第一夜 紅の予感 part2
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目を覚ます。
最初は目がしょぼついていて、よく見えなかった。
だが、何かがある。
鎖に手足をつながれている少女が……。
意識がないのか、頭が前に垂れていた。
黒いはずの髪は、血で赤く染まっている。
「グレ…シャ? おい、おいグレシャ!」
その手足をつながれている少女が誰か分かり、急いで立ち上がり叫ぶ。
眠気が一瞬にして去った。
何で、グレシャがココに居るんだよ。
何で、グレシャが血で染まってるんだよ。
必死になって彼女の名を叫ぶ。
そして、彼女のもとへ行こうと駆け寄った。
しかし、目の前に見えない壁があり、正面からぶつかってしまう。
が、痛いなんていっている暇は無い。
手から血が出るほどその壁を叩いた。なのに、全く割れる様子がない。
「グレシャ! グレシャ! グレシャ! くそぉ!」
何度も何度も彼女の名を。
声が嗄れ、血が流れ続ける。
しかし、痛むのは傷ではなく、どこか違う所。
――胸が苦しい
自分の声が届かないという悲しみ。
愛しい人が消えていくのではないかという恐怖。
それが絡み合い、自然と頬に涙が伝う。
「ふははははははは、はははははははは――」
誰かが、そんな俺を見て笑っている。
姿は見えない。声だけが聞こえてくる。
俺は、声のするほうをじっと睨みつけた。
だが、何処にいるかは分からない。
ただずっと、笑い声だけがこの空間を埋める。
人を馬鹿にしたように、面白がるかのように。
「お前、何がおかしい!」
奥歯をかみ締め、怒りをむき出しにする。
すると、笑い声がやみ、聞き覚えのある声が響いた。
「そう悲しまなくてもいい、ウィザー。すぐにお前をつれていってやる。すばらしい世界に」
俺は意味が分からず首をかしげる。
どうして俺の名前を知っている。
すばらしい世界?
それにこの声、どこかで聞いたことが……。
「お前は誰だ? グレシャに何をする気だ!」
俺はまた壁を叩いた。
パキッと壁が割れることを想像するが、実際そう上手くはいかない。
彼は、そんな俺を見て小さく笑った。そして言う。
「それは、自分の目で確かめてみたらどうだ?」
「何?」
そう言った瞬間、少女――グレシャが動いた。
顔をあげ、かすれてしまった瞳を開ける。
俺はとっさに壁を叩き、叫ぶ。
「グレシャ!」
壁は、俺の血で真赤に染まっていた。
その血のせいで、グレシャの体全てが真赤に染まって見える。
怖い。
グレシャは俺に気づくのと同時に、今の自分の状況にも気づいた。
恐怖のあまりに、顔を引きつらせて悲鳴を上げる。
「いやあああぁぁ! 助け、助けて、ウィザアアァ!」
「今行くから、絶対に助けるから!」
俺は、両拳で壁を叩き続けた。
どうして、どうして割れてくれないんだ。
グレシャの、グレシャのところに行かせてくれ!
「さてと、知っているかなウィザー君」
彼が言う。
「やめてくれ! お願いだから! グレシャ!」
グレシャの両脇に数千ものナイフが現れた。
そのナイフの刃先の切れ味がよさそうなのを見て、さっと顔を青ざめる。
「神が我々人間に、平等に与えてくれたものを」
「知るかそんなもの! 神の考えを我々人間が知る権利はない」
彼女が消えるかもしれない。
その恐ろしさにまた涙があふれ、頬を伝う。
「それは死だ! 神は必ず人間に死がやってくるよう運命を創りかえるのさ」
「神じゃないのに神の意思の何が分かるって言うんだ! グレシャの運命をお前が変える権利なんてねえだろうが!」
人間は儚い。
強く願うだけで、何も出来ない。
しかし、人間を儚くさせているのは、人間自身だという事が、とてつもなく醜い。
「だいたい……だいたい神なんてこの世界に存在しねえんだよ!」
どこにいるのか分からない相手に向かって叫び続けた。
グレシャだけは、助けて。
なんで俺達だけこんな目にあわなきゃならないんだ?
どうしてグレシャが殺されなきゃならないんだ!
グレシャは、肩を震わせている。
すごく怖がっていた。
もう今は気力が無く、だらんと髪の毛が垂れている。
「ウィザー……」
か細い声で、グレシャが言った。
「グレシャ?」
俺は、見えない壁にへばりついて耳を傾ける。
「貴方の、せいよ」
――え?
「貴方なんか、貴方なんか居なければよかったのよ!」
貫かれたような気がした。
頬には、紅い涙が伝っていく。
――それが、グレシャの本心?
「貴方がいなければ! 私は死ななくてすんだのに!」
ずっと怖くて聞けなかったことがあった。
グレシャは、無理をしているんじゃないか?
俺なんかとかかわって。
我慢して俺と接してるんじゃないかって。
「貴方なんか、死ねばいい!」
グレシャの顔が、ぐにゃりと曲がった。
グレシャの左右にあったナイフが、グレシャに食い込んでいく。
グレシャの体に食い込んでいく。
グレシャは、ナイフが触れた一瞬だけ顔をゆがめたが、それ以外はずっと俺に微笑んでいた。
俺にありがとうと言いながら。
ぐちゃりっぐちゃっという音が、部屋全体に大きく響いた。
真赤な噴水が、世界を埋める。
ナイフの刃先には、グレシャの血がべとりと付いていた。
今の彼女は、彼女とは思えなかった。
何が手で、何が顔で、何が心臓なのか。
それさえ分からない。
肉体のかけらもないほどみじん切りにされてしまったんだ。
むしろ、人間ではない。
「グレシャアアアアアアァァァァ!」
絶叫を上げることしかできなかった。
最期にグレシャが言った言葉を思い出すと、とてつもない悔しさが湧き上がってくる。
グレシャは最初から分かっていたんだ。
もう、自分は助からないということを。
俺だって実際気づいてた。
でも信じたくなかったんだ。グレシャが死ぬなんて、耐え切れない。
「あはははははははは。どうだい? 大切な人が目の前で消えるって言うのは?」
俺は最後に、バラバラになったグレシャを高笑う、”俺自身”が見えた気がした―― |