江戸川コナン氏逝去す(1/2)PDFで表示縦書き表示RDF


江戸川コナン氏逝去す
作:銀河



コナンの遺言


 山村の小さな病院。
 普段は人気もまばらな病院の前に、黒塗りの車が数台駐車している。
 車寄せに一台のタクシーがやってきた。そして白髪の男が降り立った。玄関の前に、白髪混じりの男が立っていた。
「父さんの容体は?」
 車から降りた兄、工藤優一が尋ねた。
「今は、とりあえず落ち着いている」
 待っていた弟、江戸川真一が答えた。
「そうか…」
 二人は病院内に入っていった。
「兄さん…」
 優一の姿を見つけて、病室の前のベンチに座っていた淑女が立ち上がった。
「ああ、明美、相変わらず元気そうだな」
 優一は妹を見てそう言ったが、立ち止まる間もなく、江戸川コナンという札のかかる病室に入っていった。
 コナンは目を閉じ、ベッドに静かに横たわっていた。
「優一…早かったわね」
 傍らに寄り添うように座っていた哀が一年ぶりの我が子をみて微笑んだ。
「父さん…」
 優一は、あの父の、弱った姿を見て立ちすくんだ。
「あなた…優一が帰ってきましたよ」
 哀がコナンの耳元でささやくと、コナンはゆるゆると目を開けた。そして首を少し動かして、長男の姿を見つけた。
「優一か…ふふ…お前も、ちょっと見ない間にずいぶん老けたなあ…」
「当たり前だよ。俺は今年六十五だよ、父さん…」
「そうか…お前ももうお爺さんだ…ふふふ…」
 優一はコナン耳元に顔を寄せた。
「早く元気になって、また、カナダまで飛んできてくれよ」
 コナンはパクパクと口を動かした。
「え?」
「去年お前に頼んだこと…頼むぞ」
 優一の顔色が一変した。
「何言ってるんだ、父さん…」
 コナンはゆるゆると手を差し出すと、息子の手を握った。その手は暖かく、そして病人とは思えぬほど力強かった。
「これを頼めるのはお前しかいない。頼んだぞ」
「父さん…」
 コナンの目は、五十年前、優一に自らの秘密を語った、あの時の目と同じだった。
 コナンはゆっくり目を閉じた。そして息を静かに吐いた。
 それからもう一度目を開け、居並ぶ妻と子供三人を見た。
「哀と二人きりの話がある…お前たち、少し席を外してくれ…」
 子供たちはお互いに見合ったが、すぐに病室を出ていった。
 コナンは子供たちがドアの向こうに消えるまでずっと見ていた。
「なあに、子供たちまで追い払って」
「哀…」
 コナンは哀を見た。
「なあに?」
「結婚する時約束した…覚えているか」
 哀は、ついにこの時が来たのだと悟った。
「ええ、覚えていますとも」
「灰原哀は、江戸川コナンと結婚して幸せだったか?」
「もちろんよ。もし私が幸せでなかったなら、世界のいったいどこに、幸せな女がいると言うの?」
「そうか…よかった…」
 コナンは心から満足そうに微笑んだ。
「これで博士との約束も果たした…あの世で胸を張って再開できる…」
 哀はコナンの手を両手で握った。
「ありがとう…あなた」
 コナンは満足そうに、息を静かに吐いた。
「ああ…ありがとう…哀」
 コナンの閉じた両目から涙が一粒ずつ流れた。
「ありがとう…あなた」
 哀はコナンの手を静かに下ろすと、ポケットからペンシルライトを取り出し、瞳孔反射を確認した。そして懐中時計を見た。

