まだ平和だった頃 〜捜査開始 3〜
「今日もきっと‥‥‥」改札口を指差し、艾はそう言った。
しかし、
「あれれ、あそこには誰もいないよ、お姉さん」
「あらっ本当ね」
そう言いながら艾は柱を見に行った。小五郎が着いて行くので、蘭とコナンもそれに従った。
「あの、ストーカーはいつもこの時間帯に、ここにいるんですか?」
小五郎が質問した。
「はい、そうです。だから、この時間にわざわざ来てもらったんです」
今は夕方5:00位。会社帰りとしては早すぎるような気もするが──
「いつもこの時間帯に勤め先から自宅に帰るんです。そしてこの辺りに男の人が立っていて‥‥
今日はいないみたいですが、いつもはいて、後を着いて来るんです」
艾は必死に訴えるように話した。そんなことしなくても、女性に弱い小五郎が艾を疑う訳ないが。
「その男の人、お姉さんの家まで着いて行くの?」
「ええ、そうよ。家の前にずっといる事もあるのよ。気持ち悪くて、怖くて、何にも出来ないわ」
「ふーん。じゃあその男の人は、お姉さんに着いて行くだけで、悪い事は何にもしないの?」
コナンは子供らしさたっぷりに質問してみた。
「ええ、まあ、そうよ」多少うろたえながらも、艾はそう答えた。
「それなら、何に困って毛利探偵事務所まで来た‥‥‥」
「‥‥‥ばか野郎! ただでさえ女性の一人歩きは危ないのに、その上変な男に着いて来られたら気持ち悪いに決まってるだろ! ガキは引っ込んでろ!」
ここは普通の住宅街。駅近くにはさすがに住宅はないが、駅近くだからといって危険な雰囲気が漂っている訳ではない。毎日5:00頃帰宅するなら危険など無いように思えるが、小五郎が言うには危ないらしい。やはり、美人には優しい小五郎である。
「いつも会えるならその男の人に訊いてみればいいじゃん、どうして後を着いて来るのって」
「えっ、ああ、まあ、そうだけど‥」
「‥そんなこと出来れば苦労しねぇよ。わざわざ俺に相談しに来るまでもない。
どうも迷惑をかけてすみません」
「いえいえ、子供らしくていいじゃありませんか」
コナンの質問に狼狽していた割には、優しい答えである。
「そう言って頂けると助かります。ところで、どうしますか? 今日はストーカーがいないようですが‥‥ お宅までお伺いしますか? それとも今日はここで引き上げましょうか? もしもお宅までお伺いするようなら、この二人は置いて行ってもいいですが‥‥‥」
「‥‥‥そうですね‥‥毛利さんには来ていただいた方が安心ですが‥‥でも、坊やが来てもつまらないでしょうから‥」
「じゃあ、私とコナン君はここで待ってます。きれいな喫茶店もあるし‥‥‥」
「あら、いいの?」
蘭の台詞が、艾には意外だったらしい。着いて行く気満々だったコナンも驚く。
「ええ、艾さんのストーカーが早くいなくなってくれた方がいいんで‥‥」
「まあ、ありがとう。優しいわね。あの喫茶店、本当いい所よ。こんなこと言う立場じゃないけど、ゆっくりしてって」
「はい」
蘭が返事をする。
「おう、じゃあ終わったら迎えに行くから、あそこで茶でも飲んで待っててくれ」
「はーい」
小五郎と艾は行ってしまった。
「じゃあ行こうか、コナン君」
「う、うん」
今いる道路の向かい側に、白くてきれいな喫茶店がある。そこに向かって、蘭とコナンは歩いている。
その喫茶店は中もきれいだった。白いペガサスを描いた絵があり、その前の席に二人は座った。
「綺麗な絵ね」と蘭が言う。
絵のペガサスは翼を広げ、今にも飛び立ちそう。そんなペガサスの周りを淡い、きれいな色の光が囲んでいる。迫力がありながらも、とても綺麗な絵だ。
「うん、きれいだね」
コナンは相槌をうった。
「コナン君は何を注文する? アイスコーヒー?」
「うん」
「そっか、じゃあ私は‥‥‥ えっと〜 ピーチティーにしようかな」
メニューのソフトドリンクの欄に
〔店長お勧め! アイスピーチティー!!〕
と書いてあった。
