上
突然ですが、海です。青い海、白い砂浜、照りつける太陽の海です。
ルークと智樹は、まだ、開店していない海の家の前で突っ立っていた。ルークは照りつける太陽にうんざりしながら、あたりを見回している。悪魔が海でバカンスというのは、あまりにも馬鹿げている。この熱く照りつける太陽が邪魔だ。
吸血鬼ほどではないが、ルーク個人もこの太陽があまり好きじゃない。淫魔としては、夏の海ほど狩りに適した場所はないのだが、ルークは好きじゃないのだ。
「琴葉、遅いな〜」
そう、こいつの所為でこんな所に来てしまったのだ。図々しくも琴葉に告白したこいつは、この夏休み琴葉を海へと誘った。智樹の叔父さんが海の家を経営しているのだが、怪我をしたとかで、今年の営業を頼まれたのだ。
そして、智樹は琴葉に海の家に来ないか。と誘ったのだ。当然、ルークは琴葉が、「行かない」と返事すると思っていた。だが、琴葉は何かを考える素振りを見せると「行く」と言ったのだ。
ルークが「行かない」と主張すれば、琴葉は「別にいいわよ」と言ったのだ。智樹と琴葉を二人っきりにできる訳もなく。そういう経緯で、今にいたる。今日から3週間。ここで生活するのだ。労働つきで。
それにしても、琴葉が遅い。水着に着替えにいったのだが、30分たっても戻ってこない。何かあったのかもしれない。いや、ナンパを振りきれないでいるだけか。
ルークがそんな心配をしている頃。琴葉は、更衣室の扉の前で右往左往していた。水着を着替えたのはいいものの、どうしても出て行く勇気がもてない。
琴葉が着ているのは、俗にいうビキニという代物なのだが…やっぱり、下着一枚つけて外を出歩くような感覚がある。何年か前のスクール水着しか持っていなかった琴葉が、わざわざ同じ講義の子に声をかけて、水着を買いにいったのだ。
知らない人に声をかけるのは勇気がいた。しかし、一人で水着を買いに行く勇気はさらになかった。
声をかけた女の子たちはルークにアピールができると意気込んで選んでくれたのだが…水着がこれだ。琴葉としては、ワンピースタイプの大人しめの水着がよかったのだけど。
「うう、どうしよう…」
つまり、このまま出歩く勇気がないのだ。一応、腰巻のような短い布があるのだが、いつもズボンばかり穿いている琴葉には、太股が隠れていない状態は心もとない。
「やっぱり隠そう」
勇気が持てない琴葉は、鞄の中をあさる。鞄といっても、3週間分の衣服はここにはない。今あるのは、ルークの荷物と自分の貴重品だ。後は、先ほどまで来ていた服。
「これじゃあ、隠れないよね」
丈の短いTシャツを広げながら言う。さらにあさっていると、琴葉はいい物を見つけた。長袖のパーカだ。明るい表情で、それを羽織る。たしか、ルークが「日差しが鬱陶しい」とか言っていたけど、いいよね。
「これでよし!」
ルークのパーカは、水着の腰巻の丈よりもはるかに長い。全体的に、ぶかぶかな状態だが、隠れればそれでいい。膝が見えているだけの丈に満足する。
ルーク達が待っている場所に急いでむかう。しかし、行く途中、男の群れが出来てしまった。琴葉は、おどおど、しながら何とか足を進める。どうして、ついてくるのよ〜。これなら更衣室の前で待っていてもらえばよかった。
ぶかぶかのパーカを着た女の子が、おどおどしながら歩いている姿が、まさか男心をくすぐっている何て琴葉は、夢にも思っていない。
「すごい…」
そんな琴葉の前に、琴葉以上に男を引き連れている女の人が現れた。ルーク並に綺麗な顔をしていて、出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいる。セクシーな体。そんな女性は、黒のビキニを着ていて、堂々と歩いていた。まるで女王様だ。
その人とすれ違う瞬間。その女の人の目が、赤く光った気がした。そして、それは琴葉に不安を抱かせる。言葉では説明できない、根拠のない不安。
しかし、赤く光ったと思った瞳のは、気のせいだったのか。再度、見た時には、赤くはなかった。琴葉の後に続いていた男たちの何人かは、その女の人に心変わりをして数が減る。
琴葉は、半分に減った集団に、ほっとしたのも束の間。直ぐにまた数が増えてしまった。インキュバスに抱かれている所為で無駄な色気がついたことを知らない琴葉は、最近の自分の状態に困惑しかない。異常だ。とさえ思っている。
やっとの思いで、ルークと智樹の待つ海の家にたどり着く。ほっとした琴葉の気持ちとは違い、ルークの険しい声が琴葉を出迎えた。
「今、すぐ脱げ」
不躾に言ってきたルークは、なぜか怒っている。ルークの後ろにいる智樹は「ひゅ〜」と口笛を吹いていた。
「どうして?脱ぎたくないもん」
何て格好してるんだ。水着よりもエロい。太腿を隠している裾は、まるでその下に何も着ていないように映る。長い袖を口元に当てながら、小首を傾げるんじゃない。
できれば脱ぎたくない琴葉は、最近、覚えた可愛い子、ぶりっ子をして、ルークに言う。こうするとルークが、望みを叶えてくれる率があがる。
「いいから、早く脱げっ」
今にも服に手をかけそうなルークの反応に、琴葉はしぶしぶ、上まで上がっているジッパーをさげた。そして、するっと脱いでいく。恥ずかしいんだけど、人前で服を脱がされることを思えば。
「……………」
ルークはもう言葉もでない。智樹もまた、琴葉らしからぬ水着に、驚いていた。琴葉なら、ワンピースを着てくると思ったのだが。
水色の下地に白いレース。アンティーク調の水着は、可愛い。しかし、よりによって、どうしてビキニを着てくるんだ。ヒモを解けば、それで終わりじゃないか。
二人が無反応でいることに、琴葉は心細くなる。彼女たちが「彼と行くなら、これがいいよ」と強く勧めてくれたから着たけど、やはり似合わないのかもしれない。
だいたい、胸だってそんなにある訳じゃない。やっぱり、こういうビキニはさっきすれ違った人ほど、胸がないといけないのかも。メロンみたいだった。私は桃かな?
「変?」
「いや、悪くはないけど…」
不安そうに言った琴葉に答えたのは智樹だ。それでも、歯切れの悪い言葉に、琴葉は不安になってルークを見る。
「……ルーク?」
自分を見て名前を呼んでいる琴葉に、ルークは溜息をつく。そして、手招きでこちらに来るように示した。琴葉は無防備にも、ふらふらと近づいてくる。カモが葱を背負っている。今、ルークは悟った。いくら注意しても、説明しても、琴葉にはわからない。
「…?……っ」
琴葉の顔を両手でしっかりと捕まえるとルークは、そのままキスをした。大勢の人前でキスされた琴葉は驚いて声も出ない。智樹もすぐそこにいる。触れただけのキスを離して、ルークは琴葉が着ていたパーカを着せる。
「この、バカっ」
琴葉が振りあげた手は、いつものようにルークの頬に当たることなく遮られてしまう。ぐっと掴まれた腕が、琴葉を不安にさせた。怒ってる?
