52、初めの出会い2
実際、体を動かす事さえ大儀に感じる程、お腹はすいていた。
そんな中での誘いに、ジャンは迷うように後退るのを止めた。
「食べて行ってくれない?余るともったいないから…」
畳み掛けるようにそう言われたが、それでも家に入る気にはなれなかった。
しかし、耐え難い程の空腹は続き、おそらく家の中から漂ってくるのであろう料理の匂いは、鼻孔をくすぐった。
そんなジャンの様子に諦めたようにほほ笑み、クレアの母は黙って家の中へと戻っていった。
しかし、すぐに家から出て来たクレアの母は、何か包みのような物を持っていた。
「じゃあ、せっかくだから、これだけでももらってちょうだい。作り過ぎちゃって私達二人じゃ食べきれないから」
そう言いながら、押し付けるようにして包みをジャンに渡す。
手の中のそれからは暖かい温もりが伝わってきた。
礼を言う事すら頭に浮かばず、呆然としたように立ち尽くすジャンにまたおいでね、と言ってクレアの母は再び家の中へと戻っていった。
クレアはその後を追いかけるようにして、小走りに数歩進んでから振り返った。
「また来てね」
そう言って、少し名残惜しそうにしながら家へと入っていった。
これが、最初のクレアとの出会いだった。
これ以降、事あるごとに食べ物をもらったりと、クレアの母には良く世話になった。
いつも必ず作り過ぎた、味見をしてみて、などと理由をつけてクレアに持たせてジャンに渡していた。
家に無理に連れて行こうともせずに、ただ時々思い出したように家においで、とクレアは口にしたし、そのうちにそれは一緒に暮らそう、と言う言葉に変わっていた。
その時にはもう、ジャンはクレア達の家族に半分なっていたのかもしれない。
だが一緒に暮らす気にはやはりなれなかった。
二人が嫌い、とかそういった事ではない。
一度失った家族を再び手に入れる事に、戸惑いを覚えていたのかもしれない。
ジャンにとって二人は父が死んでから初めて触れた人の優しさだった。
周り中全て敵だと思い、疑いの目を持って生き抜いてきたなかで、やっと知った温もりだった。
†††††††††
「これが一番最初だったな…。俺は人を信じてなかった。でも、クレア達に会って、信じられる人がいる事も学んだ。クレアは本当に無邪気で良く笑う子供だったよ。今のクレアからじゃ想像も出来ないだろうけど、明るい子だった…」
性格が一変したのは、あの日から。
「想像、出来ないな…」
アレンはそう呟く。
クレアは表情に乏しい。
心から楽しそうな笑顔はまだ見ていない。
それだけでなく、笑顔以外の怒った表情もない。
ただ無表情に何の感情も映さない目で周囲を眺めている。
笑った顔、と言うのは嘲笑めいたものぐらいしか見てはいない。
「だろうね…」
少し悲しそうにジャンは同意する。
Bloody Dayから長い事クレアは魂が抜けたようだった。
何を言っても反応も返さずに、ただぼんやりとしていた。
泣く訳でもなく、生きながら死んでいるような、そんな感じだった。
それが、少しづつ表面上は元に戻っていった。
ただ、表情は戻ってはこなかった。
そして、人を信じる事もなくなっていた。
まるで別人のような変わりようだった。
くるくると豊かな表情を変えて、ニコニコと笑っていた少女の面影はどこにもない。
幼い時には周りは全て自分の敵だと、ジャンは思っていた。
会う人全て疑ってかかっていた。
騙されないように、いつも気を張っていた。
クレア達親子の事も初めは、どこかで疑っていた。
何か下心があるのではないか、と。
だが、いつの間にか完全に心を許すようになっていた。
救われた。
信じられる存在がいる、という事に。
それだけの事でこんなにも救われるとは、考えてもみなかった。
だから思ったのだ、クレアが人を信じる事が出来なくなった時に。
何があっても自分だけはクレアを裏切ったりはしない、と。
闇の中にいたジャンに、手を差し延べ救ってくれた。
だから、今度は自分がクレアを救うんだ、と。
そう、思った。 |