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狂気のバレンタインデーっぽい

何も言うでない……何も……

 時は遡り、自分たちが異世界に行くなど、微塵も考えていなかったであろう平和な時期。

 ただ、今日――――2月14日。バレンタインデーだけは平和とは言え難かった……。





「野郎どもぉぉぉぉ!! 小鳥遊を殺せぇぇぇぇ!!」

『うおおおおおお!!』


 普通の……とは言えないが、四人の勇者に巻き込まれる運命を持った高校生。小鳥遊強斎は逃げていた。


「くっ、こっちにも追っ手が……」


 強斎は何故こんな目に会っているのか今一度考える。

 そして、毎度同じ結論に至る。


「……理不尽だ」


………

……


 強斎の通っている学校は、ちょくちょくイベントがあったりする。

 文化祭や体育祭は勿論、2月14日……そう、バレンタインデーにもイベントがあるのだ。

 内容は簡単に言ってしまうと『鬼ごっこ』。

 逃げる側と捕まえる側に分かれて、一定時間の間、逃げる側が一人でも残っていれば逃げる側の勝ち。時間までに逃げる側を全滅させれば捕まえる側の勝ち。というシンプルなルール。

捕まえたかどうかの判定は、逃げる側の頭に結んであるハチマキが残っているか否か。

つまり、ハチマキさえ取られなければ捕まえる側に触れられようがセーフなのだ。

だが、このイベント。過去に逃げる側が勝利したことは一度もない。

その理由は詳細なルールにあった。

その一部がこれだ。


・逃げる側の総数は全体の一割未満とする。

・逃げる側は多数決によって決められる。

・逃走可能範囲は学校の全ての敷地とする。

・制限時間は8時から18時までの10時間とする。

・このイベントでの多少の傷(・・・・)は覚悟しろ。


 めちゃくちゃにも程がある。

 ついでにだが、この『鬼ごっこ』に女子は参加しない。

 女子は別室で勝利側へ贈るチョコを作ったり、『鬼ごっこ』を観戦したりしている。

 そのせいで余計男達に火が付くというのもあるのだが。



………

……


「この学校、頭おかしいだろ……」


 不運……というか、必然的に逃げる側に選ばれてしまった強斎は盛大な舌打ちをして、手頃な教室に逃げ込む。

 このイベントで逃げる側に選ばれるのは大体決まっている。


 バレンタインデー当日に確実にチョコレートを貰える奴だ。


 貰える数が多ければ多いほど、逃げる側の当選確率は高くなる。

 つまり、嫉妬をぶつけたいだけだ。


「小鳥遊の野郎! 自ら逃げ場のない教室に逃げ込んだぞ!」

「ヒャッハー! 汚物は消毒だぁぁぁぁ!!」


 男たちが強斎が入っていった教室に次々と入ってくる。

 だが、全員例外なくその場から動かなくなった。


「消えた……だと……?」

「馬鹿な……!? 探せ! あいつは確かにこの教室に入っていったはずだ! 絶対どこかにいるはずだ!」


 男たちが立ち止まった理由はただ一つ。いるはずの強斎がいなくなったからだ。

 だが、その理由が明らかになるまでそう時間はかからなかった。


「お、おい……マジかよ……!?」

「どうした!?」

「小鳥遊の野郎……校舎外にいやがる!」

『!?』


 その言葉の意味……即ち。


「あいつ、ここから飛び降りやがった!」

「ふざけるな! ここが何階だと思っている!! 四階だぞ!!」

「だけどよ……ほら、あいつ外で走り回ってるぞ」


 確かに、強斎であろう人間がグラウンドを走り抜けているのが伺える。


「おいおい……15メートル以上ある所から飛び降りてまだ走れるのかよ……」

「化け物……」


 今年のバレンタインデーは……歴史を塗り替える日になるかもしれない。


………

……


「はぁ……はぁ……。後……五時間……」


 追っ手を巻いた強斎は体育館裏で腰を下ろして休んでいた。

 同時に、自分の腹部から唸り声のような音が聞こえる。


