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【1】いまも幼なじみ?
 雨上がりの春の陽射しは眩しかった。
 庭木の緑が風にざわめいて、草の匂いがした。
 入学式の時にはまだ風が冷たくてカシミヤのマフラーをしていたはずなのに、ひと月も経たないうちに照りつける陽射しには確かな熱量を感じる。
 朝の光がアスファルトの水溜りに反射して、如月きさらぎサツキは瞳を細める。
「あ、おはよう」
 学校へ行く為に家を出た彼女は、二軒隣の家から出て来た片蔭かたかげツカサに声をかけて手を振った。
 ツカサもサツキも幼稚園の頃にこの住宅街へ越して来た。
 当然、二人は同じ幼稚園、同じ小学校、同じ中学へ通った。
 幼い頃はよく一緒に遊んだが、中学頃からほとんど会話も交わさなくなって以来、こうしてサツキが声をかける程度だ。
 しかし、彼は決まってチラリとサツキを見ると、軽く手を上げて何も言わない。
 それでも彼女がツカサに声をかけるのは、完全に縁が切れるのが怖かったから。
 立ち止まって声をかけたサツキの目の前を、今日もツカサは無言で通り過ぎる。
 微かな視線と小さく上げる手が、せめてもの救いだ。
 サツキは彼が完全に通り過ぎてから、ゆっくりと歩き出す。
 彼の背中を見つめながら。
 早咲きの桜はもう散り始めて、道端には桃色の小さな吹き溜まりが出来ていた。


 高校は別になると思っていた。
 ツカサは成績がよかったので、市内一の進学校へ行くと思っていたのだ。
 そこは男子校なので、サツキがいくら勉強を頑張っても絶対いけない場所だった。
 彼女だってちょっと、いやかなり頑張れば試験に合格できる偏差値を持っていたが、それだけではどうにもならない。
 噂によると体力的にも男性にひけを取らなければ女子でも入学できるという話だ。
 しかし、どんなに努力したって男子高校生と同等の運動能力は、凡人のサツキには無理だった。
 それ以前に、何百人という中の紅一点なんてありえないと思った。
 隣接した場所には、ほぼ同じ学力で入れる女子高がある。その学校は、男子校との交流が盛んな事でも有名だ。
 つまり、市内ではこの二校が仲良くトップレベルに存在するわけだが……
 サツキは結局あまり努力を必要としない安全第一とも言うべき高校を選んだ。
 それでも、市内では3番手。
 そしてその高校は共学だ。
 サツキの母親は、ツカサの母親と今も普通に交流が在る。だから、ツカサの進路も以前から知っているようでは在った。
 でも訊けない……思春期を迎えたサツキには、幼なじみと云えども男の子の事を親に訊くのは逡巡する。
 中学の卒業式は淋しいものだった。
 もう、学校でツカサの姿を見る事はできない。
 たとえクラスが違っても、廊下で見かけたりグラウンドで見かけたり……
 ツカサは中学の頃から陸上部にいた。
 放課後、彼の走る姿をこっそり教室のベランダから見るのが好きだった。
 西日がグランドを琥珀色に染める中で、前だけを見つめて走る彼の姿が……
 そんな日常の空気を共にしているだけで、安堵していた。
 でも高校が違えば、当然家を出る時間も違ってくる。朝の挨拶さえ交わさなくなって、いづれ全く知らない誰かに変わってゆくだろう。
 これで彼との縁も完全に途切れてしまいそうで、サツキの高校生活への希望は限りなく暗たんとしたものだった。

 しかし高校の入学式。
 新入生が沸き立つ雑踏の中、サツキは隣のクラスにツカサの姿を見て驚いた。
 まさか、同じ高校を受けていたなんて知らなかったのだ。
「あれ? ツカサ君じゃない?」
 イズミが声をだした「成和に行ったんじゃないんだ」
「なんで、ここに来たんだろ」
 とハルカも思わず首を傾げるが、サツキは何も言わなかった。
 いたって冷静を装って、二人を自分たちの教室へ促す。
 本当は嬉しくて笑みが零れそうだったが、頬を引き攣らせて堪えた。それを周囲に……イズミやハルカにさえ気付かれるのが嫌だったから。
 どうして受験の時に気づかなかったのか……
 中3の時はクラスが違っていたし、受験をする教室も違っていたのだろう。
 しかし、それだけではない。
 まさか彼が同じ受験会場にいるなんて思っていなかった。
 さらにサツキは肝心な場所では上がり症だった。
 試験当日は、イズミとハルカと片時も離れないようにして気持ちを解きほぐした。
 だから周囲に他の誰がいたかなんて、正直全く覚えていない。
 と言うより、周囲の人を見渡している余裕など無かったのだ。
 でも……じゃあ、なんで今朝会わなかったの……? 
 サツキは入学式の朝、イズミやハルカと待ち合わせるために、かなり早い時間に家を出た事を思い出した。
 それ以来毎日ではないが、よく朝に彼を見かける。
 学校では特に声もかけないが、朝だけはツカサの姿に声をかけるのだ。
 こうして幼稚園からの同級生は、高校生活まで共に過ごす事となった。


「サツキ、部活もう決めた?」
 教室へ入ると、毎朝イズミが一番に声をかけてくる。
 春の真新しいクラスは何となく不慣れでちょっぴりぎこちなくて……窓から入る朝の陽射しは何時も眩しくて。
「まだ決めてない。イズミは?」
「あたし、サックスでも吹いてみよっかなぁ」
「マジで?」



本編【第2話】は明日Up予定です。
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