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月夜霊
作:小夜



17、奇襲


「殺したいとか、死ねば良いって思ってる。でも…でも、それで本当に良いのかは分からない。頭では分かるの。もし、私がそれを実行に移せば、私と同じ思いをする人がいて、その人がまた私を殺そうとして…何も得る事なんかない、果てしない泥沼に落ちていく」
 そう言ってクレアは表情を暗くした。
「でも、分かってても気持ちが納得しない。だって、私たちはあの時何にもしなかったのに、向こうから仕掛けてきたんだから。同じ目…ううん、それ以上の目にあって当然、そう思う。泥沼にはまり込んででも、って思う事もある。かっとなったら多分迷わず感情に従うと思う…でも結局私は勇気がなくて、いつもどちらも選べなくて、決心がつかない。だから、今もセレサなんか無くなればいい。皆死ねばいいって思いながら、頭のどこかで、それじゃあダメ、って思ってる。そして、今度もどちらかを選ぶ勇気がなくて…でも、司に選ばれた以上、街を護るか、殺すかしか選択肢がなくなって…護るのは、死んでも嫌だった。殺したかったけど、なのに…それでも殺す踏ん切りがつかなくて…それでも、街を護る事だけは嫌だったから自分の中で決着が着かないまま街を出ようとした。だから…私が、出てもセレサは生きるから…選択をしなくて済んだ事にほっとした…」
 出来得る限り淡々とクレアは語ったが、それでも時々感情の高ぶりが声音に現れた。
 それを隠すように、昨日ははっきりとそんな事考えてた訳じゃないんだけどね、とクレアは付け足した。
「昨日は、ずっと自分だけ取り残されて物事が進んでいくようで、落ち着いて立ち止まって考える間もなく、全てが進んでいったから」
 殺したい程憎い。
 それは確かだった。
 なのに、殺しても何も得る事はない、無意味な事は止めろ、とそれを押し止める自分もいた。
 そして、押し止める方を選び貫き通す意志も勇気もなく、自分の感情に正直に生きるにはその押し止める声が邪魔だった。
 そして、押し止める声を完全に無視する強さも無かった。
 クレアは目に強い色を浮かべ、前を見据えている。
「…良かった」
 ジャンの言葉に、クレアは少し驚いたように視線を横に向けた。
「クレア、今まで自分の気持ち言ってくれなかっただろ?だから…言ってくれて良かった」
 ジャンの言葉にクレアは目を伏せた。
 今まで、確かにジャンにこんな事を言った事はなかった。
 夢と同じで、言うとあの時を思いだし、苦しくなるから…。
 話すという事はどうしても考える事に結び付く。
 今も、どうしようも無い程苦しく、自分の弱さが嫌で、話せば話す程どうしようもない絶望感が心に広まっていくようだった。
 それでも、やっと少しは話せる程度には傷は塞がったという事なのだろうか。
 しかし、それは同時にあの事を、母を忘れていく事と同義語ではないのか、自然とクレアの思考はそちらに向かった。
「クレア、大丈夫?」
 考え込み、また暗い表情に戻ってしまったクレアを心配し、ジャンはそう声をかけた。
「俺が言う事じゃないと思うんだけど…クレアはもう少し楽に生きて良いと思う。過去は消えないし、決別出来る種類のものじゃない事は分かる。…でも、自分が楽になれる生き方をして良いと思う」
「楽に…」
 クレアは繰り返し、呟く。
「そのためだったら、…忘れる事も、考えない事も良いと思う」
 ジャンは、強くはないが、決して弱くでもなくきっぱりとそう言った。
「…あの事を、忘れようとしても、考えようとしなくても、その事にクレアが罪悪感を感じる必要はないよ。今を生きているのはクレアなんだから。クレアはもっと楽になっていいと思う」
 ジャンのその言葉に答える事なく、クレアは黙ったまま足を運ぶ。
 ジャンもその様子に何も言わずに黙っていた。
 辺りは森が深くなって行き、森の中からは街では聞く事の出来なかった鳥や、虫の声が響いてくる。
