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エルフの章・3 救い主

 幌馬車の荷台から出たところで、俺は黒煙の上がる村の方角から、まだ声が聞こえ続けていると気づいた。


「っ……!」


 クレアは外に出た途端に眼の色を変える――俺と話して少し落ち着いてきたように見えた彼女は、弾かれたように走りだそうとする。


「待てっ、クレア!」


 俺の言葉は、クレアにとって絶対の命令として機能する。彼女の足は止まり、それでもこちらを振り返ろうとはしない。


 彼女が手に携えているのは、壊れた弓と、荷馬車に積まれていた、縄を切るための短剣――彼女は、まだ戦うつもりなのだ。


「……どうしても行くのか?」

「……みんなの、敵を……討たないと……私だけ、生きては……」


 俺は、今の今まで、甘いことを考えていた。


 村で、まだ亜人狩りが生き残りを探しているとしたら。見つかれば殺されるか、奴隷として連れていかれる――女性はクレアのように、連れて行かれる過程で首輪をつけられ、犯されてしまうかもしれない。


 村の中でも、殺戮と略奪、そして陵辱は続いているのかもしれない。いや、争う声が聞こえているのだから、本当は分かっている――まだ、何も終わってはいない。ここから離れることは、逃げるのと同じなんだと。


(……まだ人間でいたいなんて、甘い考えだったのかな。俺は、ただ、異世界で……)


 初めから、俺はまっとうに生きようとなんてしていなかったのに。

 自分が安心するためだけに『最強』を手に入れ、それでいて『化物』になることを恐れた。

 殺すことに慣れることで、人間でなくなっていくことを恐れていた――。


 クレアは振り向き、俺を見た。その目にある光は、今までで最も強く、そして儚いものに変わっていた。


「……助けてもらって……嬉しかった……です……あなたと一緒に……逃げられたら……私……どれだけ……」


 どれだけ良かったのか。そう言おうとしながらも、クレアの決意は揺るがない。


 彼女だって、死ぬことが怖いわけじゃない。それでも、亜人狩りに復讐しなければならないと、その目が言っている。


 俺は彼女を奴隷にしたけれど、それは、言うことを聞かせたいからなんかじゃなかった。

 俺は彼女に、優しいご主人様だと思われたかった。

 エルフの奴隷を手に入れて、甘やかしたかった。天使が呆れるような、そんな理由のために七百の死を超えて、ここに来た。


 だが、望む物を手に入れるためには、俺は恐怖を振りまくだけの存在にならなければならない。


 殺さずに終わることなど俺にはできない。剣を振るったときも、さほど力を込めてすらいないつもりだった。なのに俺の剣は、あっさりと敵を殺した。

 それが『攻撃力300000』の斬撃。攻撃したという事実が、殺戮に変換される。


(考えてる時間は、もうない。俺は……)


「……クレア。俺も嬉しかったよ。だから俺は、君を自由にする」

「……ご主人様……っ!」


 ことが終われば、クレアは俺を恐れずにはいられなくなるから。


 ――それでも、少しでも早く覚悟を決めて、人の心を捨てるべきだったんだ。



//---------------------------------------//


   SYSTEMCALL>LOAD

   ?NAME:リョウ・カシマ

   1156/3/12 13:45

   LOAD COMPLETE


//---------------------------------------//



「っ……!」


 ロードを終えたあとの感覚は形容しがたいものだった。

 クレアと話し、彼女が見せてくれた笑顔も、俺の記憶の中だけのものとなった。しかし、村に向かうならば、絶対にロードしなくてはならない。

 あのまま村に行っても、助けられる人が命を落とした後になってしまうかもしれない。


 異世界に転移した直後からやり直せればよかった。しかし俺は、クレアが奴らに犯される前に救ったことで、心底安堵しきって――その状態を絶対に失いたくないと思ってしまった。最初のセーブを残しておけば、幾らでもやり直しは効いたのに。


(クレアにとっては命よりも大事なものがある。それを守ってやらなけりゃ意味がない。そのことに気づくのが遅すぎた)


