☆毎週月曜発
~前回まで
勝利条件であるブリムをゲットしたかに思えたが、ねこみみだった。
STAGE4-1
第64話 そらちこそ だいょじうぶ でござまいす なのすでか
「はっと、はっと、なにゃどなされ!」
二人占めした夜のデパートに、美声と共に呪い弾が飛び交う。物理的威力は無いが当たると三日は雉撃ちから帰って来られなくなるというあまりにも恐ろしい呪い弾は、柱や商品を貫通してわたしに迫る。
五十ccの小排気量とはいえ、わたしのザックスの剥き出しのエンジンは今、静まり返った夜のデパートを支配する音の王様だ。吹き抜け、柱、陳列棚。音はデパート内の構造物の間で複雑に反響するが、今宵のわたしの遊び相手である小さな魔女はどうやってか正確に音源たるわたし目掛け呪い弾のカーテンファイアを浴びせかける。
先ほど、デパートの外で弾雨を浴びたときよりも射手はずっと近くにいる。わたしはザックスのヘッドライトが描く円の外、視界の隅の闇に黒い光を捉える。いや、その感覚は視覚とは言えないかもしれない。ずらりと吊るされた百枚の春物スカートを貫通してくる闇より黒い光をわたしは感じ取る。それは、枕元の致命的な質量を持った本の山が雪崩れてくるよりも先に夢の中で手を突き出した、あの感覚と同じだ。
呪い弾はまるではじめからわたしを避けるかのように、かすめていく。
壁を走る。天井を走る。石膏ボードがべこりと凹む。デパートなんて、綺麗に見えるが客の手の届かないところは意外と安普請なのだ。ザックスの荷台が愛すべきクソゲーの積まれたワゴンに掠る。飛び散るゲームソフトを呪い弾が貫通する。物体も呪われるのかしら。ちょっとだけ散らかしちゃったかな。五十ccのモペットからしても手狭な、この区切られた空間を、わたしは走り続ける。
頭にねこみみをのっけたまま。
わたしは酔っていた。ワンコインクリアできるまでに無駄な情熱を注ぎ続けた、モニターの中のシューティングゲームで弾に掠り続けて得点を稼ぐように。
弾幕が止む。なんだ、もう終わりか。おかわりはまだか。
ブランの駆る飛行箒は音を出さない。不用意に呪い弾を撃つということは逆に自分の位置を晒す行為でもある。彼女は今、注意深く位置を変えているのかもしれない。
「えいぜいょっふぃ! お見事でございますです。この狭い屋内、この至近距離で全ての呪い弾を避けるとは。ひょっとしてひとつふたつ中って……当たっているのではございませんか。お腹……お体のほうはだいじょうぶでございますなのですか」
どこからともなく澄み切った声が聞こえる。
「そらちこそ だいょじうぶ でござまいす なのすでか」
彼女が焦った時の真似をして言ってみる。
沈黙。
「け、けほん、ひとつに付き一行です」
動揺しているな。
「一発に付き一行が灼かれます」
彼女の声が障害物だらけのこの手狭な空間に響く。隠れていても仕方が無い。わたしは、彼女の位置を少しでも発見しやすいよう、見えない坂道を登るようにザックスを天井近くまで上昇させる。
「一発に付き一行、私の魔術書から削除されますです、呪文が、でございます」
透き通ったその声は壁や柱に反響し、わたしには小さな魔女の潜む場所を特定することはできない。
「私の魔術書は既に半分の重さになっていますです。軽くてたいへん持ちやすいです」
「帰り道の燃費節約に協力できて良かった」
彼女は少なくともわたしのいるフロアの端っこの方にはいないようだ。……ひょっとして、追い詰められている?
