愛と炎のスペルミス
高校の文化祭で、大文字焼きのまねごとをしよう、という話になった。
ちょうど高校からちょっと離れたところに山がある。文化祭の夜、後夜祭の時間に、その山の中腹のところに火文字を描いてみせたらどうだろう、凄く盛り上がるんじゃないかって話になった。
でも文化祭実行委員会に提案してみたら一瞬で却下だった。そんなもの危険すぎる、許可が出るわけないだろうってね。どうせキャンプファイヤーをやるんだから火は扱うじゃないかと言ってみたが駄目だった。山火事になったらどうすると言われた。
ただ、俺たち四人はどうしてもやってみたかったから、勝手にやることにした。
大丈夫、万が一のことがあっても火が燃え広がらないように、火をつけるあたりの周りの芝を念入りに刈っておけばいい。俺たちは一週間かけて、火をつける予定の場所の草を刈って準備をした。文字を描くあたりの草だけ残して、周囲が禿げた土地になっていれば、そこで火が止まるってわけだ。
文化祭の夜、こっそり抜け出した俺たちは灯油を持って山の中腹に集まった。それぞれ一文字ずつ担当して、地面の上に四つの文字を灯油をかけながら描いていく。
「小さい文字だと見えないからな。大きく書けよ」
高校のグラウンドからこの中腹は遮蔽物もなく、よく見える。ただ、少し距離があるから、大きく文字を描く必要があると考えた。なにせ皆には知らせていないから、小さな文字だと誰にも気づかれないまま終わってしまう危険がある。それは悲しすぎる。俺たちは考えた挙げ句、単純なアルファベット四文字にして、それぞれの文字を10メートル四方くらいの大きさで描くことにした。
太さも重要だ。太い線になるよう幅広く灯油を撒いていく。腰が痛くなる作業だったが、皆の驚く顔を想像すると苦にはならなかった。
俺たちは少し多めに持ってきた灯油を、全て使い切った。
「皆、準備はいいな。いくぞ。火をつけるぞ」
いよいよだ。後夜祭も盛り上がってるところだろう。ここからでもグラウンドのほうにキャンプファイヤーが燃えているのがわかる。今夜はあの火だけじゃない。ここに第二の炎があがるんだぜ。
四人それぞれに、チャッカマンで手作りの松明(といっても紙を束ねて布を巻き付けただけだが)に火をつける。
「せーのっ」
川内がちょっと大きな声を出して合図をし、それぞれ紙の束を足下の地面へ。火がつくのは一瞬。すぐに火が灯油の線に沿って走っていき、赤々と燃える太い川を作り出した。
俺は「E」の文字を担当した。ちゃんと自分のつけた火がEの形になるのを確認しようと思っていたが、火は一瞬で勢いを増したので、それどころじゃなかった。危うくやけどするところだった。
離れて息をつくと隣でも火の手が上がっていて、声が聞こえた。
「ふう、危ねえ危ねえ。案外、火が回るのって早いな。近くで見てようとするのは危ないな」
そう言いながら近づいてきたのは「V」の文字を担当した吉田だ。俺も頷いた。
「俺も前髪焦がすとこだったよ。火はこえーな。囲まれたら逃げられねえわ」
「おーい、吉田と岩下ー。大丈夫かー。いやー、すごいなこれ。こんな大きな火が上がると思わなかった。周りの芝を多めに刈っといて正解だな。マジで山火事になるとこだったぜ」
向こうのほうから、「L」を担当した川内が興奮した声で話しながら歩いて来た。
「逆に言えば、こんだけ大きな火になりゃ大成功だろう。グラウンドからは確実に見えるぜ」
俺はそう言って親指を立てた。
火は既に俺たちの背丈ほどの高さにその手を伸ばさんとしている。その明かりはまぶしすぎ、周囲の空気は歪み、そしてまたあたりが次第に煙に包まれてきてもいるために、あたりがどうなっているのか正確にはわからない。うまく文字が作れているのかはわからなかった。
「おい、竹村は? どこにいる? ちゃんと火つけたのか皆?」
「たけぼーう。反対側に逃げたのかな。でも火はちゃんとついてるみたいだぜ。四つとも」
「字の形がうまくいってるのかは、火が凄すぎて近くからじゃわかんねえな。あとで焦げ跡を確認するか」
「スペルミスしてたら格好悪いな」
三人でげらげら笑う。
「俺らがやったなんて誰が思うかな。この文字。こんな非モテの俺たちが」
文化祭の後夜祭は例年、告白する連中も多いイベントだ。今頃新しくカップルになった生徒達が肩を寄せ合っているところだろう。そこにこの言葉。ストレートすぎるが、シンプルでいいじゃねえか、と俺は思う。
「リア充は竹村だけだもんなー」
「あ。わかった。竹村のやつ、グラウンド戻ったんじゃね? あいつ、彼女とこの火文字見る気だぜ」
吉田が言った。なるほど、そういうことか。確かに思い出してみると、この言葉に決めたのも竹村だったし、一番はりきっていた。
「なあ、じゃあ俺たちも、火が消えないうちにグラウンドに戻ってみようぜ? 皆の反応見てみてえし」
「そうだな。そうすっか。ここにいたら誰かに見つかって叱られるかもしれねえしな」
俺たちは三人で急いで山を駆け下り、グラウンドに急いだ。幸い道中誰かに見つかることもなく、高校の裏門にたどりつく。グラウンドまで身を屈めながらやってきたが、皆山に注目していて誰にもバレずに紛れ込むことができた。
生徒達は、突然現れた火文字に全員注目していた。先生達は大騒ぎのようで、本部テントに集まっている。しかし生徒達は気楽なもので、口々に歓声をあげている。
「すごいねー! こっち向けて書いてあるし、うちの生徒がやったのかな? 誰がやったんだろー!」
「マジかよ! マジかよ!」
「最高のフィナーレだよな」
「ロマンチックー! 今日カップルになった私達を祝福してくれてるのかな?」
「ねえねえ許可取ってんのかな」
「んなわけないじゃん、無許可だよ。たぶんバレたら停学か退学」
「でもすげーなー。あれやったやつら、ヒーローだな!」
「そうか? まずいだろ。あれ山火事んなんね?」
「先生達が消防署に連絡してるってよ」
「うひょー! 盛り上がって来たー!」
皆、勝手なことを言っている。だが、盛り上がってるのは確かだった。
……俺たち三人は顔を見合わせて、小さくガッツポーズをする。
「やったな」
「ああ。でも竹村いねえな。あいつマジでどこいったんだ」
竹村の彼女が一人でいるのが見えた。
「あれ? でもちょっとだけスペル変じゃない?」
誰かがそう言って山を指差した。
「ん?」
「あ、ほんとだ」
生徒達がざわめきだした。くすくす笑いながら山を指差している。
慌てて目を向ける。
俺たちがさっきまでいたその山の中腹には、赤々と漆黒の中に四文字が並んでいる。
その文字を見て、絶句した。
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