「いいか、オレの側から離れるな。もし、離れたら公開プレイだ」
わからないのなら、目を光らせるしかない。琴葉の自己防衛を諦めたルークは、自らが琴葉を護衛することに、集中することを決めた。
ルークの言葉に、噴火しそうなほど真っ赤になって、琴葉は壊れたおもちゃのように頷いた。セックスにタブー感のないルークならやりかねない。
そんなちょっとしたアクシデントはあったものの琴葉たちは、その日は海を堪能した。浮き輪で、ぷかぷか。浮きながら、智樹に引っ張ってもらったり、三人でビーチバレーをしたりした。
「琉羽琥。あんま、人前でああゆうことするなよ」
智樹は琴葉に聞こえないように、ルークに忠告する。琴葉の性格上もだが、二人は兄妹なのだ。誰が見ているのかわからない。ばれた時、一番傷つくのは琴葉だ。
「妬いているのか」
「そうじゃない。ばれたらどうすんだよ。傷つくのは琴葉だぞ!」
「そんなへまはしない。それにここでは、お前さえ口を噤んでいればいい」
「オレにはばれたじゃねえか」
「ふん」
不遜な態度で、鼻であしらうルーク。智樹は知らないが、琴葉とルークは血の繋がった兄妹ではない。それどころか、種族すら違う。ルークはインキュバスという淫魔で琴葉はただの人間だ。でも、そんな二人は愛し合う恋人同士なのだ。
納得いかない顔をしている智樹を横目に、幸せそうにカキ氷を食べている琴葉を、ルークはみる。イチゴのシロップと練乳がかかった、ふわふわの氷を食べているのだ。
「こっちが琴葉の部屋で、ルークとオレはこっちな」
日も暮れ、泊まらせてもらう空き家に着いた智樹は、部屋わりの説明を簡単にする。二階の突き当たりの部屋が琴葉で、その隣りがルークと智樹の部屋だ。
「ちょっとまて」
ルークが待ったをかけた。智樹は不服そうなルークに「何だ?」と答える。
「どうして、お前と一緒じゃなきゃいけない。オレと琴葉が一緒だ」
そう言って、琴葉の部屋に入ろうとするルークの腕を、智樹がとめる。
「琉羽琥っ、お前また、良からぬことをするつもりだろう!」
「馬鹿言え。琴葉が喜ぶことだ」
「何言ってやがるっ。そんなことオレが許すかっ」
そう言って揉みあっている二人に、琴葉は手を振ると言葉をかけて、ドアを閉めた。
「じゃあ、二人で仲良くしてね」
そもそも、ここに来ようと思ったのは、冬休みの失態をなくすためだ。休みの間中、父の目を盗んでは、セックスばかりしていた。
外へ行こうと言っても、「琴葉がいればいい」そんな言葉で、なし崩しにはじめるのだ。正直、体が持たない。
智樹から、この話しを聞いた時。正直、迷った。智樹に告白されても、答えることが出来ないのに、甘えていいのだろうか。しかし、夏休みの間。父は夜にしか帰ってこない。単純に、エッチで死ぬかもしれない。と思ったのだ。何ていうんだけ、こういうの…
ともあれ、そんな情けない死に方はごめんだったので、悪いな。と思いつつもここに来た。明日からは、海の家で働かなくてはいけない。今日はゆっくり寝よう。たまには、ルークのいないベッドもいい。
海の家は大盛況で琴葉たちは、てんてこ舞いで働いていた。料理が出来るのは智樹と琴葉の二人で、ルークは接客専用になっている。
「次ぎ、焼きそばとウーロン茶」
ルークがオーダーを伝える。琴葉はお盆に焼きそばとウーロン茶をのせる。そして、自分も接客にまわった。盛況で人手が足りないのだ。
夕方になり、客足がやむと智樹と琴葉は、疲れてだらける。まだ、動けるのはルークくらいなものだ。まあ、悪魔だから体力はあるのだろう。
「やっぱ、客寄せが美形だと違うな」
実はいうと、智樹は毎年この海の家でバイトをしていた。身内と言うこともあり、給料がいいからだ。しかし、初日から例年以上の客入りだ。
「ふん、当たり前だ」
ルークが偉そうに答える。琴葉は、疲れてテーブルに頬をつけていた。そして、ルークを見て思う。男にもインキュバスの魅力って通じるのかな?
お客は女性だけじゃなく、男性も同じくらい多かった。お客の女の子を目当てに来たのだろうか。それとも、ルークを目当てに来たのだろうか。そんなことを考えながら、琴葉はルークを見ている。
「おい、何を考えてる?」
ルークは嫌な予感がして、琴葉に言った。すると、琴葉は考えていたことを素直に伝える。そもそも、インキュバスは男しかいないのだろうか。というか、女からしか食事をとれないのかな。
「ルークの魅力って男にも通じるのかな、と思って」
その言葉に、ルークはげっそりとした表情になる。隣で聞いていた智樹は、げらげら、笑った。琴葉は気づいていないが、琴葉も立派な客寄せになっている。
店にくる女の子目当てと看板娘目当ての二通りの男がきたのだ。琴葉が声をかけられなかったのは、琴葉の背後で殺気だった男がいたからだろう。
海の店は大繁盛で、3人は慌しく働いていた。智樹の提案で、材料が切れたら、店を閉めることにした。遊ぶ時間も欲しかったからだ。
初日を除いて、海の家は2時過ぎには完売となる。そこから、店を閉めて海に泳ぎにいった。智樹は、サーフィンを楽しむ。琴葉も智樹に習って挑戦したが、ボードの上に寝そべっているだけだった。それでも、楽しかった。
楽しく、忙しい時間を過ごしてはいたが、ルークと二人っきりになることはなかった。気づけば、キスすらしていない。ふと、琴葉は不安になる。栄養不足でルークが消えるんじゃないかと。
「おい、大丈夫か?」
ルークはイルカの空気人形から落ちた琴葉を拾い上げると、おかしそうに笑っている。何とか乗ろうとしたものの、やっぱり無理だったのだ。
「うん、大丈夫」
少し鼻に海水が入って、つんつん。しているが、琴葉はそう返した。そして、ルークお腹が減ってないのかな。
「ルークは、大丈夫?」
琴葉の言おうとしていることを察知して、ルークは「ああ、心配ない」と答えた。そして、琴葉のお尻を、ぎゅっと掴む。「きゃっ」と琴葉は驚いて、声をあげる。
「触れるだけでも、大丈夫だからな」
それなら、ほとんど毎日セックスしなくていいんじゃないのだろうか。琴葉はそんなことを考えながら、イルカと共にルークから逃げる。これ以上、こんな所で変なことされては適わない。
智樹がイルカに捕まってきた。琴葉はバランスを崩して、イルカと共に、くるん。とひとまわり。智樹はそんな琴葉に笑いかける。ルークは二人のもとへと泳いでいった。
「ルーク、どうしたの?」
深夜1時に訪れたルークを琴葉は部屋にまねきいれる。眠りかけていたのだが、ノックの音で起きたのだ。
「いいんだ。琴葉の顔が見たくなっただけだから」
ルークの言葉に、少しきゅん、とする。優しく微笑むルークに琴葉は、そっと手を握って言った。ここに来て、ずっと二人っきりでいることなんてなかった。キスもしないまま過ごしている。
「少し話しをしてもいい?」
琴葉はもう少し、このままでいたくてルークをひきとめる。優しく細められた視線と、そっと握りしめてくる手の平。
「海辺に散歩でもいこうか?」
琴葉はその言葉に首をふる。いつものようにただ二人でいたいだけなのだ。そんな琴葉にルークは、くすっと声を漏らすと耳元で囁いた。
「部屋に入って、何もしない自信はないぞ」
ルークの言葉に真っ赤になって俯くと琴葉は、こくっと微かに頷いた。本当に頷いたのか、どうかさえわからないほど小さく。
「琴葉、愛してる」
囁きと共に顎を持ち上げられる。反射的に琴葉の唇が微かに開いて、真っ赤な舌が覗いた。羞恥で目元を潤ませて、見上げてくる琴葉にルークは、そっと唇を重ねる。口付けとともに、ドアは閉まる。
「はぁ、くんっ…ふぅ、はぁはぁ」
1週間=168時間=10080分=604800秒。いいかえるほど琴葉の気持ちと重なっていくのに、届かない。たった1週間、体を繋げなかっただけ。それなのに、体は永久に引き離されていたように、飢えと喜びに震えている。
ふと、あの時、感じた不安と重なった。一瞬、見た赤い瞳。現実か、錯覚か。
「どうした?」
琴葉の細やかな変化を感じとってルークが言う。琴葉は首を振って「何でもない」と答える。不安だと感じたのは、きっと幸せで“贅沢病”にかかっているからだ。
「声が…」
「大丈夫だ。漏れないようにしてある。だから、オレに集中してろ」
自分の上で命じるように言ったルークを見上げて、琴葉は可笑しそうに言う。
「何だか、支配されてるみたい」
琴葉の言葉にルークは、くすっと笑う。そして、琴葉の耳に舌を這わせて、囁いた。
「もっと、支配してやる」
琴葉から甘い呻きが聞こえて、ルークはさらに耳を少しきつめに齧る。互いに裸で抱き合っている所為で、互いの興奮を肌が直接伝える。