 クレアは、奴らに復讐を望んでいる。彼女が戦士だと名乗ったときに、その心情を思うべきだった。


 ロードした地点は幌馬車の荷台の中。目の前に、クレアがいる。記録した時と同じ――まだ、怯えきっている。


「……家が、燃えて……屋根が、落ちて……っ」


 もうそれ以上は聞かなかった。

 それが最後になるとしても、抱きしめておきたかった。今の彼女には、あまりに早い行為であっても。


「……あなたは……どうして……」


 しかし、抱きしめてから離したあとのクレアの瞳は――もう、わずかな光を宿していた。


「俺は村に行く。君は辺りが静かになったら、慎重に外に出て、安全なところに逃げるんだ」

「村……には……亜人、狩りが……残って……」

「大丈夫だ。俺は死なない。君を脅かす存在は、全て俺が排除する」


 笑えているかわからなかったが、俺は笑った。

 これでも、甘やかしてるってことにはなるだろう。

 俺は最初の奴隷を、絶対に幸せにする――それが、例え俺と一緒でなくても。


「俺はできる限りのことをする。君の村に、今からできることを、全力で」





 俺はロードする前と同じようにクレアにレザーアーマーを着せ、彼女を残して幌馬車の荷台から飛び出した。


 木々の合間を駆け抜けて獣道を進む。攻撃、防御、回復に与えられた特典チート――それらに関連する能力も相応に強化されている。攻撃に対応する筋力、防御に対応する敏捷性、回復に対応する体力。

 全てが、常人の六万倍――だからこそ俺は、敵の攻撃が停止しているように見えたのだ。

 そのことに気づけば、移動の速さは尋常ではなく向上した。空気が粘りつくほどの速度で俺は走る。


 村を囲うものだろう柵が見えた。迂回する時間も惜しく、跳躍する。空高く飛び上がった俺は、一気に村の中心にある広場へと降り立った。衝撃によるダメージは、高い回復力で一瞬で回復される。


 ――死体が転がっている。子供の死体、武器を持った男の死体、老人の死体。

 血の匂いがする。覚悟をしていなければ吐き気でも覚えていただろうが、今の俺には関係がない。


「おい、こっちに生き残りがいるぞ!」

「人間……それも魔力を持たないやつか。どこから迷い込んできやがった……?」


 俺が剣を持っているのを見て、奴らは少なからず警戒している。だが魔法を使えないと感じ取ることができるのか、何の警戒もせず、俺に手を向けてきた――そして。


 ――剣を、振りぬいた。初めに戦った時よりも、俺は柄を握る手に力を込め、『殺す』と強く念じた。


 俺に魔法を放とうとした男がバシャッ、と血煙に変わった。それはおよそ斬撃というものではない――しかし、俺の剣がなしえたことだった。



//---------------------------------------//


  アーティファクト:エクスカリバー+99

  ウェポンスキル「ディバインスラッシュ」が発動しました。


//---------------------------------------//



(全力で、さらにエクスカリバーの特殊効果が発動すれば、敵は原型を留めていられない……そういうことか)


 幸いだったのは、殺すと念じた時の方が、何も考えなかった時よりも、殺した罪悪感が薄いことだった。

 剣よりも銃のほうが、銃よりもミサイルの方が、罪の意識は弱くなる。

 ならば俺が持っているこれは、剣ではない。もっと途方もない、人を殺す道具だ。


「こ、ここにいたのにっ、いねえっ……どこにもいねえっ……!」

「いるだろ。そこの血だまりがお前の仲間だ。あんたはこの村で、何人殺した?」

「こ、殺した数なんて、覚えてっ」


 ふたつ目の血霧が散った。俺はすぐに動き始めていた――村の規模は、人口200人ほどだろうか。その中で一人でも生き残りを見つけなければならない。


 広場から目につく、原型を留めた茅葺きの家。その中から、悲鳴が聞こえてきていた。


(生きてる……生き残りがいる……!)


 家の中に踏み込んで見つけたのは、この世の地獄のさらに底だった。

 無残に服を破られた女性が、男に土間に組み伏せられていた。男の獣のような呻きが耳を汚す。

 その女性の娘だろう、よく似た少女が、もう一人の男に羽交い締めにされ、母親に向けて手を伸ばしていた。


 獣は火を恐れると言う。燃える村の中で欲を満たすこいつらは、もはや獣ですらない。


「な」


 それ以上喋らせなかった。少女を羽交い締めにしていた男は血煙に変わり、壁に赤い模様が生まれた。


 次の瞬間、母親を組み伏せていた男の上半身が吹き飛んだ。二撃目でもう半身もこの世から消えた。


「あ……ああ……あなた、様は……」


 これ以上なく、化物のような殺し方をしたのに。

 母親は救い主を見るように、俺を見た。解放されて母に駆け寄った少女も、同じだった。


「う……ぁ……」

「あなたっ……! あぁ……まだ、息がある……」


 土間の隅で傷を負って昏倒していた男性が、息を吹き返す。おそらく、三人は親子だ――父親を、母親は回復魔法を詠唱して治療し始める。暖かな光が、血の匂いに満ちた部屋を照らしだす。


「あ、ありがとうございます……お父さんとお母さんを、助けてくれて……」

「……クレア……クレアは、無事なのか……?」


 ――そうか。


 父親らしい男性の言葉で悟る。この家が、クレアの家。あの賊どもはクレアだけをさらい、専有しようとしたのだ――亜人狩りの中にも、組織に従うばかりではない者もいるということだろう。

