風の主ウィザー −そして消え逝く神−(2/9)縦書き表示RDF


 ――目の前にあるのは紅の世界
  最後に見えたのは自分の背中

  それはただの夢の空間の影なのか――

風の主ウィザー −そして消え逝く神−
作:宴流なだみ



第一夜 紅の予感 part1


 神が平等に人間に与えてくれたもの――?


 ――テルダム領地


 うすよごれた髪を後ろで結んだ。
 肩にかかっている髪を人差し指で払う。
 そしてその場にしゃがみこむと、軽くため息をついた。

 辺りは、もう真赤に染まっていた。 
 空に雲はなく、風もない。
 あるのは、笑いながら家に帰っていく子供達の姿だった。
 アスファルトを蹴って、目の前を走っていく。
 走っていく先には、暖かい微笑をかける母親。
 俺はそれを睨みつけると、またため息をついた。

「母親……」

 ポツリと、そう呟いた。
 何故母親は、自分の子供となるとあんなに大切にするのだろうか。
 いや、それはもちろん、自分の子供だから。という事になるのだろうけど。
 俺が言いたいのはそういう意味ではなく、「何故母親は、自分の子供でないと大切にしてくれないのだろうか」
 という事だ。
 すると、ある一人の母親が俺に気づいた。
 その母親は、俺を軽蔑したような目で見ると、手であっちへ行けと追い払った。

『神の捨て子! 来るな!』

 母親の鋭い目つきが、そう物語っている。
 数秒お互いににらみ合った。
 が、俺が視線をはずす。
 俺は、仕方なく立ち上がると、母親に背を向けて歩いた。
 下に穴が開いた、ポケットといえないポケットに手をつっこんで。
 教会の横を通り過ぎて、誰も居ない路地を目指す。

 ――神なんて、居ない。居たとしても、それは悪魔だ。
 どうして人々は神を信じるのだろうか。
 誰も神に会ったことがないのに。
 結局は我々人間がつくりだした空想の人物。

 人間の世界には、身分がある。
 上から順に、「国家軍」「貴族・王族」「一般庶民」「奴隷」だ。
 俺は、その中でも奴隷という階級に入っている。
 奴隷は普通、両親に捨てられた孤児の事をさす。
 路地で行く当てもなく彷徨っているところを、誰かに拾われ、使われるんだ。
 一体誰がコレを決めたのだろう。
 神か? 悪魔か?

「人間なんて嫌いだ。どうして俺は生まれてきたんだろう……」

 自分の存在理由。
 それさえ分からない自分が憎い。
 そして、そんな俺を助けてくれない人間が嫌いだった。
 自分も同じ人間だと思うと、吐き気がする。
 俺は、地面にペッと唾を吐くと、目を軽く瞑った。


 ――ジャリッ

 背後に誰か居る。

 ふと、そう気づいた。そして足を止める。
 背後から、小石と靴の裏をこする独特の音が響いてきた。
 その音はドンドン早くなりドンドン大きくなり……
 そして振り向こうとした瞬間に、首筋に生暖かい息がかかった。
 びくりと肩を震わせた瞬間に、目の前が真っ暗になる。冷たいものが目を覆っていた。
 一瞬、何がなんだか分からなくなったが、すぐに気づいた。
 俺の目を覆っている細くて冷たい手に触れる。
 そしてそれを放すと、後ろを振り向いた。
 そこには、ニヤニヤ笑いながら立っている黒髪の少女が居る。

「やっぱり、グレシャか」

 俺は苦笑しながら言った。
 黒髪の少女――グレシャ――は、俺の頭をポンと叩く。
 背が俺より低いので少し背伸びをして。
 そして可愛らしげに舌を突き出すと、にこやかに言った。
 
「だってウィザー君元気ないんだもん。……また何か言われたの?」

 さっきまでの満面の笑みが消え、ふと真面目な顔になる。
 我慢しないで私に何でも言って、とでもいうような表情だ。

 はっきり言って、感情がころころ変わるグレシャについていくのは大変だった。
 だけど、俺はこんな喜怒哀楽のあるグレシャが好きでもあるんだと思う。
 というか、信じることができた。
 グレシャの為だったら、なんでも出来ると思う。――否、なんでもしてやる。
 だから、いつもこう言うんだ。

「ううん別に。何もないっての」

 って。
 だって、グレシャに心配かけたくないから。
 だって、グレシャは俺がこう言うと、よかった。って笑ってくれるから。

 グレシャ・グロシア。俺の唯一の友達。
 俺は、親に捨てられた孤児、…奴隷の身分だ。
 そんな俺を一般の人なら貶すのに、こいつだけは俺と一緒に笑ってくれた。
 同じ人間だよ、と言って、手を差し伸べてくれた。
 グレシャは、俺にとって本当の神様みたいな存在だ。

