おだいじに
恋愛の絡むお話は慣れていないのでドキドキです。読んで頂けるとすごくうれしいです。よろしくお願いしますm( __ __ )m
子供の頃、私は彼が大好きでした。
彼と出会ったのは私が3つの時、余りに女の子らしからぬ変わり者の私を家族が心配して、同じ年頃の子たちと遊ばせることで娘に良い影響があるのでは、と思い立ったお母さまが、ご自分の学生時代のお友達とその子供たちをお茶会と称して招待した場でだと、記憶しています。
這えば立て、立てば歩めの親心とは言いますが、それなりに余裕のあるお家で、それなりに先んじての教育を施された子供たちは、幼児にして既に、大人のお茶会の妨げにならぬように、男の子は男らしく庭に出て遊び、女の子は女らしく家の中でおままごとなどをして過ごしていました。
ですが、ソコは3歳にして対策を立てねば将来が心配と、忙しいお父さまと優しいお母さまと2歳年上の幼児にして眉目秀麗なしっかり者の兄さまを悩ませていた私のこと、女の子なのに部屋の中に居着かず、かといって男の子がしている遊びにも、その場の中心に兄さまが居るというのに加わらず、ひとりせっせと庭の隅の日陰に籠って、当時夢中で集めていたものの収集に勤しんでおりました。
「なにを、しているの?」
そんな、周りの子供たちから、なんとなーく距離を置いたり置かれたりしている私に掛けられた、天使のように綺麗な声。
声だけでなく姿も、帽子も被らず外を駆けまわる私とは対照的に、色の白く儚げな、幼児ながらに指の先までも整った綺麗を体現したかの男の子が、はんなりとこちらを見詰めて佇んで居ました。
しばし呆然自失と見惚れてしまう程の、感動的なまでの美しさ。
「大丈夫?」
声も出せずに石像のように固まってしまった私を案じて伸ばされた、肩に触れて来ようとする手を、反射的に避けます。
無理無理、駄目ぇっ!
そんな綺麗な手が、こんなにも小汚くしている私に触れるなんて、絶対に有り得ない。
ぶんぶんぶんぶんと首を横に振って、平気であることを猛烈にアピールしましたが、私ごときに避けられたという事態にショックを受けてしまったのか、綺麗な顔に悲しげな表情を浮かべてしまった彼に慌てて、私は無言のまま握っていた手の中の、その日一番の収穫だった幼児の小指サイズのダンゴムシを神の祭壇に供物を捧げるがごとき勢いで、彼の綺麗な瞳の前に差し出しました。
…………彼は、その場で卒倒しました。
しょっちゅう転びまくって痛い思いの経験ばかり矢鱈と豊富に有る私は、咄嗟に、頭を打つと大変!と、後ろ向きに倒れそうになっている彼を強引に自分の方へ引き寄せ、結果、支えきれずに、湿った柔らかい土の上に尻もちをついてしまいました。
二人とも土塗れになりましたが、彼の頭だけは、私のお腹で死守しました。
それでも、そのままピクリとも動かなくなってしまった彼の青白い顔に、私は取り返しのつかないことを仕出かしたショックで大声を上げて泣き出し、近くで遊んでいた子供たちもその場の悲惨さに悲鳴を上げて、お茶会の会場は大騒ぎになってしまいました。
世の中には、私が面白い楽しいと思っている以上に、虫が嫌いな人が居るのだと、お父さまとお母さまと兄さまに揃って怒られました。
落ち込みながらも、それでも考えたのは、いきなり嫌われるようなことをしてしまった私は、もうあの綺麗な天使さまに会うことは出来ないんだということで、泣きながらせめて彼に謝りたいと訴えますと、兄さまがお見舞いに連れて行ってくれました。
気が利かない私の代わりに賢い兄さまが用意してくれた、小さな黄色いバラ花のブーケを、粗忽な私の力加減でぐしゃぐしゃにしてしまわないように、今度こそ喜んでもらえるものを差し出せるようにと最大限の注意を払い、緊張しまくって足運びまでおかしいまま、兄さまと一緒に彼の家の彼の部屋に通されました。
熱を出して寝込んでいたというベッドの上の彼は、そんな姿でもやはり天使のようで、カクカクした動きのままの私が差し出したブーケを、今度こそ受け取ってくれました。
「ありがとう」
綺麗な声と天使の笑顔。
その余りのキラキラとした、星々の輝きをすら幻視させる勢いの綺麗さに、会えたらきちんと伝えようと徹夜で考えたお詫びの言葉やらなにやらが全て吹っ飛んで、
「お、おだいじに……っ」とだけ、やっと声に出せた途端に、意識がブラックアウトしてしまいました。
驚いた彼が悲鳴を上げて、彼の家の人達が大騒ぎになったそうですが、私は決して病弱という訳ではなく、このところ色々悩んで寝不足だったのと、前の晩の彼に伝える言葉を考えるための徹夜で、流石の体力自慢といえども幼児である身が持たなかったというだけだったのです。
数日後、今度は彼が私の家に来てくれました。
「はいこれ」
お庭でひとり遊んでいた私の手に渡された子供のお弁当箱サイズの紙の箱を開けると、中にはぎっしりとダンゴムシが詰まっていました。
歓声を上げる私と、悲鳴を上げる私付きのお世話係のお姉さんたち。
「どうやって、こんなにいっぱい集められたんですか?」
綺麗な彼に気遅れしていたことなどすっかり忘れてしまうほど、喜色満面、興味津津に尋ねると、本に書いてあったダンゴムシの生態を見て、実際に調べただけと笑って答えてくれました。
本! 常日頃、落ち着きなく動いているのが本分のような生活を送り、兄さまと私を教えに通ってくださる家庭教師の先生にサジを投げられていた私には盲点でした。
全てを我が身で体験するまでもなく、本には先人の知恵が詰まっていたのです。
「参考にした図鑑だけど」
彼が持って来てくれた図鑑を一緒に読んで、ダンゴムシがもともと居た虫ではなく、外来種で、外国からの船便に紛れて海を渡って来たことや、毒が無い虫なので非常時にはフライパンで炒って食べられること、でも美味しくはない、なんてことも知りました。
凄いです、ちゃんと文字を読んで理解することが出来れば、行ったことがない場所にあるものや、とても行けない場所のことまで知ることが出来るのです。
感動した私は、「また遊んでください」と彼にお願いしました。
「君がちゃんと家庭教師の先生のお話を聞けるのなら、授業の後で遊んで あげる」
綺麗な笑顔で答えてくれた彼の言葉には、なんだか兄さまの陰謀のにおいがしましたが、彼が遊んでくれるという餌に、私は喜んで飛び付きました。
それからの私は、家庭教師の先生のお話を真面目に、というか熱心に聞くようになりました。
綺麗な彼と、ちゃんとお話しが出来たり、一緒に遊んで貰うためには、私が扱いづらいと大人に思われるような子供では駄目だと思ったからです。
彼は、私が授業中きちんと座っていることの鬱憤を晴らしてくれるかのように、お庭で遊んでくれました。
遊ぶと言っても、私は丈夫ではあっても運動神経に不自由しているので、いわゆる外遊びではなく、またぞろダンゴムシ集めだったのですが、彼は嫌な顔一つせずに、ひたすら私の興味に付き合ってくれました。
二人で土の地面の石の下や、日陰の芝生の根元、お庭の隅の落ち葉の中や、古いブロック塀に空いた小さな穴の中などで大量のダンゴムシを見つけました。
ダンゴムシの生まれたての幼虫は1ミリ程しかないのに親と同じ形をしていて、でも透明で日に当たって段々黒く成長して行くとか、脱皮して脱いだ殻は白いとか、水分が必要でお尻から水を飲むとかを図鑑と照らし合わせながら観察しました。
そこまで究めると流石にダンゴムシからは、なんとなく卒業してしまい、次は柚子の葉に集るアゲハチョウの幼虫が蛹になって蝶に変態するところを観察しました。
図鑑でしか見られませんでしたが、アゲハチョウの一種、ジャコウアゲハの蛹は、まるで後ろ手に縛られた女性の姿のように見えるので、江戸時代には、怪談『皿屋敷』のお菊になぞらえて、『お菊虫』と呼ばれていたそうです。
怖い話は、少しだけ、ホントに少しだけなんですけども、…………苦手です。
私が嫌がるのを知っている兄さまが面白がって、『皿屋敷』の怪談を、私の耳元で話し出そうと意地悪してきたのを、彼が止めてくれました。
彼は優しいです。
心まで綺麗な人です。
私は本当に彼が大好きでした。
もうすぐ6歳の誕生日。
「4月には入学するのだから、お誕生日会は賑やかにしましょうね」
お母さまは張り切っています。
兄さまの6歳の時も、いつもの誕生日の時のように親族と家族で祝うのではなく、お父さまの会社関係の方や、これから通うことになる学校の関係者とか、知人や交友関係者で同学年の子供の居る人をその子供込みで招待して、盛大に祝っていました。
私の時も同じようにするそうです。
親の手を離れて、自分の力で人間関係を作って行くための最初のところを手助けするのだと、お母さまは力説していました。
「社交への第一歩なのだから、ちゃんとした人に、きちんとあなたのことを知っていただかないと」
一方でお父さまは、「どうしたって類は友を呼ぶんだから、どんな友達が出来るかは、本人の行い次第だ」との説を唱えていました。
そんなことより、私は、「学校へ行くようになったら、沢山お友達を作って、他の人ともいっぱい遊べるように社交的にならなくては」と、家庭教師の先生に言われた言葉が引っかかってしまって、憂鬱です。
だって先に学校へ入った彼や兄さまは、段々と忙しそうになって、休日に私と遊んでくれる時間を作るのも、とても大変そうなのです。
それが分かっているのに、聞きわけ良く、私のことは気にしないで、学校のお友達と遊んでくださいなんて、絶対に言い出せない私なんです。
本当に私は、汚いです、勝手です。
この上さらに、自分自身の友達付き合いの合間をぬってまでも遊んでもらいたいなどという要求をしては、彼の心身ともに負担になってしまいそうです。
ただでさえ、彼は昔から体が弱いのです。
我がままだと、甘え過ぎだと、嫌われてしまうのは、怖いです。
とてもとても、怖いです。
それでも私は、彼と一緒に居たいのです。
どうしたら、嫌がられたり迷惑を掛けたりすることなく、彼とずっと一緒に居られるのでしょうか。
悩んで悩んで、丁度家に訪ねて来ていた、常日頃から「私は大好きな人とずっと一緒に居られて幸せなの」と、口癖のようにおっしゃっている伯母さまに相談したら、
「結婚したら、ずぅ~っと一緒にいられるわ」と、綺麗な笑顔で教えてくださいました。
そこで私は、誕生会当日、お祝いのプレゼントを持って来てくれた彼に、満を持しての決死の告白をしました。
「結婚してください、私の兄さまと!」
何故か速効殴られました。
しかもどんくさい私は、そのまま傍に設置されていた結婚式ですかっ、といわんばかりの祝杯シャンペンシャワー用のグラスのタワーに背中から突っ込み、真っ白なシフォンのワンピースを己の血で赤く染める程度のズダボロに成り果てました。
お父さまもお母さまも兄さまも伯母さまも招待された人たちも、それはそれはの大騒ぎになりました。
私は単純に、儚い程に色白で、相変わらず天使のように綺麗な彼には、せっかくの誕生日なのだからと白いドレスを着せられても、ことさら日に焼けた肌や、生来そそっかしい性格ゆえの、転んだりぶつけたりの小さな傷の目立つ手足を持つ私よりも、賢く凛々しく彼の良き友人でもある兄の方がお似合いで、お内裏様とお雛様のように結婚式の雛壇に並んで座っても、きっと美しく釣り合いが取れるだろうくらいの感覚で言っただけなのです。
本音を言ってしまえば、彼と兄さまがずっと一緒に居てくれるならば、兄さまの妹である私も、その傍に一緒に居ることが出来るのではないかと企んでいたのです。
きっと、ずるいことを考えた罰が当たってしまったんですね。
結果、意図せず引き起こしてしまったとんでもない事態に顔面蒼白な体の弱い彼は、砕けて飛散した血まみれ硝子の海から自力で立ち上がり、後頭部から背中にかけて血を噴き出しながら、「転んじゃった~」と、照れ笑いを浮かべる私の姿に気を失って2週間寝込みました。
あんまり怪我の度合いが酷いと、瞬間的には痛みがマヒしてしまうようで、その直後に倒れた私も全治1カ月、リハビリやら傷消しやらで半年以上かかりましたが、最終的に腰と内股の足の付け根のところに痕が残ってしまいました。
まあ、自業自得ですし、人様にお見せするような場所ではないので幸いです。
ですが、大人たちの余計な思惑やら遣り取りやらの結果、事故の後、私が入院中の、それこそ全身麻酔から意識を取り戻すよりも早くに、彼と私の婚約が、両家両親の間で取り決められてしまいました。
がっかりです。
違うのに、綺麗な彼に相応しいのは、私では有り得ないのに。
おまけに家族の面会しか許されなかった入院中に、兄さまから、
「この国では男同士は結婚出来ない」と、教えられてしまいました。
「愛が有ればいいのでは?」と、食い下がったら、
「僕にも彼にも選ぶ権利が有るんだよ?」と、ものすごくイイ笑顔で言い切られてしまいました。
兄さまも彼も、お互いに好みのタイプでは無いとのことです。
