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14話:執事は見た!!

休日の裏側、ミアが出かけた後の屋敷の様子:ロイ視点です。

 エドワード=レオ=クロネンバークの唯一の執事・ロイ=ガーリットは思う。

 最近の自分の職場は、おもしろすぎる。



 今の時刻は、朝と言うには遅く、昼と言うにはまだ早い、中途半端な時間だ。

 ロイは現在、仕事に行く主人を見送り、朝食の片付けと同時に、厨房の掃除をしている。

 最近は庭の手入れをしていたロイだが、今日は家内の仕事をするミアが休みのため、朝から屋内の仕事にいそしんでいた。

 最近は屋内の仕事を全てミアに任せていたため、ロイが厨房に入るのはひさしぶりだが、厨房の中はゴミ一つなく、家具はしっかり磨かれ、道具はきちんとあるべきところにある。

 家政婦として、彼女は実に優秀だ。

 しかしロイは、彼女の本質が絶対に家政婦などではない事を知っていた。

 おそらく、彼女は生粋(きっすい)の戦士だ。百戦錬磨(ひゃくせんれんま)一騎当千(いっきとうせん)の。



◆◆◆

 この屋敷に彼女・ミアを連れてきたのは、カリス王子だ。

 カリス王子と自分が使える主人は、良い友人関係を築いている。

 年齢は離れている2人だが、国の中枢にいる者としては同じ若輩者(じゃくはいもの)。その態度はとても気安い。

 10日前、その日もカリス王子は、1人の(とも)をつけず、この屋敷にやってきた。

 主人からカリス王子が、新しい家政婦を連れて来る事は聞いていたので、ロイはすぐに扉を開けた。

 カリス王子に連れてられてきたのは、自分と同い年ぐらいの、上品な老婆だった。

 しかし王子の後ろに、おとなしく(ひか)えるミアを見て、ロイは緊張に身を固くした。

 彼女がまず、ロイの利き手(・・・・・・)を確認したからだ。そして頭からつま先まで全身を眺めて、最後左腕に目をとめた。小刀を隠し持つ左腕(・・・・・・・・・)に。

 その視線は一瞬。さりげないもの。

 ――――あきらかに、彼女はタダモノではない。

 ロイは今までの経験から、一目(ひとめ)でそれが分かった。

 同時にミアにも、ロイがただの執事でない事はバレたはずだ。しかし彼女は礼儀正しく挨拶するだけで、ロイに何も聞いてこなかった。

 ミアを連れたカリス王子は、上機嫌だ。無邪気な笑顔で、彼女に対する信頼がわかる。

 実はこれはかなり珍しい。基本的にカリス王子は、腹黒い大人に囲まれているため、いつもは上辺だけの笑顔で、相手に壁を作っている。

 しかし今、カリス王子がミアを見る瞳はキラキラ輝き、エスコートする手は(うやうや)しい。

 彼女は家政婦を装った護衛として、ここに雇われたのだろうか? だが、自分の主人はそんな事は言わなかったし、隠しているようにも見えなかった。

 まあ、あやしい女だが、別にかまわない。自分が彼女をしっかり監視して、何かしでかすようなら、すぐ片づければ良い。


「今、この屋敷に勤めておりますのは、私だけです。あなたが来て下さって、嬉しいですよ」


 ――――この時は、まさかこんな愉快な事になるとは、思わなかった。



◆◆◆ 

 もとから片付いている厨房の掃除は、すぐ終わった。

 それでも、1人で掃除するには、この屋敷は広い。仕事はいくらでもある。

 続けてロイは洗濯を始めた。天気が良いので、主人の布団も一緒に干す。

 ―――全ての洗濯物が干し終わる頃には、太陽が自分の真上をすぎていた。

 今日はミアがお昼に呼びに来なかったので、つい昼時をのがしてしまった。  

 午後からは主人の執務室と私室を掃除しようと考えながら、厨房で1人、軽い昼食を取っていると、

  ガラガラガラガラッ  キキッー

 表であわただしい馬車の止まる音が聞こえた。

 自分の主人は親族全員と仲が悪い。だからこの屋敷には、カリス王子意外、来客はめったに来ない。

 なにより、この馬車の音は、主人の馬車だ。いつもよりずっと、乱暴ではあるけれど。

 ロイは急いで玄関に迎えに出る。するとちょうど扉が開くところだった。

 バッターン。屋敷の両扉を自分で盛大に開けて、入ってきた人物を見て、ロイは思わず目が点になる。