 しかし、その中にかすかに草を掻き分けるような音が聞こえたような気がして、クレアは足を止め周囲を見回した。
 ジャンもまた足を止め、黙ってクレアの側に寄って来た。
 突然、少し先の道端の叢から数人の武器を持った男達が飛び出して来た。
「大人しくしろ」
 中の一人が声を上げ、二人に武器を向けてきた。
 いつの間にか後ろにも男達が現れ、武器を突き付けていた。
 セレサを出て初めての、人との遭遇だった。
 それが、改めて街と言う名の囲いの中の安全圏から、飛び出してきた事を実感させた。
 不思議と恐怖は感じなかった。
 おそらく、ジャンが隣にいるからだろう、とクレアはぼんやりと考えた。
 街で見た、使い手の力の片鱗。
 それがクレアの心を捕らえて放さなかった。
 直感的に分かる。
 ただの人が、使い手を襲うのに、この程度の人数では全く意味をなさない事を。
「お前等、セレサから来たのか?」
「そうだけど、何?」
 ジャンの返答に男は表情を険しくする。
「おい、命が惜しかったら口の聞き方には気をつけろ。それで、新しい司は選ばれたか?」
 おそらく、守護のない街を襲おうとする者達の集まりなのだろう。
「さぁ。おじさん達が行って確かめれば?」
「っ!ふざけてんじゃねーぞ!」
「黙って聞いてりゃ、この餓鬼、調子に乗りやがって!!」
 あちこちから怒号が飛び交い、男達は武器を掲げ、詰め寄ってくる。
「分かってんのか?餓鬼二人殺す事ぐらい訳無ーんだぜ?」
 そう言って、男は残酷な笑みを浮かべる。
『…むかつく…むかつく、むかつくっ!!』
 どうしようも無く、むかついた。
 人を殺そうとしながら笑う。
 その笑みが、憎たらしかった。
 八年前のあの日に人々が浮かべていた表情とかぶって見えた。
 自分の思っている事が、この男達と大差ないと分かってはいたが、それでも人を殺そうとしていながらへらへらと笑っている事が許せなかった。
 自分とこの男達との間には私怨があるかないか、それだけの違いしかなく、人を殺すという点には何の違いもない。
 そんな事は分かっていた。
 分かっていたからこそ、自分はその行為を押し止めようとしてしまうのだ。
 だからこそ苦しかった。
 そのような人間らしい感情など、消えて失くなったと思っていたのに、時が立つに連れ、考える時間が増えるに連れ、冷静に考えるようになってしまった。
 考えれば考える程に自分の矛盾に気付いてしまう。
考えても考えても答えは出ず、余計に苦しくなるだけだった。
「おじさん達さぁ、喧嘩するなら相手選んだ方が良いよ」
 ジャンは笑みを浮かべそう言う。
 年端も行かぬ子供の、大胆不敵な態度に男達はさらにいきり立つ。
 身体もまだ出来上がっておらず、どう見ても強がり、というよりも状況の理解も出来ない生意気な餓鬼としか思えなかった。
「おい、そっちの餓鬼を先に殺せ」
 頭らしい一人がクレア指してそう言った。
 命じられた男は、薄ら笑いを浮かべながらクレアに近づくと刀を振り上げる。
 その瞬間に突風が巻き起こり、男は数十歩後方に吹き飛ばされた。
 今回は何が起こるのかある程度想像がついていたため、クレアは動転する事はなかったが、やはり周りの男達は事情が飲み込めず、呆けたように立ち尽くしていた。
「だから言ったのに。相手を選べって」
 ジャンはそう言って、笑みを浮かべる。
 状況が変わると同じ笑みでも、見る側には全く違って見える。
「お前っ…!使い手か!?」
 先程の頭らしき男が怒気もあらわに怒鳴るようにそう言った。
「そうだったら?…あ、それと、おじさん達殺す事ぐらい俺にだって造作もない事だよ?」
 思い出したように付け足した言葉に、男達は気圧されて後じさる。
「くそっ!ひけ!」
 頭が吐き捨てるように言ったその言葉を待ち構えていたように、男達は蜘蛛の子を散らしたようにして、森に分け入り逃げていった。












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