こうやって見る事が出来るのだろう。
初めて人の中に入れた。
こうやって人の輪の中に入って過ごすうちに、尖った心はいつの間にか角を失っていくのかもしれない。
そう、思った。
今、自分は常人には持つ事の出来ない力を持っている。
だからこそ、尖った心を隠す事が出来る。
この角が本当に消えてなくなるのは、結局本当に人の輪の中に入れた時なのだろう、とそう思った。
この人々の日常は明るく太陽に照らされている。
しかし、光が当たればその後ろには影が出来る。
一度影に入ってしまえば、再び日の元に出るのは容易な事ではない。
それは、物心ついた頃から影で生き、光の元で生きた事のない者であればなおさらだった。
結局自分は影での生き方しか知らないのだ、とそう思う。
ああやって生活している人々は、自分が引きずっている影を知らない。
影を知らないからこそ、ああやって笑っていられるのだ、とジャンは思う。
今光の下に体を半分程出して初めて思った。
光に当てた体に出来る影が怖い、と。
影で生き、知り尽くしているからこその恐怖だった。
自分に害があるとかそう言った事ではなく、見えなくとも後ろに広がり、虎視眈々と光から転げ落ちて来るものを狙っている影。
漠然とした恐怖感だった。
一度光の下に出ると見えなくなる闇。
見えなくなるからこその漠然とした恐れだった。
使い手とは半分は闇の中に身を置いている存在。
堂々と光の中で生きていく事は出来ない存在。
必要に応じて闇に潜らねばならぬ存在。
アレンは知っているのだろうか―…この、闇を。
知ってしまえば引き返す事は出来ない道―…。
そのような道にアレンは本当に進むと言うのだろうか―…。
引き返す事は許されないというのに―…。 |