13話:休日3
「できたか。ではその石を、わしによこせ」
おばあちゃんのその一言で、少年の浮き立っていた気持ちが、一気に沈んだ。自分の状況を思い出す。
そうだ、これはドロボウの罰だったのだ。自分に拒否権はない。
けれど、すぐには渡せなかった。だってこれは自分が作ったのだ! 怖いおばあちゃんに我慢して、無駄口も言わず、疲れても一時も休まずに。
3人は、同じ石を同じように削ったが、そっくり同じでも、自分で削った石は見分けがついた。
キラキラの細かい模様・失敗して少し欠けてしまった縁。同じ石に見えてもぜんぜん違う。どの石より、自分が削った石が、一番きれいに見えた。
ぜったいに、この石は、渡したくない。
――――けれど、この石を渡さなければ、マザーに盗みが知られてしまう。
マザーの泣き顔が浮かんだ。悲しそうに「ごめんなさい」と謝る声も。
それは石を渡す事よりも、もっと嫌だった。だってマザーは優しくて、強くて、立派で、皆に尊敬されていて、そんなマザーが自分たちは大好きなのだ!
泣かせたくない。いつもイタズラばかりで、悲しませているけれど、笑ってほしい。
「う~~~~っ」
「ひっく。ひっく」
「ふええええぇん」
我慢できずに、涙がこぼれた。石を持つ手も震えた。
――――それでも3人は、おばあちゃんに自分の削った石を渡した。
◆◆◆
おばあちゃんは泣きだした子供を前に、それでも何も言わなかった。
黙って石を受け取ると、それぞれ表と裏を確認し、こんどは草藪に入って行く。
3人は泣きながらそれを見ていると、おばあちゃんは藪から一本の蔦をひっぱりだした。
その蔦はもう枯れていて、焦げ茶色になっている。そしてかなり長い。2mはある。
――――おばあちゃんは蔦の端を持つと、おもむろに振り払った。
パッチーーーーーーーーーーン
蔦はムチのようにしなり、あたりに嫌な音が響き渡る。
あまりに痛そうな音に、3人の涙も引っ込んだ。
(まっ、まだ罰は終わってなかったの? 今度はムチ打ち?!)
恐怖におびえる3人の前で、おばあちゃんは何かを確かめるように、パッチン、パチンと蔦を振った。そして蔦の端をもったまま、自分たちのほうに帰って来る。
(怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖いーーーー!!!!)
3人は、はしっと抱き合った。走って逃げようとしたが、恐怖で足がもつれて、すっ転ぶ。
それでも尻もちをついたまま、後じさったが、容赦なくおばあちゃんは近づいてくる。
(ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!)
3人は恐怖に頭を抱え、目をつぶった。こんな怖いおばあちゃん、見てられない!
目を閉じても、おばあちゃんが砂利を踏んで近づく音が聞こえる。足音が、自分たちのすぐ目の前で止まった。
そして、チョキン、シュルシュルと何か作業をする音が聞こえた。いつまでたっても、ムチは飛んでこない。
おばあちゃんが、何をしているのか気になるが、やっぱり怖くて目は開けられない。
少年たちは、しばらく待った。それでも何も起こらない。
気になって、目を開けようとした時、自分の首に、何かがかけられた。
驚いて目を開ければ――――それは自分が削った石を蔦で括ったペンダントだった。
(えっ?)
わけがわからず、3人はお互い顔を見合わせる。これはドロボウの罰に取り上げられたのではなかったのか? この後、また何かをやらされるのか?
とまどう3人に、おばあちゃんが声をかける。その声は怖くなかった。優しかった。
「その石は、おまえたちが作った、自分だけのものじゃ。誰にも取り上げられることはない。
――――だからもう、盗みをするではないよ」
その言葉に3人は、はっとなった。もしやこのおばあちゃんは、3人がなぜ、あのガラス製の小鳥を盗もうとしたのか知っているのか?
おばあちゃんは何も聞かなかったし、自分たちも何もしゃべらなかったのに?
