第二夜 存在理由 part1
――――
「グ……グレシャア……」
俺は、俺自身の寝言で目が覚めた。
前髪をかき上げて、しょぼつく目に触れてみる。
微かだが、目元から頬の辺りが濡れていた。
「泣いてたのかよ、俺……」
自分の心の弱さに反吐が出た。
たかが夢なのに。
夢の世界に囚われて、何をやっているんだ俺は。
俺は頭を左右に振ると、深いため息をついた。
暗い為、今何時なのかははっきりと分からないが、多分朝だろう。
俺の腹時計がそう教えてくれた。
俺は、立ち上がって髪の毛を綺麗に結び直すと、地上にあがった。
光が見たい。
そして、
――グレシャに会いたい。
無性にそう思った。
あんなおかしな夢を見たせいだろうか。
胸が苦しくて苦しくてたまらない。
直接傷がついているわけでもないのに、直接傷がつくより痛いもの。
抑え切れない。
これが一体どこから押し寄せてくるかは分からなかった。
いつの間にか、地上に上がっていた。
玄関ごしの朝日だが、とてもまぶしい。
俺は大きく息を吸って、大きくはいた。
「今日も、始まるのか……」
朝が来て昼が来て夜が来る。
そしてまた朝が来て昼が来て夜が来て、それの繰り返し。
その螺旋が、俺には苦痛以外のなんでもない。
朝なんてこなければいい。ずっとずっと夜であればいい。
朝が来たら、俺はあいつに奴隷扱いされる。
ずっと夜のままだったら、ずっとグレシャと話していられる。
なのに、世界って、残酷だ。
「あ、お兄ちゃんおはよう」
ゆっくりと玄関が開いた。
朝日をさえぎっていた玄関が開け放たれ、直接光りが当たる。
眩しくて薄く目を瞑った。
数秒そのまま固まり、だんだん光りに慣れてきたので目を開ける。
そこには、金髪の少女が立っていた。
「ああ、ウァータル、おはよ。お前何処行ってたんだ? 夜になっても帰ってこないし」
ウァータル。
俺の妹であり、俺と同じく孤児でもある。
孤児なので姓はない。
軽くウェーブした金色の髪に、丸くて小さい青い目が愛らしい奴だ。
ウァータルはため息混じりに少し舌を出して言った。
「夕食抜きだったでしょ? 本当はお兄ちゃんと一緒にグレシャさんのところへ行くつもりだったんだけど、仕事が長引いちゃって。路地をぶらぶらしてたの」
俺はウァータルに聞こえるか分からないぐらい曖昧な声で頷いた。
ウァータルは聞こえなかったのか、それとも聞こえてあえて無視したのか、そのままスルーして家の中に入ってくる。
そして念入りに足を拭いた。
「俺はてっきりこの日常から逃げたのかと思った」
「ふふ、まさか。逃げたら死ぬのが落ちだもの」
ウァータルは足を拭き終わると、俺の腕をがっしり掴んだ。
にんまりと笑っている顔がいかにも怪しげ。
俺はそれを振り払うと、肩をがっしり組んでやった。
「ほら、行くぞ」
「え? 今日は何もしなくていいのですか?」
すっとんきょんな声を上げて答えた。
いつもなら厳しい目つきの女将さんをじっと見つめる。
なぜか今日は優しすぎるぐらいに笑っていて、それが不気味でならない。
ウァータルもそれが怖いのか、俺の背中にぴったりくっついて隠れている。
「ああ、今日は外で遊んでおいで」
真面目に怖い。こんな優しすぎる女将さんが。
絶対に何か企んでいるこの細い目につりあがっている口元。
今日は外に行かないほうがいいと思う。
しかし、逆にコレに逆らうと何があるか分からないというのもある。
俺は一旦ウァータルと目を合わせると、答えた。
「はい、ありがとうございます」
俺たちは、女将さんのいつもと振る舞いが違うことを不振に思いながらも家を出た。
この歳になって、こんな朝早くに家を出たのは初めてだろう。
ウァータルは、ぺたぺたと足音を立てながら駆けると、気持ちよさそうに腕を伸ばす。
太陽の光りが反射して、ウァータルの髪の毛を照らした。
俺も一緒にウァータルのところへ行き、深呼吸と共に腕を広げる。
「ああ、気持ち。女将さんのあの変わりようは異様だったけど、こういうのもいいな」
いつも家の中だと縛られっぱなしで仕方ないが、ここにはその原因が居ないんだから。
ウァータルも同じなのか、いつもは見せない笑顔で空気を沢山吸う。
「この時間が、ずっと続けばいいのになぁ。ん、そうだお兄ちゃん、グレシャさんのところへ行かない? 私昨日会ってないし……」
グレシャ、か。
「いや、グレシャは朝は……仕事で忙しいんだって」
「へえ、グレシャさんも仕事とかあるんだね。何やってるんだろう?」
「知るかよ、俺にも教えてくれないんだから」
本当、グレシャの仕事って何だろう?
