死とは解放――
――半数の死亡を確認しました。生き残るために、もっともっと殺しあいましょう――
おぼろげな声が響く。構ってられない。
歪な色をした階段を駆け上り、角を曲がったところで待機。制服のブレザーを脱ぎ捨てる。防具ではあるが、動きを鈍くし集中をかき乱すデメリットを考えれば仕方がない――片手で持つ刀を再度確認する。
これしかない。これだけが己に在り。今は、これだけしか信じられるものがない。
友人関係――友人とは策略の意図で手繰り寄せあった敵。セカンドステージにある今に最も関係ないもの。
孤立。個体である限り、皆が孤立しているのは道理。表面張力並程度の接触が関係。なんともろく壊れやすいか。
「……」
邪念を振り払う。今から余地はなくなる。すべての意識を無意識とさせ、来るであろう敵に対処しなくてはならない。
間合いを円形にて脳裏計算。色で判断。だいたい思惑通り。踏み込みを強力生産のためだけに回せる。
先手をとりやすくする地形。階段を上がりきればまず見えるのは窓ガラス。その後、左右の道どちらかへ行こうかと思考するはず。こちらは左通路角際へと身を隠しているが、右を選んでも対処できる間合いだ。敵の姿が通路側へと押し込まれると同時、いや、それよりもはやく太刀をお見舞いしてやればこちらの優勢で始められる。足音が聞こえてきてから意識反転も可能だろうから、すでにこの階に潜んでいる敵が回り込んで来ない限りはたまの半仮眠も取れる。絶好の場所。外からの射撃で必殺されたときは外道と罵ることすら叶わなくなるが。
戦いのために不必要な感情。恐怖、不安、優柔不断、憎悪すらも邪魔だ。あくまでも無機質を模らなくては勝利は得られない。
そのために必要なのは集中。邪念を振り払っての集中。集中のみが今に必要。
刀を見た。
――学校内にはいくつもの『人を殺しやすくする道具』が隠されています。それを見つけ出し、生き残るために足掻いて足掻きまくりましょう――
おどけた声が脳裏で波紋をつくる。声が集中をかき乱す。刀を見てはいけない。刹那というタイミングを勝ち取り、先手を取るためには集中という無心が必要。
突如に起こる小さく淡い物音。かき消すという圧迫から漏れ出したかのような小ささ。
反転する意識と無意識。音源索敵――階段ではない。ならばどこか、視界の隅に映る何かの方向。
反射が生む行動が、その何かを弾いた。
失態。階段から来ると山掛けしたが、その真反対とは隙を突かれた。舌打ちのみで切り替える。
刺々しい鉄球がガムテープに彩られた床に穴を穿つ。引き寄せ始めるまでのモーションが長い。一歩で射程へ敵を入れられるこちらとは違う。ど素人に扱うのは難しすぎる武具。選び間違えた。それがこちらの勝算となる。
鉄球を持つ腕を断ち切る。血しぶきの雨が降る。絶叫がすぐに聴覚を麻痺させる。嗅覚が壊れる――構いはしない。
腕を切られ、更なる追撃を逃れようとするかのように数歩下がる敵。こけることも構っていない。その分射程外への逃げがはやい。
一歩。方向選択、跳ぶことへの躊躇消去。一瞬終了。
二歩――敵の的へと剣先が触れた。そのまま一気に押し込む。
三歩――動かない骸を抱きかかえている気分を味わえた。
血塗られた敵。不必要と見る。それ以上でもそれ以下でもない、その判断こそが必要。
――おめでとうございます。これであなたの生き残れる可能性がまたひとつ増しました。次もがんばりましょう――
あまりにも嬉々とした声。なぜ聞こえるかに疑問なし。従わなくてはいけないことだけはわかる。
殺さなくてはいけない。そのための力は必要不可欠。
鉄球を拾い上げる。使えないことはない。距離置や意識の逸らしに使える。こちらの主力武具は鋭利にして一撃必殺の刀。それ以外をベースにしてはかえってやりにくくなる。
タン、タン、タン、タン――
階段を駆け上がってくる物音。予想外な出現予測。疲労がある以上完全なる対処はできない。銃でも刀でも特異武器でも、階段終りすぐの曲角向う側で待ち構えれば即座の対処ができると判断したが故に待ち構える判断をした。
だが、今は戦闘後。あの定位置までに距離がある。行けたとしても、体勢を立て直す時間や刹那タイミング先取りがための集中再開猶予があるのか。
片手に持つ武具。刀、違う。鉄球、その通り。投球した。
示し合わせたかのように角から顔を出す制服の敵。拳銃を所持していたことを目で確認。判断材料として保留。
鉄球は敵の顔面へ。敵が持つ武具では、受け流すのは無理に近い。ある程度ダメージが響くはず。
予想通り直撃は不可能。あらぬ方向へ弾き返されたのを確認。割れる窓ガラスに取られる気は無駄。即座に切り替え体制崩壊にある敵へと詰める。
