魔王の姿
少女は嬉しそうに言った。
『私、すごいんだよ!先生にすごいって言われてるんだよ!』
王も嬉しそうに返事をした。
『ハハハ、そうか!ではこの国は安心だな!頑張るのだぞ!』
少女は笑いながら駆けて行った。
『準備はよろしいですか?』
『はい』
少女は老人に固い返事をした。
老人は笑って言った。
『緊張することはありません、自分の精一杯の力を出せば良いのです』
『…精一杯?』
『はい、思うように魔力を解放なさってください』
少女は頷いた。
周囲には王や、沢山の人々が集まっていた。
『では、始めますよ』
老人が手を空に翳した。
すると少女の周囲がきらきら輝き出した。
少女は力が漲る気がした。
『……!!……』
少女は魔力を解放した。
少女からまばゆい光が放たれた。
『うっ……!…これはすごい……』
王が驚いて言った。
『…!?………くっ………うぅっ…!!』
老人がうめき声をあげ始めた。
周囲がざわつき出した。
『!!!……』
少女はさらに力を込めた。
少女の光が一層大きくなった。
『な…なんだ!?』
『う……うわあぁぁああぁぁ!!!』
『王!お逃げ下さ……』
疲れ切った少女はゆっくりと目を開けた。
『………え…?』
先程とはまるで違う光景が映っていた。
人々が瓦礫の中に倒れていた。
遠くで一人の男がよろよろと立ち上がった。
『ぁ…ば…化け…物……』
男はすぐに倒れた。
近くでまた別の声がした。
『ま……魔王……だ……魔王の化身だ……!』
少女は振り返った。
先程笑ってくれた老人が倒れていた。
王が傷だらけで震えていた。
少女は自分の手を見た。
少女は震え出した。
『ま、魔王を殺せ!!』
そんな叫び声が聞こえた。
少女は走り出した。
少女の体は震えていた。
少女は泣いていた。
仮面を付け、黒いローブにフードを着込んだ魔王は静かに立っていた。
ある小さな魔物が魔王に近づいていく。
「………うぅん、大丈夫」
魔物は魔王に、自身の尻尾をぺしぺし当てた。
「おいでよ」
魔物はいくつもの尻尾を使い、魔王の肩に登っていった。
魔王は肩に乗った魔物を人差し指で触った。
「また…誰か来るよ。私を倒しに……」
その時、魔王のいる広間の扉が開いた。
ギギィーッと軋む音の後ろから、男が現れた。
魔王は低い声で言った。
「……よくここまでたどり着いたな。お前には魔王と闘う資格が」
「魔王なんかじゃねぇだろよ」
暗闇で男が喋った。
魔王は聞き覚えのある声に驚いた。
「………勇者か」
「ん、まぁ。もう嫌になったけどね、その呼び名。俺アディンね」
炎が次第に暗闇を照らし、アディンの姿が映し出された。
アディンは剣を持っていなかった。
「で、君はルビーナだ」
「!!」
魔王は言葉を失っていた。
「ちゃんといるじゃないかお姫様は」
アディンは魔王ルビーナを指差した。
「……だから何だ」
「うわぉっ!」
ルビーナは手をアディンに向けて突き出した。
アディンは吹き飛ばされ、扉にぶつかった。
「私は魔王!強すぎるから魔王なんだ!」
「あいてー……確かに強いね」
しかしアディンはやはり平気で立ち直った。
「…何故生きてるの?あの時私は最大の魔力を放ったのに」
「あー……昨日は確かにやばかったな、俺も死にかけた。てゆーかここも吹っ飛んだよな?魔法で直しちゃったわけ?」
アディンはキョロキョロと広間を見回した。
「ま…何にせよ君の魔力は化け物並ってことだな。だから皆勝手に君を魔王呼ばわりするわけだ」
「……その通りだ」
ルビーナは仮面の下で唸った。
「私はたくさん人を殺してしまった…!こんな力のせいで!私は化け物なのよ、魔王なのよ!皆私を恐がるのよ!」
叫ぶ魔王の肩で、小さな多尾の魔物はフサフサの尻尾をルビーナの首元に巻いた。
ルビーナはそれを一瞥し、今度は落ち着いた声で言った。
「…魔物は私を恐がらない。力があっても、みんな一緒」
「俺も恐くねぇよ」
アディンはさらりと言った。
「偽の魔王なんか恐くもなんともないね。あんな魔力なら俺は死なない」
ルビーナは少し驚いた。
が、肩に乗った魔物をゆっくりと下に降ろすと、奥へとやった。
「……だったら」
突然、ルビーナの身体が光り始めた。
「私が魔王じゃないって証明しなさいよ!!」
ルビーナは光を両手に集め、アディンに向けて解放した。
「むっ……」
アディンを強力な魔法が包み込んだ。
凝縮された魔力がアディンを焼き尽くした。
「………はぁ……はぁ」