すごく気になるのに、グレシャは全く教えてくれない。
まあ、強引に聞き出そうとは思わないけど、隠しているっていうのは見てて分かる。
なんかそういうの見てると、すごく哀しくなった。
それから俺達は、ぶらぶらとテルダム領地を歩き回った。
周りからの冷たい視線は耐えなかったが、それを振り切って遊びまくった。
ありの行列をたどってみたり、空を飛ぶ鳥を追いかけてみたり。
いつもは気にしないどうでもいいことが楽しくてしかたがなかった。
誰にも縛られないのって、やっぱりいい。
そしていつの間にか夕暮れ時――
「おいウァータル、そろそろグレシャも仕事終った頃だぞ?」
真赤に染まりだした空を見上げながら言った。
するとウァータルは、小さい親指をさりげなく立てると、明るく笑った。
「待っていました、早く行こ!」
そして俺の腕にべったり抱きついて密着すると、いつもの場所に向かった。
いつもの場所――そういえば、グレシャと出会ったのもそこだった。
ウァータルと二人、飢えで苦しんでいた時に、そっと手を差し伸べた、それがグレシャだった。
最初は、こいつもあの醜い人間と一緒だと思って、俺達自身が避けていた。
でも、いつもいつもグレシャは俺達に話しかけてくれた。
そして……悟ったんだ。グレシャ・グロシアは《本当の人間》だって。
俺達は、軽くスキップを踏みながらその場所へ向かった。
スキップのリズムと共に、心が躍る。
だが、その場についたとたんにとてつもなく気持ちが沈んでしまった。
「今日は、グレシャ遅いんだな。もしかすると来ないかも……」
「ええ、昨日会わなかったから今日は沢山お話しようと思ってたのに……」
俺達は互いに顔を見合わせると、沈むようなため息をついた。
実はこの時間が一番楽しみだったりしたのに。
しかし、当の本人が居ないんじゃしかたない。ただ暇なだけだ。
「帰るぞ、ウァータル」
俺は、ウァータルの背中を軽く叩いた。
するとウァータルはむっと顔を膨らませる。そして言った。
「でもお兄ちゃん! 帰ってもする事無いじゃない。どうせ使われるだけだし……。もうちょっと待たない?」
「まあ、そうだけど……夕飯抜きになるかもしれないだろ? ほら早く」
俺は未だにふくれっ面なウァータルを引っ張った。
ウァータルはいかにも残念そうに肩を落とす。
しかし、急にニッコリ微笑むと、
「うん」
元気にそう言って俺にしがみついた。
それから10分後。家についた。
仲からはにぎやかな声が聞こえてくる。
それと共に、クラッカーの音や音楽なんかもガンガン耳に響いた。
「あ、そういえば今日は娘さんの誕生日だった」
ああ、そうか。だから女将さんは朝から変だったんだ。
いつもなら、掃除だ! とか、洗濯だ! とか俺達に命令するのに。
どうやら俺達が言え野中に居るのが嫌だったんだろう。
となると、多分家の鍵は……
俺はそっとドアノブに手をかけ、開ける、が――
「――ご名答」
ドアには、家に入れないよう鍵がしっかりかかっていた。
そんなに俺達の存在が邪魔って事かよ。
「ったくあの女、まるで俺達は別の世界の生き物みたいに扱いやがって!」
目の前の扉を睨みつけながら歯軋りした。
同じ人間なのに。生まれ方はみんな一緒なのに。なのに――
どうしてこうも境界をつくり人に区別をつけるのか。
俺は、力強く右手を握るとドアを叩いた。
しかし、その音はクラッカーの音でかき消されてしまった。
「なんだよ、俺達孤児って、一体なんなんだよ……」
――ズキッ
急に頭に痛みがはしった。
何の前触れも無しに、いきなりの頭痛。
俺はとっさに頭を抱えた。
目がぼやけてよく見えない。まるで夢の中に居るようだ。
生ぬるい空気が肌に触れる。
「うあっう……」
足がふらつく。しっかり立てない。
目の前にいくつもの世界が見え出す。
赤色の風が吹いたと思ったら、黒色の雷が落ちる。
そして青い光りがさして、俺を黄色く照らす――
もう意味が分からない。
とっさにウァータルの肩をかりた。
「えっ、お兄ちゃんどうしたの? お兄ちゃんしっかりして……お兄ちゃん!」
ウァータルはゆっくりと俺をその場に座らせた。
そして額に手を立てて熱をはかる。
「熱じゃないみたい……。お兄ちゃん、頭のどこらへんが痛いの?」
「分からな――っうああ!」
まるで骨を砕かれているようだ。
こんな激しい痛みを感じるのははじめてだ。
体中に響き渡るように襲ってくる。
熱い。心臓が燃えるように熱い。
「うああ、ああぁ……」
誰か、止めてくれ、痛い、痛い――
体の意識が頭にだけ集中し、目の前が白くなっていくのがわかる。
ウァータルの心配する声も次第に消え、全てがなくなった。
何も見えない。
何も聞こえない。
何も感じない。
そこで俺の意識は、ぷっつりと途絶え、無の空間へと吸い込まれた。 |