――私立受験に落ちた。
照明の点いていないこの部屋は妙に寒々しくて、毛布に包まった上で膝を抱える。
――あっけない終わりだった。夢を掴むための一歩を踏み出せたと思った途端の終結。
――恥ずかしい。三者懇談であれだけ語って、親にも大丈夫と言い続けていたのに、すべては夢見心地なだけで、すべては夢のままで終わってしまって。
会わせる顔なんて持ち合わせていなかった。だから、私は独りだった。
視界の少し上方で形作られている、長方形の厚みのない紙。そこに刻まれている四桁の番号は、栄光への道を行かせることは許されども栄光を勝ち取らせることは許されざる<負け犬>の証。
――何がいけなかったのだろう。
思うところがたくさんあった。されど確証的とは言い難いものばかり。そうして、塵が積もって山になったかと自嘲気味に考えた。
途端、携帯の着信音が耳に届く。
膝に埋めていた顔を上げ、ベッドの上にある携帯が発光しているのを見上げる。同時、すっぽりと被っていた毛布が肩まで落ちた。
――でようか。
相手は女友達の誰かだろう。合格不合格を問われるのかと思うと、少し判断を迷う。
しかし、やっぱりでることにして携帯を掴み引き寄せた。
"あ。愛姫。学校休んだって聞いたんだけど、風邪か?"
――昭人。
女友達よりももっと聞きたくない声だった。
"昼からは顔出してくると思ってたから、ちょっと心配してる。サボリだったら無駄な心配分の慰謝料もらうからな"
明るい感じな声であるのにイラついてしまう自分が、とても嫌に思える。
ふつふつと煮える黒い感情を押し殺して、声を発する。
「……ごめん。サボっちゃったんだ」
できるだけ軽く言ったつもりだった。けれどそうではなかったようで、電話向こうの雰囲気が一風変わってしまったのを覚った。
"……あ、あはは。そうか。まあ、だるかったんなら仕方ないよな"
ちょっとした間のあとのその言葉に、少し悲しくなる。
昭人は友達以上の、親友とよべる幼馴染だ。
彼は私が私立高校に行くことや、なぜその高校に行きたいのかも知っている。友達もそうだけど、私を一番よく知っているのは彼だろう。受験前日に笑顔でぶつけあった拳と拳――ぶつけたといってもコツンと合わせた程度だから、ケンカってわけではない――を思い返し、それ以外にももっともっとたくさんあると記憶が訴えてきている。
あの頃までの自分が遠く感じた。あの頃までの会話が遥か昔のものに思えた。いつもどおりの自分と考えて、どんなにがんばってつくろうとも無理だなと胸が締め付けられた。
"愛姫。お前、今一人なのか?"
「親がいるんじゃないかな」
"そうじゃなくて……ええと、なんつったらいいんだろ"
髪を掻く音がした。彼はイラつくといつも片手でぼさぼさとしてしまう。駄目な癖だと指摘してもいつも直さなかった。いつもいつもそうだったんだ。
ちょっとだけ心が温かくなった。温かいのに痛く感じられた。
思わず顔を顰めそうになったとき、電話向こうがいきなりさわがしくなった。
"ちょ、まっ、こらっ、邪魔するんじゃねぇっ。ズボンを舐めにくるなっ。こらぁぁぁぁあああ!!"
とてもさわがしい。
携帯を押し当てていないほうの耳が捉えている外の物音もうるさかった。犬の鳴き声がなにやらけたたましい、不審者でも見つけたのだろうか。
"しっしっ。あっち行け。クロスチョップ! パンチキックパンチキックキックキックパンチパンチ! ハメハメハー! 俺はガンダムだぁぁぁああああ!!"
昭人のアホ面が想像できてしまう台詞の数々。私は吹き出して、思いっきり笑ってしまった。
壊れたダムは容易に修復できず、私は手を口に当てて堪えようとしてもどうにも抑えられず、毛布の上に寝転んでしまってからもまだ止まらない。
痛くて痛くて仕方が無いお腹を抱え、目じりに溜まる涙は毛布で擦り消し、
ひとしきり笑ったあとに吸い込んだ息は、妙に清々しかった。
緩んだまま締まらない頬は、そのままでいい。私の下敷きになりかけていた携帯を両手でそっと持ち上げ、耳に当てる。
「昭人」
"あ? 何? 今取り込んでんだけど……って、そうだ。そういう案があったな。愛姫、お前は天才だぞ!"
わけがわからない。
"あとちょっとでお前ん家の前通るから、中に退避させてくれ!"
「……言葉の意味はわかったんだけど、さ」
あまりにも情けないというか、なんというか。
"っと。ほら、カーテン開けてみろよ。そろそろ行くぞ!"
「ちょ、ちょっと待ってよ」
慌てて窓の方に駆け寄り、カーテンを横へ押し避ける。
目が眩んだ。
強い陽の光に、じゅわっときた。
その中でも見えた、昭人の姿。
獰猛そうな犬に追われていた。ひぇぇぇぇと叫んでそうな顔の昭人が、私へと向く。
あっと思った。
彼の満面の笑顔に、トクンと何かが鳴ったから。
携帯は耳に押し当てたままで、片手を左胸に添える。
――昭人はどこを志望してたかな。
公立だと言っていたような気がして、ほっとした。
なぜ安心したのかは、思うのも恥ずかしい。
全力疾走。
「ふう」
坂を上りきり、振り返る。
ここまで続いている桜並木には、ぽつんとひとつの人影が。
――この高校では運動部をやらせなくてはならないな、うん。
私はどうしよう。できるかぎり昭人といっしょにいたいから、ちょっと悩む。
――野球部に入らせて、私は専属マネージャになる。
うん、我ながら良い案だ。
「昭人君」
やっと追いついてきた彼に微笑む。
真新しい制服。真新しいカバン。真新しい風景。だけど、変わらないものがみっつあった。そのみっつがたまらなく大切で、大事だった。
「……大好きだよ」
道はどこまでも続いていく――
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