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天球のアストラルシア―暁闇剣舞姫― 作者:深森

1.竜王都争乱~狂戦士

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暁星(エオス)の刻

――大陸公路、竜王国――竜王都は未明の終わりの刻。

竜人の女武官「《風》のエメラルド」は、自分だけの絶景ポイント――お気に入りの城壁の一角で足を止めると、頬を撫でる一陣の風に、暫し目を閉じた。いつも髪をキッチリとしたアップにまとめ上げている髪留めを外し、背中まで届く濃い緑色の髪を、風に晒す。その髪は緩やかなウェーブが掛かっていて、濃淡の色ムラはあるもののエメラルド色だ。

エメラルドは、竜王都の神殿に勤める武官、つまり神殿隊士だ。生命の根源パーツを成す《宿命図》において、四大エレメントのうち《風》をメインとする《風霊相》生まれとして示されているので、正式な名乗りも「《風》の――」だ。

――もう春も半ば。夜明け直前の空気は気持ちよくヒンヤリとしており、非番の日の楽しみとなっている早駆けをした後の熱を、適度に冷ましてくれる。

非番の日ではあるが、予期せぬ緊急出動に備えて、エメラルドは神殿隊士の制服をまとっていた。聖職に準じる立場に相応しく、白く漂白された武官服だ。なお、通常の武官服は、黒みを帯びたミリタリー・グリーンである。神殿では威信をかけて、これを物理的にも魔法的にも手間を掛けて白くしているのである。

竜人がまとう服は、首回りを隙間なくカバーする、高い襟がポイントだ。竜人の喉元には逆鱗が生えている。高い襟は、この逆鱗を守るためだ。喉仏の位置からすぐ下、身体の中では最も神経質なパーツで、逆鱗に触れられると竜人は必ず激怒する。他に理由が無くてもだ。先祖から受け継ぐ本能であって、如何ともしようがない。

竜人の逆鱗に関する知識が他種族の間で広く共有されていなかった古代の頃は、竜人と事を構える羽目になった原因のほとんどは、「不埒にも逆鱗に触れたのが理由」というケースが多かったものである――

――エメラルドが佇んでいるのは、気の遠くなるような断崖絶壁に、数多の尖塔と共に聳え立つ高い城壁の上だ。

《地》魔法の粋を尽くした城壁や尖塔、高層建築といった巨大建造物は、全体的に淡くグリーンを帯びた薄灰色の魔法建材で構成されている。窓枠や扉、屋根と言った各ポイントは黒色や濃灰色がメインであるが、下町になるに従って、住民たちの習慣や趣味、或いは資金力に応じて、多彩な色合いをした天然素材の割合が増えていた。

*****

竜王都の城壁や摩天楼は、竜人の魔法使いによる《地》魔法の結晶である。

現在の竜王都は、元は背後の巨大山岳地帯から突き出した形になっている、急峻かつ巨大な岩山――しかも、無尽蔵のエーテル資源に恵まれていたため、古来から無数の魔物がはびこる『魔の山』であった。その表面はどこもかしこも断崖絶壁だらけで、黒い巨木の樹林帯以外は、断崖絶壁すなわち人外魔境だった。

『魔の山』の山麓からは、広大な扇状地となった地形が小ぶりな岩山や丘陵を連ねながら広がっている。雨が少なくなる夏場の盛りでさえ渇水を知らぬ豊穣な土地だが、『魔の山』を下りて襲撃して来る魔物の大群が途切れる事が無かったため定住には向かず、長い間、冒険者ギルドの「魔物駆除クエスト」の定番のターゲットとなった、まさに「魔物の王国」であった。

この恐るべき『魔の山』を竜王都に相応しいと見込んだ、創建当時の竜人たちは、隙あらば這い寄る魔物どもを駆除しつつ、断崖絶壁を開発して行ったのだ。

大所帯が収容できるレベルの平らな居住スペースが確保できる良ポイントを選び、その外縁部を、城壁と黒い樹林帯で防護した。こうした断崖絶壁の各所に散在する細長い平坦スペースはまさに『回廊』であり、これが竜王都に属する回廊&街区の単位となっている。

そして、場所によっては、幾回層もの回廊を造成し、そこに尖塔や摩天楼が立ち並ぶ都市や街区を作ってしまったのである。ドラゴン・パワーによる土木工事は、その技術力、規模を含めて、常に、大陸公路の諸王国の驚きの的なのだ。

そして、最も広い平坦スペースを独占するのは王宮エリアだ。岩山の頂上部に位置しており、4~5階層が密に連なった回廊だ。その次が、幾つかの街区を挟んで王宮エリアと隣り合う神殿エリアだ。詳細は後で述べるが、目下、王宮と神殿は激しく対立しており、ただでさえ貴重な頂上スペースを奪い合っている。

回廊ごとに設けられている分厚く高い城壁の上は、回廊&街区の外縁部を巡る幅広の幹線道路ハイウェイとなっており、人も馬も高速で行き来できる。早駆けには最適なルートだ。ただし、落下防止の安全柵、梯子などと言った設備が一切無いので、城壁に上がれる者は限られる。まさに、エメラルドのような軍事関係者しか、城壁に上がれないのだ。当然ながら、城壁ハイウェイは、軍用道路である。

城壁の上に一定距離ごとに並ぶ尖塔の上では、竜王国の紋章の盾――金色の盾の中に、剣を挟んだ一対の黒いドラゴンを描いてある――を染め抜いた黒い旗が、威風堂々とひるがえっている(ただし金色を染めるのは難しいので、盾の部分は魔法加工を施した金糸刺繍によるラメが入っている)。遠目には、黒いフルール・ド・リス紋章に見えなくも無い。

