34、父
「まぁ、良いや。そのうち親父は説得するからな」
アレンは、話そうとしないジャンから話しを聞き出す事を諦めたようだった。
「この隊商って変わってる…」
ジャンが小さくそう呟いた。
「そうか?」
少し意外そうにアレンは聞き返す。
「ああ。こんなに使用人と雇い主との距離が近いのは、初めて見た」
「ああ、確かにそうかもなぁ…うちはもともと小さな店だったのを親父が大きくしたからな。今でこそ結構名も知られてるけど、小さな店から始めた分、店全体が家族のような、そんな感じに思ってるんだろうな。店の連中も良い奴ばっかだし」
アレンはそう言って、天幕の下に視線を向ける。
「良い隊商だな」
「ああ、俺もそう思うよ」
ジャンの言葉に、素直にアレンは同意する。
「…そういえば、何で二人はセレサ、だったか?街を出たんだ?確かに使い手だったら街には居づらいんだろうけど…だからか?」
「それは…いろいろあったんだよ」
「何だよ、答えになってねーじゃん。お前にしろクレアにしろ秘密主義だな」
それにジャンは肩をすくめる。
そう言われたところで、答えられないような事ばかり聞いてくるアレンが悪い。
「街ではどうだったんだ?」
「…あんまり良くはなかったけど」
「使い手だったから?」
「いや、流れ者で、孤児だったから」
「何だ、ばれてなかったのか?」
一瞬ジャンは考えるようにして黙り込む。
「周りは、知らなかったけど…」
何故か、そこで言葉を濁す。
アレンは訝しげにジャンを見る。
ジャンの言葉からすると、知っている人も居たようだった。
「まぁ、どちらにしろ、セレサでは力を使わなかったしね」
急に口調を変えてそう言う。
「あんまり良い思い出はないよ」
少し悲しそうに下を向いてジャンは笑った。
「どんな街だったんだ?」
「大きな街ではなかったけど、それなりに豊かではあったよ。街道からも外れてるし商人や旅芸人が来る事は少なかったけど」
「ふーん、…何でセレサに行ったんだ?」
「親に連れられて。って言っても俺は他の街に行く途中だったんだけど、セレサについてすぐに親は死んだから、成り行きで結局セレサに居着いたんだけどな」
「そう、か…」
複雑な表情をしてそう言ったアレンを見てジャンは笑って付け足した。
「昔の事だから…俺が4歳の時だし。どこから来てどこに向かってたのかも知らないし。ただ、セレサに来た事と父さんが死んだ事を覚えてるだけ」
「…お母さんは?」
「俺は知らない。父さんが何か言ってたのかもしれないけど、それも覚えてないし…」
何となく、二人で様々な場所を歩いていたのはかすかに覚えているが、そこに母の記憶はない。
その父もセレサに着く前から体調が悪かったのだろう。
幼かったジャンはあまり覚えていないが、父の記憶には乾いた咳声が重なる。
顔すらはっきりとは覚えていないが、父が死んだ朝の事だけは良く覚えていた。
朝、目を覚ますと、いつも自分より早く起き出していた父がまだ寝ていた。
父を起こそうと幾度揺すっても目を覚まさない。
それでもまだ寝ていると思っていた。
父が眠るベッドの脇に座り込んで、ずっと待っていたのを覚えている。
昼を過ぎた頃、起きて来ないのを不審に思ったのか、泊まっていた宿の主人が部屋まで来て、待ち疲れて不安になって泣き出していたジャンを見つけた。
お父さんが目を覚まさない、と訴えるジャンを困ったように見て、もうお父さんは起きてこないんだよ、とそう告げた。
それでも、死という存在について良く分かっていなかったジャンは、言われた意味をきちんと理解できないでいた。
宿屋はジャンを持て余し、店の外に放り出した。
何故父がいないのか、自分はどうしたら良いのか分からなくて、街中をさ迷い歩いた。
そして、孤児の生き方を知った。
クレアに会ったのはそれから一年と少したった頃だった。
「悪い、やな事思い出させたな…」
黙り込んでしまったジャンを見て、アレンは申し訳なさそうに謝る。
「え?あ、別に謝られる事でも…父さんは病気だったんだし、仕方なかったんだよ」
少なくとも、父は天寿を全うしたのだ。
幸せな人生だったのか、報われた人生だったのか、そんな事が分かるほど父の人生を知っている訳でもなく、どのような人物だったのかすら良くは覚えていない。
当時は死というものを理解できないでいたし、分かるようになってからも生きる事に精一杯で、気付いた頃には時間が傷を癒していた。
天寿を全うしたんだ、そう冷静に受け止められるようになっていた。
「父を偲べる程、俺は父さんを知らない。だから、あの時の悲しさとか寂しさは覚えてるけど、悲しむとしたら、父を偲んで、とは少し違っちゃうんだ。父さんが生きていたら、孤児としてのこんな生活はなかった、とか、結局父の死を悲しんでるんじゃなくて、自分の境遇を哀れんでるんだ。…それって父さんに対して凄く失礼な事だと思うんだ。だから、俺が思える事は、父さんさ天寿を全うしたんだ、って事とどんな人だったんだろう、って自分の微かな記憶を頼りに想像する事だけ」
そう言ってジャンは小さく笑んだ。
その笑みを見ながら、そう思えるようになるのにどれだけの時間がかかったのだろうか、とアレンは考えた。 |