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風の主ウィザー −そして消え逝く神−
作:宴流なだみ



第二夜 存在理由 part2


 ――――


 そこは、このテルダム領地とメヴィス領地のちょうど境目の雑木林だった。
 今この空間を包むのは、背の高い木と、ひっそりと生える草のみ。
 ふと、誰かの声が聞こえた。

「貴女のことはもう全て知っているわ。彼との関係もね」

 声のしたほうを向くと、そこには黒く軽いドレスをまとった黒髪の女性が居た。
 唇がやけに赤く、にやついている。
 俺は背筋が凍りつくのを感じた。まるで、首に拳銃を向けられているような、そんな恐怖。
 もう俺は、ここから一歩も動けなくなっていた。

「……私の事はともかく、彼、とは誰か分からないわね!」

 左奥からまた違う声が聞こえた。
 この声は俺のよく知っている声。
 黒髪の、おかっぱの、可愛くて、喜怒哀楽の激しい、俺の好きな、
 ――グレシャ。
 グレシャは、鋭い口調で続ける。

「にしても貴女、一般庶民じゃないでしょ? こんなにゾクゾクするのは久ぶりだもの」
 
 でも俺は、こんなグレシャを知らない。
 こんなに怖いグレシャを見たことがない。

「ええ、私はあなた達と同じで庶民じゃない。だけどあなた達とは違う存在。ゾクゾクするの? 私もよ。どうやら共鳴しているようね」

 黒い女は白い歯を見せていやらしく笑うと、自分の髪の毛を触る。
 するすると髪の毛を撫でるすがたは、手に取巻く蛇のように見えてならなかった。
 グレシャは、髪の毛を左右に揺らして鼻を鳴らすと、馬鹿にしたような目つきで言う。

「共鳴? 私の知る限り貴女はシェイドマフィアに所属していないはずよ。もしかして、例の秘密組織の一員です、とか?」

 こんなに危ない状況でも、いつもの態度を崩さないグレシャ。
 いや、グレシャにとってこの状況はそこまで危なくないのか。
 ……どちらにしろ、今の俺に取ったらこの場所もグレシャも危ない存在だった。
 逃げ出したい。なのに、体が言う事を聞かない。
 変な話だが、俺はこの黒い女が誰なのかを知りたいという感情に負けてしまったらしい。
 
「ええ、そんな感じかしらね。でもグレシャ、貴女ももう、あそこには居られないはずでしょう?」

 この言葉に、グレシャが一瞬たじろくのを見た。
 さっと顔を青ざめ、ギリッと歯軋りする。
 0.1秒程度だったが、俺はその反応を見逃さなかった。
 黒い女も勝ち誇ったような笑みを見せる。

「あら、貴女自身うすうす分かっているんじゃない。貴女は掟を――」
「違う!」
「破って――」
「黙れ!」
「彼を――」
「やめろおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!」

 グレシャの甲高い悲鳴と共に、空が黄色く光った。
 ふと空を見上げると、沢山の稲妻が雲の上で交戦していた。
 はじけるような激しい音が耳に響いてくる。

 一体、この天候の変わりようは――?
 
「ふふ、気に触ってしまったかしら。でも、本当のこと。別に今貴女が私と戦いたいのなら戦ってもいい。でも、貴女は私に勝つことは出来ないわ」

 自身ありげに首を軽く傾けながら微笑む。
 そんな黒い女を見てグレシャは唇をかんだ。
 そして右手を額に当てると、左右に頭を振る。
 自分に取り付いている何かを振り払うように。
 すると、空で渦巻いていた雷がすっと薄れていく。

 グレシャは、自分で頷くように言い張った。
 
「やめてって言ったじゃない? 私は、ただの……人間よ!」

 ――ごめん、グレシャ

「私は何もやってない。確かに、確かに私は、一般庶民ではない。確かにテルダム領地では階級を誤魔化したりしてる…でもそれだけだもの!」

 ――今のお前の言葉は

「彼なんて知らない! 掟なんて、なんのことだか、私には、私には分からない!」

 ――信じられない

 どうしてだろう。グレシャが分からない。
 グレシャに対してこんな気持ちになるのは、初めてだ。
 信用したいのに、信用できない。
 だって、だって今の彼女は――俺の知ってる彼女じゃない。
 グレシャじゃないんだ!

 すると黒い女は、腹を抱えて高笑いした。
 全身で馬鹿にするように笑う。

「はははははははははははは、貴女馬鹿よね。別に私は貴女が否定しようと構わない。でもね、貴女は貴女の存在自体を否定することはできなの、分かる?」

 そう言うと、黒い女の姿がぼやけた。
 そして一瞬目の前に黒い線が通ったと思ったら、女はグレシャの目の前に立っていた。
 グレシャはとっさに身を引く。

「もし、こんな姿の貴女を見たら、彼はどう思うかしらね?」
「な、貴女……」

 ビクッと体を震わせる。そして周りを見渡した。
 誰もこの自分を見ていないかを確かめる為に。
 
「貴女を恐れ、避ける。そして恐れは次第に恨みや憎しみに変わっていく」
「そんなことない……」
「それは貴女の思い込みでしょう?」
「違う……だって……」
「孤児である彼らに取ったら、自分を否定するものは敵以外の何者でもない」

 グレシャはひっと息を呑むと、その場にしゃがみこんだ。
 いつもの笑顔はない。
 おびえきった、抜け殻のような顔。
 すると黒い女はゆっくりグレシャに近づき、髪の毛を掴んだ。
 そして上に持ち上げる。

「ぅっ……」

 グレシャが小さく唸る。

「ふっ、無様な姿。どうやら私の勝ちね」

 黒い女はにやりと笑って、グレシャをそのまま地面に叩きつけた。
 グレシャはされるがままに女に潰され、血を吐く。
 それを見て、黒い女は微笑むと、グレシャの顔を覗いた。

「……ねえ、グレシャ。私たちの仲間にならない? 仲間になれば、苦しみなんて、全て消えるわ」


「消え――る――?」












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