ルビーナは最大級の魔力を使い、息を切らせていた。
「………ぁ………」
そして目の前に釘づけになった。
「……ホラ………国を滅ぼせたって俺は滅ぼせない」
アディンはルビーナを見下ろした。
「…ぁ…ぁ………」
ルビーナはアディンであるはずの魔物を見上げていた。
翼と角、硬い剛毛の生えた凶々しい姿のアディンは、野太い声で話した。
「そうそう、それだよ。皆が魔王を見る目っていうのは」
正しく魔王に相応しい風格を目の当たりにし、ルビーナは絶句していた。
「俺が恐い?恐いだろ?魔王みたいだろ?」
アディンは巨大な顔をルビーナに近付けた。
ルビーナは腰を抜かしてその場にへたれこんだ。
「…魔王ってのはさ、そういうもんなんだよ。今君は恐怖を感じてるだろ?ほら、あいつもびっくりしてる」
アディンは部屋の奥に隠れた多尾の魔物を指した。
そして鋭い爪の生えた大きな指で招いて見せた。
「こっち来いよ。もう大丈夫よ」
多尾の魔物は、ててっと尻尾を使って二人のところへ走って来た。
アディンは手でそっと魔物に触れた。
「でもほら、恐がらないっしょ?君が言ったようにさ」
アディンは牙の並んだ口で笑った。
多尾の魔物は、何事もないように再びルビーナの肩へ乗った。
ルビーナは唖然としていた。
「……魔王なんていないんだよ。君が思い描く魔王の姿、皆が脅える恐怖の力。それが魔王なんだよね」
「…………」
ルビーナはアディンに聴き入っていた。
「俺さ、半魔なんだよ。半分だけ人間で、半分だけ魔物。しかもごっつ怖いのな」
アディンは親指で自分を指差した。
「昔から苦労したぜ……こんな姿だから誰も近寄らない、恐がる。まだちっちゃかった時はよかったけどさ、大きくなると姿も磨きがかかって恐くなるんよ。そうなりゃ皆こう言うわな、『魔王を倒せ』ってよ」
アディンは一息入れた。
「世界中に逃げ回ってさ…こうやって人間の姿になれる魔法を会得するまでずっと一人だったんよ。まぁ今でもあんまり変わらないけどさ、好き勝手やったよ。女の子追っかけ回して喧嘩して…」
ルビーナは俯いた。
すると多尾の魔物が顔に擦り寄った。
「そんな時にだ…いきなり勇者になれ、だ。笑っちまうよ、今まで魔王だったのが、魔王を倒す勇者になったんだからな」
いつのまにかアディンの声は元に戻っていた。
ルビーナは俯いていた顔をあげた。
そこには優しく笑う勇者がいた。
「まぁ…魔王なんていなかったわけだから、もう勇者も要らないんだけどさ」
ルビーナは弱々しい声で言った。
「でも…私は…いつまでも魔王だ……」
「…まぁそんなに魔王がいいならそれでいいけどさ」
と、ルビーナの仮面が取られた。
「ぁ――………」
アディンは十五歳の少女の顔を覗き込んだ。
魔王などとんでもない、まだ幼い顔立ち。
それでも彼女の緑の瞳は、強く、澄んでいた。
「俺こんな可愛い王女をほっとくほど野暮じゃないぞ?」
ルビーナは思わず顔を歪めた。
そしてアディンに飛び付いた。
「おとと……」
「ぅ…ひぐ……っ」
フードがとれて、ルビーナの銀色の髪が見えた。
ルビーナはアディンの胸に埋まっていた。
「ひぅ゛っ……私魔王じゃらい……ぐす……」
「うんうん……俺だって勇者なんかゴメンだね」
アディンはルビーナの肩をぽんぽんと叩いた。
もう片方の肩で、多尾の魔物が尻尾を振っていた。
「考えてみれば、ここの魔物は皆君を守っててくれたんだなぁ……悪い事したかな」
「ぅんっ……皆…友達だった…」
アディンは多尾の魔物の頭を撫でた。
「悪かったなぁ…俺も襲われたからよ」
ルビーナはアディンから少し頭を離した。
「私がっ…国から追われて…ぐすっ……泣きながらここへやってきたら……皆私を守ってくれた…だから……私も……」
「成る程ね……余計魔物を引き連れた魔王に見えちまったわけか…」
ルビーナは頷いた。
「だから……私が戻ってもきっと皆……ひっぐ……恐がって……」
「……健気だなぁ全く……」
アディンは立ち上がった。
「よぅし!なら俺が君の汚名を返上してやる!」
「え……?」
ルビーナはきょとんとアディンを見上げた。
「君は魔王じゃないってことを皆に証明すんだよ。俺に言わせりゃ、本当は君の顔見ただけで証明になるんだがな」
ルビーナは少し顔を赤らめた。
「いいか、俺の言う通りにするんだ……」
アディンはルビーナの肩を持って話し始めた。
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