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☆毎週月曜発
 ~前回まで
 倫子わたしは魔女ブランの無差別飽和攻撃を一時的にストップさせた。しかし(お腹の急降下と言う)危機が去ったわけではない。
STAGE4-1
第65話 この娘のエプロンを離さない。わたしの魂ごと離してしまう気がするから。
 わたしは彼女目掛けエンジンの止まったザックスを走らせる。モペットはペダルを漕いで走らせることもできるのだ。

 しかしいくら小さなモペットといえど五十キロはある。自転車なら二人乗りしているようなものだ。この重さで普通のママチャリと同じギア比だったらドラッグストアに行くのにも全力立ち漕ぎしなければなるまい。という訳でペダル走行のギア比は軽い。二速にしてもすごく軽い、嫌になるほど。この軽さではバーガーショップに行くにも全力でくるくるくるくるくるくるくるくるペダルを回さなければなるまい。
 わたしはザックスのペダルを回す。くるくる回す。しかしいくら回してもちっとも進まない。三輪車並みのスピードしか出ない。ぶっちゃけ歩いたほうが速い。何のためについてるの自転車機能? いやしかしそれはモペットすなわちペダル付きモーターサイクルのアイデンティティーに関わる深刻な問題でありクリープを入れないコーヒーやアクダイカンの出てこない時代劇や訳者のしょっぱい後書きのないドイツSF超長編日本版が何か違うものであるようにペダルを回して進むことができないモペットそれすなわちモペットではないのだ。
 そしてザックスはモペットなのだ。

 商品の影に隠れながらよたよたと走るザックスは、ゴムの木の鉢をどんがらがっしゃとなぎ倒し、ぴかぴかのケイタイが山と陳列された棚をアバランチさせながら、三輪車並みのスピードで先ほど見た黒い光の方、ブランの居場所へと進む。

「ろっ、エンジンのベースをミュートし、空翔ける魔術のメロディをブレイクしたとしても、私の耳はあなたの位置を離しませんです」

 魔女はなんだか騒がしい方に向かって叫ぶ。

「私はもう一度ダブルを宣言いたしましょう。すりはー、これで八倍でございますね」

 わたしはリダブルしてないんだけどな、とは言わない。

「ドロップするおつもりは……ないのでございますよね」

♪ なにゃどやらやあ……

 再び魔女の詠唱は始まる。
 先ほどより詠唱が速まり、声に張りがあるのは気のせいではないだろう。
「本番」を何度もこなしもはや彼女は一流だ。

 わたしは必死でペダルを回す。
 くるくるくるくるくるくるくるくる回す!

「あっららららあああああああああああああああああい!」

 砂漠を焦がす陽炎のような黒い光。
 その輝きは商品や天井を黒く染めはしない。
 夜の闇より黒い色彩などない。
 物体に干渉することのない黒い何か。
 それは光エネルギーを持たぬヴィジョン。
 魔術の力を持たぬものを透り抜ける蜃気楼。
 わたしたちだけに感じられる。
 魔の煌き。

 陽炎の中に紙片が舞う。
 彼女の魔術書を生贄に、魔術は熾された。

 黒い光の弾幕……いや、黒い壁が防火シャッターのようにフロアを分断する。
 魔女の後ろは天国、目前は地獄だ。
 独り行く砂漠の旅人を襲う無慈悲な砂嵐のように、逃げ場のない呪い弾の壁はザックス目がけ、一切の障害物を貫通して店内の半分を蹂躙する。

 嵐は。
 ザックスを押し包む。

「……ないーむれきはーるおたふ……あなたにお目に掛かれてとても嬉しかったでございますです。でも私はあなたをしるしゅるにしてしまいましたです。それが私のお仕事とはいえ……せっかく、きっと私と同じものを感じられるひとに出逢えたというのに。あっ、お花畑はあちらでございますですのでお花摘みにお出でならお早めがよろしゅうかと存じますです。ああ、いばでてぃえっと……わたしは失くしてしまった……」

 独りごちるブランは異変に気付く。

「手ごたえ……無し? ばいくだけ?」

 だからバイクじゃないっつーの。モペットだっつーの。そしてわたしはしるしゅるしてないっつーの。
【コントロール】は操作機構を持つ単純な器械を操作する呪文だ。エンジンのシリンダーを回すことは出来ない。しかし、モペットのペダルを回すことはできる。格闘ゲームの投げキャラ使いみたいにPSP‐一〇〇〇のアナログパッドをぐっるぐる回さなきゃならんのだけれども。指が痛い。腱鞘炎になりそうだ。

 盛大に商品をひっくり返しながら進んでいた、主のいない遠隔操作されたザックスにブランが気をとられているうちに、わたしは入り口近くのパーソナルモビリティコーナーからジンジャーを一台借りた。借りただけですよすぐ返しますってば。入り口を開けた際のブランの開錠術によってロックの外れたジンジャーはリノリウムを音もなく滑るように走り、間一髪でわたしは、ダンジョンを訪れた侵入者を尽く抹殺する動く壁デモンズウォールのような弾幕の裏側、ブランの背後へと逃れていた。
 ジンジャーを飛ばす。二輪だけで見た目不安定なのにすっごい快適だぞこの乗り物。欲しいぞこれ。付きっぱなしの値札が揺れる。ゼロが一、二…… やっぱいいや。

 ジンジャーはブランの背後に迫る。
 我に返ったブランはわずかなモーターの音を聞きつける。

「そこなのですか!」

 魔術書を失ったブランはエプロンの裏側からパンチカードのような穴空きの古びた紙片を取り出す。

「バックアップは万全なのです! はっと!」

 穴あきカードが黒い陽炎となって消える。
 切り札、エクストラジョーカーを生贄に。
 メガ盛りの呪い弾が発射される。
 でかい!
 お代わりはもう結構です。

 わたしは。
 避けない。
 顔面で。
 まともに喰らう。

 わたしが、じゃないよ。
「ボクナンテドーセ」が喰らってくれる!

「なんでございますですかそのむざーるなお人形さん!」

 このデパートのマスコットキャラ、相変わらずキモい等身大「ボクナンテドーセ」がわたしの流し雛となって呪い弾を受け止める。等身大といっても中はスカスカらしく重くはなかった。抱えてジンジャー運転するのにすっげえ邪魔だったけど。だいたい等身大っていっても人間の形しているわけじゃないし。何がどう等身大? 巻き……巻きg……えーっとそのなんだそう、巻き貝みたいなキモい顔が呪い弾の直撃を受けてますますアレな感じになってるのは気のせいだと思う。

「透らないのですか!?」

「人形が魔術の力を持っているのは当然だろう」

 コイツを持っていると呪われそうだから投げ棄てる。うっ、目をこっちに向けて倒れるな。ちょっと可哀想だな。呪いを引き受けてくれてありがとう。

 ブランは翻るスカートの裾にも構わずデッキブラシに跨ろうとする。
 わたしはジンジャーを飛び降りダッシュする。なんだかんだいって五メートル走で脚力に敵うものはないのだ。
 飛びかけていた魔女のエプロンドレスの端を掴む。

「ろー! 離してくださいですー」

「死んでも離さん!」

 いやいや、ってしてる小さい娘の服を必死で掴む。
 スカートが翻りドロワーズ丸見え。

 客観的に見るとおもにかなり児童の権利に関する条約的に まずい感じの絵面だがわたしは必死だ。

 この娘のエプロンを離さない。わたしの魂ごと離してしまう気がするから。

 ……とか超名作ゲームのキャッチコピーっぽく言ってる場合じゃないぞ。

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