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月夜霊
作:小夜



2、選択


 夕の儀から一週間後、予定道りに曉の儀は行われた。クレアはジャンとは別々に広場へと向かい、一週間前と同じように広場の隅に立った。クレアが広場に着いた時にはすでに陽が沈みかけていたため、曉の儀はすぐに始まった。
 陽が沈むと同時に、守護神器を捧げ持った一人の巫女が現れ、その後ろに前回と同様に二人の巫女が続いた。守護使いの司の象徴であり、守護使いの司一人が持つことを許されている守護神器は、今は暗い色をし、ただの玉のように見えたが、ウルの生前は綺麗な透明な玉で中には火、水、風を象徴する様々な色が揺らめき、色合いを変え、神秘的な美しさを誇り、ウルはいつもそれを首からかけていたものであった。
 巫女は死んでしまった神器をかかげてひざまずくとそれを地に置き、三度深く礼をとった。
「炎よ、今我らに力を貸したまえ。我らが神器に息を吹き込みたまえ」
 真ん中に立つ巫女が唱えた瞬間、広場の中央に炎が上がった。それと同時に守護神器が浮かび上がり、炎に飲まれる。
 あたりには痛いほどの静けさと緊張感に満ち、突然の光により広場からは闇がはらわれたが、逆に周りの闇は深まり、家々は不安定な光によって浮かびあがるように闇の中に立っていた。
 人々は普段とは違う辺りの様子に恐れをなしたように頭を巡らせる。
「水よ、今我らに力を貸したまえ。我らが神器に息を吹き込みたまえ」
 左側に立つ巫女が凜とした声でそう唱えると、炎を取り巻くようにして水が現れ絡み合い螺旋状になっていく。
「風よ、今我らに力を貸したまえ。我らが神器に息を吹き込みたまえ」
 右の巫女の言葉で風が巻きおこり、さらに炎と水に絡みあっていく。その光景に圧倒され人々は、ただ黙って見ているしかなかった。
 炎と水と風は少しづつ小さくなり形を成し、水は丸く玉のようになりその周りを渦を巻くように二筋の炎が取り巻き風が水から生えるように白い翼へと変わり、対になるように形を成す。水も炎も、揺らめくように色が変わって行く。そして、神器は人々の目線と同じ高さまでおりてくると、先代の司の時とは全く違う形になった神器は、淡く光を放ちながら人々の中へと分け入って行った。神器が進む先には期待に溢れた顔があったが、光が通りすぎるとそれは失望と自嘲の笑み、そして好奇心に変わっていった。
 クレアはぼんやりと人々の間から漏れる光に目をやった。光は少しづつ、だが確実にこちらに向かってきているようだった。
『もしかしたら近くにいる人間が次の司かもしれない…』
 そう思いながら周りを見回していると、不意に頬に温かい光が当たるのを感じた。それに驚いて前を見ると、ほのかに光を放つ神器が目の前に浮かんでいる。自分のはずがない、そう思ったが神器は動かずに静止している。
『神器は次の守護使いの司を選ぶ…なら……私が?司?なんで?絶対嫌、そんなはずない、何かの間違いじゃ…』
 クレアは呆然とたたずんでいた。思考はいたずらに空転するばかりで、ただひたすら神器を見るしかなかった。
 流れ者の孤児を神器は選んだ。周囲の人々も反応できずに固まっていたが、中の一人が気が抜けたように座り込んだ。
 その動きでクレアは我に返った。このままでは司になってしまう…それはあまりにもはっきりしていた。神器は、クレアを選んだのだ。人垣が割れ、巫女達が近づいてくるのに気付き、クレアは慌てて走り出した。
「お待ちください!!」
 巫女の一人が驚いたようにクレアを呼び止めたが、クレアは振り向かずに裏通りに入り、無我夢中で走った。
 もう安全だろう、とクレアは足を止め息を整えると、ゆっくりと普段の寝場所に向かって歩き始めた。選ばれた瞬間に、もしもそばに顔見知りが居たならば、橋の下は危ないかもしれない。そう思ったが、他に行くあてもなく足は自然とそちらに向かった。いろいろと考えるには、あまりにも気が動転していた。広場から帰ってきた人も見掛けたが、クレアのことに特に注意を向ける者もいなかった。
 クレアは橋の下にいつも通り潜り込み、それで少し落ち着いた。ふと、手に何かを握りしめたまま走ってきていたことに気付き、クレアは自分の手の中の物に目を向けた。
 一瞬出そうになった悲鳴をこらえ、クレアは取り落とした物を拾い上げた。
「いつの間に…」
 そう呟きながら、ほのかに光る神器を見る。
 闇の中では、わずかとはいえ光は目立つ。光りが消えないかと思いながら神器を見ていると、少しづつ光が消えていった。たまたまなのかクレアの意思に反応して消えたのか、と不思議に思いながらクレアは溜息をついた。
 その時、間近で人の足音がしたのに気付き、クレアは急いで神器を自分の後ろに隠した。暗いので見えないだろう、そう思いながらクレアは橋の下からわずかに顔を覗かせた。闇に浮かび上がった人影はジャンであった。