「おーい、ウィザー。どうしたの、ぽけっとしちゃって」

 不思議そうな顔で俺を覗き込んだ。
 ゆっくり俺の顔を見つめる時に、がさっとおかっぱ頭が揺れる。
 俺は小さくかぶりを振ると、微笑んで見せた。

「いや、何にも。……ただ一つ言えるのは、俺がハンサムってことかなぁ」

 さらりと前髪をかきあげて言う。
 それと一緒に風が吹いて、キレイになびく。
 グレシャは何かにイラッときたのか、それも風船並みに頬を膨らませた。

「もう、心配してあげてるのに。ウィザーの馬鹿ぁ」

 そして、俺の両頬をつまんでおもいっきりひっぱった。
 それが指先で小さくつまんでいるからとてつもなく痛い。
 だんだん頬が赤く染まっていく。

「痛い、痛いってこの馬鹿力め!」
「へっへぇ〜。このかよわい私に頭を下げるとわ。まあ、仕方ないけどね。私みたいな美貌をもつ女性に暴力なんて振れないも、って痛っ!」
 
 グレシャが真面目な顔でそんな事言うから、バコッと頭を叩く。
 おかげでグレシャは手を離すが、俺の頬は真赤に染まりきっていた。
 グレシャはとっさに頭をかかると、ギロリと睨んでくる。
 いや、最初に仕掛けたのはグレシャなのに、なんで俺が睨まれなきゃならないんだよ…。
 俺は内心そんな事を考えつつ、何事も無かったかのように頬をさすった。 

「どうしたんだグレシャ? 頭なんてかかえて。言っとくけど、俺は《美貌をもつ女性》に暴力なんて振ってないからな」

 一瞬グレシャが顔を赤らめるのが分かった。
 が、すぐにクルリと180度回転すると、また180度回転した。
 つまり一回転したわけだ。
 これは、グレシャが自分が不利になった時によくする癖だ。
 案の定、グレシャは話題を変えて来る。

「それはそうとウィザー君。ほら、あげる」

 そう言って右ポケットから布袋を取り出すと、俺に差し出した。
 俺は恐る恐る中を覗き込んでみると、中には沢山のパンが入っていた。
 ベーコンパン、カレーパン、アンパン、ブドウパン……。
 俺はそれをみて、胸が躍るのを感じた。

「ひゃっほぉ〜、飯だ飯! パンだけど飯! グレシャ様最高!」
「どういたしまして」

 俺が興奮しているのを見て、グレシャはクスリと笑った。

 グレシャは、時々俺にパンをくれる。
 別に、俺がパンを持って来い。といっているわけでもないのに。
 そりゃ、食べ物は欲しい。
 いつもいつも、質素なものしか食べていないからだ。
 するとグレシャは、まるで俺の心中を見透かしたかのように、腹が減っている時に限って持ってくるんだ。
 ありったけのパンを。

 俺は、いっきに袋の中に手を突っ込むとブドウパンを取った。
 そして思いっきり口を開いて食いつく。
 
「うめえ、すごくうめぇぞこれ!」
「そう言ってくれると嬉しいな。これね、私がつくったの」
「ええっ!」
 
 つい目を丸くする。
 この《すごくうめぇ》パンをグレシャが?

「ウィザーの事考てたからかも」

 さらりとそんなことをグレシャが言うものだから、顔が赤くなった。

「ああ、ありが…とう……」

 なんでだろう、すごい体が火照っている。
 なんだか体中がぞくぞくして、汗ばんできた。
 な、何興奮してるんだよ俺!

 いつにもまして、今日の雰囲気はとても和んでいた。


 それから一時間後

 俺は、グレシャと別れて自宅へと戻った。
 いや、孤児である俺に本当の家なんてものはないんだけれど。
 そこしか帰る場所がないから。

 みすぼらしいが、意外と大きな家。それが今の俺の寝るところだ。
 冷え切った手でドアノブを握り、入る。
 
「ただいま戻りました」

 そう言って家の中に入る。
 もちろん入る前に、念入りに足の裏を拭いた。
 靴は履いていない。というか、履かせてもらえない。
 するとあの女は、二階から大声で怒鳴った。

「遅いじゃないか。今日は夕食抜きだからね」
「はい」

『もうグレシャから夕飯貰いましたから』
 という言葉を何とか飲み込み返事をした。
 そして、右側にある隠し扉から地下へと続く道へと入る。

 洞窟のように真っ暗な空間。
 はだしで歩く音が、ヒタヒタと暗闇に反響する。
 俺は、階段から滑り落ちないように壁を伝って歩いた。
 そして地下につく。
 そこには、ダンボールの山が沢山あった。
 実際ここ、ちょっとした押入れなのだが、俺が勝手に部屋として使っている。

「……ほあぁ」

 俺は、金色の髪をかいて欠伸をした。
 今じゃ、金色の髪も変色している。
 俺みたいな奴を、風呂に入れてくれるほど、あいつは優しくない。
 俺は軽く目をこすると、ダンボールに腰掛けて眠りについた。
 一瞬、悲鳴が聞こえたような気がしたが―― 












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