「あっ、やぁ…ルークっ」
耳の裏から首筋、鎖骨にまで、ルークの唇が彷徨う。時に吸いついたり、時に柔らかな舌が滑っていったり。琴葉は、ゾクゾクとした足りない感覚に、声を漏らす。もっと、確信的な快楽を生みだす所。
「ちゃんと、して…」
触発されるような笑みを浮かべて、ルークは琴葉の足を開いた。そこに唇を寄せて、まだ蜜も零さない初心な蕾を咲かせる。ルークの仕草に行動に、こんなに熱くなるのはどうしてだろう。
「ふぅ…ぁっ、やぁ、そこばっか……」
蕾にあるクリクリの陰核を、とがった舌で虐める。琴葉の声がいっそう甘くなって、蜜を滴らせては、もっと欲しい。と催促してくるのだ。ぐちゅっと音を鳴らして、唇を離すと、ルークはペニスを蕾にさしいれた。
「っ…くふん、ああっ」
充分に溶かしきれていない蕾は窮屈さを訴えたが、それでも、素直に与えられるものを飲みこんでいく。全てを飲み込んだ琴葉は、少し乱暴な挿入に息を乱している。ご褒美のようなキスを琴葉に落とすルーク。
「あっ、まだ、動かないで」
琴葉はそう言って、ルークに救いを求める。ルークは、くっくっく。と楽しげな声を出すと、悪戯を思いついたように、琴葉に言う。
「大丈夫だ。しばらく、このままだから」
琴葉がその言葉に、ほっとしたのも束の間、ルークの手が胸を弄りはじめる。琴葉の体は、ぴく。と反応してしまう。胸全体を揉むような手の動きに、甘い息が漏れる。しかし、それは甘美な声をあげるほどではなくて。
「琴葉は自分がどうされれば感じるか、知っているか?」
意味のわからないことを言われて、琴葉は不思議そうにルークを見上げる。繋がった下肢は、静まったまま動かそうともしない。静かに伝わるのは、ルークの熱と硬さ、脈打つ感覚だけど。時間の経過とともに足りなくなる。
「たとえば胸…」
ルークが楽しそうに囁く。それと共に、全体をマッサージするように動いていた手の平が、乳首を摘む。
「うんんっ」
反射的に鼻をかすめる甘い声。琴葉は、形のある快楽が生まれたことを知る。琴葉の蕾が、ひくっとルークに返事をかえす。
「乳房を揉むよりも、ピンクの実を強めに摘んで、引っ掻くと…一番感じる…」
「あああっんっっ」
ルークの言葉どおりに動いた指は、信じられないほどの快楽を琴葉に注ぎ込んだ。びくん。と跳ねた体は、快楽を迸らせる。そんな琴葉に、満足そうに笑みを零した。
「琴葉が、どうすれば一番感じるか。一つ、一つ説明してやる。素直でわがままな体だからな。注文が多くて、オレも大変なんだ」
ルークの言葉に、琴葉は「やだ。いらない」と否定をする。言葉で詰られながら、体を弄られるのは、どれほど恥ずかしいか。まして、その言葉どおり体が反応すればするほど、羞恥が深くなり、悦楽も深まる。
「意外だが、ここを弄られるのも好きだよな」
ルークはそう言って、下腹。お臍の下に触れた。琴葉の体が、これまで以上に緊張して固まる。絶妙のタッチで、指先が、つぅぅ。と下がっていく。
実は物凄く感じやすい琴葉は、ちょっとしたことでも快楽をしめす。しかし、一番ツボに嵌ったことをしてやると、これまた楽しい反応がかえって来るのだ。
「きゃっ…ぁっ、やぁっ」
そのまま、くるくると彷徨っている指先は、体の奥を疼かせる。琴葉の子宮が、きゅううっとなって、無茶苦茶に突き入れて欲しくなる。なぜか、そこに触れられるとスイッチがはいるのだ。
「やだっ、気持ち悪いから、やぁ」
琴葉はそんな言葉に、自分の感覚を隠した。首を激しく振っているのは“拒絶”ではなく、“渇望”だ。しかし、琴葉はそれを認めることができない。いくら体が伝えてきても、言葉で認めることは嫌なのだ。
「気持ち悪い?おかしいな。琴葉の中、きゅう、きゅう。締め付けて、もっと、もっと、て言ってるような気がするんだがな?なぁ、琴葉、オレの気のせいかな?」
「気のせいだから、やめて。ぁっ、ゃだっ」
ルークの意地悪な言葉に、真っ赤に染まった表情で答える。そこをそうされると、体が飢えるのだ。いっぱい、快楽が欲しくなってしまう。
「絡み付いてくるのも、気のせい?」
耳元で囁かれて、琴葉は泣きそうになる。何をいっても、肝心の部分が素直に快楽を伝えるのだから。
「ゆるしてぇ…もう、やぁ」
こんな意地悪なことしないで。と訴えると、優しいキスが頬に落ちる。しかし、キスとは違う言葉が、琴葉を弄った。
「どうされるのが、一番好き?」
「あっんん、ぜんぶっ」
琴葉の言葉に、嬉しそうに楽しそうに微笑みながら、ルークは「嘘つき」と囁く。そして、ぴくりとも動かさなかった下肢を揺さぶる。
「ひゃっ、ぁぁん」
でも、すぐに動きは止まってしまう。どうして?と瞳を泳がせると、ルークの唇が降ってきた。いや、触れてはいない。数センチの距離で問うのだ。
「一番気持ちいいこと、教えて」
まるで脅迫のような言葉。答えないと、キスも、蕾への甘い刺激も何もかも与えない。そんな脅迫を受けている気になる。蕩けた体が、それを渇望していることを知っているはずなのに。
「いっぱい、入れて…あっ、キスも」
「それから?」
「こすって、突き上げて、イかせて」
ルークは素直になった可愛い口に、嬉しそうに顔をゆがめると、くすくす。笑う。
琴葉が自分の手中に堕ちた瞬間。ルークは、ぐぐぐっと腰を進めると、琴葉の唇に囁く。
「キスされながら犯されるの、一番好きだろう?」
琴葉は自分から唇を開いて、笑みを零す唇に舌を絡める。それを合図に、激しい挿入が始まる。擦れるたび、じんじんと体が痺れて、突き上げられるたび、体を快楽が走っていく。
「はあん、あっ、ルーク…ぁっ、やぁっ、いいっっ、もっと…ああんっ」
快楽に身を沈めて甘い声で鳴く琴葉を、見下ろしながらルークは思う。“支配したい”と思うこと自体。支配されている。
誰かを支配したい、と思ったその瞬間から、その対象に支配されているのだ。楽になるのは、支配されることを受け入れること。隷属を誓えばいい。
「あっ、るーく、るーく」
甘えたように名前を呼ばれ、ルークの支配欲が一時的に満足する。甘えてくる唇も、縋りついてくる体も。いま支配しているのはルーク以外の何者ではない。もっと、もっと、支配してやりたい。せめて、この体がオレから離れられなくなるまで。
明日、帰ることになっている。最後の海の夜だ。あれからルークは毎晩、部屋に訪れるようになった。最後の夜は、二人で夜の海辺を散歩することにした。手を繋いで、波打ち際を歩く。聞こえるのは波の音と二人の呼吸だけ。
と、言えばロマンチックかもしれないが、真実は違う。部屋にはいるなり、行為にいそしもうとしたルークを阻止し、逃げるように琴葉は「最後だから散歩にいきたい」と主張した。
しかし、ついさっきまで、腰を抱いたり、思わせぶりな手つきで体を撫でられたり、その度に琴葉は格闘して、やっと、手を繋ぐことで、その動きを封じたのだ。
百歩譲って、ルークに朝方まで抱かれているのが好きだとしても、その、何ていうのか。ここでのセックスは、いつも以上に濃いし意地悪なのだ。つまり、体力的にも、精神的にも疲れている。
「わぁっ」
「ちっ、先客がいたか」
急に腕を引っ張られて岩陰に連れこまれてしまう。ルークがそう呟き、琴葉はルークを見あげた。ルークの腕の中にすっぽり納まっている琴葉には、何を見てルークが呟いたのかわからない。
「え?」
ルークの目線を追って、琴葉が見ると、男の人と女の人がその、琴葉が困っているようなことをしている。つまり、キスよりもっと先をしているのだ。琴葉はビックリして視線を外せずにいた。あっ、あの人。
よく見ると、たくさんの男の人を連れ歩いていたナイスボディーの女の人だった。琴葉は思いもよらない現場に、気まずくなって再び、ルークの腕の中に視線を戻す。しかし、その時、どさっと相手の男が倒れた。
「また会えると思っていましたわ。先生」
琴葉が「え?」と思って、見あげるとあの女の人が、ルークにキスしているのだ。琴葉は声もでない。
しかし、キスされたルークは女の顔を叩いた。そして、地面に唾を吐き捨てる。彼女は叩かれた頬を押さえもせず、不適にルークに微笑んだ。
「お前、サキュバスか」
ルークが見たこともないような、凍てつくような瞳で、彼女を見ている。彼女は、一瞬がっかりしたような表情を浮かべた。
「酷いわ。先生、私が一番お気に入りだって言ってくれたのに…」
そう言って、ルークを責めるように微笑んだ。闇夜の海辺に、彼女の瞳が赤く光っている。ルークは記憶をたどり、ある一人のサキュバスに思い至った。
「…お前、セルシーか」
「ふふふ、嬉しい。思いだしてくださったのね」