 病室のドアが開いた。
「先生を呼んで」
 哀の言葉に、子供たちの顔はこわばった。
「たった今、息を引き取ったわ」
「お父さん!」
 明美が病室に飛び込んでいった。
 病室に入ろうとした二人の息子を哀が遮った。
「優一、あなたはこれから一緒に来てもらうわよ」
 優一の顔が険しくなった。
「真一、あなたは喪主なのだから、この後のことは任せるわよ」
「母さん…俺は…」
 涙を流す次男に、哀はやさしく微笑んだ。
「しっかりしなさい。あなたは江戸川コナンの後継者なのよ」
 病室の中から明美の嗚咽が聞こえてくる。そこへ医師がやってきた。医師はすぐに事態を察した。
「先生、あの人の死亡は私が確認しました」
「そうですか…残念です…」
「死亡診断書は私が書きます。それから、防衛医科学研究所の佐藤博士に至急連絡してください」
「母さん、本当に…」
 優一は厳しい目で母親を見た。だが、母の目もまた毅然としていた。
「ええ、これがあの人と私の最後の勤めなの」

 病院へ続く山道、自衛隊のヘリコプターが上空を横切っていった。
 孫の運転する自動車の後部座席からその様子を見た歩美は事態を直感した。
「急いで!」
「もうすぐだよ、おばあちゃん」
 自動車はローターの回っているヘリコプターを避けて駐車場の端に停まった。
 歩美は真っ先に飛び降りると、年齢を全く感じさせない足取りで病院のほうへ早足で歩いていった。
 自衛隊員数人が敬礼する中、ベッドが玄関から出てきた。
「コナンくん!」
 歩美はほとんど走るようにベッドのところまでたどりついた。
「ちょっと待って」
 哀がベッドを運ぶ自衛隊員に言った。ベッドはその場に停まった。
 息を切らせた歩美が、震える手でコナンの顔の上の布をそっと持ち上げた。
「綺麗な顔…コナンくん…」
「歩美ちゃん、ごめんなさい」
 哀が冷静な声を発した。歩美も事情はわかっていた。
「ううん…ごめんなさい。引き止めちゃって」
 ベッドはヘリコプターに運びこまれた。そして哀と優一が乗り込むと、慌ただしく飛び去っていった。
 歩美は首を上げてヘリコプターが飛び去るのを見続けていた。
「歩美おばさん」
 真一が駆け寄ってきた。
「真一くん…」
「ごめんなさい。慌ただしいことになっちゃって」
「いいのよ。わかっているから」
 歩美はもう一度ヘリコプターの飛び去った空を見た。雲一つない快晴だった。
「コナンくん…幸せそうだった…」

 防衛医科学研究所、その無機質な空間の中で、白衣を着た哀はメスをふるっていた。周囲の若い医師たちも驚いていた。一体この人のどこに、これほどのエネルギーがあるのだろうかと。
 立ち会いで見ているだけの優一は、自分の母親が持つ、すさまじいまでのエネルギーに驚嘆した。

 全てが終わって、ようやく棺に収まったコナン。優一は霊安室でじっと、父親と無言の対峙をしていた。
 そこへ白衣から一転して黒い喪服に着替えた哀がやってきた。静かに線香を立てる。
「母さん…」
「なあに?」
「俺…いや、前から知ってはいたけど、母さんのエネルギーには改めて驚いたよ」
「ふふふ…私はね、お父さんにこの命をもらったのよ…この人がいなければ私は、もちろんあなたも、今ごろこの世にはいなかった…この人は、今も私に力を与え続けているの。そう、私が最後の仕事をしやすいように」
 哀は手を合わせた。
「優一」
「なに?」
「お父さんの遺言、頼んだわよ」
「母さん…母さんは、本当にそれでいいのか?」
 哀はふっと微笑んで息子を振り返った。
「ええ。これはお父さんだけじゃない、私の希望でもあるの…そう、私たちがこの世に生きた証…それを残しておきたいの」
「母さん…」
「あなたには迷惑をかけることになるけれど…」
「いや、父さんと約束したし…それに俺も、もう六十五…人生最後の大仕事としては、これ以上のものはないよ」












ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




TOP | NEXT


小説家になろう