18、力
逃げて行く男達の後ろ姿を見ながら、クレアは男達と自分自身に嫌悪感を覚えていた。
半ばその思いを断ち切りたいがためだけに、クレアはふと浮かんだ疑問を口にした。
「ねえ、力って見えない手みたいなのって言ったよね?」
「そうだけど?」
ジャンは、答えを返すと同時に歩きだす。
それに付いてクレアも歩きながら質問を続けた。
「じゃあ、風を起こすのはまだ分かるとして、何でセレサの時に捜索隊の人が持ってた短剣の鉄が溶けたの?」
あの時には一瞬明るい光が走り、次の瞬間には刀身は既に溶けていた。
使い手がジャンの言うような力を操る者ならば、どう考えても鉄を溶かす事は無理な事のように思えた。
「あれは、火だよ。そうだな、風とかよりは難しくなるかな…力を摩擦させる事で火を起こすんだ。その後は、自分の力を燃やす。燃やすのが自分の力だから火を大きくするのも小さくするのも簡単だよ。近くに火があれば、力を交ぜ込んで操れば良いし」
言っている意味が良くわからず、クレアは首を傾げる。
「風とかもそうなんだけど、自分の力を混ぜ込んで自由に操れるようにするんだ。そうだな…ある意味自分の身体の一部にするような感じかな」
ふーん、とクレアは呟く。
使い手は何でも出来る、というイメージがあったが、実際はそうではないようだった。
「あ、クレアそろそろ昼ご飯にしない?ちょうど少し先に川があるみたいだし」
そう言ってジャンは行く手を流れている川を指した。
二人は川の土手に腰を下ろし、少しの黒パンを食べ、川の水を飲んだ。
昨日の夜から今まで、あまりに目まぐるしい時間で、クレアは空腹すら忘れていた。
孤児と言う身の上なのだから、普段から満腹になる事など到底叶わず、その為か、二人とも同年代に比べると、背も低く不健康なほどに痩せていた。
しかし、そのような状況の中で、今ほど自分の空腹も疲労も忘れていた事はなかった。
それほど、状況の分からない事はクレアを混乱させ、そして、最も奥深くに隠し、触れないようにしていた部分に触れようとしていた。
決して十分ではなかったが、パンを食べ終わって少しした頃だった。
「これからどうする?取り合えず、近くの街に行って、お金を稼がないとだけど…」
ジャンがそう話しを切り出してきた。
「この道だったら、ケイネか。まぁ、ケイネなら街道も通っていて街も大きいし、ちょうど良いかな」
ジャンの言葉にクレアは無言で頷く。
ケイネはセレサから歩いて一日程の距離にある、街道に面した大きな街だった。
商人や旅芸人達はケイネを通り抜けてからセレサに来るため、ケイネの華やかな町並みや、人々の様子などの噂話は良く耳にしていた。
セレサの人々は、それを聞いては空想を膨らまし、ケイネに憧れのようなものを抱いていた。
セレサは街道から外れた街にしては、比較的豊かではあったが、街道沿いに旅をする事の多い商人や旅芸人達はあまり来なかった。
その為、セレサの豊かさは、行き交う行商人や、華やかな市から生まれる物ではなく、堅実な司による治世によってもたらされた、華やかではなくとも、生活に根ざした豊かさであった。
街は森という海に浮かぶ孤島のようなもので、閉鎖的だ。
森を歩くのは命懸け。
何もなければ、大部分の人間は生まれ落ちた街を出る事なく一生を終えるのが普通。
一生目にする事は叶わないであろう、自分の街とは違う華やかな街を夢見るにはセレサは十分な環境だった。
「まぁ、細かい事はケイネについてから考えるか…ケイネの様子も何も知らないしね」
それにも、また無言で頷いたクレアを見てジャンは言葉を続けた。
「…クレア、力の使い方練習する?」
「え?」
「いや、もう少し後でも平気かなぁって思ってたんだけど、クレアがもし早くやりたいなら…それに気も紛れると思うし」
その提案に、クレアは少し考え込むようにする。
「…うん、やる」
ようやく返ってきた返答に、ジャンは軽く笑んでから立ち上がった。
それにつられるようにクレアも立ち上がる。
「じゃあ、まず自分の中にある力を感じるんだ。普段身体を動かしている時、俺達は人によって差はあるけど、力で補助してる」
ジャンは歩き出しながら、そう説明する。
「例えば、こうやって腕を上げるだろ?この時、筋肉で腕を持ち上げてる訳だけど、筋肉だけじゃないんだ。この動作を無意識のうちに皆力で補助して、手伝ってるんだ。だから、これをちゃんと使えるようになれば…」
そう言ってジャンは軽くかがみ込んだかと思うと、次の瞬間には頭上にあった木の枝に飛び乗っていた。
突然の事に口を開けたまま言葉を発する事も出来ずにただただ唖然としているクレアを笑って見て、ジャンは木の枝から飛び降りた。
「こんな風に簡単に、自分の運動能力以上の動きが出来る。普段、どれ程無意識で力を使っていると言っても、それはたいした量じゃない。それを意識的に少し増やすだけで、これだけ動きに差が出来る。ただ、筋肉と力を意識的に連動させるのは、以外と難しかったりするから、慣れるまでは少し大変かな」
「…すごい。私も本当にそんな事出来るの?」
「当たり前さ。って言うより、俺よりクレアの方が力あるんだし、もっといろいろ出来ると思うよ」
笑ってジャンはそう言うが、そう言われた所で実感がある訳でもなく、出来るようになれるとは、なかなか信じ難い事だった。
「じゃあ、まずは筋肉は使わないで、力だけで、腕を持ち上げて。これは、自分の中では、力は筋肉と連動させてしか使えないから、力を体の外に出して自分の意思に従って操る練習だから」
「え、ど…どうやって?」
いきなりそんな事を言われても、どうすれば良いのか分かるはずもなく、戸惑いながらクレアは声をあげた。
「うーん…口ではなかなか説明できないんだよね…そうだな、要は慣れの問題なんだけど」
「そんな事言われたって…」
更に戸惑いながらクレアは自分の腕を眺める。
「まぁ、まずは自分の力の感覚を感じる事が出来るように、気をつけてれば何とかなると思うんだけどな〜。自分の中の力を感じられるようになる。まずはそこからだよね。じゃないと、何を操れば良いのか、その正体すら分からないんだから。まぁ、何とかなるよ」
困ったように頭を掻きながらジャンはそう言った。
「何とかって…」
半ば呆れながらクレアはそう繰り返した。
「大丈夫だって。それで俺も何とかなったし」
ジャンの言葉にそんなものなのだろうか、と疑問を抱きながらもクレアは取り合えず、腕を動かしてみた。 |