月夜霊(15/74)縦書き表示RDF


月夜霊
作:小夜



14、夢と現実


 クレアは街の通りを歩いていた。
 見慣れた風景、忙し気に歩くセレサの人々。
 クレアは雑踏の中を掻き分けるように進んで行く。
 しかし、何かが違う…かすかな不安を覚えながらも前へと足を運んで行く。
 周囲はざわつき、異常なまでに興奮した人々で溢れている。
 皆、走るようにしてクレアの脇を通り過ぎて行く。
 その様子に恐怖を覚えクレアもまた小走りになる。
 自分の居場所に向かって―…そこの角を曲がればすぐ…。
 角を曲がろうとしたその瞬間だった。
 嫌だ、曲がってはいけない…何故か、そう思った。
 いや、何故かは知っている。でも、思い出せないだけ…。
 引き返そうと思うも、体は止まる事なく角を曲がる……。
「っ!」
 暗闇の他は何も見えない。
 呆然と辺りを見回し、半泊置いてやっとセレサを出た事を思い出した。
「…夢…」
 小さく呟き、身体を抱え込むようにして座りなおし、膝に顔を埋める。
 あれ程眠れないと思っていたのに、いつの間にか眠り込んでいたらしい。
 心臓の鼓動は異常なまでに速く、全身から汗が噴き出した。
 角を曲がった瞬間に目が覚めた。
 だから、見なくて済んだ…しかし、あの光景は目に焼き付いて離れない。
 何度も夢に見て、一時は毎日のようにうなされていた。
 あれから八年がたった…しかし、夢の中の自分はいつも、幼いまま、六歳のままだった。
 今でもはっきりと記憶に残っている。
 角を曲がると広がる光景…群がる人々、伸びてくる何本もの腕、血走りギラギラと光る無数の目、そして……
 クレアは下唇を噛み、堅く手を握りしめる。
 思いだしたくはない。
 しかし、忘れる事は出来ないし、してはいけない。
 口の中に血の味が広がった。
 ゆっくりと顔をあげると、いつの間にか空は白み始めていた。
 このまま座っていると、どす黒い感情に飲み込まれて、完全に心を支配されてしまいそうな気がして、クレアは立ち上がった。
「んっ……クレア、早いね。おはよ」
 クレアの動きで目が覚めたらしく、まだ眠そうな声でジャンが声をかけてきた。
「…おはよう」
 努めて平静を装ってクレアは挨拶を返した。
「…どうか、した?」
 急に眠気が覚めたように、ジャンはしっかりとした声でそう聞いてきた。
「何でもない」
 夢の事はジャンにも今まで話した事はなかった。
 ジャンがいろいろと自分の事を気にかけ、心配している事は知っていた。
 だからこそ、これ以上心配をかけたくなかった。
 ジャンはしっかりしているが、自分と同い年の子供で、境遇もあまり変わらない。
 それなのに、自分ばかり甘えている訳にはいかない。
 そう思ったが、話さない理由はそれだけではなかった。
 口に出してしまうと、またあの時の事を鮮明に思い出してしまいそうで、心が折れてしまいそうで怖かった。
 強くならねば、と思うが強がって見せるのが精一杯だった。
「そう…」
 納得した訳ではないのだろうが、ジャンはそれ以上追及しなかった。












ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう