みにくい、みにくい少女と、あべこべ世界
※企画物に付き、黒井雛のPNは使っていません。
昔、昔…と言ってしまうにはわりと最近な、少しだけ昔。
地球のある国、ある町に、一人のみにくい少女がおりました。
その少女の容ぼうのみにくさを、なんと表現すればいいのでしょう。生まれてこの方…そうまだ小さな小さな子供だった頃から、お世辞ですら可愛いと言われたことがとんと無かったくらいだと言えば、想像がつくかもしれません。裕福な少女の両親が、少女があんまりみにくかったので、こんなみにくい少女はとても育てられないと、生れてすぐに乳母にあずけて、それ以来ろくに会いに来ることもないくらいのみにくさです。すてるほどあったお金だけは、ぎむのように使ってくれたので、少女が衣食住に不自由することがなかったのが、せめても救いでした。
少女はその容ぼうもとてもみにくかったのですが、その心もまた、けして美しいとは言えませんでした。
ねたみっぽくて、悲かん的で、いつも他人を、運命を、世界を呪ってばかりいる、そんな少女でした。
顔がみにくいのに、心までみにくいなんて…そう眉をしかめたあなたは、きっと容ぼうに(少なくとも少女以上には)恵まれているか、聖人のように心が美しい人なのでしょう。えてして、顔がみにくい人間というのは、心のあり方もまた、歪みやすいものです。だって、この少女がそうであったように、顔がみにくい人間は、顔が美しい人間よりも、ずっと苛こくな環境におちいりやすいのですから。少女の心がみにくくなってしまったことは、とても自然なことです。昔話でみにくい顔の人間が、心もみにくくえがかれることが多いのは、きっとそういうことなのでしょう。
少女は、自分より顔が美しいにんげんにいじめられるたび、口ぐせのようにさけびました。
「わたしがまほうつかいだったら、おまえの顔をみにくく変えてやるのに!!
わたしがけものだったら、おまえの顔をつめで引き裂いてやるのに!!
わたしがドラゴンだったら、おまえの顔を炎で焼きこがしてやるのに!!
わたしがまおうだったら、こんな世界すべてほろぼしてやるのにっ!!」
少女は町中のきらわれものでした。そして少女もまた、町中の人間をきらっていました。
少女は、自分より美しい人間はみんなきらいでした。そしてかなしいことに、町のほとんどの人間が、少女よりは美しい容ぼうをしておりました。
町の中で少女がきらいではない相手は、いつも少女の面どうを見てくれる、昔火事でやけどをおって顔がやけただれたみにくい乳母と、病気で毛があちこちはげた、びっこののら犬だけでした。
ある日。いつものように少女が学校でいじめられた帰りみち。
じめんを見ながらとぼとぼと家じについていた少女の足元に、ふしぎな幾何学もようのまほう陣があらわれました。
まほう陣に気がついた少女があ、と声をあげる前に、まほう陣はまばゆいばかりの光を発して少女をのみこみます。
――光がおさまった瞬間、少女は、地球のある国ある町から、永遠にすがたを消してしまっていました。
まほう陣にすいこまれた少女は、次のしゅんかん、まったく別の場所にいました。
まほう陣が発した光があんまりつよかったので、少女のちいさな目はすっかりこんらんしてしまったのか、周囲がよく見えません。
だけど、まわりの歓声は、たしかに少女の耳に入ってきました。
「聖女さまだ!!聖女さまが、あらわれなさったぞ!!」
「美しい、美しい聖女さまが、われらのよびかけにこたえてくださった!!」
「聖女さまが、われらの国に、幸福をあたえてくださるぞ!!」
聖女?それは少女のことでしょうか。
少女は顔から血の気がひいていくのを感じました。
状況は分かりませんが、少女をかこんでいる人たちは、美しい聖女があらわれるのを期待しているようです。だけどじっさいあらわれたのは、みにくい自分です。
きっと彼らは少女の顔をきちんとみれば、失望することでしょう。がっかりされるだけならまだいいです。もし少女がみにくいあまり、少女があらわれたのはまちがいだとして、彼らが怒ってしまったら。きっと少女はとてもかなしい、ひどい目にあってしまうでしょう。
少女はあわてて自分の顔をかくそうとしました。しかし、顔に当てた手は、すがたがわからないだれかにつかまれます。
「さぁ、聖女さま。美しいそのお顔を、わたしにみせてください」
少女は絶望しました。ふりかかってくるだろう、ののしりのことばにたえるべく、ぎゅっとつよく目をつぶります。
しかし、かけられたことばは、少女のよそうとはずれておりました。
「――あぁ、おもっていたとおりだ。おもっていたとおり、聖女さまは、とても美しい!!」
おどろいた少女が目をみひらくと、あちこちから歓声があがりました。
やがて光でだめになっていた目が順応し、少女の視界に、とりかこんでいた人たちをうつしだします。
少女はおもわずひめいをあげました。
「美しい聖女さま、どうか、私たちの国をおすくいください!!」
少女をとりかこんでいたのは、とても美しいきらびやかな服を身にまとった、みにくい少女ですら、ぞっとするほどみにくい人たちでした。
少女が召喚された世界は、人間の顔の美しさとみにくさが逆転した、あべこべ世界でした。
みにくい人々はいいます。少女は異世界から召喚された聖女なのだと。
いるだけで、世界に安定をもたらす、とくべつな存在だと。
少女は見たこともないようなうつくしい衣装を着せられて(それはみにくい少女にはてんでチグハグで、まったく似合っていませんでしたが、そんなことは全く気になりませんでした)、ごうかなお城で、お姫さまのようにあつかわれました。なに不自由ない、ぜいたくなくらしです。
みながみな、少女を美しいとほめたたえます。少女をたからもののように扱います。
国で一番美しいとされる…少女にとってはたまらなくみにくい王族の男性たちは、こぞって、少女にあいをささやきます。そのかたわらで、少女がかつて美しいと思っていた顔だちのひとたちが、みにくいといわれてさげすまれています。
その、気分がよいことといったら!!
少女はみにくい顔立ちの王さまたちをあいすることはできませんでしたが、美しいとしょうされる存在にあいされている現状には、心から満足していました。みながみな、少女をうらやましがります。だれかにうらやましがられる。そんなことは、いままでのみじめな少女の人生ではじめてのことでした。
少女がささいな親切をおこなえば、それは何倍にもなってかえってきました。聖女さまは、顔だちだけではなく、こころまで美しいのだと、みながみな声高に少女をたたえます。元の世界ではけして、ありえなかったことです。同じ行いをしても、顔立ちが美しいか、みにくいかで、ずいぶんとまわりの評価はかわってくるものです。
あぁ、美しいとされる存在にとって、世界というのはなんと優しくできているのでしょうか!!
この世界で少女は、だれよりも優れた、美しい、とくべつな存在なのです。
少女は生まれてはじめて、満たされていく気分を味わいました。いままでの人生、すべてに復しゅうしている気分でした。
少女はとても、幸せでした。
ある時、少女はとてもみにくい使用人がいるといううわさを耳にしました。
その使用人はあまりにもみにくくて、顔をあわせた人間の気分がわるくなるため、みなが寝しずまった夜に、一人で仕事をこなしているということです。うわさをきいた少女の心ははずみました。
この世界でそれほどみにくい人間だということは、もとの世界ではとてもとても美しい顔立ちをしているはずです。そんな人間が、かつての少女のように、とてもとてもみじめなあつかいを受けているというのです。なんと、ゆかいなことでしょうか。
美しい人間がしいたげられているさまを直接みたくなって、少女は夜中、こっそりとうわさの使用人に会いに出向きました。
「…初めまして、聖女さま!!こんなみにくい人間が、あなたの前にすがたをさらしてしまって、申し訳ありませんっ!!」
少女を見るなり、平伏したのは、息をのむほど美しい少年でした。
「私が好きで会い来たのだから、気にしないでちょうだい」
少女は、少年のあまりに美しいその姿に、むねの奥がしめつけられるのを感じながらも、あわれみのことばを口にしました。
「…それにしても、あなたはずいぶんみにくいのねぇ。かわいそうにっ!!」
少年をばかにするように発したことばは、ブーメランのように、すぐさま少女のむねにつきささりました。
この世界に来ていらい忘れたはずの劣とう感が、うずきだします。
それほどまでに、少年の顔立ちは、少女にとって美しかったのです。
「僕をあわれんでくださるのですね。聖女さまはうわさどおり、とてもお優しい」
少年は少女の悪意にきづかず、心のそこからうれしそうにほほみます。少年の美しい顔が、ますます美しくかがやきます。
「…だけど、僕はちっとも不幸などではないのですよ。僕はとても幸せな人間なのです」
少年から発せられたことばに、少女は耳をうたがいました。
この世界ではたまらなくみにくいはずの彼が、なぜ幸福なのだといえるのでしょう。元の世界でみにくかった自分は、世界で一番不幸だとおもっていた…いえ、今でも世界で一番不幸だったとおもっているというのに。
「あなたは、そのみにくさをののしられたりはしないの?」
「いえ、みなさま、僕の顔をみるといやな顔をされます。ひどいことばをかけられたりします」
「じゅうぶん不幸じゃないのっ!!」
「いえいえ、そんなことは不幸のうちに入りません」
少年はためらいなく、首を横にふりました。
「顔がみにくいなんて、ささいなことです。僕ははたらく時間こそちがっても、ちゃんとお仕事をいただいています。お仕事にみあったお給料をもらって、ごはんをたべています。なんて幸福なことでしょう。これ以上をのぞんだら、ばちがあたります」
それは少年の本心からのことばのようでした。
少年と別れた少女の心の奥は、マグマのようににえたぎり、荒れていました。
なぜなぜなぜなぜっ!!
少年は、世界を呪わないのでしょう!?
幸福なのだと、言えるのでしょう!?
この世界でたまらなく、みにくいとされる存在なのにっ!!かつての自分と、おなじようにしいたげられ、見下されているのにっ!!
自分は世界を呪っていたというのに、なぜ少年はかくも美しい心のままでいれるのでしょう!?
少女は、幸せだった気持ちが急速にしぼみ、たまらなくみじめな気分におそわれました。自分が、どうしようもなくみにくいみにくい存在だと、おもわざるえませんでした。
「…そうだ、きっと、みじめさが足りないだけだわ。私のほうが、みじめな環境にあっただけだわ」
少年は、人目をさけて夜に仕事をおこなっています。それだけ辛いめにあうことが少ないのでしょう。だからこそ、美しい心のままでいれるのです。ただ、それだけのことなのです。きっと、もっともっとみじめな環境にいれば、少年の心もまた、歪むのでしょう。かつての少女と同じように。
「みにくく、みにくくなればいいっ!!その心まで、全てっ!!」
――少女は、少年を陥れる決心をしました。
みにくいとされる存在が、美しい心を持ちつづけていることが、少女にはゆるせなかったのです。
「顔がみにくいからって、一人だけ仕事の時間をずらされるなんてかわいそうだわ。差別よ。私が王子にたのんで、まわりに差別をしないように言ってあげる」
「みにくいから、友人もいないのでしょう?私が、あなたの友人になってあげるわ」
「顔じゃなくて、大事なのは心よ。心がきれいなあなたが、大好きよ。私の一番のお友だちさん」
少女が少年にむけることばは、行どうは、一見思いやりに満ちあふれているようでした。だけど、少女は知っていました。自分が少年にやさしくすればするほど、少年は追いつめられていくことを。うつくしい聖女に好かれるみにくい存在を、周囲がけしてゆるさないことを。
嫉妬にとりつかれた人々は、少女のかげで少年を今まで以上にしいたげました。少女はそのことに気づいていながら、見て見ぬふりをしました。
自分を、理不尽にしいたげてくる人々を、少年がうらめばいいとおもいました。
うらんで、にくんで、呪えばいいのです。
そして、その美しい心をみにくく、みにくく歪めればいいのです。
「かわいそうに…あなたはほんとうに不幸でかわいそうだわ」
しかし、ことあるごとにそうやって少年を優えつ感たっぷりにあわれもうとする少女のことばに、少年はいつも幸せそうに笑って、首を横にふりました。
「いいえ、聖女さま。僕はちっとも不幸などではないのですよ。僕はとても幸せな人間なのです」
とうとう、少女を愛する王子のひとりが、暴挙にでました。少年にありもしない罪をきせて、投獄したのです。
みなのきらわれ者の少年を、かばう人はいません。少女もまた、かばいませんでした。
少年は理不尽にも、ありもしない罪のせいで死刑を言いわたされました。
処刑の前夜。
少女は意気揚々(いきようよう)と少年のもとへ足をはこびました。
人払いした牢やの前で、少女は少年に残こくな真実を語ります。
少女がずっと、少年をきらっていたこと。
少年が不幸になるように、しむけたこと。
全てを語ったうえで、少女はみにくい歪んだ笑みを浮かべて、少年に言います。
「かわいそうに…あなたはほんとうに不幸でかわいそうだわ」
ののしりのことばが、呪いのことばが返ってくることを、さもなくば嘆きの声を少年が発することを期待していました。
しかし、少年は、そんな状況でおいても、首を横にふっていつもと同じことばをかえしました。
「――いいえ、聖女さま。僕はちっとも不幸などではないのですよ。僕はとても幸せな人間なのです」
少年は、そう言ってとても美しい笑みを浮かべました。
「だって、僕は、聖女さまが僕のことをきらっていることを、ずっと前から知っていましたから」
それは少女にとって、信じられないことばでした。
「じゃあ…じゃあ、なんで私をうらまないの!?にくまないの!?私はあなたを陥れて、ついにはその命さえうばおうとしているというのにっ!!」
少女は悲痛な声で叫びます。
「だって、聖女さまにどんなおもわくがあっても、僕はうれしかったんです。僕を気にかけて、声をかけてくれることが、とてもうれしかったんです」
少年のことばが、少女には理かいできませんでした。
「僕はずっと、こどくでした。みにくさから、だれも僕とかかわりあいを持とうとはしてくれませんでした。いつだってみんな、僕をみないように、いないものとしてあつかおうとしてきました。…だけど聖女さまは、まっすぐに僕をみて、僕とはなしをしてくれた。どんな負の感情であれ、まっすぐに僕に気もちを向けてくれた。それが僕には、たまらなく幸せだったのです。僕の死が、聖女さまの心にやすらぎをもたらせるというなら、それほど幸せなことはありません…そう考えると、やっぱり僕は、幸せな人間なのです」
少年は、どこまでも、どこまでも美しい心の持ち主でした。
翌日、午後。少年の処刑が決行されました。
なわにしばられた少年は、これから理不尽に死にいく人間なのだとは信じられないくらい、幸せそうに笑っていました。
時計がボーン、ボーンと鳴って、処刑の時間を告げました。
少年の首元に、しっこう人の剣が向けられます。
しっこう人が、剣を振りあげた、その瞬間。
「――待って!!待って!!その人を、殺してはいけません!!」
群衆から飛び出して、少年を庇うようにおおいかぶさる人物がいました。
――少女、でした。
