15、始まり
『はぁ…』
ジャンは、その日何度目かの溜め息を心の中でついた。
陽が昇る前に出発し、数時間。
セレサからの追っ手もなく、盗賊など物騒な目にも全くあわず旅は順調そのものだった。
『時々こうなるんだよなぁ〜…』
ちらり、と横目でクレアを見るも、クレアは気づいた様子もなく黙々と歩き続ける。
『もっと、質問攻めにあうと思って覚悟してたんだけど…これなら、まだ質問攻めにあってた方がましだったかな…』
最近ではあまりなくなっていたが、クレアは時々急に落ち込む事があった。
黙り込んで自分の世界に閉じこもってしまう。
何が原因なのかは知らないが、前の日までは普通だったのに、次の日になると落ち込んでいたりする。
今日も、朝起きてからクレアはほとんど口をきいていない。
「あ…」
ジャンがしばらくクレアを見ていた事に、やっと気付いたらしく、クレアは小さく声を上げた。
自分が、今までほとんど言葉を発していなかった事に思い至ったように、クレアはぎこちなく言葉を紡いだ。
「え、っと…ジャン、怒ってる?」
「別に怒ってはいないけど…何で?」
「だって…私ずっと黙ってた、から…」
「…喋りたくない気分の時もあるさ。無理に話そうとしなくても良いよ。…まぁ、本当はもっと質問攻めにあうと思ってたけど…」
ジャンの言葉に、あっ、とクレアは声を上げる。
「そうだった、忘れてた…いっぱい分からない事があったのに…」
やっと、心を捕らえて話さなかった思いから抜け出せ、クレアは少し表情を柔らかくする。
その様子にジャンは少しほっとして、かすかに笑んだ。
「別に時間はたくさんあるから、答えられるものには答えるよ」
クレアは少し考えるようにしてから、再び口を開いた。
「…ウルとは、その後も会ってたの?」
「うん…ほら、力の使い方教えてもらってたし」
ジャンは少しためらった後に、それなりに親しくしていた、と付け加えた。
「そう…あれ?昨日の夜、ジャンは私が司になる事を知ってたけど、鎌をかけた、って言ったよね?」
「うん」
「でも、痣の事は知らなかったの?」
昨日、橋の下でジャンはクレアが選ばれた事を知っていたような素振りは見せなかった。
確かに、その後の行動は、不可思議な程早く戸惑ったが、その前にはジャンは全くその事を知らないようにしていた。
それだけ、何も知らない風を装っていたというのに、痣に気付いてわざわざ見ようとしたのは、不自然な気がした。
「痣は、知らなかった。だから、失敗したんだけどね、クレアから言ってもらう計画」
そう言って、ジャンはすまなそうにクレアを見る。
「何なんだろう、これ…」
クレアを服の袖を捲り上げ、腕を覗き込んだ。
そこには、やはり昨夜と同じように赤く神器の形に痣が浮き上がっていた。
暗い中では、気付かなかったがかなり細かい所までそっくりで、寸分違わぬ姿が腕に刻まれている。
「そうだ…私、神器も持って来てたんだ…」
そう良いクレアは布に包んだままだった神器を取り出した。
「それは、持ってたほうが便利かもね。どっちにしろ、それはクレア以外の人には何の役にも立たないからね」
「ふーん…役に…」
何となく神器という物は、守護使いの司を選ぶためだけにあり、後は特別な役割はないような、そんなイメージを持っていた。
守護使いの司の象徴…ただ、それだけの意味しか持ち合わせていないと思っていたのだった。
何の役にたつのか、全く見当もつかなかったが、とりあえず、また布に包みなおしてしまい込んだ。
「まぁ、そのうち分かるよ。今はまだ役には立たないけどね」
クレアの訝しげな表情に苦笑しながらジャンはそう言った。 |