 それは自分の主人・エドワードだった。それは良い。問題はその格好だ。

 彼の姿は、細かい銀糸の白いローブに、金の帯。全身で太陽の光を反射して、まぶしい。

 手には、これまた光る銀の杖。その杖は主人の身長より長いため、ずるずると引きずっている。

 ――――朝いつもどおり、動きやすい隊服にマントを着けて家を出たはずの主人は、なぜか、全身キンキラキンになって帰ってきた。


「――――――お帰りなさいませ、旦那様」


 とっさに出迎えの挨拶が出たのは、無意識だった。毎日の行為だったので、身体が勝手に動いたのだ。内心が顔に出ない人間で、自分は本当に良かった。

 落ち着いて考えれば、銀糸の白いローブと金の帯は、ザンティアの魔法士団・団長の正装だ。

 式典や国王謁見の時ぐらいしか着る時はないが、自分の主人が着ても、間違いではない。

 杖が光っているのも、先端に飾られた宝石が神輝石(しんきせき)だからだ。

 自ら光るこの石は、魔法の媒介(ばいかい)として最も優れた性能を持つ。また、めったに出回らない希少な石で、他のどの宝石とも比べ物にならないほど、高価なものだ。

 理屈でいえば、主人の格好はおかしくない。正しい。これ以上ないほどの、正装だ。

 ――――――しかし、13歳の少年が着るには、立派すぎて、おかしい。服に着られている。

 しかも急いで帰ってきたために、服は着くずれ、息は切れている。馬子にも衣装。ほほえましい。

 ロイは思わず笑みこぼれそうになって、ぐっと我慢する。ここで笑ったら、主人は絶対へそを曲げる。

 

「正装をお召しですが、何か緊急の御用でしょうか? お出かけになられるなら、急ぎ準備をさせて頂きます」


 要職で忙しい主人が、こんなに早く帰ってきたのだ。何か事件があったのかもしれない。

 気を引き締めて、ロイは主人の指示を待った。しかし返ってきた主人の言葉は意外なもの。


「いや。正装は、ババアに見せようと思ってな」

「―――――――― は?」


 あまりに予想外の言葉に、ロイは執事としてはあるまじき返事をしてしまった。

 しかし主人は気にせず、話し続ける。


「あのババアは、オレに対する態度がなっちゃいねぇ。オレがエライ人間だって分かってねーんだよ。けどこの恰好を見れば、オレ様がアイツにとって、いかに素晴らしいご主人様なのか分かるだろ?」


 主人は胸を張って、得意気に話す。ロイは彼女なら「おお、かわいい。似合っとるぞ」で終わりそうだと思ったが、黙っていた。

 ――――――笑ってはいけない。主人は大真面目(まじめ)だ。


「で。ババアは何処だ!?」

「はい。朝方お出かけになりました」

「―――――――― は?」


 今まで大はしゃぎだった主人が、ロイの返事でピタリと止まった。どうやらミアの留守を全く予想していなかったらしい。


「・・・・あいつ、今日は休みだろ? なんで居ないんだ?」

「はい。休みですので、お出かけになりました。街の観光ツアーに参加されるそうですよ。ツアーが3時までなので、夕方にはお戻りになると思いますが・・・・」


 ガーーーーーーン。

 主人の手から、カランと杖がこぼれ落ちた。



◆◆◆

 主人は帰ってきてから、最初はおとなしく、自分の私室でミアの帰りを待っていた。

 それが3時になると、食堂にお茶に出てきて、部屋に戻らない。(いつもはお茶も、私室で取るのだが)

 夕方には、玄関に出てきて、右から左、ウロウロし始めた。

 ロイが「夕食前には、お召しかえを」と言った時も、かなりしぶった。(最後にはおとなしく着替えたが)

 日が暮れると、主人は怒りを通り越して、心配そうに外を見ている。

 ブツブツ「老人のくせに、こんな遅くまで・・・・」とか「まだ、この街に慣れてないんだから、迎えに行くべきか?」とつぶやく声が聞こえてくる。

 ロイが「先にご夕食をお召しになりますか?」と聞いたが、首を振って、玄関から動かなかった。

 育ち盛りに夕食のおあずけはつらいだろう。時たま、玄関からお腹のなる音が聞こえてくる。

 ――――初めは、こんな事態、全く予想していなかった。

 彼女の事で、一番驚いたのは、この事だ。主人がミアになついている(・・・・・・)

