48、Bloody Day5.
「私…」
母を見殺しにしてしまった。
その場にいたのにどうする事も出来ずにただ、黙って見ていた。
刀の刺さった姿が目に焼きついて離れない。
何故殺されなければならなかったのか。
全てが嫌で、憎くて、自分の無力さが憎くて、こんなにも、たくさんの激しい感情で心はいっぱいで、苦しくて痛くてたまらなかった。
それなのに、心は破裂する事も壊れる事もなくて、涙が溢れて止まらなかった。
こうやって何もせずに泣いている自分が嫌で、また涙が溢れる。
その時、急に表通りが騒がしくなった。
まるで、祭りか何かのように、歌う声や、歓声、そして流れ者を罵る声が響いてくる。
ジャンが表通りを確認して顔を引きつらせた。
どうして見ようと思ったのかは分からない。
どうしてか、今回だけは確認しなければならない気がした。
「クレア…」
見るな、と制止するジャンを振り切って、表通りの方を覗き込んだ。
そこには、沢山の人々がいた。
立ち上がったクレアを、ジャンが押し止める。
「何でっ…!!」
悔しくて、憎くて、震えるクレアを見てジャンは黙って首を振る。
表通りでは、母の遺体を引きずり回し、民衆に晒す男達とその周りを喜んで、歌ったり踊ったりしながら取り巻く人々と、流れ者を罵る人々で溢れていた。
道には母の遺体から流れ出た血が残り、大分引きずられ続けたのだろう、遺体は傷つき、さらに損傷が激しくなっていた。
目の前でそれを見ていて遺体を取り返す事も、行為を止めさせる事も出来ない無力さを再び呪い、憎みながら、クレアはそれを目に焼き付けていた。
「何で、何で…何も悪い事してないのに…。お母さん返して…返してよ…返してぇ」
半分泣き叫ぶようにして、クレアは地にうずくまった。
無力を理由に自分は母を裏切った、その思いだけが、強く心に残った。
『あれは、カーターの奥さん…』
狂気じみた笑みを浮かべ周りの連中と何か言っている女性だった。
思い返せば、母を取り囲んでいた人々の中には知り合いも数多くいた。
いや、暴力を振るった中にも知り合いはいた。
今も表通りで騒いでいる人々の中にも見知った顔は多かった。
それなのに、誰も止めようとはしない。
みな狂った笑みを浮かべ、興奮して、ギラギラと異様に光る目で騒いでいた。
誰もいなかったのだ、この街には。
やっと、そう悟った。
信じられる人なんて誰もいなかったのだ。
この街だけではない、この世に信じられる人間などいないのだ。
人間はこんなに汚くて、醜い。
平気で何だってやるのだ。
自分しか信じてはいけなかったのだ。
この時初めてそう思った。
親しくなれば、裏切られる。
親切にすれば、つけこまれる。
弱みを見せれば、脅される。
すきを見せれば、殺される。
助け合うなんて嘘。
信頼なんて嘘。
友情なんて嘘。
親切なんて嘘。
皆嘘の紛い物。
仮面をつけた人達で溢れた世界。
一度仮面を脱げば、中身はけだもの。
誰も信じてはいけない。
信じて良いのは自分だけ。
それが、真実。
街中をそうやって引きずり回される母を見て、やっと、悟った。
その日が最後だった。
母のネックレスを見たのは。
†††††††††
部屋は静まり返っていた。
クレアはまだ、虚ろな目で虚空を見つめている。
「それを見ると思い出すの。血まみれのネックレスと…その日の事を…」
呟くと、手に持っていたネックレスを見る。 |