セルシーはそう言って、ルークに手を伸ばしたが、ルークはその手を叩き落とす。さっきのキスで、力を奪われた。それほど、多く奪われたわけではないが、相手が相手だけにルークは警戒する。
サキュバスはインキュバスの女版だ。インキュバスとおなじように異性の淫欲で力を得る。ルークの記憶が正しければ、セルシーはサキュバスの中でも抜きんでていた。今は琴葉がいるのだ。昔からこいつは何をしでかすかわかったものじゃない。
「その家畜の印を見た時に、先生のだって直感で思ったんですのよ。こんなに綺麗な薔薇の印なんて、そうそうつけられませんもの」
「琴葉は家畜じゃない。オレの愛人だ」
インキュバスの所有の証は、つける者によって呼び方が違う。同じ魔族同士なら『愛人』、人間につけた場合は『家畜』となるのだ。
ルークの言葉に、セルシーの瞳がキツイものになり、琴葉を睨みつける。琴葉は何がおきているのかわからず、ただことの成り行きを見守るしかない。
「こんな人間が、『愛人』だとおっしゃるの?先生ともある人が、そんな酔狂…」
ルークは琴葉を抱きしめる力を強めると「そうだ」とセルシーを拒絶した瞳で睨みつける。セルシーはそれでも、声を荒げることはなく、悔しそうな、信じられないような瞳で見つめ言う。
「先生は、私の体が、私が一番、先生を楽しませるって。それなのに、そんな色気もない小娘がいいのかしら」
ルークは、琴葉の前で余計なことを。と煩そうな瞳で、品なくベラベラ話すセルシーを見ていた。
年長者の淫魔が、若い淫魔にセックスを教えるのはよくあることだ。ルークはそんなに生徒を持たなかったが、セルシーの他にも数名いたのは事実だ。しかし、それを琴葉に理解しろというのは無理な話しだろう。
「ああ、琴葉じゃないと意味がない」
セルシーは悔しそうに唇をかみ締めたが、ふと表情を和らげて、漆黒の羽を広げた。そして、ルークに「また、会いましょう」と言い残し、姿を消した。
残されたルークは、ほっとする所かより緊張感を増している。もう、セルシーがいなくなったのだから、腕の中から琴葉をだしても大丈夫なのだが。別の問題が発生しているのだ。
何事もなかったようにするのは問題があるし、かといって琴葉に質問されれば、答えにくいこともある。その答えによっては、琴葉を失うかもしれない。そうでなくても、鬱陶しい奴がいるのだ。さて、どうしたものか。
「離して」
沈黙をやぶったのは、琴葉だった。声の響きに苛立ちを感じとり、ルークは逆らってはいけない。と素直に腕を緩める。怖くて、琴葉の顔が見られない。バレンタインの一件もある。
琴葉はそのままルークに背をむけて、自分の部屋に帰る。何もいわず、もと来た道をもどっていく。ルークには、その背中が『ついてくるな』と言っているようで、とても動くことができなかった。
琴葉は怒っていた。ルークとセルシーがキスしたこと、『家畜』と言われたこと、ルークに他にも関係のあった相手がいたこと、ではなく。ルークの一番のお気に入りが、あんな美人で、ボン、キュッ、ボンで、お色気ムンムンだったことだ。しかも、生々しく『楽しませる』とか。
ルークがインキュバスである以上、他に相手がいたり、琴葉の常識とかけ離れていたり、とそんなことは理解しているつもりだ。自分とルークでは、すべてが違う。見た目も、考え方も、寿命だって。ルークやセルシーたちから見たら、人間なんて虫か、よくてネズミだろう。
「琴葉…」
気がついたら、玄関の前に来ていた。玄関のドアにもたれ智樹が、琴葉に声をかけた。智樹は琴葉の傷ついた目を見て、ルークのことだ。と瞬時に思う。
「ちょっと眠れなくて」
琴葉はルークと一緒だったとは言えず、そう言い濁る。琴葉は、智樹の気遣うような瞳から目をそらす。自分はそんなに傷ついた顔をしているのだろうか。ただ、ルークの昔に触れただけなのに。
ドアを開けようとドアノブに手をかけた琴葉の手に、智樹が自分の手を重ねてくる。そして、真剣な目で見つめてきた。
「琉羽琥はやめとけ。オレなら琴葉を幸せにしてやれる。琉羽琥といたって」
智樹の言葉に「やめてっ」と強い言葉がでてしまった。ルークと琴葉に未来がない何てわかってる。言葉を発してしまった後に、琴葉は冷静になって真摯な気持ちをむけてくれる智樹に答えた。智樹にたいする罪悪感と共に。
「ごめん。今は、ルークだけを見てたいから」
智樹が琴葉の手を離す。琴葉はそのままドアを開けて、部屋へともどっていった。智樹は、ルークと琴葉が付き合っていると聞いても、差別的な目も言葉も発しなかった。
智樹にとっては、二人は兄妹なのだ。軽蔑されても侮蔑を言われてもしかたない。でも、智樹はありのままを受け入れて、それでも「琴葉のことが好きだ」と言ってくれたのだ。
部屋に戻り、ベッドに横になる。琴葉は、天井を仰ぎ見ながら、セルシーとルークを思い浮かべた。ルークの隣りにいるのに、ふさわしいセルシー。自分ではあまりにもお粗末で。
「昔のことなんて気にしてない」
琴葉は頭に浮かぶ、セルシーを打ち消すように言う。しかし、その声があまりにも弱々しく響いて消えた。
その頃、玄関ではルークと智樹が睨みあっていた。しばらく、そのまま睨みあい智樹は、複雑な表情を浮かべる。どれだけ、自分が琴葉を思っていても、琴葉の心に今いるのはルークなのだ。
「明日、花火大会がある。オレは用事ができた」
ルークにそれだけを言うと智樹は、部屋へともどっていった。帰るついでに、と琴葉を花火大会に誘うと思っていた。ルークがついてくるのはしかたない。と覚悟をしていたのだ。
琴葉が起きだしてきたのは、昼をすぎてのことだった。お店は昨日が最終で、店じまいはすませてある。今日は帰るだけだ。
昨夜は色々と考えていたら、なかなか眠れず遅くまで起きていた。慣れないバイトから解放されたことも、寝坊をした理由の一つだろう。着替えをすませ、鞄に荷物をつめてかためると、ルークや智樹のいるリビングに行った。
しかし、ルークの姿も智樹の姿も見えない。おかしい。と思いながらも、ほっとして、テーブルの椅子に座る。そして、メモ書きを見つけた。メモは、智樹の字で書かれていた。
『オレは用事があるから、ルークと先に帰ってくれ』
智樹が気を使ってくれたことはわかったが、今はルークと一緒にはいたくない。それに、智樹はどんな気持ちでこのメモを残したのだろう。智樹は本当にいい人だ。どうせなら、智樹を好きになればいいのに。
未来がないからこそ、今だけを見ていたい。なんて、ただの現実逃避だ。そんなこと、琴葉にはわかっている。しかし、今の一瞬に縋りつくしか、琴葉にできることはない。
紙袋を持ったルークが部屋にはいってきた。ルークは手にしている紙袋を琴葉にさしだす。紙袋は綺麗で新しくて、いま買ってきたことがわかる。中を見ると浴衣がはいっていた。
「浴衣を着て、花火を見にいかないか?」
琴葉はルークを見あげる。どことなく緊張しているのがわかる。「行かない」と言わないでというような、ルークの雰囲気に琴葉は、しかたない。と思う。ルークに過去があるのはしかたないことだし、琴葉だってルークに言えないことの一つや二つある。
「浴衣なんて着れないよ」
琴葉の柔らかい声音に、ルークの表情が緩む。そして、得意げな表情を浮かべると琴葉に言った。
「オレが着せてやる」
そして、にやっと笑うと軽く口づけてきて、琴葉に言う。
「その前に、ひと汗かくぞ」
面倒くさがって、あまりデートをしようとしないルークが、わざわざ人ごみの花火大会に誘ってくれたのだ。琴葉は、嬉しいのと、惚れた弱みのダブルパンチで気づいたら「しかたないな」と承諾してしまっていた。
結局、このまま浴室で体を繋げた。日が暮れはじめ涼しくなりだした頃、ルークに浴衣を着せてもらって、3週間お世話になった家を後にした。荷物はルークの何でもありな魔力で自宅に送った。
「やっぱり、人多いね」
琴葉は、同じように浴衣を着ているルークを見て言う。たくさんの人が所狭しと歩いているのだ。屋台を見ながら、お腹すいたと思う。
「とりあえず、食べる物だな。琴葉は腹減ってるだろう?」
思わせぶりな声音で囁かれる。最近の琴葉は、空腹=セックスの後。という公式になりつつある。琴葉は「もうっ」と言うって、下駄でルークの足を踏んづけた。わざとらしく痛がるルークを横目で見る。
「それじゃあ、たこ焼きにカキ氷、綿あめと…あっ、イカ焼きとトウモロコシ」
琴葉は食べ物ばかりに目移りしながら、言った物を全部買った。それから、リンゴあめ、焼きそば、みたらし団子、フランクフルトを食べて、たこ焼きとフランクフルトを再び、頬張っている。
「くす、ほらついてる」
