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【11】だって時間は戻らないでしょ。
 電車の中には半袖姿も目に付いた。
 五月の陽射しはもう夏空のようで、眩い太陽がジリジリと紫外線を照りつける。
「どうしてあたしたちが教室で初体験の話するのよ! あんたバカぁ?」
 連休明けの朝の教室に、イズミの声が響いた。
 一瞬クラスの連中が振り返ったのを感じて、彼女は慌てて声のトーンを落とす。
「そんな話し、男のいる教室でするわけないでしょ。何考えてるの?」
 イズミにダメ出しされているのは、藤木だ。
 こうなっては、普段の好感度もガタ落ちだった。
 彼は連休前に聞いたサツキやイズミの会話を初体験の話しと解釈して、部活での雑談中にツカサにも話してしまった。
 何気にサツキの相手はツカサだと思った。
 藤木は半ばツカサに負けたのだと思ったのだ。
 それを吹っ切る為に、真相を訊きたい気持ちでさり気なく切り出した話だった。
 彼だけが勘違いしていたのならイズミもこんなに目くじらたてたりしない。
 問題は、藤木が自分の勘違いをツカサに話したと言う事だ。
 当然のように、藤木の話しにツカサは思い当たる事もない。
 誰か知らない奴と……
 それが、彼の不機嫌の原因なのは言うまでもないだろう。
 サツキが誘った時の彼の態度の全ては、この事に要因があったのだ。
「どうしてツカサ君に話すのよ。確信も無いくせに」
 藤木は困惑して冷たい汗をかいていた。
「いや……ちょっとした雑談だよ。そんな深刻な会話じゃなかったんだ」
 女子にこんなに責め立てられた事など初めてだった。
「それに、てっきりツカサと如月きさらぎは上手くいったのかと思ったし……」
 藤木はひたすら苦笑するしかない。
「それはアンタが心配する事じゃないでしょ」
「わ、悪かったよ……」
 藤木の気持ちを知らないイズミは、藤木を必要に責めた。
「藤木もさ、悪気はなかったんだよ」
 ハルカはイズミを宥めるように言うと、藤木を見て肩をすくめた。
「この分だと、サツキは悲惨な連休だったでしょうね……」
 イズミは連休前にサツキが勝負に出る事を知っていた。Xデーと言ったのがそれだった。
 連休を使って距離を縮める決意を聞いていたのだ。
 彼女が溜息をついた時、サツキが教室へ入って来るのが見えた。
 藤木から離れたイズミが彼女に駆け寄る。
「サツキ、大丈夫? メールくれれば遊んであげたのに」
「な、何よ。いきなり」
「ツカサ君、何か言ってたでしょ」
「な、なんでよ?」
 イズミは教室の隅へサツキを促すと、藤木の事を話して聞かせた。
 サツキはイズミの話しの勢いに目を丸くして聞いていたが、説明が終わると思いの外軽く笑って
「何だ、そうだったんだ」
 サツキは、先日のツカサの極端な態度の意味をやっと理解して安堵した。
 もちろん、上手く行かなかったのは事実で、現に今朝は彼の姿を見なかった。
 ほとんど毎朝家の前で見かけたのに、急に見かけなくなったという事は、きっと家を出る時間を変えたのだ。
 でも、気まずい気持ちで顔を合わせるよりいいと思った。
 それでいいのだと、自分に言い聞かせた。
「ツカサ君には、藤木から説明させとくからさ」
「いいよ、別に……」
 サツキは何となくどうでもよかった。
 連休前のあの日が、もう一年くらい前の出来事のように思えて、今は何も感じない。
 というより、どうやってもあの時間、あの瞬間は戻ってこないのだ。
 もう、やり直しは効かないのだと思った。


 * * *


 リズミカルで速いスパイクの音が、100メートルの直線をあっと言う間に走りきる。
 爽やかな息が弾む。
 ツカサは息を整える為に大きく呼吸をしながら腰に手をあてて、上空そらを仰いだ。
 長い飛行機雲が、音も無く細く伸びている。
 ソフトボール部の少し甲高い掛け声が遠くで聞こえた。
 汗の伝う頬を穏やかな風が撫でて通りすぎる。
「ツカサ……あのさぁ」
 藤木が駆けて来ると「帰り、時間あるか?」
「なんだよ、あらたまって」
「いや……如月の事でさ……」
 藤木は少し短めの髪をクシャクシャとかきむしった。
 彼を見ていたツカサは、取り出したスポーツタオルを顔に当て、再び空を見上げた。
「なんだよ、その話はもういいって」
「いや、違うんだ……俺、勘違いしてたみたいでさ……」




次回【12】『ラ』の音色
は、20日未明前に投稿予定です。
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