102話 ヴェレス、帰宅っぽい
なんと、投げられた石の中に手榴弾が紛れていました。
作家でなければ危なかったですね(キリッ
「ドレットの嬢ちゃん。色っぽくなるのはいいが、露出狂にだけはなるなよ?」
「なりませんよ!!」
ヴェレスは大きなため息を吐き、イザナミを一瞥する。
イザナミが小さく頷いたのを確認すると、ゆっくり口を開いた。
「ベルクさん。私は今から人間界に帰ろうと思いますが……ベルクさんはどうしますか?」
「おいおい……そう簡単に帰れるとこじゃねぇだろ? ここは」
ベルクのそんな答えを待っていたのだろう。
ヴェレスはにやりと笑みを浮かべた。
「ベルクさん。私が大人の姿になった意味。わかりますか?」
「あの勇者を誘惑するた――あ、いや、冗談だ。んー……ようわからんな」
ベルクは何かを言いかけたが、ヴェレスの無言の圧力によって遮られた。
「正解は魔力の一時的な開放。それに魔術の制御です」
「開放……? 制御……?」
未だに理解できていないベルクに、もう少し説明を続ける。
「えっと、先ほどの大人姿は幻術でもなんでもありません。私自身の姿を一時的に三年後の姿にしております」
「なるほどな……嬢ちゃんは『時空魔術師』。自分の時間も操作できるってことか」
「まぁ、長時間大人の姿になるためには大量の魔力が必要なので、そう易々となれませんけどね」
ヴェレスは肩を竦めるが、とあることに気が付いて周りをきょろきょろと見渡す。
「どうしたんだ?」
「あ、いえ。お姉さ――魔神の姿が見えないなーって」
「ああ……ゼロさんか……。多分そこら辺で寝ていると思うが……」
そうベルクが呟いたとき、ツクヨミが急に後ろを向き苦笑いを浮かべた。
「どうしたんじゃ?」
「ママが……来る。伏せておいた方がいい」
イザナミがツクヨミの言葉の意味を追求しようとするが、それは無意味だと瞬間的に理解した。
「この魔力……まさか!?」
「うん。ママの魔力」
「えっと、イザナミ様……? これ、私の時間停止を使っても……」
ヴェレスの提案をツクヨミは鼻で笑い飛ばす。
「無理。まぁ、これだけ大きな魔力を数秒でも制御出来る自信があるなら、時間を止めて逃げてもいいかもね」
「ごめんなさい……」
「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ」
ツクヨミは微笑みながら言葉を続ける。
「最初に言ったとおり、伏せていればなんとかなるから」
兎にも角にも、ここはツクヨミを信用して全員身を屈めた。
その数秒後、一つの光が見えたと思ったら爆発音と共に視界を真っ白に染めた。
「ヨミちゃん。たっだいまー!」
そんな陽気な声が聞こえたのは、全員の視界が元に戻る前だった。
………
……
…
「ゼロ……お主、何をしていたのじゃ? それに……」
「ん? ああ、この魔道具? 神界を散歩してたら落ちてたから、少しだけ改造して遊ばしてもらったわ」
「そうか……」
イザナミはその魔道具に心当たりがあった。
形はかなり変わっているが、頑丈そうな車体に大きな二輪……バイクだ。
(何故これがこの世界にあるのだ……? 神界にある時空の歪みは修復したはずじゃが……)
時々、時空の歪みから別世界の物や人がこちらの世界に来たりする。
最近はなかったが、ゼロの持っている魔道具は明らかにバイクなので、もう一度調査することを心に決めた。
そんなことを考えていると、ヴェレスの声が聞こえた。
「あの……ゼロさん」
「ん?」
ヴェレスは少しだけ怯えているように見えた。
それでも、何かを決心したのか、大きく息を吐き、とんでもないことを言い出した。
「ゼロさんは魔神ですよね? 私は……私たちは。いつか貴女を討伐しに参ります」
「へぇ……人間風情が。面白い事言うじゃない」
ゼロは面白そうにヴェレスを観察する。
特に怒っているわけではなさそうだ。
「勝てるとは到底思いません。ですが、一太刀……貴女にほんの少しでもダメージを与えられるようになったら……認めてもらえますか?」
「認める? 強さをかしら?」
「それもありますが……本命は――――」
ヴェレスがそこまで言ったところで、イザナミの手が肩に置かれる。
「その話はあやつが記憶を知ってからでいいじゃろう。その頃には、お主らも強くなっているだろうからな」
「イザナミ様……」
「なによ。言いかけってちょっとムカつくんだけど……。まぁいいわ。主人を寝取る許可以外だったら話ぐらいは聞いてあげる」
ヴェレスは「ありがとうございます」と頭を下げて、ベルクに向き直る。
「さてベルクさん。最初の質問に戻ります」
「人間界に帰らないか? だろ?」
「はい。私は今すぐにでも、ユウシさんたちに伝えなければならないことがあります」
「そうか……なら、ここで一時のお別れだな」