ルークは琴葉の頬についているケチャップを舐めとる。ルークは、琴葉が幸せそうに食べる姿が好きだ。頬にケチャップをつけていたこともだが、舐めとられてしまったことに照れて琴葉は「もう、汚いでしょ」と言って、頬を拭きなおす。
「ゴミ捨ててきてやる。それと、まだ食うだろう?」
ルークはゴミの小山になっているそれらを、まとめて持つ。琴葉は「ありがとう」と言いながら、まわりを見ている。何を食べようかな。もう、人目を気にしなくなりつつある琴葉だ。
「たこ焼きとチョコバナナ」
すっかり大食が板についてきた琴葉は、無邪気な顔でそう答える。ルークは、くすくす。笑いながら、「わかった」と答えると、人ごみに紛れていく。
ルークはゴミを見つけたゴミ箱に捨てる。本来ならわざわざゴミ箱を探さないのだが、琴葉はそういうことを気にするから、注意されているうちに癖になってしまった。
「とりあえず、たこ焼きだな」
たこ焼きの屋台が目にはいりルークはたこ焼き屋の前に立つ。そして、たこ焼き屋のオヤジから、たこ焼きを受けとった。次に、チョコバナナを買って、琴葉のもとに帰ろうとした時。
「先生、少しお話しましょう?」
セルシーが目の前に現れた。浴衣を着たセルシーは、余裕の笑みを浮かべている。その笑みに嫌な予感がして、ルークは何も言わず去ろうとした。
「あら、先生も気づいているのかしら?」
「なんのことだ?」
挑発的な言葉につられ、ルークがセルシーに答える。セルシーは、くすくす。と楽しそうに声を漏らす。
「家畜のことですよ。本当に、気づいてないんですね」
琴葉のことと聞いてルークの目の色が変わる。琴葉のことで、ルークが気づいていないことなど。心当たりがない。
「ひと気のない所へいきましょう。ここでは、話せないでしょう?」
セルシーがそう言って、ルークの手をつかむ。ルークはその手を「触るな」と拒む。しかし、セルシーは気にすることなく、ルークの前を歩き始めた。
祭りの喧騒が聞こえない静かで暗い場所で、ルークはセルシーを睨んでいた。あれから、セルシーのことを思いだしていたのだ。セルシーに出会ったのは、香代に会う少し前のことだ。人間界にきたきっかけだったといってもいい。
セルシーは、ルークの生徒の中で、一番の美少女で、もっともサキュバスとしての才能に恵まれていた。あの頃のルークは、物覚えのいいセルシーを気に入り何かと側においていた。それがいけなかったのだろう。
何を勘違いしたのか、セルシーは「ルークの愛人になりたい」と言いだしたのだ。ルークは当然、それを拒んだ。すると、今度はルークに『愛人』の印をつけようとしたのだ。たまりかねたルークは、セルシーの熱りが冷めるまで人間界に逃げることにしたのだ。
まあ、ちょうど人間界からはセルシーよりも美味そうな匂いがしていた。ちょうどよかったのだ。そして、気配を消して香代の所へ潜伏をはたした。しかし、香代に拒まれて、プライドを傷つけられたのだが。
「先生、そんな顔してないで、しましょうよ?」
ルークの胸元にやらしく指を這わしてセルシーが微笑む。しかし、ルークにはそんな気はさらさらない。琴葉以外の者を抱く気もないのだ。
あの頃の自分は、悪魔であっても何であっても、女は食事でしかなかった。それ以下でも、それ以上でもない。セックスは腹が膨れれば何でもよかったのだ。もちろん、味にはこだわったが、それだけだ。
「話しがないなら、時間の無駄だ」
ルークは冷たくそう言い放ち、不快な手を取り払う。セルシーは不服そうな顔をしたが、「まあ、いいわ」と言うと本題にはいった。
「先生は気づいてないでしょうけど、あの家畜・・・・・・・・・・・・・」
ルークはその言葉に眉間をよせ、険しい表情のまま睨みつける。どういうことなのか。それが、真実なのか、嘘なのか、判断するように。
セルシーは勝ち誇った笑みのまま、ルークの鎖骨に口づけると、舌を這わして味わう。思わず「美味しい」と溜息を漏らした。自分の前からルークが消えてから、ずっと味わえずにいた。
「先生、また今度……」
セルシーはルークが拒めないことをいいことに、そう言うと優雅な足取りで、喧騒にむかう。残されたルークは忌々しそうにその後姿を見ていた。
ルークを待っている琴葉の前に、セルシーが現れた。琴葉は自然と身構える。しかし、セルシーは違う。セルシーが自分に友好的な笑みを浮かべていること自体、琴葉には恐怖だ。ルークがいないのに。
「よく食べるのね。やっぱり、先生の愛人だからかしら?」
岩陰の時とはまったく違う声音に、首をしめられるような、ヒヤッとした感触を味わう。琴葉は何も言わずに、警戒と緊張だけで全身を守る。目の前にいるのは、悪魔なのだ。
「そんなに警戒しなくてもいいわよ。とって食うわけじゃないから…ああ、そう。あなたに聞きたかったの」
琴葉は「何を?」というような表情を浮かべた。それでも、警戒は解かない。そんな琴葉に、セルシーは余裕に満ちた笑みを浮かべる。そして、琴葉に何気なく聞くのだ。
「私の時は、先生、右の耳がとっても感じたのよ。感じてかわいい声をだしてる先生が、一番好きなの。今はどこが一番、感じているのかしら。ぜひ参考にしたいわ」
琴葉は、言葉もでない。内容が卑猥だったからじゃない。自分を抱いているルークが感じているか。そうじゃないのか。よくわからなかったからだ。今まで、そんなこと考えたこともなかった。常に受身で。
「あら、ごめんなさい。悪気はなかったのよ」
セルシーはそういい残して、琴葉から去っていった。沈黙の琴葉は、何も言えずその場に立ち尽くす。しばらくして、ルークが戻ってきた。ルークはセルシーとのことを隠し、琴葉に買ってきたたこ焼きとチョコバナナをさしだした。
「ルーク、人に酔ったみたい。気分が悪いから」
琴葉はそう言って、震える手でルークの手を握り締める。ルークは心配そうな瞳をむけてくる。そんな瞳で見つめられると、弱くなってしまう。琴葉はルークに抱きついて「大丈夫」と言葉だけの強がりをした。
パン。パン。と花火があがる。ルークは琴葉の体調を気づかった。もしかしたら、という思いが拭えない。もう、始まっているのかもしれない。
「静かな所で、花火を見ようか」
そう言って、琴葉をひと気のない所へと連れて行った。屋台の立ち並ぶ場所からはなれ、寂しい高台へと連れて行く。始めから、ここで花火を見るつもりでいた。暗い静かな高台で、琴葉の体を支えてやる。
「もう、大丈夫」
琴葉はそう言って、ルークに微笑んだ。夜空には、色とりどりの発光が爆発音とともに咲いては消えていく。見あげたルークの顔がその度に、その色に染まった。
「本当に大丈夫なのか?」
ルークは琴葉の少し乱れた前髪を撫でる。琴葉は「うん」と頷いて、ルークにぎゅっとしがみつく。すりすりと頬を寄せる琴葉に、ほっとした思いでルークは腕をまわした。
「花火が終わるぞ。せっかくなのに、見ないのか?」
「もちろん、見るよ」
琴葉は抱きついたまま花火を見あげる。ルークはそんな琴葉の瞳に映る花火を見ていた。いまさら、どうすれば、この手を離せるだろう。セルシーよりも、香代よりも、どんな者よりも、特別な琴葉。離せない。
「ねぇ、ルーク」
「うん、何だ?」
花火を見たまま呼びかけてきた琴葉に、ルークは優しい声音で問いかける。
「したい」
「何を?」
琴葉が何をしたいのか。ルークはそのまま問いかける。デートか。それとも、旅行か。ルークはそんなことを考えていた。人見知りが激しいわりには、冒険家で困ってしまう。
「気持ちいいこと」
琴葉の言葉に「え?」とルークは、声を漏らした。琴葉はルークを見あげる。琴葉の瞳に甘い視線を感じて、ルークはその意味を理解する。琴葉が、誘ってくれるなんて思ってもいなかったからだ。
「ここで?」
「ううん、二人の部屋がいい」
琴葉の恥ずかしそうな言葉に、ルークは答える。「目をつぶって」と。琴葉は言われたとり目蓋を閉じた。一瞬の浮遊感の後に、体が沈み込む感覚。
「もう、いいぞ」
ルークの言葉に瞳を開けると、そこはもう、二人の部屋だった。しかも、ルークに押し倒されてベッドの上だ。ゆっくりと目蓋を開けた琴葉を熱く見つめてしまう。ルークは不安だった。琴葉がここにいる証が欲しい。
「どうしたんだ?」
と呟きながらも、欲していることを隠しはしない。「なんでもないよ」と答えた琴葉が、真面目な顔で呼びかけてくる。
「ルーク」
「うん?」
躊躇いがちに呼びかけてきた声に、ルークは優しく答える。自分から誘ったのだ。琴葉は今になって恥ずかしくなったのかもしれない。恥ずかしがりやで、感じやすく、可愛い琴葉。
