107話 思い出したっぽい
昔……強斎がまだ小学生だった頃。
────悪魔の生まれ変わりと言われていた子供がいた。
「ほーれ、強斎くーん。早く私を捕まえないと日が暮れるよー?」
「どうやって……川の上を……走れって言うんだ!!」
その子供の名前は鈴木優華。小鳥遊強斎の親友である鈴木勇志の姉である。
「んー? ごちゃごちゃ言ってるとお家の鍵、川の中に落としちゃうぞー?」
「くそっ!」
優華に友達と呼べる存在はいなかった。
人間離れした頭脳と身体能力に誰もが恐れ、近づこうとすらしなかった為だ。
「強斎君ならできるって! ほら、ファイト!」
「あー! こうなったらヤケクソ────やっぱ無理溺れる!!」
だが、仲間はいた。
自分の弟とその親友……小鳥遊強斎だ。
「あーあ。服着たまま川に入ったら危ないって学校で習わなかった?」
「誰のせいだ誰の! ていうか、助けろ!!」
「えー……めんどくさい」
「この悪魔!」
優華は毎日のようにこの二人で遊び、暇を潰していた。
この二人は自分ほどではないが、社会から『天才』と言われても文句のないほどのスペックを持っている。
自分の無茶ぶりについてこれる人間がいることに、優華は喜んでいた。
「強斎!? なんで溺れてるの!? 今助けるからね!!」
「ダメだ勇志!! 今お前が来たら────」
「あは。勇志はっけーん」
「ね、姉さん……!」
「川の近くにいたら危ないでしょ? 強斎みたいに落っこちちゃうよ」
「いや……あの……」
「だーかーらー……。川から離れたお空にでも行ってなっ、さーい!」
「へ? 空って、うわぁぁぁぁぁぁぁ────」
「勇志ぃぃぃぃぃ!!」
その無茶ぶりに付き合わされる方は、何度も死にかけているが。
………
……
…
「くそっ、あの女……いつか絶対に仕返ししてやる」
「無理だよ……。姉さんに仕返しなんて……」
優華のお遊びからようやく逃れることができた強斎と勇志は、唯一優華が入ってこない下水道に身を潜めていた。
優華はこの下水道に二人がいると知っているが「臭いから」という理由で絶対に入ってこないのだ。
「この前も、急にいなくなったと思ったらいつの間にか県外に行ってて、そこで起こった強盗相手と殴り合いしたって……」
「殴り合い……?」
「ごめん、姉さんが一方的に殴ったってつまらなさそうに話してた」
「……なぁ、お前の姉さん、何歳だっけ?」
「十二歳だね」
「後三年も育てば俺もあんなふうに……」
「ならないと思うなー」
二人のため息が、下水道に紛れ込んでいった。
………
……
…
「はぁ……暇だわ」
優華は公園にある大木の枝に腰を下ろしていた。
ここからだと、街のほぼ全てを見わたすことができる。
(あの二人はどうせ下水道にいるんだろうし……ていうか、よくあんなところに入れるわよね)
ため息と共に周囲を見渡す。
(この街は不思議ね。都会でもなく田舎でもない普通の街……に見えるけど、どこからともなく不思議な力を感じる……)
「異世界にでも繋がっているのかしら?」
優華は自分で言った小言に微笑し、そしてすぐ目を細める。
「でも、その不思議な力がいけないのかしらね。この街ではよく犯罪が起こりそうになる」
遠く離れたマンションの一室で、強斎達と同い年であろう女の子が犯されそうになっていた。
距離的に約2キロ程。常人では絶対に気が付くことはない。
「今回は強姦かしら? んー……今から行って間に合うかな?」
優華が『起こる』と断言しない理由はこれだ。
────犯罪になる前に自らが止めに入る。
これにより、大半の犯罪は防げているのだ。
「……ま、今回は大丈夫っぽいわね」
だが、その一室に近づく人影を見た瞬間、自分が行く必要等毛ほどもなくなった。
「今の強斎君なら、大人一人ぐらい余裕でしょうし……さて、強斎君が正義の味方をやっているっていうのに、私の弟は何をやっているのかなー?」
優華は枝から飛び降り、そのまま姿を消した。
………
……
…
自宅に戻ると、案の定勇志はいた。
「やあやあ我が弟よ。姉君が帰還したぞよ」
「あ、姉さん……」
勇志は苦笑いを浮かべ、俯いてしまった。
その表情に、今はからかうべきではないと優華は判断した。
「……どうしたの?」
「ちょっと、強斎と喧嘩しちゃって……」
「へー、珍しいね。で、原因は?」
「姉さん」
「ん? なあに?」
「いや、原因は姉さんなんだよ……。どうやって姉さんに仕返しするか話してて、それで……」
「おー……。それは何ともまぁ……助言のしにくい内容で……」
優華は頬をかき、天を仰いだ。
ここで、強斎がどんな仕返しに来るんだろうと楽しみに思ってしまうあたり、緊張感が足りてないのかもしれない。
