あ、また目が合いましたね。
私はいつも貴方を見ていましたよ。
貴方も良く私と遊んでくれましたね。
老体の私には少し酷な事もありましたが。
でも、この季節だけ、いつも貴方は大人しくて。
貴方の目に映るのは、
この薄紅色。
風に儚く舞う桜色の吹雪。
「マユミ、もう時間よ」
貴方は、お母さんが呼ぶ声に振り返る。
「うん。少し待って」
その姿、私は何年も見てきたんですよ。
友達とケンカをして泣いていたのも。
自転車に初めて一人で乗れるようになったのも。
初恋の人を家に連れて来たのも。
ずっと見守っていたんですよ。
すっかり大きくなりましたね。
あの頃、この季節に私を見上げていた少女は。
今や、私よりも美しい大人の女性に成長して。
今日、貴方はココから巣立っていく。
なにも心配しなくて大丈夫ですよ。
だから、そんな淋しそうな顔をしないで。
いつもより沢山桜色の雨を降らせるから。
今までで一番美しい桜吹雪を見せるから。
その目に
その心に
焼き付けておいてください。
貴方がもう一度ココに戻って来る時、
私はもう居ないけれど。
それを悲しんだりしないで下さい。
私は貴方の笑顔が大好きです。
だから最後の思い出に貴方の笑顔をください。
「お母さん。この桜の木、切っちゃうの?」
「花が全部散ったらね。マユミも嫁いじゃうし…。
少し家が淋しくなるわねぇ」
そう。
お別れです。
私は居なくなってしまいますが、
また、この季節が巡ってきたら。
ほんの少し思い出してくれたら嬉しいです。
「桜さん、今までありがとう!」
え?
予期せぬ行動。
貴方は私の決して立派ではない体を抱きしめた。
そして柔らかな笑顔を見せてくれた。
「ほら、マユミ。そろそろ行かないと」
貴方は名残惜しげに私から離れ、
再度私を見上げた。
小さく手を振って
「さよなら」と唇だけで。
その後ろ姿を見送りながら
私も出来る限り風に任せて手を振った。
今日、この全ての花が散ってしまっても構わない。
貴方の新しい門出に華を添えられるのなら。
風に舞う花弁に乗せた私の想いが貴方に届きますように。
この身を無くしても、貴方の事を遠くから見守りましょう。
…この桜吹雪の様に、貴方へ幸せが降り注ぎますように… |