しょんぼりです。
身近で探し過ぎたのかもしれません。
だってどんなツテでも、私は彼の傍に居たかったんです。
だけど、それでも怪我を盾にするような婚約は間違っていると思います。
そんな風に彼を縛り付けて一緒に居たかった訳ではありません。
それでは、彼の自由を奪ってしまいます。
私は彼の足枷になりたくなんてありません。
大好きな彼には、誰よりも幸せになって欲しいのです。
「アレは私が悪かったんです。
だから、責任なんて感じなくていいの。
こんな婚約、なかったことにして、あなたに相応しい人と結婚してください」
退院してすぐに、青白い顔色でお見舞いに来てくれた彼に、ベッドの上に伏せた状態とはいえ、誠心誠意訴えたのに、またものすごく怒られました。
「おだいじにっ」
彼は、まるでぶつけるように、ものすごい数の赤いバラの花束を私に押しつけ、そのまま、帰って行ってしまいました。
なんだか分からないけど、怒らせてしまいました。
謝らないと、優しい彼は責任を取らなければと思い詰めてしまっているから、私の拙い言葉では上手く伝えられなかったのかも、と気は焦るけれど、まだ不自由な体では起き上って彼の後を追うことすら出来ません。
なんてことでしょう。
彼を安心させてあげたかったのに、怒らせてしまうなんて。
ベッドの上で凹んでいると、一部始終を見守ってくれていた兄さまが、
「大人の思惑というのは、子供にはどうにも出来ないんだよ」と、教えてくれました。
ついでに、私が戸惑いながら抱えているバラの本数は、きっと108本だよと、教えてくれました。
108って煩悩の数でしたっけ?
「それなら、私が大人になれば、自分たちで婚約を取り止めにしていいのかしら……、でもそんなの先過ぎる」
伯母さまは、女の子は成人の20歳を待たなくとも、親権者の同意が有れば16歳で結婚出来るって、おっしゃっていた。
それだって、10年近くも有るけれど、それだけ有れば、彼に相応しい相手を紹介してあげられるかもしれない。
私の同級生の女の子を探せば、その子が16歳になった時には彼も18歳になっているし、きっと丁度いい筈です。
綺麗な彼に相応しい素敵な女の子を探して、お友達になろう。
お友達の旦那様になら、ずっとは無理でも会うことは出来る、……かもしれないし。
……変かな? う~、そこは今から考えても仕方ない。
とにかく、素敵な女の子とお友達にならなくては。
そのために、お勉強も習い事も頑張って、外遊びも控えて、普通の女の子らしく、綺麗になる努力をしましょう。
『類は友を呼ぶ』と、お父様も言っていたもの。
私が頑張って完璧な女の子を目指せば、そんな付け焼刃な私なんかより、も~っと素敵な女の子、彼に相応しい本物のお嬢様と知り合えるチャンスが、きっと増える筈です。
そういう素敵なお嬢様を 彼のために探そう!
彼にお似合いの、彼を幸せにしてくれる人と幸せになって欲しいから。
「兄さま、私、頑張って彼に相応しい素敵な人を探すわ。
そして、絶対16歳までに、ううん、出来るだけ早く、彼を私から解放してあげるの!」
私の幸せは、大好きな彼を幸せにすることだから。
安静にしなければならないベッドで、婚約者になった幼馴染から贈られた真っ赤なバラの花々に囲まれながら拳を握りしめて熱く語る妄想が暴走しがちな妹の決意に、幼馴染の本意を知る唯一の友人である兄が、「(君たちのこれからが色々と)おだいじに」と、そっと溜め息をついていたことなど、この時の彼女には分かろう筈が無かった。
赤いバラは「愛しています」
108本のバラは、「尽きることのない愛」転じて「結婚して下さい」
黄色い小輪のバラは「笑って別れましょう」
『おだいじに』は「お大事に至りませんように、お祈りしております。」か「お大事に至りませんように、ご自愛なさいませ。」という言葉の略から生まれた言葉です。
兄さまは清廉潔白な人格者に見えて、結構腹黒いです(笑)
彼は他人の悪意が見えてしまう特異体質で人間不信気味。
彼女は自分を詰まらない人間と思い込んでいますが、素直な努力家で、実は見聞きしたことを忘れない才能の持ち主。
とかいう裏設定もあったのですが生かせてないですねぇ(´・ω・`)
万が一ご要望がありましたら「彼視点」も……。ナンチャッテ