「クレア、早いな」
 ジャンはいつもの通りクレアの隣に腰を降ろす。
「聞いたか?次の司は女の子だってさ。しかも逃げちゃったらしいぞ」
 クレアはジャンの言葉にわずかにうなずいた。ジャンには打ち明けるべきなのだろうか…、その逡巡を見透かしたかのようにジャンは首を傾げる。
「どうかした?」
 訝し気にジャンはクレアの顔を覗き込んでくる。
「クレア、これ…どうしたの…?」
 神器が見つかったのかと思い顔を上げたがジャンが凝視していたのはクレアの左の上腕だった。着古してボロボロになった半袖のはしから痣のような物がのぞいている。
 痣をつくるようなことをした覚えはなかったが、夢中で走っている間にぶつけでもしたのだろう、そう思ったが、クレアの腕を掴んだジャンが袖を捲くり上げようとしたその瞬間、突然言いようのない不安に襲われて、クレアはジャンの手を振り払おうとした。しかし、それよりもジャンの方が早かった。
「……何だよ…これ…」
 ジャンが搾り出すように言った言葉に反応することもできずに、クレアは腕を見つめていた。そこには、神器と全く同じ形の痣が出来ていたのだった。暗い中でもはっきりと分かる程鮮やかな痣は、確かに朝にはなかったものだった。
「これ…神器と同じ形だろ?」
 黙ったままのクレアに、ジャンはさらに言葉を続ける。
「お前……司に選ばれたのか?」
 呆然としたまま全く反応を返さず、クレアはただ痣を見つめていた。
「…俺には…言えないのか?」
 ゆっくりとクレアは顔を上げたが、ジャンの緑の瞳を真っ直ぐに見ることができず、また視線をさげた。
「…ごめん…言わないで…」
「……神器は?」
 クレアは黙って手を後ろに回し、神器をジャンに見せた。
「…何で私なんだろう…この街を護るなんて絶対、嫌なのに……」
「…守護使いの司になる人は、素質だけで決まる。その人の人格や、街のことをどう思っているかは、全く関係ない」
 ジャンは神器をながめながらそう答えた。
「素質?」
「そう。司が、不思議な力を持っているのは知ってるだろ?神器は、その力を扱う能力に一番長けている人を司に選ぶ。だから、クレアみたいに、街のことが大嫌いな人が選ばれることもある」
「…でも…私は司になって街の人を護るなんて絶対嫌…」
 街を護る事が嫌ならば、選択肢は一つしかない。
「セレサを出よう」
 そう言ってジャンは、ただクレアを見つめた。
「セレサを…」
 クレアは呆然とその言葉を繰り返した。
 セレサを出る。クレア自身も頭のどこかではそれしかない、とは分かっていた。しかし改めて言われると不安ばかりが膨らむ。クレアがどれだけこの街を憎んでも、セレサを出ていかなかった理由の一つには、危険が大きいからだ。街の外についての知識は、二人とも全くと言って良いほどなく、信憑性も疑わしい人の噂話を耳にする程度であった。街の城壁から外に出るのも、幼い頃にそれぞれの親に連れられこの街に来て以来であるし、当然二人ともその頃のことは覚えていない。さらに、街の者は外に出ない。出たとしても街の周りに広がる畑に出るだけで、そこまでは街の範囲内で危険もあまりない。頻繁に街から離れるのは行商人や旅芸人ぐらいで、後は盗賊や犯罪者など、何かやむを得ない事情を抱えた者だけである。非力な14才の子供二人がそこで生きていけるような場所ではない。
 クレアの心を見透かしたようにジャンは笑う。
「でも、嫌なんだろ?司になるのは。ならここにいたら確実に捕まって、多分無理矢理にでも街を護らないといけなくなると思うけど?」
 でも、と言ったクレアの言葉をさえぎって、ジャンは言葉を続ける。
「俺は、クレアが何と言ってもついていくからな。どっちみち、この街は司がいないのだから荒れる。危険なことは、どちらも一緒だ」
 クレアは、ジャンがついて行くと言ってくれたことを本当に嬉しく思っていたが、その反面、自分がジャンを巻き込んだことも事実で、何と言って良いかわからずに夜空を見上げた。

 一体なぜ、こんなことになってしまったのだろう。星空を眺めながら、クレアはその夜何度目かの答えのでない問いをなげかけた。頭では分かる。自分は次の守護使いの司に選ばれてしまったのだ、と。しかし、なぜ自分なのであろう。クレアは、曉の儀が行われた広場がある方へと目を向けた。そう、つい数時間前まではこんなことになるとは想像もしていなかったのだ。       


あ、そういえば、小説の題名読み方は『つくよみ』です。
でも、PCも携帯も、つくよみで打っても一発で月夜霊とは変換してくれません…。











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