琴葉は起き上がるとベッドの脇にたち、膝をベッドに乗せた。ルークを押し倒すような体勢になった琴葉が、何を考えているのかわからず、ルークは琴葉を見つめるだけだ。今日の琴葉は何かがおかしい。
「何もしないで…」
琴葉は精一杯の言葉で、ルークに口づける。心臓が痛いぐらいに脈打って、呼吸ができない。目が眩むほどの羞恥に身を震わせながら、それでも、琴葉は、おずおずとキスをしかける。
あの人が知っていて、琴葉が知っていないことがあるのが許せなかった。稚拙な思いにかられている。と思いながらも、琴葉はゆっくりと確かめるように口付けをかわす。琴葉の息が熱くなる。それでも、ルークには余裕があるように感じられた。
感じさせたい。あの人がしたように。ううん、もっと、もっと、私が感じさせてあげたい。琴葉は、自分の中にある独占欲をもてあましながら衿の隙間に手をさしいれた。
ベッドが軋む。いつも見あげているルークの瞳が、今は見あげてきている。熱い息を吐きながら琴葉は、唇を離した。
「積極的だな」
ルークが揶揄するように言う。琴葉は、ルークの赤い唇が、てらてら。と艶めいていることに見蕩れてしまう。ただ、キスをしただけで真っ赤に色づいて、妖しく光る唇。ルークはどんな気持ちで私を見ているのだろう。
「ルーク」
琴葉は、その淫靡さに耐えられないとでもいうように、ルークの首筋に顔を埋める。衿から忍ばせた手の平が、ルークの心音を刻んでいる。手の平が熱い。
今まで、自分が感じるのが精一杯で、ルークが、どんな表情なのか、どんな瞳で見つめてくるのか、どんなに心臓が早くなるのか。知りもしなかった。
「っ…琴葉?……」
ルークの耳をなぞるように舌を滑らせる。あの人が言ったように、右耳を舐めた瞬間、ルークは息をのんだ。何かを耐えるように身構えた体。感じるんだ。と思うと、引き返せないような遣る瀬なさが募る。
ルークが琴葉の体に手を伸ばす。浴衣の上から、形をなぞるように伸ばされた指先の動きに、琴葉が声を漏らす。ルークに触れられれば、正気ではいられない。何もわからなくなってしまう。
「ぁっ、やだ…ルーク、今日は何もしないで」
「どうして?こんなに積極的なのに」
意地悪く微笑みながら、ルークが耳元に囁いた。琴葉は体を起こして、ルークの手を押さえると、そのままルークをベッドに押したおす。
「今日はするから」
恥ずかしくて、ルークの顔も見られない。ルークは琴葉の行動に驚いていた。いまの自分の状態は、頭の上で両手を押さえつけられている。
琴葉がいくら押さえつけてきても、ルークは難なく跳ね除けることができる。しかし、いつもと違う琴葉に逆らおう何て思わない。琴葉の表情が必死に縋りついて来ているからだ。
衿に手をかけて、左右に広げる。ルークの鎖骨も胸筋も晒される。いつも見ているはずなのに、琴葉は鼻血がでるかと思った。しかし、ここからどうすればいいのかわからない。
「琴葉、手だして」
ルークは、自分を跨いで固まっている琴葉に言った。琴葉の両手が震えていて、恥ずかしさに耐えている表情が、何ともいえないほどいい。琴葉は、表情に疑問を浮かべながら手をさしだしてきた。
「やっ、ルークッ」
「黙ってろ」
ルークは静かに命令すると、琴葉の指を丹念に舐める。しっかりと唾液を含んだ舌を上下に絡めたり、口に含んで指の腹をくすぐったりする。充分に濡れた指から口を離すと、にやっと笑みを浮かべた。
「これで、自分で咲かせられるだろう?」
琴葉は何を言われたのか、ルークが何のための準備をしたのかわかって、言葉を失う。嫉妬にかられて、こんなことをしているが、そんなこと考えてもいなかった。自分でルークを受け入れる準備をするの。
戸惑っている琴葉にルークは勝ったと思った。始めは琴葉の好きなようにさせる気だったが、琴葉の表情や反応を見ていると、どうしても我慢できなくなる。これでは、生殺しだ。
「何だ?できないのか。それじゃ、オレが、とろとろにしてやるよ」
ルークが起き上がりそうになったのを見て、琴葉は両手でルークの胸を押さえる。
「大丈夫、するから。じっとしてて」
琴葉はそう言って、ルークの首筋に舌を這わす。嫉妬心は充分ある。でも、それ以外に、琴葉が気づかずにいたルークをもっと見てみたい。
ちゅっ、くちゅっ。と音を立てながら鎖骨を通り、小さな乳首にたどり着く。同じように感じるのかな。と思いながら、琴葉は、ちゅううぅっと吸いついて、優しく溶かす。ルークがどういう風にするのか思いだしながら。
「っっ、琴葉っ」
声を抑えたルークの声が擦れている。琴葉は、感じるんだ。と思うと、さらに熱心に愛撫をほどこす。ルークがいつもするように、強弱をつけて舐めたり吸ったりを切り返した。口の中で、ぷくりと尖った乳首から唇を離すと、ルークに言う。
「ルークの声が聞きたい」
ルークは琴葉の言葉に驚いて、しかし、楽しそうに、くすくす。笑う。
「いつもと逆だな。オレを鳴かせてみろよ。琴葉」
ルークの挑発的な言葉に、琴葉は頷くと、再び、そこに唇を落とす。さっきとは違う方の乳首をふくんで、同じように愛撫をする。もう片方の乳首には指を絡ませた。
「ふぅ、くっ」
ルークが息をのんだのを感じる。それが励みになって、琴葉はより熱心になった。それだけじゃない。お尻のあたりに、硬く熱いモノがあたって、育ってきている。
「ぁっ…」
琴葉のことだから意図してではないだろうが、琴葉のむちっとした肉が、ルークの雄にあたっている。それが、上半身が動くたびに擦り付けてきて、何ともじれったい快感をあたえる。
ルークの反応を見ながら琴葉は、同じように、ちゅっ、ちゅぅ。と吸いついたり、舐めたりしながら、さらに舌へと下がっていく。
「…琴葉?」
ルークは柄にもなく戸惑っている。琴葉が、フェラするのか。と戸惑いが隠せない。確かに、フェラ自体をされることは始めてじゃない。しかし、琴葉がするのは違和感を覚えた。というか、複雑な気持ちだ。
琴葉は腹部の所に覚悟のキスをする。口付けたルークの肌は滑らかで、香り立つような色気があった。快楽に煽られてほんのり色づいている。ルークに、できるのか。と試されたような気になって、平然を装う。
「大丈夫だから…」
浴衣の上からでもわかるほど、硬くそそり立っている雄に視線を落とす。そして、浴衣の裾をわった。下着をおろすと、生々しい光景が目に飛び込んだ。困ったように眉を寄せた琴葉に、ルークは優しく言う。
「無理しなくてもいい」
しかし、ルークの気づかいを無視して、琴葉は2度、3度、躊躇いがちに舌を、ちらちらさせ先を舐める。やってみると思っていたよりも平気で、琴葉はそのことに背中を押される。
「ぁっっ」
琴葉がすっぽりと口に収めてしまった衝撃に思わず、声が漏れてしまった。ルークはどうせよくできても舐めるだけだ。と思っていただけに、琴葉の大胆な行動に驚く。まいったな。
「琴葉、手で扱きながら吸いついてみろ」
すっかりその気になってしまったルークは琴葉に命じる。琴葉はいわれたとおり手を伸ばすとゆっくりと上下に動かして、先に吸いつく。こんなことを覚えられては、こっちの身が持たなくなる。
「くっ…意外とくるな」
無意識に零れる水音が、いやらしく響く。初心者のしかも、フェラ自体を見たことすらない琴葉の愛撫では、感じることはできないと甘く見ていた。しかし、それでも、琴葉の仕草や表情でそれなりに楽しめると思ってはいたが。
琴葉の指先が、雄を行き来する。ちゅぅっと吸いついては、舌で舐められる。触れている唇も舌も淫靡に染まり、まるで花魁のように淫らな女になっている。まるで男に快楽を与えるためだけの女のようだ。
しかし、視覚との淫乱さとは違い。伝えてくる感覚は、稚拙で、不慣れで、まるで初心な乙女が強制的に奉仕させられているようだった。
琴葉は、口の中でビクッと反応するルークの雄に必死に、舌を絡めたり、唇で扱いたりをくりかえす。ルークが本当に感じてくれているのか、不安で琴葉は上目づかいに見あげた。
「…ぷぐっ、むううっ…ふうん…」
ルークの表情に、ドキっとして、しばらく動きがとまってしまう。切なげに眉をよせ、微かに開いた唇からは、はぁ、はぁ、と荒い甘い呼吸が零れている。そのことが嬉しくて、琴葉は、再び、熱心に舌を絡め、くちゅっと吸い付く。
「ふっ、つっっ…ふぁっぁぁっ」
微かに漏れ聞こえてくるルークの感じている声に、琴葉はドキドキと脈を速くさせながらルークを見つめる。ルークの視線が熱を持って交わる。感じさせているのは、琴葉のはずなのに、体が熱く疼いて、下肢が蜜を溢れだそうとしている。
「琴葉、もういい」