こけつつあるにも関わらず引き金を振り絞るのを見る。銃口はなんとこちらへ。回転する敵の体がどう射線変更をしてくれるか。山掛けで突撃続行。
そして、片目が潰された。
致命傷ではない。ただのかすり傷。真っ向から受けていればきっと即死だっただろう。死の近さに恐怖を抱く。すぐにそれを無へと変換。
床を転がる拳銃の音。あまりにも軽い。目を移したくなる気持ちを抑えて視線を敵の胸倉へ固定。二度目の打突。深く、深く、あまりにも弾力感のある殺傷感覚に嫌気が差してしまう。それすらも凌駕する感情を胸に秘めて打突を深奥まで続け――柄の前で止めた。
ずぼりと足元へ血肉が削り落ちる。形容し難い嘔吐感。力任せに刀を引き抜いた。
血によって赤く照った刀身。吐気、吐気、吐気、吐気――
「ッ!?」
左右から同時に足音。挟み撃ち、いや違う。ただの偶然で両方から来ているだけだ。だが、それでも危険すぎるエンカウントに変わりない。
回避しなくてはならない。挟まれる俺の立場を考えればすぐ、分の悪さがありありと察することができてしまう。
逃場はどこに。どこに逃げれはいい? ここからどこへ? どこが安全? ここがどこでなくて、どこがここでなくて、どこは目の前にあるようで、目の前にない場所――
拳銃を掴み取る。弾数は計りかねる――だが、鉄球と同じ使用法しかできないとしても、持ち運びが楽で瞬発力がつけられるこちらを選択したほうが後々に繋げる可能性がある。
生きなくちゃならない。そう、必ずだ。
だから――
己が鳥でないことを自覚して、空を飛ぶことを選んだ。
――おめでとうございます。これであなたの生き残れる可能性がまたひとつ増しました。次もがんばりましょう――
荒い息を無理やりに押さえ込む。
先ほどまでいた階の垂直真下際の壁にぺったりと背中をつけ、弾数確認を終えた拳銃を真上へ向け固定。割れたガラスに気づいて覗き込んできたところを撃つ算段は、上手く活用できた。
数回響いた弾音がどういう影響を生むのか、予測はできない。どちらにせよ、外を通るのは校内からの雨に晒されるだけ。今の位置でも、コの字にあるこの学校で内側にいるためによく見えやすい的でしかない。
移動――立ち上がった。片足の感覚がない。それでも力は込められる。単なる痺れか否か、どちらにせよ走れることに変わりない。
生きるために走るのだ。
生きるために全員を殺さなくてはならない。教師も、作業員も、生徒も、クラスメイトも、友達も――
コイビトモコロサナクチャナラナイ。
「え…………?」
自分の考えたことなのに、自分が納得できない。
おかしい、なぜだ、なぜ自分で思ったことにこんな違和感をおぼえる。何かを見過ごしているのか。いや、違う。もっと根本的なズレがあるはず。違和感はそこに。自分が二つある感覚。肯定の自分と否定の自分。どちらが自分なのか、どちらも自分なのか。わからない、ワカラナイ。ワカラナイワカラナイ――
ひとつの発砲音が思考を吹き飛ばした。反転という、すでに慣れ親しんだ心地良い状態へと移行。刀を持たぬ片腕にじわりと来る刺激を垂れ流し措置して集中。目を見開いて敵を察知。ロックオン。
見えるものだけを先に情報として得る。武具はふたつ。黒塗りのスナイパー銃とスタンガン。それ以上は未だシークレット。
次に地形測定。敵がいるのは運動場。そこからの狙撃とみていい。いや、狙撃といえるほどの距離ではない、肉眼で対峙できる距離だから射撃が妥当。
長・中距離への対応が可能な銃が一丁と、近距離特化した小型必殺科学兵器がひとつ――厄介なことこの上ない。
顔は未だ見えない。元々そこまで視力がよくはない。だが動きはことこまかに監視できるほど、長時間反射神経を高ぶらせることは可能。
――撃たれたら刃で弾くか、スキップで回避する。
スナイパー銃の弾丸は確か小型。避けるのはたやすい。速さは人を遥かに超越しているため、視覚しての回避ができないことがリスクか。見るべきは人差し指。そして、新たな武器投入の予感。
覚悟――随分前から断固になっていたはずだ。そうならば、行ける。
殺すために走り出す。
殺したくてたまらなくなっている己。殺したくてうずうずしている己。人を殺すという刺激を欲している己――なぜか不快じゃなかった。
斜めへとステップ。地面に穴を穿つ銃弾が下方に。
こちらからは威嚇射撃をお見舞いしてやる。残り二発。出し惜しみするつもりはないが、太刀後の追撃として一発残しておきたい。それでも、ちゃんと狙った弾丸は糸も簡単に避けられる。銃撃戦の慣れは相手が上とみていい。
片目が見えない分、『絶対』やら『完璧』に遠いのはこちら――敵を間違えたか。
己の自問に、首を横へ振るという自答を返した。