「腹減ったな……ていうか、なんで俺が選ばれたんだ……?」


 この嫉妬まみれの『鬼ごっこ』の存在は知っていたし、逃げる側になりやすい条件も知っている。

 ただ、強斎はどうしても自分が選ばれることに納得できなかった。


「俺にチョコをくれる相手っつたら、澪ぐらいだぞ……? 複数人からなんて、勇志とか大地ぐらいだろうが……」


「いや、複数人なんてレベルじゃないか」と小声で付け加え、重い腰をゆっくりと上げる。


 強斎がチョコレートを澪以外に貰えないのは、その澪自身に問題があった。

 狂気ともいえる澪の威圧は鈴ですら怖気付く……とだけ言っておこう。


「っと、そろそろここもヤバいな」


 少なくとも12人、この体育館周りを鬼がうろついている。


「ちょっと待て。12人ってなんだよ12人って」

「そりゃ、強斎を足止めするにはこれぐらい必要でしょ」


 背後から聴き慣れた声がしたので、ゆっくりと後ろを振り向く。


「……勇志」

「ん? あんまり驚いてないね?」


 今回、勇志には逃げる側への票は一票も入っていなかった。

 まるで、そう強制されたかのように。


「女子たちの陰謀でお前が鬼になることはわかっていたしな。そして、鬼になったら俺の前に立ちはだかることも」

「それ、女の子達が動かなかったら僕が逃げる側になってたみたいに言ってない?」

「事実だろ」


 そんな話をしているうちに、前も後ろも人が二人を囲んでいた。


「なんだ勇志、俺と一騎打ちでもしたいのか?」

「うん」


 躊躇いもなく、男でも惚れそうなほど綺麗な笑顔で頷いた。


「大丈夫だよ。ルールにもあるでしょう?」

「『多少の傷は覚悟しろ』だっけか」

「そ、だから久しぶりに――――」


 瞬間、勇志の雰囲気ががらっと変わった。

 それは強斎だけでなく、周りの人間にも分かる程の変化。


と戦おうよ」

「はっ、いきなりブチ切れモードかよ」


 勇志は感情が不安定になると一人称が『俺』に変わる。

 そして、その状態の勇志は……。


「ふっ!」

「!?」


 強斎は背後・・からの廻し蹴りを間一髪で避ける。


「あっぶねぇ……。さっきの、絶対『多少の傷』で済まないぞ」


 そう、勇志は人間の限界を超えてしまうのだ。

 だが……。


「なんだよあの二人……」

「人間じゃねぇ……」


 そんな声が聞こえてくるが、二人の耳には入ってこない。

 それもそのはず。


「ははっ、凄い……! 凄いよ!」

「お前、そんなに戦闘狂だっけか……?」


 音速に迫る攻防により、激突音やらなんやらで、外野の声など黙殺されてしまうからだ。

 攻撃を塞げば空気が破裂し、避ければ切り裂かれる。

 そんな超次元な戦いを、高校生がやっているのだ。


 だが、そんな戦いも終わりを迎えようとしている。


「はぁ……はぁ……っ!?」

「今だ!」


 勇志が足を滑らせ、重心を崩す。

 強斎はその隙を逃さず、勇志の腹部に拳を叩き込んだ。



――――ズドォォン!!



 建物が崩れたような音とともに、決着はついた。


「ぐっ……がはっ!」


 勇志が体育館裏の壁に若干めり込んでおり、そのまま気を失う。

 暫くすると前のめりに倒れそうだったので、強斎がそれを支えて地面に寝かす。


「おい」


 強斎が一声かけると、全員ピンと背筋を伸ばし、怯えを隠そうともしない。


「勇志を保健室に連れて行ってやれ。今すぐにだ」

『は、はい!!』


 その場の鬼が誰ひとり強斎を捕まえることはなかった。


………

……


(あーあ……やっちまった)


 強斎は先ほどの勇志との戦闘について、ひどく後悔していた。


(あんな戦い方しちまったら、俺も勇志も今後の学校生活に支障を来すだろうが……っていうか、勇志の行動がおかしい。うん)


 強斎は購買で買ったパンを貪りながら、若干現実を逃避し始めていた。


(あいつ、あんなに好戦的じゃなかったはずだが……何故だ?)