ベルクの意外な否定に、ヴェレスは少しだけ混乱する。
「え、あの……それって……」
「ああ、俺はもう少し神界に残る」
「……そうですか。何か理由があるんですね?」
「すまねぇな。向こうの奴らによろしく言っておいてくれや」
ヴェレスはしっかりと頷き、イザナミの方を向く。
「イザナミ様。今まで本当にお世話になりました。約束は必ず守ります……そして――――」
ヴェレスはもう一度ゼロ、ツクヨミ、ベルクを順に一瞥していき……。
「――――必ず、キョウサイさんを止めてみせます」
これはゼロから何か言われるかもしれないと身構えたが、案外そんなことはなかった。
それどころか、ゼロは苦笑いを浮かべていたのである。
「あの……怒らないんですか?」
「まぁ……ね。人間界の戦争には興味ないけど、『ラグナロク』にはちょっと手を出して欲しくないっていうか……あーいや。何でもないわ。忘れて」
ゼロは恥ずかしそうに手を振って顔を隠している。
ヴェレスは疑問符を浮かべながらも、イザナミの言葉を待っていた。
「ヴェレスよ……妾が言うことはただ一つじゃ…………よろしく頼むぞ」
「はい!」
ヴェレスははっきりと頷いてから、この神界から姿を消した。
「さて、私もそろそろ主人のところに帰ろうかしらね。……色々と溜まってきちゃったし」
ゼロはツクヨミを抱えて、ベルクに視線を合わせる。
「あなたは十分に強くなったはずだけど……神界に居残る理由を教えてもらってもいいかしら?」
「ははっ。簡単なことだ。……もっと強くなりたいから」
「そう」
それだけ言うと、ゼロはベルクから興味をなくしたみたいに、視界から外す。
バイクみたいな魔道具をアイテムボックスに入れ、イザナミに一言。
「また、来るかもしれないわ」
「いつでも来るがよい。歓迎する」
その瞬間、ゼロも姿を消した。
………
……
…
「ヴェレス……? ヴェレスか!?」
「ユウシさん! ただいま戻りました!」
ヴェレスが転移したのはドレット王国城の庭の片隅。
勇志がひっそりと剣術を磨いている事を知っての犯行だった。
「よかった……! やっぱり強斎の言っていたことは本当だった……!」
「ふふふ、ユウシさん。私は大歓迎ですが、今は時間が惜しいです。皆様を集めてもらえますか?」
勇志はいつの間にかヴェレスに抱きついていた。
ヴェレスは頬を赤く染め、嫌がるどころか求めている感じだったが、それを跳ね除けてでも伝えたいことがあるらしい。
ドレット王国、ライズ王国の勇者が食卓に集められたことを確認すると、ヴェレスはゆっくりと口を開いた。
「私は今まで神界にいました」
「なっ……」
「そして、魔神に会ってきました」
『!?』
全員の顔が驚愕に染まる。
「ヴェレス……魔神というのは危ないと聞いたんだが……」
「ええ、私たちじゃ全く歯が立ちませんね。神様ですら圧倒していましたから」
それから、ベルクが無事であったこと、イザナミに鍛えてもらったこと、イザナミと『神気契約』した内容と『鈴木優華』以外の全てを話した。
気が付くと、既に日は沈んでおり、空腹も訴えてきた。
誰かの腹の虫の音を合図に、その日は解散となった。次に集まるのは夕食時だろう……と思われた。
「ユウシさん、ミオさん。少しよろしいですか?」
ヴェレスは勇志と澪を呼び止め、その二人以外が退出するのを確認すると、小声で話し出す。
「すみません……呼び止めてしまって……」
「別に私は大丈夫だけど……ヴェレスちゃんこそ帰ってきたばかりでしょ? 休まなくてもいいの?」
「いえ、私は大丈夫ですが……今から話す内容は大丈夫じゃないかもしれません」
ヴェレスは深呼吸の後、澪の目をしっかりと捉えて真剣に質問する。
「ミオさん。貴女はキョウサイさんをどこまで信用できますか?」
「どこまでも。何が何でも信用する」
そんな澪の答えにヴェレスの頬が若干緩む。
「次にユウシさん……ユウシさんは『スズキユウカ』という女性に聞き覚えはありませんか?」
「っ!? どこでそれを!?」
勇志はこれでもかというほど動揺していた。
「やはり、あなたのお姉さんなのですね……?」
「……ああ。僕の姉さんの名前だ……だけど、何でヴェレスが姉さんの名前を……?」
ヴェレスは二人を交互に見てから、ゆっくりと口を開く。
「その『スズキユウカ』さんこそ……魔神の正体だったのです」
「なっ!?」
「そして、その魔神の主人こそ……キョウサイさんなのです」
「ええ!?」
最初の驚きは勇志、その後のは澪だ。
「お二人に質問します。魔神であるユウシさんのお姉さん、その主人であるキョウサイさん。そのお二人が私たちを殺しに来たとしても、信用できますか?」
ヴェレスにとって、この質問は命懸けだった。
ん?二人の返事?
はて、なんのことでしょ――――あ、痛っ!ペットボトル痛い!