――さて、この辺りで、竜人について少し説明しておこう。

竜人は、大陸公路に群雄割拠する亜人類の一だ。亜人類は、平常モードたる「人体」と戦闘モードたる「本体」、2つの姿を持ち、必要に応じて、『《宿命図》エーテル魔法』の一種『変身魔法』を通じて、2つの姿の間を行き来する。

竜王国の住民――竜人は、普段は人体の姿で社会生活をしている。しかし、その本体は、文字通り翼の生えたドラゴン――竜体だ。戦闘力を決めるドラゴン・パワーの大小は、《宿命図》が設計した竜体サイズの大小によって大枠が決まる。

自前の翼で高速飛行できる大物クラス竜人と、滑空のみ可能な中小型――小物クラス竜人――と、2種類に分かれる。なお、大物クラスは、人類のドラゴン神話伝説でお馴染みの巨大ドラゴンに、おおむね相当すると考えて良い。

大物クラスは、見上げるような大きな竜体を持っていて、竜人の中では発現率は極めて少ない。一つの街区に大物クラスが出生した場合は、畏怖と歓迎の両方を含めて、街区全体を挙げての大騒ぎになるのだ。小物クラスの竜人の方がほとんどで、平均サイズは人体と同じくらいである。特に大柄な竜体でも、大陸の馬と似たようなサイズに留まる。

ちなみに、エメラルドは、標準的な小物クラス竜人だ。とは言え、その竜体は武官に相応しく、平均を少し上回るサイズである。

*****

――竜王都の城壁の上から望む東の空。うっすらと東雲が広がっている。辺りはまだ暗い。

エメラルドは笑みを含みつつ、早駆けの馬を務めた気の良い相棒の方を見やった。哺乳類の馬では無く、淡いアッシュグリーン色のトカゲである。

竜人は素晴らしく夜目が利くのだ。その気になれば、闇夜でも或る程度ヘッチャラである。

淡いアッシュグリーン色を全身にまとった相棒は、今は手綱を外されて、城壁ハイウェイの各所を気の赴くままにウロチョロしている所だ。時折、路面に鼻を近付けてヒクヒクさせ、恐らくは仲間の同種のトカゲが残した謎の印――トカゲ同士の間だけで通じるサイン――を読み取り、長い首を傾げたり、自身でも『フンフーン♪』と鼻を鳴らして(相棒は鼻歌を歌うに違いないと、エメラルドは確信している)、謎の印を残したりしている。

竜人の馬となっているトカゲは、クラウン・トカゲと言う。見た目は、ダチョウに似た二本足歩行のトカゲである。恐竜で言えば、まさに「オルニトミムス」類だ。ただし、その顔形は可愛らしい。おっとりした楕円形で、トカゲにしては愛嬌のあるつぶらな目がチャームポイントだ。

クラウン・トカゲは元々、断崖絶壁の魔境に棲息していた。断崖絶壁を縦横する優れた脚力を持っており、魔境にはびこる魔物と張り合える程の猛烈な速度で長く走り続ける事も出来るので、竜王都の創建の頃に竜人の軍馬として早くも活用され、以来、重宝されている。頭頂部にフッサフサとした、合歓ねむの花冠のような繊細な色合いと形をしたフサフサの飾りが生えているため、ユーモアと洒落を込めて、「王冠クラウントカゲ」と名付けられているのだ。

目の前をヒラヒラと飛び交う夜行性の蝶を見つけると、クラウン・トカゲは、面白そうな鳴き声を上げながら蝶を追いかけて行った。蝶とトカゲは、目もくらむような高さの城壁を軽々と飛び降りて、城壁に沿って並ぶ、高く黒い樹林へと消えて行った。蝶は今まさに、樹林にある寝床へと戻って行くところだったろうに、災難である。

エメラルドは、ひとしきり笑い声を立てた後、頭上を振り仰いだ。一陣の風が再び吹き、女武官のエメラルド色の髪が流れる。

頭上で、夢のようなラベンダー色をした一つ星、暁星エオスが輝きを強めた。

夜と朝が入れ替わる、ほんの少しの間だけ、天球の中で最も輝く不思議な星だ。その正体は、物理的な意味での星では無く、エーテルで出来た未知の天体なのだろうか? いずれにしても、その不思議な有り様には興味が尽きる事が無く、エメラルドの最もお気に入りの星である。

東雲を縁取っていた薄明は次第に金色を帯び、未明の闇に沈んでいた空も、やがて炎のような紫と紅に染まって行く。払暁のまばゆい陽光に取り巻かれた暁星エオスは、見る間にラベンダー色を失い、赤らみを増す空の中に溶けるように、かき消えて行った。

――まるで、ラベンダー色の砂糖細工が、熱い紅茶の中でサッと溶けるように――

エメラルドは、もう一ヶ月ほど前になろうか、この一瞬をモデルにしたと言う紅茶のメニューを試した時の事を思い出した。あの紅茶のメニューの名前も、「暁星エオス」だった。

恋人とのデートの一環で、滅多に着ないような華やかなドレスをまとい、高級レストランで初めて食事をした時――メニューで興味を持って、食後の紅茶として頼んでいたのだ。ちなみに、このレストランは、王宮や神殿の御用達として外交パーティー会場にもなる、メインストリートの高級レストランである。

(四大エレメントのエーテルに満ちた、この世界の、魔訶不思議の一つだ)

エメラルドは一つ息をつき、伸びをした。エメラルドが選んだビューポイントからは、摩天楼の如き高層建築が多いこのエリアの中でも、天球で繰り広げられる星と光の華麗な舞踏劇が、建物の影に邪魔される事なしに鑑賞できたのであった。
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