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堕天使とか悪魔とか精霊が出てくるファンタジー小説です。おもしろそうだなっと思った方はどうぞ一読ください。
WILD CAT
作:館波実笠



プロローグ「黒い空・白い月」・1


 プロローグ「黒い空・白い月」
 
 
 おかしな夜だった。
 その日は先ほどまで顔を見せていた月がいつの間にか空から姿を消し、星もほとんど見えなかった。
 漆黒、闇と言うのがこれほどふさわしい夜も珍しい。
 風も吹かず、あたりは静まり返り、生き物の気配すら感じられない。
「ふぅ……」
 黒い背景に白い煙草の煙が引かれた。
 誰もいなかった空間には今、白髪の男が立っていた。白髪と言うよりかは銀髪に近い。それに歳をとっているわけではないだろう。顔立ちから二十代前半ぐらいだということがわかる。白のロングコートを着ている。
 彼の横には白のベンツが停められている。白い塗装は暗い夜の風景にぼんやりと浮かび上がっていた。
「白河隊長、配置準備完了しました」
 どこからか現われた小柄な男が煙草を吸っている白河と呼ばれた男に告げる。
「わかった。指示があるまでその場で待機」
 小柄な男は返事を聞くと暗闇に姿を消した。姿を消した方向にはこれまたいつの間にか五台の白塗りの車が停車していた。
 白河大輔は煙草を足元に落とし、踏み消した。
「……さて、そろそろですね」
 縁なしの眼鏡を人差し指で押し上げる。
 白河の視線の先には赤い光が見える。それもいくつも。おそらくパトカーの回転灯だろう。サイレン音も聞こえてきた。
 パトカーが追いかけているもの。それは人だった。
 ヘッドライトに照らし出された人は超人的なスピードで走っていた。
 よくみると人ではない。長い髪、二本ずつの手足は人のものだが、ちょうどこめかみのあたりに左右に一つずつ後ろに長い突起が見えた。それに正確には走ってはいない。高速で飛んでいるのだ。
 パトカーは白河たちが待機している土手縁まで人影を追い詰めた。
 土手にあるジョギングコースで人影は立ち止まった。
 ヘッドライトの逆光で顔ははっきりと見えないが、眼が赤く光り白河を睨みつけている。猫のように瞳が縦に伸び、金色に輝いている。
「ここまでですね。あなたの話は我々もよく耳にしますよ。……拘束状が出ています。おとなしく捕まってもらえますかね?」
 白河は懐から紙片を取り出した。ちょうど警察の令状と同じものだ。
「…………」
 人影は無言のまま白河を見下すように立っている。
「返答はなしですか。……ま、それでもいいですよ。少し痛い目にあってもらうことにはなりますけれど」
 言葉が終わると同時に車の影から武装した白い集団が現われた。白い戦闘用のような服に身を包み、暗視用ゴーグルと構えたサブマシンガンだけが黒光りしている。
「……お前たちの目的はなんだ?」
 人影が唐突にも声を発した。透き通るような声で人影は女だと思われる。
「あなた方、悪魔と同じでしょうね」
 悪魔と呼ばれた女は腕を組むと威圧的な態度で言葉を続けた。
「魔魂か?」
「さあ。私たちは上の命令に従うだけですから」
「ふん。相変わらず、お前は……」
 女は髪をかき上げるような仕草をした。
「やめてくださいよ。私はあなたの知っている私とは違うんですから」
「そうだったな。……そろそろそこをどいてもらえると楽なのだが?」
「そういうわけにもいきませんね。これでも一応仕事なんで……。一連の魔的殺人の容疑で拘束する……」
 白河の眼鏡のレンズがヘッドライトに反射して光った。口元が不適に笑っている。
「……撃て」
 感情の一切こもっていない口調でつぶやいた。
 それに呼応して集団のサブマシンガンから鉛弾が射出される。
 弾は一直線に女を目指し、その体を引き裂いた。
 いや、そのように見えただけだ。銃弾は虚空をどこまでも、何にも当たらずに跳んでいった。射線にあった街灯が弾ける。
「普通の弾では私を倒すのは無理だ……」
 集団の背後から女の声がした。白い車体の上に腕組をして仁王立ちしている。車の横にはマシンガンを構えていた白服の集団が倒れている。
 白河は倒れた集団を一瞥するとため息を漏らした。
「ふう……。まったくつかえない部下で困りますよ。では、私たちが参りましょうかね、シルフィード……」
 そう言うと同時に強い風が白河の銀髪を撫でた。
「……御意」
 白河の真横に白い天使を思わせる人影が、片膝をついた格好で現われた。白河のロングコートと似たタイプのコートを着ている。髪が長く、白い。顔立ち、声ともに中性で男とも女とも取れる。
「倒せますか?」
「仰せのままに……」
 シルフィードと呼ばれた者は顔を上げた。空色の目が女を捉える。
「―――――!」
 シルフィードが人外の言葉を発した。魔術呪文だ。
 右腕を突き出すと腕の周りを奇怪な絵文字がぐるぐると回転し、徐々に銃の形を作り出した。
 女はそれを視認すると超人的な脚力を思わせる高さまで跳躍した。距離は地上から十四、五メートルぐらいだろうか。乗っていた車の天井がへこんだ――というか破砕した。
「――――」
 女も口の中で言葉をつぶやいた。
 両手にシルフィードが発生させたのと同じような文字が浮かび、こちらも銃を形成する。
 引き金が実体化し、指に力を込める。

 キィィィィィィィィィン!

 まるでジェット機が通り過ぎたかのような爆音とともに、弾丸は放たれた。
 シルフィードは音速を超えた弾丸に臆することなく、銃の引き金を引く。すさまじい反動。
 弾丸は互いに相手を目指していたが、シルフィードの弾丸は途中で軌道を変えた。

 バキィィン!

 金属の擦れ合う音。弾丸同士が衝突したのだ。同時に衝突した地点から爆風が押し寄せる。
 白河は目を細めると、爆風を堪えた。シルフィードも腕を顔の前にかざし爆風をしのぐ。銃は構えたままだ。
「…………」
 風が収まると上空には何もなく、辺りは夜の静けさを取り戻していた。
 バスンという何かが破裂するような音がした。
 白河は不審そうな顔になると車の横にしゃがみ込み、何やら確認する。
「ふ、相変わらず手抜きがない。……失敗ですか」
 車のタイヤが見事にパンクしていた。
「申し訳ありません」
 シルフィード頭を垂れた。長い銀髪が風になびく。
「いえ、まだチャンスはあります。それに彼女の目的もわかりましたしね」
 コートのポケットから煙草を出し、火をつけた。
 と、ライターの火が破壊された車の天井に広がる二センチほどの赤い点が浮かび上がらせた。白河は指で擦り取るとそれを口に運ぶ。鉄のような味がした。
「……魔魂ですか。厄介なことになりますね……」
 ぺろりと唇を舐める。
 煙草の煙は冷えた夜風に乗り、闇に霧散した。
 空にはいつの間にか月が出ていた。
 満月の、きれいな月の夜だった。












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