6話:ハローワーク
お菓子とは不思議な味だと、ミアは思う。
ミアにとって甘い物とは、『取れたての野菜はみずみずしくて甘い』とか『ご飯は良く噛むとだんだん甘くなってくる』といったもの。
それらは、すっきりとした甘さだ。
比べてみてお菓子の甘さは、濃厚で後を引く。
それが悪いわけではない。素直においしいと思う。
だんだん顔がゆるんでくる、幸せの味だとミアは思った。
――――初めての甘いお菓子を、ミアはゆっくり・じっくり味わって食べた。
そして、その光景を、部屋中の男たちが、涙ぐんで見守る。
酒場には、いつもの喧騒と違った、微妙な空気が流れた。
「おばあさん。先ほどは、ありがとうございました」
ミアが至福の時間を味わっていると、さきほど助けたおぼっちゃんが、声を掛けてきた。
おぼっちゃんは『僕の事はカリスと呼んでください』と名乗ると、ミアの許可を取り、向かい席に座る。
カリスの髪は、男性にしては長めの濃い金髪。瞳は海のように青い。
年齢は、呪いをかけられる前のミアと同じ、18歳ぐらいだろうか。
話す言葉は礼儀正しい。背筋が伸びていて、気品がある。素晴らしい美男子だ。
着ている服も、色は地味だが良質の布地。仕立ても良く、さりげないところに細かいアクセントが施されている。
あきらかに、育ちの良いぼんぼん。ここ下町の酒場では浮いている。
「別にたいしたことではないよ」
「いいえ。めったにできることではありません。あの男のイカサマに、僕は全く気付きませんでした。
そしてイカサマを暴いた後の行動も、素晴らしかった。
おかげでお金が戻ってきたのだし、僕にも何か、お礼をさせて下さい」
「お金はイカサマで取られたもの、もともとおぬしの物じゃ。
わしが好きで勝手にやったこと。礼など必要ないわ」
「いえ、お金のこともありますが、なにより、もっと大事なことを教わりました。『賭け事は負けても笑えるように』
・・・・僕はむきになって、自分を見失っていた。お恥ずかしいです」
カリスはうつむき、ほほを染めている。その姿は、女のミアが思わず守ってあげたいと思うくらい、かわいい。
いいのだろうか、男がこんなに可憐で。呪われる前の自分と比べて、女としてミアは負けている。
「しかし礼をすると、言われてものぅ・・・・」
今ミアの目の前には、大量の食物がある。
・頼んだ夕食(メグの好意で、すべて大盛りに変更されていた)
・おごってもらった甘い物(店のメニューのデザート全種類)
・1品料理の数々(なぜか男たちが『ばあさんこれ食え!うまいぞ』と言って置いていく)
せっかくの好意をムダにしたくないのだが、胃袋はすでに限界だ。
「別に、食べ物以外でも良いです。何か僕にできる事はありませんか?」
熱心に勧めてくるカリスに、ミアは考える。
カリスは間違いなく金持ちだ。・・・・これなら頼んでも大丈夫だろうか。
「それではひとつ、頼みたいことがあるんじゃが」
「ええ! 何でも言って下さい」
「仕事を、紹介してくれんか?」
「仕事、ですか?」
お礼の内容が意外だったのだろう。カリスは不信気な顔をする。
「わしはこの街に、身寄りも知り合いもおらん。お金はいくらかあるが、そう長くは生活できん。できるだけ早く、仕事を見つけたい」
「ああ、そうでしたね・・・・ それでどのような仕事を、お探しですか?」
「老人なので体力はないが、掃除・洗濯・子守りは得意じゃ。料理もお菓子は作れぬが、ひととおりできるぞ。」
シャイランの孤児院で、家事はやっていた。荒んだ国なので孤児も多い。
大量にある家事の合間に、弟妹の相手もしていたので、育児もできる。
「できれば、家もないから住み込みが良い。賃金は安くても良いから、どこかないかのぅ?」
「あります!」
条件を述べるミアに対して、カリスの返事は速かった。即答だ。
「実は今、友人が家政婦を探しています。あなたならピッタリです!」
主人公はすばらしく男前な性格です。
なので女らしさでは、男にも負けます。