 しかしここに残っていてもクレアは無事ではいられなかった。そう思うと、奴らを何度殺しても飽きたらない。


 それよりも今は、クレアのことを家族に告げなくてはならない。


「クレアは無事です。こっちの方向の森に、馬車が停まってる……そこにいます」

「な、なぜ……クレアのことを……?」

「……そんなことはいい。彼は……救いの主だ……私が生きていられるのも、彼の……」

「お父さん、もう喋っちゃだめ……私も治すから……そうしたら、お姉ちゃんを、みんなで迎えに行かなきゃ……!」


(……助けられたのか。俺は……クレアの代わりに、少しは復讐してやれたのかな……)


 クレアの家を出た後も、俺は村の中を駆け回る。しかし賊はもう残っておらず、既に住人は連れていかれた後だった。

 高く跳躍して森を見下ろしても、亜人狩りの姿は見つけられない。それが魔法によるものなら、探さなくてはならないと思った――自分で魔法が使えなくても、困らない方法を。



 家の燃えている部分を斬撃で消し去ることで、村につけられた火は消えた。

 亡くなっていた人たちは、墓を掘り、その中に埋めた。クレアの家族に名を教えてもらい、墓標を立てた。


 埋葬を終えたあと、俺は村の広場に立ち、平和だった頃の村を思った。


 ――いや。俺がこの村のためにすべきことは、まだある。

 

 連れ去られた奴隷を、全員開放する――俺には、それができるはずだから。


 奴隷を甘やかして平穏にいちゃらぶして暮らすなんてことは、俺にはまだまだできないらしい。


「クレア……!」

「……お母……さん……お父、さんも……フレアも……」

「お姉ちゃん、よかった……よかった……っ」


 クレアと家族を引き合わせる。これで、俺がこの村ですべきことは終わりだ。


 ――奴隷の首輪は、誤発動してしまったけど。家族が無事だったのに、クレアを連れていくことはできない。


(……本当は、こうなることが怖かったのかな。クレアが、あんまり可愛かったから)


 後ろ髪を引かれる思いを振り切り、俺は村を後にする。

 しかし俺は歩き始めて気がつく。まだ、彼女の首輪を外していなかったことに。


 そして振り返ろうとした瞬間に――目の前に、クレアがいた。


「――ご主人様っ!」


 クレアは泣きながら、俺の胸に飛び込んできた。

 ――そしてあの時と同じように、俺の背中に手を回してくれた。包み込むように優しく、けれど強い力で抱きしめてくる。


「……クレア……なんで……」

「……最初……時間が戻ったとき……忘れてました……でも……鎧を着せてもらったあと……一人になったら……思い出せました……」


 彼女が言っている意味が分からなかった。セーブポイントに記憶を持って戻れるのは、俺だけのはずなのに。


「……私は……ご主人様の、奴隷だから……覚えていなさいって……女の人の声が、聞こえて……」


(……まさか……そういう、ことなのか?)


 転生した後の人間の面倒を、天使が見ていてくれるなんて。


 何度も、そんなに都合のいいことを期待してはいけないだろう。しかし、おそらくはソロネが付加してくれたルールのおかげで、俺はクレアの笑顔を見ていられる――そういうことなのだ。

 奴隷の首輪を持つ相手は、俺と同じように、記憶を持ってセーブポイントに戻ることができるようになった。考えてみれば、確かにセーブとは、パーティ全員の状態を記録するものだ。


 失ったかと思っていたクレアとの間の記憶全てが、今に続いている。

 俺は、それを確かめたくなる……彼女も気持ちは同じようだった。


 家族に見られているからか、少し恥ずかしそうだったが――それでも、クレアは言ってくれた。


「私……耳、長いです……ご主人様は、気に入ってくれますか……?」


 金色の髪をかきあげ、耳を見せてくれながら、クレアは言う。俺はその耳に触れさせてもらいながら答えた。

 たどたどしかった言葉遣いが、本来の彼女のものに戻りつつある。それは、家族が無事でいたと確かめられたからだろう。


「ああ。俺は、エルフが大好きだから」


 クレアは感極まったように、もう一度抱きついてくる。

 強すぎる者が化物と呼ばれるなんて、それは前世の価値観でしかない。


「……私は……ご主人様に、ついていきます……あなたがしてくれたことに、どれだけお礼をしても、足りないから……」

「……わかった。クレア、改めてお願いするよ……俺の奴隷になってくれ」


 親の前でそう言うのもどうかと思ったが、両親の耳には届いていないようだった――ただ、娘が恩人に抱きついているように見えているだろう。


 『最強』には、『最強』の義務がある。俺は、それを果たし続けていかなければならない。

 守りたいものを守り、大切な相手を、思うままに甘やかすために。



※追記 申し訳ありません、少し日をまたぎますm(_ _)m

 2時くらいまでにはアップしたいと思います。

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