97話 澪の気持ちっぽい
『…………』
無言。
ひたすら……無言。
聞こえるのは外から聞こえる僅かな声。
その声すらここにいる者には届いていない。
「澪……今、なんて?」
強斎がやっと口を開いたと思えば、その内容は確認だった。
澪は大きく息を吸い込み、はっきりと言う。
「私、強斎の事が好きなの。十年前から……ずっと! 今まで怖くて言えなかったけど、いなくなって、死んじゃったと思って、すっごく後悔して……。そして、ようやく決心がついた……。私、強斎と結婚したい!」
「澪……」
ルナを肩から降ろし、澪と対峙する。
後ろでは鈴と緋凪が苦笑いを浮かべていた。
「今すぐにとは言わない……だけど、この戦いが終ったら……私達全員が生き延びたら……。その時は、教えて? 強斎の気持ちを」
「澪は……いいのか?」
「ん?」
「俺は既に四人と性交をしている。そして、その四人全員と結婚しようとしているんだぞ? 日本人として……忌避感はないのか?」
「ないよ」
即答だった。
「強斎の初めてを奪えなかったのは残念だけど……私、そんなんじゃ嫌いになったりしないもん。なんなら緋凪と私の処女を同時に奪ってみる?」
「はいぃ!?」
突然指名された緋凪は声を裏返して驚愕していた。
そんな緋凪を見て微笑した澪は、もう一度強斎の目を見つめる。
「付き合うとか、私たちにはそんな期間はいらない。夫婦になるか、ならないか。この戦いが終ったら、その答えを聞かせて?」
「……わかった」
強斎はそれだけ言うと、ルナを肩に乗せて、もう一度背を向ける。
そして――――。
「澪」
「ん?」
「絶対に……死ぬなよ。魔界との戦争での命の保証はできるが、『ラグナロク』はそうもいかない」
「ふふっ、大丈夫だよ。強斎の答えを聞くまで死んでも死にきれないから!」
「そっか」
強斎はそう言って、姿を消してしまった。
「……絶対に死なないでね。強斎」
澪はそう呟くと、笑顔で後ろを向いた。
「ごめんね、緋凪。抜けがけしちゃった」
「抜けがけは別にいいよ。いきなり結婚したいなんて、私には言えないし。それよりも……さっきのはなによ」
「さっきの?」
「私と澪ちゃんのを同時にって……いや、嬉しかったけど」
「ならいいじゃん」
澪はニッコリと笑って、空を仰ぐ。
他の皆は消えたように見えたが、澪だけはしっかりと動きを捉えていたのだ。
「生きててくれてありがとう。強斎」
そんな呟きは、誰ひとり聞き取ることはなかった。
「あの、私、動けないんだけど」
ヴァルキリーの呟きも誰ひとり聞き取らなかった。
………
……
…
「主様」
「……」
「主様!」
「ん? ああ、すまない。どうした?」
強斎は音速を遥かに超えた速度で飛行していた。
何故か風の影響を受けていないルナからの呼び出しに遅れて反応する。
「どうするんですか?」
「……何を?」
「とぼけても無駄です。さっきからそのことばかり考えていたでしょう?」
「まぁ、そうだな……」
澪からの突然の求婚。
強斎はそのことについてひたすら考えていた。
「私的にはミオさんとうまくやっていけそうですが……。結婚となると主様の気持ち次第ですからねぇ」
「……話、聞いてもらっていいか?」
「どうぞ」
一拍置いてから、ゆっくりと口を開く。
「もう知っていると思うが、澪たちは俺と同じで元々別の世界の人間なんだ。そして、俺と澪はその世界で幼馴染でそれ以上でもそれ以下でもない。だけど、異性として意識していたし、恋仲とかも考えたことあった」
「だったら受ければいいじゃないですか?」
強斎は静かに首を振る。
「あいつは……澪は、元々男が苦手だった。親に虐待を受けていたってのもあったが、強姦もされそうになったことがあるんだ」
「……」
「そんな澪が、いくら幼馴染だからって求婚するのはおかしい。昔から俺に対してはエロかった気もするが、それでも飛躍しすぎている。そんな状態の澪を受け止めていいと思うか?」
「……はぁ。鈍感ですねぇ」
「え?」
ルナは軽く強斎の頭を突く。
「ミオさんの親からの虐待を止めたのは誰ですか? 強姦を未遂にしたのは誰ですか? 主様でしょう?」
「……なんで知ってるんだ?」
「ミオさんと主様を同時に見て、先ほどの話を聞けば簡単にわかりますよ。ミオさんは主様のことを溺愛しています。ミオさんは男性が苦手……違いますね。主様以外は男性として見ていないと思います。まぁ、ダイチさんやユウシさんはある程度好意的に見られていましたが」
強斎は内心で驚愕しっぱなしだった。
自分は思っている以上に鈍感なのかもしれないと自覚し始めた時でもある。
「以上の点から、ミオさんは純粋に主様の事が好きだと言えますっ。まぁ、好きという感情が振り切って変な方向に飛んでいた気もしますが」
「……確かに。あれ、ちょっと危ない状態なのかもしれん。というか危ない。力で押し負けた」
「え!? 本当ですか!?」
「ああ、ルナが助けに入ってくれなかったら本気で危なかった」
強斎は未だにあの力量の正体が分かっていなかった。
数値で言うなら強斎はSTR5億分の力を入れていたのだ。
なのに、ピクリとも動かないどころか、逆に押し負けてしまったのだ。
「うーん……私が剥がした時はそんなに抵抗を感じなかったですけど……」
「そのことについても、次会った時に聞かないとな」
その言葉を聞いて、ルナは小さく笑った。
「決心、ついたんですね?」
「皆に聞いてから……だけどな」
「きっと賛成してくれますよ」
「だといいけどな」
強斎はさらに速度を上げ、魔界に向かうのであった。
「あ、ヴァルキリーの魔術解除してねぇや」
「ひどいですねー」
………
……
…
「ふぅ……まぁ、こんな感じでしょうか」
ミーシャは、かいてもいない汗を拭い、目の前に広がる光景を眺める。
目の前に広がるのは一つの国……。強斎が魔術で作った町が広がっていた。
ミーシャはその細部調整を行っていたのだ。
「お疲れ、ミーシャ」
「あ、レイア」
何もないところから現れたレイアだが、そのことについて驚くことはない。
既に自分たちのステータスの高さの異常さに慣れてしまったのだから。
「私の方はさっき終わったけど、そっちはどんな感じ?」
「あー、ダメ。全然当たらないわ」
レイアは手当たり次第に空間を破壊して、神界への道を探していた。
「まぁそんなもんよね。キョウサイ様も、無理ならやらなくていいって言ってたし」
「でも、ひとつぐらい当てたいってのはあるかなぁ」
そんなことをボヤきながら、何もないところを殴るレイア。
空間に亀裂が入ったと思いきや、その亀裂は直ぐに光の粒子となって消えていく。
「ここら辺もハズレっと」
「……ねぇレイア」
「ん?」
「ちょっと人間界に遊びに行かない? 息抜きにさ」
レイアは少しだけ考えたあと、深く頷く。
「そうだな、ご主人様もまだ戻ってこないし、それぐらいいいだろう」
「さて、じゃあ早速行きましょうか」
そんな呟きが聞こえた刹那、そこには誰もいなくなっていた。
そろそろ澪の閑話かなぁ
今回は鈴ちゃんが空気。
え?琴音?
……ふっ(遠い目)
次はゼロの視点になるかも