ルークの拒絶の言葉に、琴葉は首をふると無視して行為を続行する。気持ちよくないのだろうか。そんな不安が頭をよぎった時、ルークから苛立ち気な舌打ちと、急に頭を押さえつけられる。
「歯を立てるな」
切なげなルークの言葉を理解するよりも、口腔を突き上げる動きに琴葉は翻弄させられる。息も出来ないほどの苦しさと、喉を刺激されての生理的な嗚咽に苛まれて、それでも、琴葉は必死に口を開けつづけた。
「…っっ、はぁはぁはぁ。クソっ」
ルークの放ったモノに咳き込みながらも、琴葉は何とか呼吸を整えようと必死になる。しかし、ルークはそんな琴葉を見下ろしながら、解放し放っても満足を示さない自分の体に苛立ちを覚えた。
インキュバスとしての尊厳を傷つけられた。あんな幼稚で単純な愛撫に、イカされた。しかも、一方的にだ。これ以上の屈辱があるだろうか。しかも、まだ、体は余韻から冷めず、新しい刺激を求めているのだ。
「…あっ」
琴葉の浴衣を乱暴に乱し、白い肩に噛み付く。乳房が晒されて、乱暴な仕草で愛撫をくわえる。いつもとは違う余裕のない乱暴な愛撫に琴葉は身をすくませる。
「あっ、いたっ。こわいっ、ルーク」
噛み付きながら、琴葉の肌に赤い花を咲かせる。再び、そそり立ってしまった雄を跨がせて、乱暴に浴衣を割り開くと、下着も乱暴に取り払ってしまった。
「ただで済むと思うな」
ルークは一言つぶやくと、そのまま、琴葉の慎ましやかな蜜を零す蕾に突き刺していく。準備もさられていない蕾は、悲鳴をあげて、琴葉は痛みを訴える。
「ゃあああっ、痛い、痛いよぉ。ルーク待って」
琴葉に煽られて、炙りだされて、ルークの欲望はルークの理性など屁でもないように暴れまわっている。それでも、痛みを訴える琴葉の姿になけなしの理性で答えた。
「大丈夫だ。力を抜け」
こんなセックス、今までしたことがない。いつも、どこか余裕のある冷めたセックスだった。金持ちが食事をしているそんな表現がぴったりくる。飢えた獣のように、我武者羅に食らい尽くすそんなセックスを自分がするとは思っていなかった。
琴葉は、ルークを不安げな濡れた瞳で、健気にも体の力を抜こうと必死になる。しかし、その反応がまたルークを煽って、獣のように求めさせた。
全て入ると、乱暴にベッドに組みひく。足を大きく開かせ、琴葉のペースなどお構いなしに腰を叩きつけた。
「ぁぁっ、やぁ。きゃ、ああっ、だめっ」
強烈な感覚を残しては、また荒々しく攻め入ってくるルークに、琴葉は快楽を得ているのか、苦痛なのかわからなくなる。全速力で走り抜けるような挿入に、ルークにしがみつくこともできない。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
嵐のように過ぎ去った交わりに琴葉は言葉もなく、荒い息をつく。ルークはもう居ないはずなのに、体の芯に深く刻まれて、まだ繋がっているような気がする。
「琴葉…」
擦れた甘い声とルークの気配が琴葉に触れる。琴葉は体を動かすのも億劫な気持ちで、ルークを見つめかえした。たった1回。普段のことを思えば、まだまだこれからなのに、もう、このまま眠りにつきたい。
しゅる、しゅる。と布が擦れあう音が微かに響く。琴葉は浴衣が、ゆったりと締め付けを失うまで気づかずにいた。帯を取り払われ、腕に浴衣をかけているそんな状態になった琴葉は不安げに伝える。このまま、挑まれては敵わない。
「まだ、待って」
しかし、琴葉の言葉を無視するとルークは、足を抱え上げ広げてしまった。そして、そのまま、柔く白い内腿に歯を立てる。「うんっ」と琴葉が息をのむ。
「もっとだ。もっと、欲しい。琴葉、足りない」
ルークの熱のこもった声が、肌にあたり粟だっていく。ざわつく素肌は体の芯まで犯して、ルークを求めるように命令をくだす。琴葉は静かに目蓋を閉じると、覚悟を決めた。
ルークをこんな風にしたのは、自分なのだ。と思うと喜びすら湧いて、メチャクチャにされたい。と素直に囁いて、しがみついていた。
「ちっ。まだか……」
気を失い浅い呼吸をくりかえす琴葉を見下ろしながら、ルークは半ば諦めがちに呟いた。こんなこと始めてだ。人間のガキのように、性欲の抑え方がわからない。
気を失った琴葉に手を伸ばす。赤く腫れた唇に口づける。微かに零す声にルークは困ったような笑みを零した。これでは、本当にやめられない。まいったな。
「ルーク…」
琴葉が寝言で、可愛くルークの名を呼ぶ。ルークは、くすくす。笑いながら、琴葉に呟いた。こんなの責任転換だ。
「琴葉が、いけないんだぞ」
そして、ルークは琴葉の乳房や腹部、内腿や蕾に舌を這わしていく。指先で悪戯をしながら眠り続ける琴葉を犯した。先ほどまでの激しさはなくても、それでも、燻っている欲望は止めようがない。今の自分はどうかしている。
「う、ううん…」
琴葉はベッドの中で身じろぐ。体中が軋むように痛い。ちょっと酷い筋肉痛みたいだ。琴葉は横になったまま伸びをする。体が痛いけど、筋が伸びていく感じが気持ちいい。
隣りにルークがいないことに気づいて琴葉は、いま何時だろう。と思った。時計を見ようと半身をおこすとルークが部屋に入ってきた。何となく空気で、昼過ぎかな。とは思うけど。
「ふぁぁ〜、何時?」
欠伸をしながら無防備にたずねてくる琴葉の側に、ルークは腰かける。セルシーの言葉を思いだしていた。そして、あの時の香代の姿が目蓋に浮かんだ。
「…………」
深刻な顔のまま何も答えないルークに、小首をかしげる琴葉。聞こえてなかったのだろうか。そう思って、再び、聞いた。
「何時?」
「ああ、今は…1時過ぎだな」
「え、嘘。よく寝てたんだ。お腹すいた〜」
琴葉はそう言って、お腹をさする。ルークは琴葉に服をわたした。琴葉は上着に腕を通すと前を止めて、ベッドから出るために立ち上がろうとした。すとん。
「へ?」
琴葉は、ぺたん。とベッドの脇に座りこんでしまったのだ。何が起きたのかと、ルークを見あげるとすまなそうに、しかし、少し微笑んだ表情をむけてきた。こんなこと始めてだった。立てないなんてありえない。
ルークは「ほら」と言いながら琴葉を抱きかかえると、居間に運ぶ。父は仕事にいっていて、この家にはルークと琴葉だけだ。
「ううぅ、生まれたての小鹿みたい…」
琴葉の怨めしい声にルークが、くすくす。笑う。まったく、可愛いバンビだな。と思いながら、拗ねた表情の琴葉に目を細める。今、確実に腕の中にいる。
「激しくしすぎたな」
反省しているようなルークの言葉に、琴葉は見あげて問う。それはどういうこと。
「よかった?」
「…いや、屈辱だった」
ルークの言葉にショックを受けて、琴葉は俯く。よくなかったのだ。セルシーにできることが、自分にはできない。しかし、そんな琴葉の想いをわからないルークは琴葉に口づける。
「はぁっ、ちゅっ、ぅふんっ」
激しいキスに、琴葉は泣きたくなってくる。やっぱり、感じるのは自分ばかりだ。セルシーのようにはいかない。昨日のセックスをルークは楽しんでくれなかった。
「あんな屈辱、初めてだ。オレばかりが楽しんでしまった」
「え?」
自覚がないのか琴葉が不思議そうな目で見つめてくる。琴葉に煽られて、獣のようになってしまった。昨日、ルークが優先したのは自分の快楽だ。プライドなどという余裕はなかった。
「気持ちよかったの?」
「ああ、理性がぶっ飛ぶくらいにな」
「本当に?」
ルークが。本当に、そんなことになってたの。いつも、余裕な態度をとっているルークが、私の愛撫で。本当なの。
「嘘ついてどうする。まあ、初体験だったな」
琴葉が嬉しそうに微笑んだ。ルークの「初体験」という言葉に、笑みが零れる。昨夜のルークを知っているのは、私だけなんだ。
「もう、するなよ」
「どうして?」
とがめるような声に琴葉は問う。何もわかっていない琴葉に、ルークは溜息をついて答えを教えてやる。
「プライドも傷つくが…それより、琴葉を壊してしまうだろう」
そして、琴葉の耳にルークは囁く。
「気を失っても離せなかった。もう、するなよ」
その囁きを聞いて、琴葉はいたたまれなくなって素直に頷いた。それで、立てなくなったのか。と変に納得してしまう。
琴葉を居間に座らせたままルークは、台所にたつ。琴葉直伝の料理を作る。インキュバスが台所で料理というのはおかしい感じもするが、気だるい体を動かすのが嫌な琴葉への気遣いだ。
セックスの後は、いつも琴葉が疲れている。回数を減らすとか、加減をもっとしてやるとか、いう配慮をするくらいなら、この方がいい。
作った料理を出来上がった順に机に並べていく。行儀悪くも琴葉は、指で摘んで出来上がった熱々の料理を食べている。それをみたルークは二皿目を持ってくるついでに箸をわたした。結局、机に並んだ料理は5品。
にっこり笑って、あ〜ん。とでもいうように口を開けて、ぱく、ぱく。食べていく琴葉を横目にルークは、一人考えていた。琴葉が、自分のいうとおりにしてくれるだろうか。
“パパっ子”の琴葉が、父のことを思わない訳がなかった。ルークは考える。この世で唯一、100パーセント勝つ自信がない相手を上げるとしたら父しかない。それ以外なら、どんな奴でも勝つ自信はある。
悪魔なのに、慈しみの心を持ってしまった。全ての苦痛や不安から守ってやりたい。とルークは本気で思っている。そんなこと現実的には無理だとわかっていても、努力せずにはいられない。
デザートにだしてやった夏みかんを食べている琴葉を見ながら、ルークは考える。こっそり薬でも盛ってやろうか。とも思ったが、しょせん考えるだけで無駄なことだ。
愛してしまったからこそ、自分の我だけでは満たされない。愛してしまったからこそ、自分の想いより相手の想いを思ってしまう。つまり、琴葉が納得していないのになし崩しという訳にはいかないのだ。奪うようにはもう愛せない。
それに、セルシーのことも気になる。あいつは何をしでかすかわかったものじゃない。琴葉の大切な者は守ってやりたいと思う。不本意だが、智樹も一応、いや、少し、そこそこ、守ってやろうとは考えている。しかし、最悪の場合、優先するのは琴葉だけだ。そう、優先順位を決めないと何も守れやしない。
「ルークどうしたの?」
口元に夏みかんの粒をつけて琴葉が聞いてくる。あまりにも無邪気なその表情に、ルークは苦笑いを浮かべるとそれを摘んだ。
「ついてるぞ」
ルークが摘んだ夏みかんの粒を見て、琴葉は「あ〜ん」と口を開ける。どうやら、こんな小さな夏みかんの粒すら惜しいらしい。本当に食い意地がはってるな。と半ば感心しつつルークは口の中に粒を放り込んでやる。
「もっと取ってきてやろうか?」
ルークがそう言うと琴葉は、嬉しそうに首を縦にふった。机の上にある皿は見事にからだ。気持ちよくなるくらい綺麗に食べられている。
「ほら、手をふけ」
夏みかんを持ってきたついでに、お絞りをわたす。琴葉は濡れたお絞りで手を拭くと夏みかんに手を伸ばそうとした。
「いちいち洗面所まで運ぶのは面倒だからな。剥いてやる」
夏みかんを手にとり、親指を差し入れて皮を剥きはじめる。食欲劣らぬ琴葉が、キラキラした目で皮を剥がれていく夏みかんを見ている。ひと房、剥いては琴葉の口に放り込み、また、皮を剥き始める。
「ううっ、すっぱい〜」
「しかたないだろう。当たり外れがあるんだから」
「でも食べる」
琴葉はそう言うと、再び、催促をして口を開ける。雛鳥のように無防備に餌を催促する姿を見ていると、皮を剥くことに使命感すらわいてくるから不思議だ。
琴葉は琴葉で、食べさせてもらう楽さを覚えてしまってからというもの。この行為が恥ずかしい行為だとあまり思わなくなってきている。他人の前では、マナー的にもどうかと思うが、二人きりなら気にすることもない。
「ルーク、もうないの?」
雛鳥が、ぴー、ぴー。と餌を催促するように琴葉が言う。その姿に、思わず未熟な羽と嘴が見えてきそうだ。ルークは「ちょっと待ってろ」と言うと台所へたつ。夏みかんはこれでお終いだが、琴葉が眠っている間に買いに行ったイチゴがある。
「ほら、持ってきたぞ」
父の分だけをよけると冷蔵庫にしまう。ヘタをとり、砂糖と牛乳のかかったイチゴを見て琴葉が「イチゴだぁ」と嬉しそうな声をあげる。すっかり、食い意地が悪くなった琴葉は、もうイチゴにしか興味がない。
「あ〜ん」
口を開けて催促する琴葉に、ルークは「ちょっと待て」と言うと、器の中のイチゴをフォークの背で軽くつぶす。
「ほら」
それを口の中に入れてやると満足そうに、琴葉の目尻が下がった。幸せそうに、もぐもぐ。と口を動かしては、また、口を開けて催促する。結局、買ってきたイチゴ2パックを平らげて、琴葉は満足した。
「ふぅ〜、食べたぁ」
琴葉はそう言いながら、ルークの膝に頭をのせている。琴葉の体力回復方法は、よく食べる、よく寝る、この二つだ。
子供が甘えるように琴葉は、ルークに甘えている。しかも、今日は腰も痛いし、体もだるい。たいしたことはなくても、ううんと甘えたい気分だ。こうして甘えている時間が琴葉は大好きだ。
「…琴葉?」
「うん…」
ルークは団扇で琴葉を仰ぎながら、うとうとしだした琴葉に話しかける。気のない琴葉の返事がかえってきた。幸せな時間だけは邪魔してやりたくないと思っていたルークだが、やはり、琴葉に切りださずにはいられない。左手の薬指にはめられた指輪を見つめる。
香代が亡くなった時、香代と同じ魂なら、それでいい。香代と同じなのだ。と思って疑わなかった。しかし、実際、香代の生まれ変わりである琴葉に出会い。それは違うことを知った。香代であって、香代でない。
引き継いだモノはあったとしても、琴葉は琴葉としての人格を持っている。そして、そんな琴葉を愛している。香代よりもずっと、ずっと、琴葉のことを愛しているのだ。愛しくてしかたない。
基礎が同じでも、その上に立っているモノが違えば、それはルークの愛した琴葉ではない。もちろん、今の琴葉以上に愛しいと思う可能性はあるかもしれない。でも、それではダメなのだ。今は、今の琴葉が一番愛しいから。
「悪魔にならないか…」
前髪を触れるルークの手の平にうっとりとしていた琴葉の視線が一瞬、泳ぐ。何を言われたのかわからない琴葉は、ルークを見あげた。ルークの目は真剣なもので冗談ではないことだけを伝える。
「何もかも捨てて、オレの側にいて欲しい」
琴葉は突然の申し出にただ思考が上手く働かない。琴葉には今を見つめることが精一杯だったから。未来を想像する力がないのだ。
「…あ、10年とか20年とか、先の話し」
不安げに呟いた琴葉にルークは首をふり、否定する。そして、琴葉にしっかりとした声音で伝えた。そんなに待てない。
「今すぐ。オレと同じ時を生きる悪魔になってくれ」
その言葉に琴葉は困惑気味で、状態をおこす。そして、すぐさま思い浮かんだのは、父のことだ。この広い部屋に父を残していかなければならないのだろうか。
「お父さんは、お父さんと一緒にいられるのよね?」
悪魔になっても父の側にいてもいいのか。と問いかけてくる琴葉に、ルークはきっぱりと言った。「それは無理だ」と。
老いもしない、死にもしない、ましてや治癒の能力すら違う。悪魔になった人間がそのままの生活を送ることは禁じられている。悪魔の存在を守るために。
「どうして、今なの。せめて10年、20年、待ってくれたっていいじゃない」
「琴葉、愛している。オレは、琴葉を若く綺麗なままの姿で残したい」
その言葉に琴葉が、カッなる。若くなければ、綺麗な姿でなければ、ルークは愛してくれないと、今の気持ちは変わるのだ。と言われた。そのことが、悔しくて悲しい。
「いやよ。お父さんを残してなんて。ルークには、わからないのよ。お父さんと私のことなんて」
感情的な琴葉の声は、ルークを拒否した。ルークにとって父と琴葉との生活は短いものだった。しかし、それでも、ルークはルークなりに父のことを考えている。それでも、優先されるのは琴葉のことなのだ。
「聞け。10年20年じゃ、人は死なない。父さんはその時、50、60歳だろ。それなら、少しでも若い内に一人にした方がいいに決まってる」
やりきれない思いをぶつけるように、ルークは琴葉に言う。父が一人っきりになってしまうことを、ルークだって理解している。
「じゃあ、もっと待って。お父さんが、一人にならなくてすむまで、せめて待ってよ」
力なく言う琴葉に、ルークは「無理だ」と一言つたえる。その容赦のない、自分勝手な言葉に、琴葉は怒りしかわかない。
「もういい。ルークなんていらない!!」
「父さんが死ぬのを待っても意味がない。今でも変わりっっ」
はっきりとした拒絶の言葉に、カッと感情的な言葉で返してしまったルークの頬に、琴葉の平手がはいった。琴葉は、涙目でルークを見ている。そして、叩いた手を押さえて、静かに言った。
「出て行って。見たくもない」
今、これ以上何をいっても無駄だ。と思ったルークは、何も言わずに出て行った。失ってしまう恐怖に怯えているのは、いつだってルークだ。
人間は簡単に老い、傷つき、病にかかって、そして、最後にはあっけなく死んでしまう。自分の手元から、紙が燃えるように、水が零れるように、いなくなってしまうのだ。
琴葉はルークのいなくなった居間に一人座ったまま、左手にはめられた赤い薔薇の指輪を握りしめていた。ルークがくれた物。ルークが誓ってくれた愛の証。 |