今日もまた、あの人を想い家路を歩く。良いことがあった日も、悪いことがあった日も、あの人の無邪気な笑顔を思い描きながら歩く。
もしかしたら今、このお寺の境内で私を待ち伏せしているかもしれない...!そんなゴミくずみたいな希望を胸に右向け右!
「あっ...」
その瞬間、この場から立ち去りたいと心から思った。逃げたしたくて、でもこの場から離れたくなくて足が固まる。
こんなところに居たくない!そう自分の意見が固まると、一気に走り出した。自宅まであと100メートルちょい。まるで小学時代の運動会のよう。頭の中にはゴールする事しか無かった。
「ただいま!」
息を切らしながらも精一杯声を出して言った。
「おかえりー。また走って帰って来たの?嫌な事でもあった?」
「・・・何で?!別にそんな事ないしっ!」
「お前二年前からそうだから」
「何でもないって」
そう、私は嫌なことがあると必ず走って発散してから帰る癖があった。
「お父さんただいま〜」
「おっ!おかえり。お父さん、今日あ・・・」
「知ってる。明日出張だから帰り早いんでしょ?朝聞いた。誰もリストラされたのかなんて疑わないよ」
そんな事を吐きながら私は2階へ上がって行った。
「亜実、もう御飯だから、お姉ちゃん呼んで降りて来な」
微かに聞こえる母の声を背に、私は姉の部屋に入った。
「お姉ちゃ〜ん。今日、衝撃的なシーン目撃しちゃった!」
「どんなー?」
姉はマスカラをしながら、元々開いていた口で言った。
「本田君が女に告ってた。あそこの寺の境内で」
「それあんたが好きとか言う男じゃないっけ?」
「そう、本田知秋君。寺で女に・・・」
「二度言わんでいい。」
強くツッコミを入れられたので、怖じけづいて部屋の隅にあったごみ箱に腰掛けた。
「で、あんたどうしたいわけ?」
「あたしはー・・・」
「久実ー、亜実ー!ご飯だってー!早く降りて来な。」
母の大きな雄叫びに反応して、姉は部屋を出た。
「まあ、本当に告ってたかも分からないでしょ?さぁ、早く食べに行かないとあのオニババ爆発するよ!」
夕食を済ませ、お風呂から上がって、部屋に戻った私はテスト勉強に勤しんだ。
全部忘れよう!
本田君なんてちょっとかっこよくて優しくて、惹かれてただけだもん!
本田君なんて・・・
本田君なんて・・・
チュンチュンチュン・・・
気付いたら既に世の中は朝を迎えていた。
はっと時計を見ると
8:30!!
あと10分でテストが始まってしまう!
急いで支度をして外に飛び出した。
あと4分・・・学校自体は大幅遅刻だけど、幸い1時間目は数学。30分あれば解ける。と言うか手をつける事の出来る問題が少ないだけだけど・・・
路地を曲がると、正月とかにやってる番組のマラソン級に辛い登り坂が姿を現す。ここを登りきったらもう学校だ!
その時突然脇から何かが飛び出して来た!
「猛?!」
簡単に追い抜いて行った後ろ姿に声を掛けると、1回転するんじゃないかと思うほどの勢いで彼は振り返った。
「おお、亜実!お前も遅刻かよっ!急げー!」
そんな事を言ってまた走り出したと思ったら、再び振り返ってこう叫んだ。「お前に用があったんだ!今日の放課後昇降口で待ってて!って言うかお前急げよ!」
そう言われて猛ダッシュで学校に入った。
数学のテストが始まって20分経過していた。制限時間は40分。余裕だった。
いつの間にか登校していた私を、担任は放課後呼び出してガミガミ言ってきた。
担任の怒りが静まった頃には下校する生徒の数もすっかり減り、ただ猛だけが寂しく昇降口の階段に座っていた。
「ごめん!待った?」
「待ったも何も、おめーおせーよ!まあ缶コーヒー1本で許してやるよ」
「安っ!!!」
そこで私は学校の前にある自販機でコーヒーと紅茶を買った。
「それで話って何?」
コーヒーを渡しながら話を切り出した。
「さんきゅー。うん、実は昨日の放課後、三吉が本田に告られてるとこ目撃しちまってよ」
「へっ!?あんたも見てたの?」
「はっ!?おめーも見てたのかよっ!趣味われーな」
「その言葉そのまま返すわ。で、何でそれを私に?」
「うん・・・。実は俺三吉の事好きで・・・どーしたらいいかなって・・・。」
「諦めるしかないんじゃない?相手は学年のアイドル本田だよ?告られたら返事はyesしかないだろう。」
「冷てぇなぁ。この冷酷女!」
「だって、そう言う事実を知っておきながら『絶対まだ間に合うよ!諦めないで、ぶつかってこい!』なんて言う方が冷酷じゃない?」
「まあ、お前は小さい時から希望なんて言葉が嫌いな覚めた子供だったからな」
「小さい時って・・・あんたと知り合ったのは高1の時だろーが!ほんの1、2年前だよ」
「まあ、その1、2年でお前の事色々知ったからなぁ」
そう、私達はちょっと前まで付き合っていた。コイビトドウシだったのだ。とは言っても、それは肩書だけ。お互い一目惚れで始まった恋だったので、初めて知るお互いの欠点を許せず、最終的に肩書は友達になった。
気がつけば例の寺の前まで来ていた。
「あっ!また・・・」
猛の視線の先には、例の2人組がいた。
私達に気付いたのか、2人はこっちに近づいて来た。
「たけちゃん!こんなとこで何やってんの?」
「お前こそ何やってんだよ!他の男と!」
たけちゃん・・・?