「……ご協力ありがとうございますです。今から、私の魔術書の残り全てのページを生贄に捧げ、無差別飽和攻撃を行わせて頂こうと思いますです。私は太刀回りながらこのフロアの構造を調べてございました。今、他のフロアへの道は私の背後にあり、階段や非常口は閉ざされています。そしてこの程度の広さであれば、僭越ではございますが私の未熟な魔術でもフロアの断面を隙間なく埋め尽くすだけの呪い弾を生成できることでございましょう。弾幕は逃げ場のないこの室内を蹂躙致しますです。砂漠に吹く死の熱風、シムーンのように」
彼女は銀の笛の音のようなその声で、物々しい言葉を並べ立てる。
「屋内に入った時点で、クローズアウトしていたのです」
「たかが鬼ごっこにそこまでするか」
「それはあなたが仰るお言葉とは思えませんです。そしてこれは遊びではございません」
「ではなんだ」
「お仕事でございます」
仕事、ときたか。
「しかし、とても楽しかったです」
「わたしも、楽しい」
「できれば、いえ……なんでもございませんです」
ひとときの沈黙の後、堪え切れず出てしまったというような息の音、くすり。
「わたくしと致しましても、しるしゅるしるしゅるになったあなたは見とうございませんです。私はここでダブルを宣言致しますです。ドロップしては頂けませんでしょうか。……ねこみみ、進呈致しますですので」
「嫌だ」
おもにねこみみが。
じゃなくて。
何をくれても嫌だ。
ここでカルポくれる、って言われても、嫌だ。
わたしは、行かなくてはならない。
夜が明けるまでに。
あんたではないひとの元に。
あんたのブリムを手土産にな!
今夜でなくては駄目なんだ。
時間は、戻せないんだ。
「そうでございますですか。それではあなたの後ろのちょっとした廊下の奥にちょっとした立派なお花畑がございますようですので、もしサンパギータの香りがちょっと恋しくなるようなことがございましたら、ちょっと下馬してちょっとお花摘みに立ち寄られるのもまた良いのではないかと存じますです」
凪。
一瞬だけ訪れる、ザックスのアイドリングをかき消す静寂。
ちょっとトイレの芳香剤の香りが思い浮かんでしまう。
「……ゆきます」
彼女は詠う。何度聞いてもいい声だ。文言はともかく。
♪ なにゃどやらあなにゃどなされぃのうなにゃどやらあぃなにゃどやらあぃどおやあらあいなあにゃぃどなされえだでぃなにゃどやらあなにゃどなされぃのうなにゃどやあらぃ
きっと大変な想いで書き上げ、思い出の詰まっているだろうその魔術書を、わたしを足止めするためだけに犠牲にしようというのか。
もう彼女は小さな魔女などではない。
一人前の。
魔女だ。
せっかく一生懸命書いたものを。
わたしなんかに使っちゃうなんてもったいないよ。
ギアが痛むけど仕方ない。
二速に入れる。
クラッチを手放す。
ザックスがエンストする。
消せないヘッドライトが消える。
居場所を頑迷に主張する光の円が消え、代わりに闇が雪崩れ込む。
音の支配者が押し黙る。
わたしはブランの戸惑いの沈黙を聞く、しかしそれは一瞬だけで魔女は最後の攻撃の合図を放つ。その刹那、消えたザックスのライトに代わり魔女を覆う黒い光だけが闇を支配する。
「あっららららああああああああああああああああい……」
(そ、そらちこそ だいょじうぶ でござまいす なのすでか)
ブランのうたがぷつりと止まる。
プレイヤーのポーズ押したみたいに。
ザックス搭載の指向性スピーカーは黒い輝きの方を向く。
無線からデータを受け取ったスピーカーは最大音量で、あのときケイタイで録音しておいたブランのゲシュタルト崩壊声を減衰無しに叫ぶ。はずだ。わたしには聞こえないけど彼女には耳元で叫ばれているのと同じはずだ。
「わっ、私の耳の上から降りてくださいです! まっ、詠み直しですっ……!」
ザックスは落下する。エンジンが停止しているときわたしは【フライ】を維持することはできない。ギシュン、っていう感じのわりと危なげな音を立て、サスペンションの不十分なザックスは何とか着地する。うぐっ。お腹が痛い。
耳の上から降りるって何だ。よくわからんけどわたしは黒い光のあった辺りを目掛けザックスを走らせる。
エンジンの沈思黙考したモペットを走らせる。
ちんしもっこうってなんだかいい言葉だよね。ちんしでもっこうだよ。知ってた、まじょこさん? モペットってモーターサイクル+ペダルの造語なんだよ。エンジン点けなくても走るんだよ。
わたしは魔女目掛けザックスを走らせる。
エンジンの止まったモペットを。
ペダルを回して!
………………。
超遅え!
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