「あっ、このチョコレートケーキおいしそうよ、コナン君。スノーショコラだって。シュガーが雪みたいにケーキに架かっててきれいね」
「じゃあ 僕、それ食べる」
実は腹が空いているコナンは、蘭の誘いに乗った。
「じゃあ私も食べよっと。他に何か注文したいものはある?」
コナンは横に首を振る。「そっか、あっ、すみません」
蘭の呼び掛けに店員さんが答えた。
無事、注文が終わると沈黙が訪れた。コナンが新一の姿なら、きっと今頃、会話が弾んでいるはずだ。
しかし、コナンの姿だとどうも話しかけにくい。小学一年生になりきるのが、蘭と二人きりではとても難しい。いつもは、淋しがり屋で沈黙嫌いの蘭がコナンに話しかけてきて、なんとかなるのだが‥‥‥
今日は‥‥‥
蘭が考え事をしているようだ。
それで、コナンと蘭の二人がいるテーブルは静まり返っている。
……
「お待たせ致しました。アイスコーヒーのお客様」
沈黙を破ったのは店員さんだった。
「あっ、いえ、私じゃないんです。この子にお願いします」
自分の方に近付くアイスコーヒーに気付き、蘭がハッとした。
「失礼致しました」
──こんな小さな子が?── という思いは口に出さず、店員さんはアイスコーヒーをコナンの前に置いた。
「じゃあ食べようか。いただきます!」
「うん、いただきます」
アイスコーヒー、アイスピーチティー、そしてスノーショコラもとてもおいしい。
しかし、二人がいる空間はとても静かで、話し声が聞こえない。
蘭は何かが気になるようだ。ピーチティーを飲みながら。一点を見つめている。
コナンはその何かが分かったような気がして、蘭に話しかけてみることにした。
「おじさん、今頃何をしてるかな?」
唐突に、しかも今考えていた事を話しかけられて驚く蘭。
「あっ、そういえばそうだよね」
……
また沈黙…
会話が続かない…
仕方なくコナンは再び蘭に話しかけてみた。
「あの女の人とおじさんを一緒にして、大丈夫かな?」
「そうよね‥ ちょっと心配‥‥」
「お父さん、変な事してないかな? お母さんの事忘れて‥」
蘭は不安な目をする。
「艾さんの家に行くのは、また今度にしとけば良かったね」
(そういえば蘭は、俺になんにも聞かないで、俺達は喫茶店で待っていることにしちまったよな‥‥)
そんな事を思いながらコナンがそう言った。
「ううん、だめよ。それじゃ」
蘭はすぐに否定した。
「えっ、なんで‥‥」
こんなに強く否定されると思っていなかったコナンは、驚く。
「だって、艾さんがかわいそうじゃない。変な人に後を着けられるなんて‥‥ それに、さっき聞いたんだけど、艾さんは結婚してないし、恋人もいないんだって。だから誰も艾さんを守る人がいないのよ。だから‥ だから、せめてストーカーが早くいなくなってくれたら‥‥‥ 嬉しいじゃん」
蘭はコナンにそう語った。
「そうだね‥‥」
恋人のいない艾と、新一から連絡のない蘭の姿が重なり、妙に納得できてしまうコナン。
(早く‥‥‥‥ 元に戻らないとな‥‥‥)
アイスコーヒーを飲みながら、コナンはそう思った。
「おいしいね」
「うん」
二人とも、スノーショコラを食べていた。それはおいしい、しかし会話はいまいち弾まなかった。
「よ〜し。終わったから帰るぞ」
小五郎が帰って来た。なんだか嬉しそうな様子だ。
「なんだよ、二人して同じケーキ食べて」
精算を済ませた小五郎がそう言った。
「だって、おいしそうだったんだもん! それに本当においしかったよ、ね、コナン君」
「うん、おいしかった」
三人は、家へ帰るタクシーを探すために歩いている。こんな時にマイカーがあれば便利なのだが・・・
「ヘイ、タクシー! よしっ、タクシー ゲット!」
なんとなくハイテンションな小五郎と二人は、タクシーに乗り込む。
そしてタクシーは家へ向かって出発した。
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