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月夜霊
作:小夜



46、Bloody Day3.


『何…あれ…?』
 輪になった男達の中心に、何か黒い影が見えた。
 良く見ると、人のようで、怪我をしているのか、その人物を中心に、血が広がっている。
 ゆっくりと一歩踏み出す。
 音が、消えた気がした。
 世界が色を失って、温度すらもなくしてしまったかのようだった。
『お母…さん…?』
 その考えに思い至り、心臓が痛いほど強く脈打った。
 そんなはずない、そう思いながら、一歩足を踏み出し、またもう一歩踏み出す。
 段々とそれが早くなり、最後には駆け出していた。
 周囲を取り巻いている人の輪をくぐりぬけて中心を目指した。
 呼吸が苦しかった。
「……う、そ…嘘…お…母、さん…」
 信じられなかった。
 クレアにとって、母とは絶対的な安心であり、世界の全てだった。
「いやああああーっ!!」
 次に出てきたのは絶叫だった。
 とにかく目の前の事が信じられなくて、それが、悲しいという感情なのかも分からなかった。
 ただ、胸が痛く、怖かった。
「お母さん!お母さんっ!ねえ!ねえってば…返事してよ!」
 膝をついて、夢中で呼びかけた。
 血だまりの中でうつ伏せに横たわる銀色の髪をした、女性。
 まぎれもなく母だった。
 閉じていた目がゆっくりと開き、視線がクレアを捕らえる。
 力なく、かすかに何か言おうとするかのように唇が動いたが、声は聞こえてこなかった。
 胸が痛くて、どうしたら良いか分からなくて、母の姿が痛々しくて、とにかく不安だった。
 いつの間にか涙が溢れ出していて、頬を濡らしていた。
「やだっ!お母さん!」
 急に乱暴に腕を掴まれて立たされた。
 何の音もない、世界が突然崩れ落ちた。
 気が付けば、周り中から怒声が飛んでいる。
「助けて!お母さんがっ…お母さんがっ!!」
 この状況が何を意味するのかも全く考えずに、そう叫ぶ。
 しかし、誰も動こうとはしない。
「お母さんがどうしたって?」
 ニヤニヤと笑いながらクレアを掴んでいた男が尋ねる。
「や…めて…」
 喘ぐような声が下から聞こえ、手が伸びて男の足を掴む。
「触んじゃねーよっ!」
 怒声と共に男はその手を蹴りつける。
「やめてっ!」
 母の手を蹴り付ける男の足にしがみ付くようにして、動きを止めようとするが、無駄な事だった。
 男はクレアの服を掴み無理矢理離すと、力任せに殴った。
 軽い体が宙を飛び、男から少し離れた所に落ちた。
 口が切れて血の味がした。
 落ちた所の後ろにいた男達がまた、クレアを蹴り、殴りつけてから、引きずるようにして立たせる。
 視線の先では、クレアを殴った男の隣に立っていた男が、倒れている母を引きずり起こした。
「まだ動く元気があったんだな。死んだと思ってたのによ」
 胸倉を掴んで男はそう言い、別の男が髪を掴んで顔を上げさせる。
 周りからは、殺せと言う声が響いてくる。
 クレアは、離してと叫び声をあげるが、それは周りの怒声に掻き消され自分の耳にすら届かなかった。
 母の元へ行こうと、自分を抑える手から逃れようと暴れるが、クレアを抑える手はビクともしない。
 それでも暴れ続けるクレアを周囲の者達が蹴りつける。
 急に襲ってきた衝撃に、痛みを感じるには必死すぎた。
 蹴り飛ばされ、倒れたところをまた何度か踏みつけられた。
 それでも、母を助けようと、母のもとへ向かおうともがくところを、倒れたまま押さえつけられ、クレアが顔を母の方へと向けると、目の前に血が広がっていた。
 先ほどまで母が倒れていた場所だった。
 視線をわずかに上に向け、母を捕らえる。
 男に胸倉を捕まれたまま、今にも崩れ落ちそうな様子で、母は立っていた。
 その時だった。
 ピン、と小さな音だした。
 あまりに小さく、あまりに幽かで儚げな音だった。
 それでも、何故かクレアの耳にその音は届いた。
 その音に、クレアは自分の耳にすら届いていなかった叫び声をあげるのを止めた。
 パシャ…、と音を立てて何かが血だまりの中に落ちてきた。
 跳ね飛んだ血が、クレアの顔に赤い斑点を作る。












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