 カリス王子がミアを(した)っている事も珍しくて驚いたが、自分の主人が誰かに甘えるのは、初めてではないだろうか。

 主人は親族とも仲が悪く、若くして軍の要職についたため、いつだって冷静で、大人であろうとする。

 その主人が、イタズラをしたり、すねてみたり、年相応なところをロイは初めて見た。

 彼女は本当に何者なのだろうか? 最初は主人を狙った暗殺者なのかと思った。

 しかし、彼女はロイに実力を全く隠さない。そして、あまりに目立ちすぎる。

 彼女の、短期間に他人の心をつかむ力、それはカリスマといって良い。そんなものを持つ裏の人間が、いるわけがない。

 だとすれば傭兵か他国の騎士かと思うのだが、名前は偽名だとしても、自分と同い年ぐらいで腕の立つ女性が、ロイには思い当たらない。

 これだけ腕が立てば、名が売れていないはずはないのだが。



◆◆◆

 日暮れからだいぶ過ぎ、主人が我慢できずに外出用マントを持ち出したところで、ようやくミアは帰ってきた。


「ババア! こんな遅くまでどこいってやがった!」


 照れ隠しに大声でどなる主人の頭を、ミアは笑顔で、ずっとなで続ける。

 ミアにも分かっているのだ、怒って見せても、主人は頭をなでてもらって喜んでいる。

 だって、頭をなでられている時、主人はその場から動かない。頭をなでる手をはたき落したりもしない。

 彼女は本当に、何から何まであやしい。10日間一緒に過ごしたが、彼女の過去はいっさい分からず、疑問ばかり増えて行く。

 あまりにあやしすぎて、信用できない。

 今も、そっと足音と気配を殺して近づいたロイに、ミアはすぐに気がついた。笑顔で手を振ってくる。

 主人の頭をなでるミアは、心から楽しそうだ。

 ――――――その笑顔を見て、ロイは信用はできないが、信頼はできると思った。

 あんがい、彼女の正体も、悩むより本人に聞けば、すんなり教えてくれるのではなかろうか。

 ただ、それはもったいない気がする。秘密が多い女性は魅力的なのだ。

 惜しい。お互いあと40年、いや30年若ければ、ぜひお相手を願ったのだが。

 それが戦闘でも、恋愛でも、ミアが相手なら、すばらしく楽しめたに違いない。


「ギャーーーー! ババア! 離しやがれ!」


 黙って2人を眺めていたら、主人の悲鳴が聞こえてきた。見ればミアが主人をしっかり抱きしめている。

 主人の顔は真っ赤だ。手足をジタバタさせているが、やっぱりそこから逃げる様子はない。

 その様子はほほえましく、まるで本当のおばあちゃんと孫に見える。

 ――――前言撤回しよう。やっぱり出会ったのが、年を取ってからでよかった。だって2人で主人をからかうのはすごく楽しい。

 ミアが来る前、この屋敷は広かった。口数が少ないロイは、主人と2人で静かな時を過ごしていた。

 しかしたった1人増えただけで、屋敷は全く変わってしまった。

 今ではどこにいても、毎日主人の騒ぐ声が聞こえ、屋敷がせまく感じる。

 とても明るく、そして温かい。

 もうミアが来る前は、遠い過去のように感じる。

 

 あきずに騒ぎ続ける主人を見ていると、ミアが主人を抱きしめたまま、笑顔でロイを手招きした。

 どうやら、楽しいお誘いのようだ。

 ――――あやしい彼女への興味は尽きないが、今は目先の楽しみのために、目をつぶろう。

 いつまでも、この生活が続く事を、ロイは願った。

 

 

 

活動報告で『13話、家でミアを待つレオの様子をカットしました』と書いたところ、

『拝見したい』とコメントを頂いたので、それより前にカットしたタダモノではないロイと合わせて、話を書いてみました。

どうでしょう?タウレト様、気にいってもらえると嬉しいです。

それでは皆様、良いお年を!

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