42、鎖
「信じられる訳ないじゃない。人は裏切る。人を思いやるふりをして、親切なふりをして…でも、そんなの自分に余裕がある時だけ。余裕がなくなったら、助け合うなんて嘘。隣の人を蹴落としても自分は生きようとするの。例え相手が友達、と言い合っていた間柄だったとしても。でも、それは仕方ないよね。だってそうしなきゃ自分が死ぬんだもん。そういう時には道徳なんて何の意味も力も持たないの。信じられるのは自分だけ。でも、自分の命に代えても友達を裏切らない、そんな覚悟を全ての人に求めるのは酷よね。その相手の人物にもよるんだし。それは分かる。でもね、余裕があったって人は簡単に人を裏切る。どれだけだって冷酷になれる。ほんのちょっとのお金の為に友達を売る事だって、誰かを殺す事だって、全く非のない人を殺す事だって」
そうでしょ、とでも言いたげにクレアはアレンを見る。
「結局人間なんてみんな、自分さえ良ければいいの。汚らわしい考え方。でも、人間なんてみんな汚いものじゃない?」
「…じゃあ、クレアはジャンのこともそういう風に見てるのか?」
アレンは怒るでもなく、真っ直ぐな目でクレアを見て静かにそう聞く。
『そんな風に見ないで…そんな事聞かないでよ。言われなくたって分かってる…』
アレンの表情に、クレアは内心落ち着かなくなる。
「ジャンは特別」
「じゃあ、人間は全員信じられない訳じゃないんじゃないか?ジャンが信じられるなら、同じように信じられる人が他にもいるんじゃないか?」
『言わないでよ、そんな事…。人なんて信じられる生き物じゃない。私をこれ以上惑わせないで…私は知ってるんだから、人が汚いって事を。人を信じたってろくな事はないんだから。だから…だから、これ以上惑わせないで…』
様々な思いが溢れ、苦しくなるが、視線はアレンから外しはしなかった。
何も答えずに変わらずに無表情に視線を送るクレアを見て、アレンは溜息をついた。
「まぁ、良いや。でも、俺はクレアが嫌でも構うからな?それと、最初の質問。何で逃げ出したんだ?俺何かしたか?」
別に、そう言いながらクレアは横を向く。
今まで忘れていたネックレスの事を思い出し、胸に鋭い、何かが突き刺さるような痛みが走った。
「じゃあ、何で…?」
歩き出したクレアの道を塞ぐように立って、アレンはもう一度聞く。
「…何だって良いでしょ」
視線を合わせないように少し下を向いてクレアは答えた。
真珠とムーンストーンをあしらったネックレス。
そっくりだった。
―…クレアが十五歳になったらあげようね。これは、六月生まれの人のお守りなの。クレアも六月生まれだものね、だから、十五歳になったらこれをあげようね。
ずっと前に聞いた声がよみがえってきた。
この六月で十五歳になる。
あのネックレスは今どこにあるのだろう。
まだ、存在しているのだろうか。
クレアは行く手を塞ぐように立っていたアレンの脇をすり抜け、表通りに出ると宿に向かって歩き出した。
アレンもその後について、少し離れて歩き出す。
結局、宿に着くまでアレンは一度も口を開かなかった。
宿ではジャンが心配して待っていたが、クレアはほとんど話しもしないで部屋に引っ込んだ。
閉めた扉の向こう側でジャンとアレンの話し声が小さく聞こえてきた。
今さっきの事を話しているのだろう。
「…ジャン、知ってたっけ…」
小さくそう呟くとベッドに座り、過去の記憶を探る。
知らない、か…もう一度そう呟き窓にもたれかかる。
少しほてった目にひんやりとしたガラスの冷たさが心地良かった。
急に疲労感が襲ってきて、クレアはゆっくりと目を閉じた。 |