49、血塗られた日
「でも…十五歳の誕生月に、あのネックレスそっくりなこれが私の所にきた。まるで…お母さんが渡してくれたみたいじゃない?」
そう言ってクレアは笑みを浮かべる。
その笑みは暗く、儚く、今にも壊れてしまいそうなものだった。
『何で、こんな事を話しているんだろう…』
凍ったように働いていなかった思考が、やっとそう思った。
「その日の事をあの街は“Bloody day”って呼んでる。でもね、流れ者を一人殺したくらいじゃそんな名前がついて、ずっと覚えてたりはしないの。流れ者なんて生きる価値もないゴミだと思ってるんだから」
クレアは暗い笑みを浮かべながら、更にそう言う。
「街中を引きずり回されてついた血の跡。それが、なかなか落とせなかったの。不思議でしょ?雨が降っても、掃除をしてもとれないの。結局、当時の司が死ぬまで一ヶ月近くとれなかった。だから、そんな名前がつけられたの」
そこまで言ってクレアは黙り込む。
手でネックレスを弄びながら、目は違う所を見ている。
アレンもかける言葉がみつからず、黙っていた。
「これ、貰って良い?」
そう口を開いたのはクレアだった。
「良いけど…」
もともとクレアに渡すつもりの物だった。
クレアは悲しげに笑うと、それを持って部屋へと戻っていった。
アレンはしばらくその場に佇んでいたが、やがて溜め息を一つつくと部屋に入っていった。
「…アレン?」
ドアを閉める音で目が覚めたのか、ジャンが声をかけてきた。
「悪い、起こしたか?」
「いや、良いけど…」
完全に目が覚めてしまったのか、ジャンは身を起こした。
「…どうかした?」
何か言いかけたが、思い止どまったようにして自分のベッドへと向かうアレンを見て、ジャンがそう尋ねてきた。
「ちょっとな…」
黙ってベッドに潜り込むアレンに、ジャンは無言で視線を送る。
窓から差し込む月明りだけでは、その表情は判然としない。
もう寝入ってしまったのだろうか、と思う程の沈黙の時間が流れた。
「…なぁ、ジャン…」
「何?」
そう返したジャンの言葉に、起きてたのか、とでも言いたげに笑う気配が伝わってきた。
「…お前らがいた街はいったいどうなってたんだ?…確かにどこの街でも流れ者に対する風当たりは強いが…いくらなんでも…」
アレンは具体的な事を口に出して言った訳ではなかったが、察しはつく内容だった。
「…クレア、話したの?」
「ああ」
「そう…俺は他の街を知ってる訳じゃないからどうなのかわからないけど、確かにセレサは流れ者への風当たりは強い街だった。勿論、集団で殴り殺したりまではなかったけど」
「じゃあ、何で…?」
「悪い事が重なったんだ…」
そうジャンは切り出した。
「あの頃、たまたまセレサの周りの街が、相次いで司を失った」
「相次いで?」
次代の司が選ばれない街がそう幾つもあるはずはない。
普通、司が亡くなれば次が選ばれ、神器が次を選ばないなどと言う事態は、そこまで頻繁に起こる事ではない。
「一つの街で司が亡くなって次が選ばれなかった。始まりはそこなんだ。司がいないから小さな街とはいえ盗賊に襲われて壊滅状態。そこに盗賊達が居座ってたんだ」
良くある話しだった。
流れ者に話しを聞けば、このような経緯をほぼ全員が語るだろう。
誰に非がある訳でもない、ただ運がなかったのだ。
「そして偶然、また周囲の街の司が亡くなった。次の司を神器が選ぶ前に盗賊達はその街を襲い、そこも手中に治めた。そんな事が何度か繰り返されて、いつの間にか周りは盗賊に占領された街ばかりになっていた。セレサの司も年が年だからそろそろやばい、そう言ってみんな恐怖に怯えていた」
死にかけの司に大した力はないだろう。
扇動政治家でも現れたのだろうか、そう思いながらアレンはジャンが喋り出すのを待った。
「周囲の街から来た流れ者は、セレサやその先の街に大勢流れ込んだ。まぁ、セレサは小さ過ぎて、たいていは次の街まで行ったから実際セレサにいた流れ者の数はそう多くはなかった。でも、次は自分達の番かもしれない、という恐怖心が溜まり、そのはけ口にいつもセレサを通り抜けていく、流れ者がなった。流れ者に対する差別的な意識はもともとあったし、流れ者は自分達の恐怖に近い所にいるから、余計目についたんだろうね。そして、流れ者が盗賊に情報を売っている、という噂が流れた」
根も葉もない噂、だが、集団とは恐ろしいものだった。
一人の恐怖が倍になって隣の人に伝わる。
そうやって恐怖心が増せば増す程に、人々は判断能力を失っていった。
そんな時に噂が流れた。
「みんなころっと信じて流れ者を吊し上げようとした。その標的にたまたまクレアのお母さんがなった」
自分達ではどうする事も出来ない恐怖に怯え、いろいろな噂に踊らされてたどり着いた先が、自分達より弱い者への八つ当たり。
流れ者を排除すれば盗賊は襲ってはこない、そう言い聞かせてわずかな希望にすがっていたのだろう。
「その犠牲者はクレアのお母さん一人だけ。血がおちない事に、怨念だ、流れ者の魔術だ、って大騒ぎだったからね。その前に集団暴行事件とかはあったけど、命を落としたのは一人だけだった。他の流れ者からしたら、不幸中の幸だけどね」
「…遺体は…?」
ジャンは一瞬答えに迷ったように黙り込んだ。
「…街中を引きずり回されたから…すごく酷かったんだ…顔も分からない程に…。その後は街の城壁にさらされて…鳥や獣に…」
ジャンは途中で言葉を濁した。
幽かに声がかすれていた。
「この事はクレアは知らないから…。探してたけど、とてもじゃないけど言えなかった…だからクレアもある程度は察しがついてるかもしれないけど、はっきりとした事は知らないから…」
言わないでくれ、と頼むジャンにアレンは黙って頷いた。
「クレアがこの事を話したのはアレンが始めてだ…」
そう言ってジャンは顔をアレンの方に向けた。
「…人に、心を開けるようになったら良いんだけど…」
最後にそう呟いたジャンの言葉がいつまでもアレンの頭の中で響いていた。 |