40、ネックレス
どのくらいたったのだろうか。
クレアは部屋の戸を叩く音で集中を途切らせた。
外は夕暮れの暖かな紅い色に染まっていた。
ジャンだろうか、と思いながらクレアは扉の取っ手に手をかけた。
戸を開けた瞬間、目に飛び込んできたのは笑みを浮かべて立っているアレンの姿だった。
「……」
クレアは無言で、ただアレンを見る。
その場で戸を閉める、という選択肢もあったが、今更ではあるが立場を考えるとさすがに思いとどまった。
「ちょっと良いか?えっと、ほらクレア六月生まれって言ってただろ…?」
そう言ったきり、表情を幾分固くしてアレンは言葉を詰まらせる。
「……?」
やはり黙って先を促すように見るクレアに、アレンは珍しく少し決まり悪げな視線を送る。
「ここって宝石とか良いのが集まってるしさ。誕生石って知ってる?」
「?」
「誕生月によって宝石が決まってるんだ。それを持っていると、幸運がもたらされるって言われてる。えっと、何ていうか、クレア六月生まれって言ってただろ?それで、その誕生石を探してきたんだ…」
自分に誕生日を聞いてきた時から、ずっとその事を考えていたのだろうか、と思いながら、クレアはアレンを見る。
「六月の誕生石をあしらったのを見つけて…」
そう言ってアレンは、小さな袋をクレアに渡した。
「開けてみろよ」
やっと普段の調子に戻ってきたアレンが、袋を受け取ったクレアにそう促す。
クレアは自分の手の中にある袋に視線を落とした。
宝石というからには安い物ではないだろう。
「良いです…」
そう言ってアレンに付き返そうとしたが、アレンは笑って両手を挙げる。
「せっかく買ってきたんだから、もらってくれよ。別に変なもんじゃないしさ。ちょうど今六月だし、誕生日の贈り物ってことで良いだろ?」
アレンは絶対にクレアから包みを受け取ろうとはしない。
クレアは手の中の袋に視線を落とし、少し迷ってから仕方なくゆっくりと中身を取り出した。
渡された包みから出てきたのは、ネックレスだった。
銀色のチェーンで出来たそれは、クレアの手の中で小さな重みを作る。
アレンはそれを凝視して立ち尽くすクレアに声をかけようと口を開いたが、様子がおかしい事に気付き、思い直した。
「…クレア?」
小刻みにクレアの手は震えていた。
目を見開いて手の中に視線を落とし、心なしか顔も青ざめている。
「どう…したんだ…?」
アレンが声をかけたのと同時に、クレアの手からネックレスが滑り落ち、木の床に当たり鈍い音を響かせた。
アレンの声にはっとしたように、クレアは顔を上げる。
その視線はアレンを捕らえ、大きく見開かれた双眸から、一滴の涙が零れ落ちた。
何かを言おうとするかのように口を開くが、そこから音は発せられず、クレアは再び口を閉じた。
アレンはクレアの肩に手をかけようと腕を伸ばしたが、その動きに我に返ったように、クレアはアレンの脇をすり抜け、空いていたドアから走り出ていってしまった。
「クレア!!」
訳が分からないながらも、アレンはその後姿に声を投げかけるが、クレアはそのまま部屋を出て行った。
「どうかしたの?」
物音を聞きつけたのだろう、ジャンが少し眠そうな目を擦りながら部屋のドアから顔を覗かせた。
「あ、いや、ちょっとクレアにこれを渡そうと思ったんだけど…」
そう言いながら、アレンは床に落ちていたネックレスを拾う。
「物でつるとか、そんなんじゃないんだけど、六月が誕生月だっていうから、ちょっとでも気を許してくれたら良いと思って、これを渡そうとしたんだけど…ちょっと様子がおかしくて…」
そう言いながらアレンはネックレスをジャンに見せて、簡単に説明する。
「何か心当たりあるか?」
さぁ、とジャンは首を傾げる。
「どう考えても原因はネックレスなんだろうけど…」
そう言ってアレンは視線をネックレスに落とす。
「ジャンにも分からないんだったら仕方ないか…俺ちょっとクレア探してくるよ」
「あ、俺も…」
そう言って探しに行こうとするジャンを、アレンは押し止める。
「良いって、俺が探してくるから、良くわからないけど、俺のせいみたいだし…それに、ジャン、疲れてるだろ?」
ジャンに部屋に居るように言ってアレンは宿を出た。 |