そんなことを弟に言えるはずもなく、ただただ沈黙が場を支配していた。
そんな中、先に口を開いたのは勇志だった。
「姉さんだったら友達と喧嘩したとき、どうやって仲なお────あ、姉さん友達いなかったね」
「んんん?? 私に喧嘩売ってるのかなぁ??」
「ぎゃぁぁぁぁぁ!! 頭があああああ!!」
「これ、アイアンクローって言うの。覚えておきなさい」
優華は一瞬で掴んだ頭を放し、悶えている弟に言った。
「今日は多分強斎君忙しいから、仲直りするなら明日以降にしなさいよ」
「ふぇ?」
「んじゃ、私はちょっと寝るわー。遠くの景色を見てたら目が休まるどころか疲れちゃったから」
「え? あ、うん。お休み」
「夕飯出来たら起こしてねー」
そう言って踵を返し、優華は自室に戻っていった。
………
……
…
「あー……強斎君? その子は?」
「きょうさいのよめです!」
あの日から一週間、ようやく強斎の顔を見た優華の第一発言がこれだった。
強斎の腕に自分の腕を絡ませ、これでもかと言わんばかりにくっついている少女。
優華はその少女に見覚えがあった。
(あ、襲われそうになってた少女ね)
それでこのべったりにも納得することができた。
同時に、無事に助けることが出来たんだと少々嬉しく思う。
「優華……助けてくれ」
「んー? 何から助ければいいのかなー?」
「きょうさいは私がまもるの!」
そう言って、少女は更に強く強斎の腕を抱く。
「おい、離れろよ……」
「私のこと……きらい?」
「そ、そうは言ってないだろ……」
「えへへー」
「あらら、強斎君モテモテねー」
「くっ、勇志! 勇志はどこにいる!」
強斎がそう叫ぶと、大きめの看板の物陰から何かが動く気配がした。
優華は深いため息を吐き、その物陰に向けて声をかけようとした。
だが、何かの爆発音が周囲に響き渡り、意識が全てそちらに向けられる。
爆発音のした場所……自分達から少し離れたところで、鉄柱が自由落下をしはじめていた。
すぐ後方に逃げれば安全圏まで避難できるが……。
「勇志!!」
いち早く動いたのは優華だった。
優華は少女と強斎を遥か後方に押し飛ばし、落下する鉄柱の終着点……気配がした看板へ尋常ではない速度で駆け寄った。
「姉さ──」
「いきなさい!!」
その物陰に隠れていた勇志を、強斎たちと同じ場所へ投げ飛ばし────。
三人の顔を見渡し、できる限りの笑顔を作って……意識を永遠に飛ばした。
………
……
…
目が覚めると、ベッドで寝ていた。
むくりと起き上がり、辺りを見渡し、その後に自分を確認する。
自分の五感は正常に動くが、どこか違和感を感じた。
「目を覚ましましたわね」
さっき辺りを確認した時には誰もいなかったはずだが、いつのまにか自分のそばに赤色の髪をした女性がベッドに腰かけていた。
「あなたは?」
そう訪ねると、赤髪の女性は悲しそうな表情で。
「……そっちが素ですのね? やはりあの外道に人格まで操作させられていたとは……。ですが安心してください。あなたに酷いことをした龍人は容赦なく潰しますから」
「え?」
「とりあえず自己紹介からはじめましょうか。私はあなたの言った通り、火の精霊王。名前はいっぱいあるから、『火の精霊王』でいいわ。で、あなたはどこの精霊なの? 見た感じどこの精霊にも属してないっぽいけど……もしかして混合種なのかしら?」
「いや、私は──」
そこで思い止まる。
そもそも自分は何者なんだろう?
名前はわかる。『鈴木優華』だ。
(だんだん思い出してきた……私、鉄柱に殺されて……)
とりあえず優華はこの火の精霊王に自分のなを告げる。
「私はゼロ・ヴァニタス。虚無の精霊王よ」
自分の思っていたことと別の事を喋ったことに驚愕した。
それは火の精霊王も同じだったようで……。
「虚無の……え?」
火の精霊王は再度聞いてくるので、もう一度考え直す。
そして……。
「……思い出したわ」
「……?」
「伝えなきゃ……全ての元凶を主人に……いえ、強斎君に!」
「え、ちょっ、またあの外道の所に戻るというのですか!?」
ゼロはベッドから跳ね起き、火の精霊王を一瞥して……。
「私を見てくれてありがとう。でも、今は行かせてちょうだい! 主人の……強斎君の世界が終わる前に!!」
ゼロの気迫に火の精霊王は圧倒されてしまった。
ゼロは優しく微笑んで。
「いつか必ずお礼するね」
ゼロはそう言って踵を返し──。
「属性『最強の宿命』。あれが発動する前に、強斎君を引きずり出す。それができるのは……多分、私だけだから」
自分にしか聞こえない声でそう呟いてから、ゼロは……優華は姿を消した。