――戦闘相手の使う武具は喉から手がでるほどに欲しい。
どうにかして上手く立ち回り、射程へと相手を誘い込むしかない。
――残り一ケタまでの死亡を確認。生き延びるまであと少しです。がんばりましょう――
声を無視し、選択を浮かべる。どう攻撃するか、距離をどう詰めるか。長引けば長引くほど、手数の少ないこちらは不利。あちらの弾数上限はまだ遠い風。
スナイパー銃を無効化し、一撃を食らわせるためには――
選択した。
銃を掲げる。対峙するのは人、故にこの行動で警戒を強める。
こっそりと投げた刀に、気づかずことなく。だ。
相手付近の地面に創を付ける刀。警戒の方向性が揺らぐ。動揺の兆しを確認。選択実行。
肉眼での目測射線に銃口を合わせ、引き金を引いた。
残り一発。射撃音が響く間に駆け出す。予測したリミットまで数秒。走行速度は最高に。筋書き通り間に合う。
銃弾が打ち抜いたのはスタンガン。いや、スタンガンを持つ腕。その関節部をぶち抜き、五体不満足の敵へと変貌させた。地に落ちる人の部品を気にしている余裕はない。
突進の勢いを殺さずに脚を曲げ、脹脛の前部分を相手に叩き込んだ。そのまま覆いかぶさるようにして転倒。
相手のスナイパー銃に片腕を置き、残弾数壱の拳銃を相手の左胸に。そして、言う。
「ジ・エンドだよ――お馬鹿な野郎さん」
勝利の確信を胸に秘めて引いた引き金。
破裂音が、何か大切なものを壊してしまった――そんな気がした。
敵の顔を見た。親友の男の顔をしていた。少しだけ、わけのわからない感情が生まれた。
殺すのは当たり前なのに。何もおかしくなんてないはずなのに。
何かが、自分じゃない何かが、自分にあるはずのない何かが、苦しみを作っている。
イラつく。愉快が消えうせる。不愉快は嫌いだ。原因がわからない以上、どうすることもできない。
――おめでとうございます。これであなたの生き残れる可能性がまたひとつ増しました。次もがんばりましょう――
その言葉が、今では救いに思えた。
心を潤す、愛らしい声。自分のことのように嬉しく思ってくれている、穏やかな声。
イラつきが消えるのを感じた。心が温かくなるのを感じた。落ち着くのを感じた。
もっとあの声が聴きたい。どうすれば主様はあの声を聴かせてくれるんだったか。思い出せない、思い出せない。
手元で鈍く光る、赤に塗れた銀の拳銃を見下ろした。
――学校内にはいくつもの『人を殺しやすくする道具』が隠されています。それを見つけ出し、生き残るために足掻いて足掻きまくりましょう――
優しく、クスリと微笑んで、励ましてくれる声。
そうだ。誰かを殺せばもっと良い声を聴かせてくれるんだ。こんな形式的なものじゃなく、もっと親近感のある声が聴けるんだ。
殺そう。殺しまくろう。殺して殺して殺してコロシテ、コエヲキクンダ。コロサセロコロサセロコロサセロコロサセ――
「……葬られ給え」
あの声とはまったく違う、優しさが微塵もない鋭すぎる声。不愉快な域のもの。
後ろから声がした。今さっき殺しタやつと同じメに遭わせテやる。
振り向クだケ。それダけで殺セる。力が溢れテいル今、嬲リ殺すノも一興。
一歩ダけを変えテ、視界を動かシ――
「…………ア?」
動かナい。
どンなに動かソうとシても、動けナい。
これジャ、殺せなイ。ヌシサマのお声ヲ聴かセてもらエナイ。
イヤダ。イヤダイヤダ。イヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ。
イヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ――
己の手は、掴むべきものを最後まで間違え続けていたんだ。
そんなことに気づいたとき、すでにもう何も残ってはいない。
友人も、恋人も、クラスメイトも――日常も。
虚ろとなっていく。ぼやけて、このまま無くなってしまうかもしれない。
それでもいいか。もうこれ以上、手を赤く染めなくて済む。
考えるのも疲れた。このまま沈んで消えていくのもまた、ひとつの末路。
手放したくて、手放すということができずにいた刀を――今手放せた。
「『契約社』としての任務完了――」
未だ刀を手放せずにいる者が、一人。
その少女は歪な曲刀を片手に、不敗へと踏み外した者の跡を見下し続ける。
恋人に切り裂かれかけ、殺し返し、宴に参加していたことを最後まで知ることなく、主催者の言葉のみを信じる集中利器へと一歩も二歩も踏み出して、親友まで殺し、それを嘆くことも主催者によって封じられ、狂い終えた者。
少女は静かに、骸ともいえる灰に血塗られた土を被せた。
踏み外しすぎた者にとって、戻ることよりも、死を選ぶことこそが何よりの解放―― |