蜘百足
ある夏の夕暮れ。
私は小さな神社の片隅で、雨宿りをしていた。
散歩をしていたら、突然に大雨が降り出したのだった。
傘を持っていなかった私は、境内でジッと通り過ぎるのを待つしかなかった。
しかし、それにしても暇だ。
遠出をするつもりも無かったので、携帯も持ち歩いていない。
私はタバコに火を付けて一服するも、手持ち無沙汰で欠伸が出てしまう。
ふと足下を見詰めると、2匹の百足が這い蹲っているが目に入る。
私は何気なしに、其奴にタバコの火を近づけた。
すると、キューという鳴き声がして、焼け死んでしまったのだ。
私は湿気ったタバコを吸殻ケースに入れ、また新しい物に火を付けたのだった。
雨も上がった帰り道。
私は竹林の中を歩いていた。
笹の葉から、ぽつぽつと雫が落ちている。
その量が多いせいか、まだ雨が降っているような雰囲気が漂っていた。
私が、また新しいタバコに火を付けようと足を止めた時、子供が1人で泣いている姿が目に入ってきた。
俯き、めそめそと嗚咽を漏らしている。
どうやら転んで膝を怪我しているようであった。
素通りするのも可哀想だったので、私は大丈夫かと声をかけた。
「痛いー。痛いー」
すると、子供は私の顔を見ると、今までよりも大きな声で鳴き出してしまったのである。
これは中途半端に構うべきでは無かったと、私は後悔した。
このまま放っておくのも大人として忍びない。
面倒だが、私は子供を背中に担ぐと、近所の交番まで連れて行く事にしたのだった。
だが、生憎と交番に人影はなかった。
巡回中らしいプラカードが窓ガラスにかけられている。
私はどうとようかと途方に暮れていると、子供が服の裾を引っ張った。
「ねぇ、母さんが探してるかもしれないから、神社に戻ろうよ。そしたら、後は自分で探すからさ」
私は少し迷うも、その提案に乗る事にした。
身も知らない子供の為に、これ以上時間を使いたくは無かったというのもある。
だが、おんぶしている最中、耳元でブツブツと呟いたり抱きついてくるのが、どうにも気持ち悪かったのである。
神社に戻るも、母親は見つからなかった。
仕方なかったが、私は子供を境内に置いて、とっとと1人で帰路についたのだった。
帰宅後、シャワーでも浴びて汗を流そうと、服を脱いだ。
そこで私は、顔面から血の気が引く。
いつの間にか沢山の傷が、首の辺りに付いていたのである。
それは、まるで大きな百足が背中から抱きついているかのような傷跡だった。
わさわさと生えている無数の足で、私の首を絞めようとしている跡だった。
何故だか痛みもなければ、血も出ていなかった。
もしかしたら親の百足を殺したから、助かったのかもしれない。
そう思いつつ、私は震える手で新しいタバコに火を付けたのであった。