他の男・・・?!
「このお寺にある花をもらってたの!本田君のパパさん、ここの住職さんだから」
「昨日三吉さんに聞かれて、どの花だか一緒に確認してから父に許可をもらったんだ。それで今日、俺の監督の元、三吉さんに摘んでもらってたとこ」
「じゃあ、本田君ありがとう♪たけちゃん行こう☆」
話が飲み込めず、私はすかさず問いただした。
「猛!どういう事?あんた三吉さんに片思いだったんじゃないの?」
「俺は片思いだなんて言ってないよ。付き合ってたって好きな気持ちは変わらないだろう」
「分かり辛いんだよ!このアホッ!」
猛はニカッと笑って、三吉さんと仲良く去って行った。
私と本田君を残して・・・。
馬鹿な猛への怒りを隠せず眉間にシワを寄せる私に、本田君は優しく声を掛けて来た。
「三吉さん、あの花を入院中のおばあさんにプレゼントするんだって。お金なくて花も買えないとか可愛いよね。」
そんな事誰も聞いてない!
「で、君は何しにここへ?」
「何しにって・・・帰り道ですけど!」
「そう、なら家まで送るよ。裏にチャリ置いてあるから待ってて。」
有無を言わさず走り去る彼の後ろ姿を見て、このまま走って逃げてしまおうかと思った。相手は片思いの彼、しかも昨晩闇に葬り去った恋である。再熱なんてするはずはない。
そうやって悩んでいると、既に見える所まで彼が近付いて来てしまっていた。
タイムリミット・・・
「お待たせ!」
花が咲くように笑った彼を見て・・・
再熱!!!
もうこれは彼の荷台を確保するしかないと思った。多分その時の私の目は、獲物をロックオンしたハンターの目だっただろう。
しかし彼は、私の興奮を和らげるかのようにゆっくり進んだ。
気持ちがよくて、今にも眠ってしまいそうなほど柔らかい風をまとって、彼の自転車は進んだ。
私の家まで、もう目と鼻の先の距離・・・。本気で寝てしまおうかと思った。
でもダメだ!愛の逃避行なんて、勘違い甚だしい。
「あっ!私の家ここです。」
温かい彼の背中から離れて、同時に現実に戻った。地に足がつくとはこう言うこと。
「ありがとう、じゃあ気をつけて。」
「じゃあね、松本さん」
そこではっとした。クラスは毎度違っていたし、ちょっと廊下で親切にしてもらっただけで、関わりは全くない私達・・・。
私は彼を好きだから色々知っていたけど、なぜ彼は私の苗字を知っている・・・?
そう思ったらなぜか自分を制御できなくなった。
「本田くーーーんっ!!!」
だいぶ遠くまで行っていたけど、幸い道は広い一本道。無事彼の耳に届いたのか、彼はUターンして来てくれた。
高鳴る鼓動を抑え切れない。
燃え上がる気持ちを隠しきれない。
「好きです!本田君の事が好きです!付き合ってください!」
気が付くと告白していた。顔が今まで以上に赤くほてっているのが自分でもよく分かった。
彼は一瞬驚きを隠せずにいたが、すぐに無邪気な笑顔でこう言った。
「はい。」
そろそろ夕食時、漂うお味噌汁の香りに負けて、彼のお腹がぐぅとなった。
思わず照れも交えた笑顔を見せ合った。
毎日思い浮かべていた彼の笑顔が、今ここにある。
これからもずっと・・・ |