4話:現地交流2
ミアはにっこり笑ったまま、皆の反応を待った。しかし何時まで待っても誰も動かない。
おぼっちゃんも、夕食を運んできたウエイトレスも、酒を飲んでいた部屋中の男たちも、口を開けたまま、ミアの手札とイカサマ男の顔を交互に見つめる。
「・・おーい。寝とるのかー?」
あまりに反応のなさに、ピクリとも動かないイカサマ男の目の前で、ミアはヒラヒラと手を振った。
「・・・・ババア! てめえ、気づいてやがったのか!」
「もちろん、最初から知っていたとも」
茫然としていたイカサマ男は、イカサマをしかけたつもりで、自分のほうが手玉に取られたことに、ようやく気づいたらしい。
両手をこぶしに握り、口をいからせ、顔を真っ赤にして怒り出した。その姿はタコそっくりだ。
「ならこの勝負は無効だ!」
「おかしなことを言う。イカサマをしていたのは、おぬしだろう? なぜズルをしたおぬしのほうが文句を言うのじゃ? イカサマをするくせに、バレる覚悟をしとらんかったのか?」
「うるさいっっ、だまれっっっ!」
イカサマ男は、右腕を振りかぶって、ミアに襲いかかる。
だがそれよりも速く、ミアはテーブルに乗り上がり、杖を男のおでこに突き付けた。
人間、座ったまま額を抑えられると、立ち上がれない。
イカサマ男は、ミアを殴ろうとした右腕を上げたまま、身動きが取れずにいる。
・・・・実は老人になった身体を忘れて、急に動いたのでミアの足と腰の関節が、ズキリと痛んだが、見せ場なのでミアはガマンする。
「イカサマは、やろうと思えば、簡単な事じゃ。しかし皆、それをやらないのは、それがルールだからなんじゃ。勝ったら笑い、負けても笑える。その程度にしておくべきなのだ。
――――――だがおぬしは、それを破った」
イカサマ男は、こんなばあさんにやり込められているのが、信じられないらしい。
何も言い返せず、真っ赤な顔のまま、黙ってミアの話を聞いている。
「最近カードの相手が、いないと言ったな。それがおぬしのやったことの結果だ。ゲームを金儲けとし、大金を得たのだろうが、おぬしの周りから、他人はいなくなった。そしてイカサマがバレた以上、もうこの酒場に来ることはできない」
ミアに指摘され、イカサマ男は初めて、その事実に気づいたようだ。見る間に真っ赤な顔が青くなっていく。
だがそれも、この男の自業自得。同情はしない。
「金を置いて、このまま出て行くがよい」
ミアは額に突き付けた杖をゆっくりどけ、そのまま出口をさす。
イカサマ男を、役所に突き出す必要はない。罪を問わなくても、この男にはこの先、金を巻きあげた相手との、修羅場が待っている。
――――イカサマ男は部屋中の人間の視線に、耐えられなかったのだろう。
もうミアにかまうことなく、転びつまづきながら、酒場から走り去って行った。
ミアはイカサマ男が完全に酒場から出て行ったのを確認してから、テーブルの上から自分の出した銅貨と金貨を財布に入れ、残りをおぼっちゃんに差し出す。
「・・・・え。それはあなたの物です」
おぼっちゃんはまだ茫然として、成り行きについていけていない。かまわずミアは、おぼっちゃんの手に銅貨を持たせる。
「よい。イカサマで金を得ると、ろくなことがないからの」
ミアは首をすくめて言う。
おぼっちゃんも納得したのか、銅貨を持ち上げ、にっこり笑った。
・・・・ミアはカッコつけていて、ふと気付いた。
イカサマ男を追い出す前に、自分で食べた分の代金を、店に払わせるのを忘れた。
無銭飲食。追い出したミアが代わりに払うのか?