 思い当たる節を探そうとした刹那――――。


「!?」


 気配が……した。


「ははっ、流石……強……斎……ぐっ」

「大地……? おい、どうした!」


 大地の足取りは正常ではない。

 そのせいか、直ぐに膝をついてしまった。


「しっかりしろ! 誰だ! 誰にやられた!?」


 大地は強斎や勇志に届かないにしろ、驚異的な身体能力を持っている。

 その大地がここまでフラフラになるなんて、よほどのことがない限りあり得なかった。


「強斎……。気をつけろ……敵は……本当の敵は……ぐふっ!」

「本当の敵……? そいつにやられたのか!?」

「はぁ……はぁ……。もう、逃げる側はお前しか残っていない……。だから、もうすぐ、お前のもとに……来る……は……ず…………」

「大地……大地!!」


 大地のハチマキは既になくなっている。

 強斎は大地をその場に寝し、ゆっくりと立ち上がった。


「残り二時間……。残りは……俺だけなのか」


 強斎はゆっくりとした足取りで体育館に向かった。


………

……


「鬼の気配が全くない……。まさか、鬼までやられたというのか?」


ここにくるまで、逃げる側は勿論、捕まえる側にも会うことはなかった。

 流石の強斎も、この状況には異常と認識する。


「勇志のあのブチ切れモードにしたのも……本当の敵という奴が仕組んだのか?」

「あ、勇志怒っちゃったんだ」

「!?」



 強斎は一瞬たりとも周囲の警戒を怠らなかった。

 だが、その人物の存在に気が付くことが出来なかった。

 その人物は強斎の後ろ……体育館の舞台の上に立っていた。


「み……お……?」

「やっぱり強斎は生き残っててくれたんだね。私は信じてたよ」

「なんで……なんで澪がここにいるんだ?」

「え、だって」


 澪はどこからともなく『包丁』を取り出す。


「私、捕まえる側だもん」

「は? え? ちょっ……」

「女子が参加しちゃいけないってルールはないからね。参加しちゃった」


 可愛げに舌を見せるが、強斎はその仕草に萌える余裕などなかった。


「なんで……包丁……」

「一応、チョコレートも作ってるからね。片付ける余裕がなくて、作業着のままできちゃった。このエプロン、可愛いでしょう?」


 フリフリのエプロンを見せつけるように後ろで手を組み、苦笑いを浮かべる澪。

 だが、強斎は冷や汗をかくしかなかった。


(あれ……? チョコレート作りに包丁なんているのか……?)


 澪が壇上から下りる。

 それに釣られて強斎も引き下がる。


「あ、私が強斎の敵についた理由? 別に強斎の敵になりたかったわけじゃないんだよ? ただ……」

「……」


 強斎はここまでの恐怖を感じたことはなかった。

 足が震え、まるで拘束されたかのように動けない。

 だが、澪の足取りは止まることを知らずで、ついに強斎の目の前にたどり着いてしまった。


「強斎なら、この『鬼ごっこ』。絶対に勝っちゃうでしょ? そしたら、他の女の子からチョコレートを貰うことになる……だからね」


 澪はポケットに入っていたであろう小さな箱を取り出し、開ける。

 その中には色も形も完璧で美味しそうなチョコレートが入っていた。


「これ、私が愛(狂気)を込めて作ったチョコレートなんだよ。勇志や大地にも試食段階のを食べてもらって、更に愛(狂気)を込めて作ったの。強斎に食べて欲しいな」

「あ、いや……その……」

「あ、まだイベントが続いているから食べられないって? じゃあ」


 澪の包丁を持っている腕が目にも止まらぬ速さで動いた。

 はらり。と、強斎のつけていたハチマキが地に落ちる。


「はい、これで逃げる側は全滅。イベントしゅーりょー」

「……」

「さ、食べて食べて!」

「――――」

「はい、あーん♪」

「――――――」



 強斎は、めのまえが、まっくらになった。




………

……


「うわあああああ!?」

「あ、強斎。おはよー」


 強斎は自室で目を覚ました。

 何故か澪もいる。


「はぁ……はぁ…………夢?」

「ん? 何が?」

「あ、いや……2月14日……」

「もー……夢見ちゃうぐらいイベントが楽しみだったの?」

「え?」


 強斎は未だはっきりしてない頭で、澪の言葉をしっかりと聞く。


「生徒の大半が流行り病にかかちゃって学校は休校。バレンタインのイベントもなしになったんだよ?」

「そ、そうなのか?」

「ほら、強斎もそのうちの一人なんだから。ゆっくり休んだ休んだ」


 澪に強制的に寝かされる強斎。


(そっか……あれはただの夢だったのか……よかった……)


 とてつもない安堵により、激しい眠気が強斎を襲う。


「あ、強斎と勇志が壊した体育館裏の壁、原因不明の崩壊として処理されたらしいよ。よかったね」


 澪がとんでもないことを言った気もするが、強斎は眠気に負け、その言葉の意味を理解することはなかった。


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