「この人を殺してはいけませんっ!!この人を殺すなら、私もともに死にますっ!!」
少女のことばに、周囲はざわめきます。
聖女が不幸に死ねば、国は災いがふりかかります。絶対にあってはならないことです。
だからこそ、少女は自分のいのちを今、引き合いにだしました。少女の手には、小剣がにぎられています。もしねがいがかなわないのなら、本当にそれを自分の首に突き立てる気でした。
「聖女さま、なぜそんなみにくい人間をかばわれるのですか!!」
「そんなみにくい人間は、美しいあなたがかばう価値なぞありません!!」
「――ちがいますっ、ちがいますっ、あなたたちはみな、まちがっています!!」
少女の目から、なみだがつぎつぎとあふれました。
「私は、心も顔も、みにくい人間なのです…っ」
美の基準が変わっていても、少女の顔立ちがみにくい事実はかわりません。少なくとも少女にとっては、自分の顔がみにくいのだという事実はかわりません。
心に関しては、いうまでもありません。元の世界でもみにくい心が、いくらまわりからほめそやされたところで、美しくなるはずがありません。劣とう感から、罪のない少年を陥れようとした自分は、どこまでもみにくい心の持ち主です。
自分は、どこまでも、どこまでもみにくい人間なのです。世界が変わっても、基準がかわっても、それは紛れもない真実です。
「彼こそが、彼こそが美しいのです…っ!!本当のいみで、美しいのは彼なのです…っ!!」
みにくいとしいたげられながらも、美しい心を持ちつづけた彼こそが、きっと真実美しい人間なのです。
「彼こそが、世界で一番、美しい…っ!!」
誰が否定しようと、少女にとってそれは、まぎれもない真実でした。
「――いいえ、世界で一番美しいのは、あなたです」
そんな少女のことばを、否定する澄んだ声がありました。
声の持ち主は、他でもない、あの少年でした。
そのうつくしいエメラルド色のひとみから、少年もまた、次々となみだをあふれさせておりました。
「僕をかばってくれて、僕を美しいといってくれるあなたが、世界で一番美しいのです」
そういって、少年は笑いました。
なみだと鼻水で顔をぐちゃぐちゃして、いたみをたえるように歪んだその笑みは、少女の元の世界の基準でも美しいとは言いがたいものでしたが、少女にはどんな笑みよりも美しく見えました。
「…少なくとも、僕にとっては、それが真実です」
王さまたちと話し合いをかさねた結果、少女と少年は、森のおくのちっぽけな小屋で、ふたりでくらすことになりました。王さまたちは、少女に城でくらしてほしがりましたが、少女はことわりました。存在するだけでいい聖女ならば、わざわざ城でくらす必要はありませんから。
ただ、ちゃんと少女が健康で、幸福にいきているか、定期的にたしかめにおとずれることはゆるしました。聖女としてのぎむは果たさなければなりません。
少女は王さまたちが提案した、ほじょ金も断り、ふつうの平民のように畑をたがやしたり、狩りをしたりして自給自足で暮らすことにしました。ぜいたくとは無縁な生活ですが、ふしぎと不満はわいてきません。
「美しい聖女さまとふたりでくらせるなんて、なんて幸せなのでしょう。僕はきっと、世界で一番幸せな人間なのです」
少女をうっとりと見つめながら毎日のように少年がそう口にするたび、少女はひどくふくざつな気持ちになります。
少年こそ美しいのだと、自分はどうしようもなくみにくいのだと少女が何度言っても、少年は首をよこにふって否定します。
美しさとは、いったいなんなのでしょう。
いくら考えてもこたえは出ません。
でも、そんなことはどうでもいいことなのかもしれません。
少年にとっては少女が世界で一番美しい存在で、少女にとって少年が世界で一番美しい存在であることには変わりがないのですから。二人きりで過ごすこの家では、それ以外の人間の価値観など、存在しないのですから。
少年と過ごす日々は、とてもおだやかで、あたたかなものでした。
少年は自分を世界で一番幸せな人間だと口ぐせのようにいいますが、少女はそうは思いません。世界で一番幸せなのは、きっと少女の方です。少年と共に暮らせる少女こそが、世界で一番幸せなのです。
ふたりでくらす、幸せなちいさな家。
――この家には、鏡がありません。