「聞かずともわかる。教会や孤児院は全ての物が、共有財産じゃからな。
――――自分だけの物が、欲しかったのじゃろう?」
そうだ。自分たちは「オレだけのもの!」と言える物が欲しかった。
孤児院では、お皿もおもちゃも全部共有。「皆で仲良く一緒に使いなさい」と言われる。
だからお気に入りのおもちゃがあっても、誰かに持っていかれたり、誰かがなくして、2度と出てこなかったりする。
今着ている服や靴だって、皆同じデザインで、おそろいだ。それも年長のおさがりで、自分が成長して大きくなれば、こんどは年下の誰かに譲られる。
みんないっしょ、それは安心であったけど、大きな不安でもあった。
まるで自分の替わりなど、いくらでもいる、いなくなっても、誰も気にしないと言われているみたいで。
オレを見て。オレに気づいて。オレだけを愛して――――――
「・・・・おばあちゃんは、オレ達を怒らないのか?」
今までの大人は、怒った。盗んだ理由を聞かれても少年たちは「欲しかったから」としか言えず、大人たちは呆れたようにため息をつき、少年達を否定するように首を振った。
「そうだな、言いたい事はあるぞ。
おぬしたち、なぜ”かわいそう”などと言われて怒らない?」
思ってもいない事を言われ、少年たちは驚いた。
”親がいなくてかわいそう” ”孤児院育ちなんてかわいそう”それは自分たちが生まれた頃から言われ続けている事で、当たり前のことだと思っていた。
「親がいなくてかわいそう? おぬし達にはマザーがおるではないか。それとも、そこらへんのお母さんに比べて、マザーが劣っているとでも?」
「「「そんなことない!!!」」」
3人が一斉に反論する。
「マザーのご飯は、すごくおいしいんだ!」
「マザーは働き者で、すごく優しいんだ!」
「マザーは頭が良くて、すごく難しい本をいっぱい読んでいるんだ!」
「ふむ。ではおぬしたちの、なにが”かわいそう”なのじゃ?」
おばあちゃんは本当に不思議そうに訪ねてくる。しかし、改めて聞かれると、自分たちにも何が、かわいそうなのか分からない。
3人とも答えられずにいると、おばあちゃんが目線を合わせ、真剣な顔をした。
「わしも孤児じゃ。親の顔を知らん。おぬしたちから見て、わしはかわいそうか?」
3人は首を振った。だってこのおばあちゃんは強い。そして自分たちの知らない事をたくさん知っている。間違ってもかわいそうだなんて思えない。
「わしも自分が、かわいそうだとは思わん。わしにも育ててくれた教会のシスターがいた。守ってくれる兄と姉がいた。守るべき弟と妹がいた。・・・・それはすごく幸せな事じゃ」
自分たちに語りかける、おばあちゃんの目は強かった。ありきたりの茶色の瞳なのに、特別に見えた。
その瞳を見て、教会のステンドグラスを思い出す。天井につけられたガラスにはたくさんの色があり、太陽の光を受けて輝く。
この瞳は、そのガラスの茶色い部分に似ている。茶色の向こう側に、すごい光がある。
「人間は平等ではない。だがそれは、どうでも良い事なのじゃ。大事なのは与えられたもので、どう行動し、どう生きていくかじゃ。 ――――その石のように」
おばあちゃんにいわれて、首に下がっている自分の石を見る。さっきまでそこら辺にある、ただの黒い石だったペンダントは、夕日を受けて、キラキラ輝いている。
「水華石は、宝石ではない。ダイヤモンドやサファイアのような価値はない。だが丁寧に磨く事で、ダイヤモンドに負けないくらい輝く事が出来る。人間も同じじゃ。どう磨くかで決まる」
3人は黙ってペンダントを見つめた。――――自分もなれるだろうか? こんな風に輝く石に。
じっと考え込む3人に、おばあちゃんは笑って頭をなでた。
「おぬしらは、今までいっぱいイタズラをしたかもしれんが、なーに、人生は長い! まだまだこれからじゃ」
3人はだまってうなずいた。
◆◆◆
けっこう遅くなってしまったので、ミアは少年たちを孤児院まで送っていくことにした。
帰りの道中、少年たちは、それはもう、しゃべるしゃべる。
いったい、いつ息継ぎしているのかと思うほどだ。
子供たちはついさっきまでミアにおびえて泣いていたのに、すっかりなついた。
ミアも子供は好きだ。シャイランの弟妹たちを思い出す。
一緒に手をつなぎ、笑って話を聞く。
「オレ、将来魔法士になって、魔法士団に入るんだ! ばあちゃん知ってるか? 今の魔法士団の団長は13歳なんだぜ。きっとすげえ頭が良くて、クールでカッコイイんだろーなー」
「ば~か。国の魔法士団っていったら、すごく強くないと入れないエリート集団だぜ。おまえになんか、入れるかよ。魔法士団には、オレが入るんだよ!」
魔法国ザンティアのあこがれの職業№1は、やっぱり魔法士らしい。
そして若くして魔法士団・団長のレオは、彼らのヒーローだ。
ミアはレオがマントにひよこのアップリケをつけたり、虫料理を前に震えていた事はもちろんばらさない。
子供の夢を壊すことはない。
「オレは魔力がないから、騎士団に入りたいなぁ」
一人、騎士を希望する子がいて、ミアは嬉しくなった。
剣士として自信と誇りを持つミアとしては、同じ剣士を志してくれるのは嬉しい。
盛大にほめて、応援しようとして――――ミアが剣士だとは知らない他の子供2人にさえぎられた。
「え~~~~。剣士なんてつまんないじゃん。剣を振る事しかできなくて地味だしさー」
「そーそー、騎士団なんて、体力バカの集団だよ? 止めとけ・・・・って何、ばあちゃん。顔が怖いよ? ――――痛い! 痛いです! マジ痛い!」
ミアはニッコリ笑って――――――つないでいた手を、それはもう力いっぱい握った。
◆◆◆
子供たちを無事送り届けて、レオの屋敷に帰る頃にはすっかり日が暮れた。
ミアがお土産のドーナツを片手に、玄関を開けると――――入口でレオが待ち構えていた。
「ババア! こんな遅くまでどこいってやがった!」
・・・・・・今日は休みだよな? なぜ怒られる?
「だいたい外出するなら、オレに一言ことわってから行け! 休みでヒマしてるだろうと思って、早く帰ってきたのに、出かけてやがるし、ちっとも帰って来ねぇ。待ちくたびれたじゃねーか!」
・・・・・・どうやらレオは、ミアと遊びたかったらしい。いったい何時から玄関で待ってたんだろう?
「速く食堂に行くぞ。オレは腹が減ったんだ」
・・・・・・レオは夕食を食べずに、ミアを待っていてくれたようだ。
どうやらさびしい思いをしているのは、孤児院の子供たちだけでなく、うちのお子様もだったらしい。
「・・・・何だよ! ババア! 無言で頭をなでるなっ!」
明日は仕事が終わったら、たっぷり遊んであげよう。
良かった!無事『休日』書き終わって。
今回はギャグが少なかったですが、大丈夫かな。
書きたい事は全部書けたのですが、文章力がないのでうまく伝わったか自信がありません。
そして3人トリオの名前。すっっっごく悩んだのに、結局最初の1回しかだせなかった・・・