27、眼差し
昨晩部屋を訪ねて来たアレンの指示通りに、クレアとジャンは、翌朝やって来た使者の案内に従って集合場所へと足を運んだ。
「ああ、ジード殿、良くき……どうかしましたか?」
使者に案内されてやってきたジャンに、声をかけようとしたウィリアムだったが、途中で言葉を途切らせた。
「あ、いえ…その、呼び方止めてもらえませんか?」
「何か不都合でも…?」
「いえ、何となく慣れなくて…」
そう言うジャンを、ウィリアムは少し困ったように見る。
「ですが、やはり使い手ですし…」
「親父もジャンで良いだろ?」
いつの間にか側に来ていたアレンが、横合いからそう口を挟む。
ジャンがそれに頷くのを見て、ウィリアムもまだ少し戸惑った様子を見せながらも同意した。
「あぁ、そうだ。彼女を紹介して欲しいんだが…」
そう言ってウィリアムはクレアを見る。
「あ、クレア・シャノンです」
ジャンがそう言い、クレアは軽く頭を下げウィリアムを見返した。
「私はウィリアム・コールダーだ。一昨日の晩に会ったがね」
そう言ってクレアに笑いかけると、ウィリアムは使用人達に向き直った。
「良し、全員揃ったな、出発だ。各自持ち場に着き次第街を出る」
そう指示を出し、後の指揮を任せるとウィリアムは馬車の中へと、ジャンを呼んだ。
これからの進路や、護衛の仕事などの細かい打ち合わせをすると言う。
クレアは出発の準備の為に動き回っている人々の中、特にする事もなくぼんやりと周りを眺めていた。
「クレア、乗るか?」
そう声をかけられ、視線を向けた先には、馬に乗ったアレンがいた。
「もうすぐ出発だ。歩くのもいるけど、疲れるだろ?」
「…いい。歩くから」
ふーん、と呟きアレンは馬を飛び降り、馬を他の者に引き渡すと、クレアの元にまた戻ってきた。
「ほら、ハーンが指示出してるだろ?だからもう出発だ」
アレンがハーンと呼んだ男を見ると、確かに何か前方に向かって叫んでいる。
すると、前から順に商隊がゆっくりと動き出した。
「な?普段はハーンがしきってるんだ。普段の取引なんかも親父はハーンに任せてる。息子は使えねーからな」
そう言ってアレンは一人で笑っている。
「そうだ、クレアは使い手じゃないのか?」
ふと、何かを思い出したようにアレンはそう尋ねた。
「私?私は…」
「何だ、違うのか?」
「今、力の扱い方を練習してるの」
そう言うと、アレンは少し考えるようにする。
「じゃあさ、知ってる?ジャンが、普通じゃありえないような動きが出来るのも、使い手だから?」
「え?」
聞き返すクレアに、アレンは詳しく説明する。
「それは…そうだけど…」
「やっぱそうかぁ。でも、何であんな動きが出来るんだ?」
「…使い手だから」
何の答えにもなっていないクレアの言葉に、動じる様子も見せずにアレンは話し続ける。
「そうそう、今回は街道沿いに行くから、通る街はみんなでかいぞ。多分一週間ちょっとの道程になるだろうな…。あ、他の街にも寄るから、もう少しかかるかぁ…」
アレンの言葉にクレアは内心溜息をついた。
これから一週間以上、アレンはこうやって話しかけてくるつもりなのだろうか。
放っておいて欲しいのに、と考えただけで気が重くなった。
もっとも、表情の乏しいクレアの顔にはそんな感情など、ほとんど表れなかったため、アレンは気付いた風もなかった。
アレンの話しによると、商隊は総勢二十人ほどだという。
荷車や馬に詰んだ荷などが多いため、やけに大きく見える商隊だが、実際、人は馬に乗り武装した男が十人弱、その他の食事などの世話をする者が十人と少しというぐらいだった。
この規模の商隊で、護衛がこれほど少ないのは珍しいという。
ケイネに来る時には護衛の数も、もっと多かったと言うが、予想以上のならず者の数で怪我をした者が多く、後から別に帰る事になったのだという。
幸い死者はなかったものの、不十分な自衛ではとても無事では済まない、と頭を抱えていた所にジャンが現れた。
そこで一緒に連れていくはずだった軽い怪我人も、後から来るようにしたため、さらに護衛の人数が大分減ったのだという。
「まぁ、使い手がいるんじゃ、護衛なんか一人もいなくても問題ないだろうけどな」
そう言って、アレンはジャンとウィリアムが乗っている馬車に目を向ける。
クレアは聞くともなくアレンの話しを聞きながら周囲を見ていた。
まだ、ケイネを出てあまりたっていないため、農地が広がり、畑の中では農作業に勤しむ人々の姿が見える。
その中の一点にふとクレアは目を留めた。
父親と一緒に作業をする二人の子供。
女の子と男の子だった。
二人は何か話しながら雑草を抜いている。
その隣では父親がその様子を見守りながら作業をしている。
どこにでも見られる家族の光景。
それを眺めているクレアに気付き、アレンは口を閉ざす。
そこに浮かんでいた表情は、何とも形容し難いものだった。
出会ってから初めて見た、表情らしい表情かもしれない。
温かい表情…だがそれでいて、自分には手の届かない憧れを見るような表情だった。
どこか寂しそうな、それでいて諦めたような表情。
そんな表情だった。
あぁ、この表情だ、昨日街にいた時に、時々、ほんの一瞬クレアが浮かべていた表情、それに気付きアレンは改めてクレアを見る。
あの時はあまりにわずかの時間だったため、はっきりとは分からなかった。
だが、どこか頭に引っかかっていた。 |