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魔法使いの歩き方  作者: きーち
魔法使いの解決方
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魔法使いの解決方(1)

 木々が無秩序に生い茂り、苔がすべてを覆い尽くす。湿気は入る者のすべてを不快にさせ、生きる気力を失わせる。それでも尚そこには生きる者達が居る。虫や獣、鳥類に蜥蜴。そのどれもが過酷な環境へ適応し、自らを強壮な生物へと進化させていた。

 本来、森とはそう言う場所である。弱い体を持った人の身で、手軽に散策できる場所では無かった。

 しかしそんな森があったのは遥か昔、人間の飽くなき欲求は資源としての木材を森に求め続け、遂には森を消滅させると言う事実上の征服行為を成してしまった。

 そうして困ったのは人間自身である。森が無くなった以上、木材が手に入らず、森の消失によって周囲の環境が変わる。その変化は人間にとってデメリットの方が多かった。だから人間は再び森を作ろうとした。なんとも傲慢な方法であるが、やはり欲望から来る力は偉大であり、それを実行してしまったのである。そんな森を里山と呼ぶ。


「はあ…はあ……はあ……」

 少女は森の中を走っていた。息を乱し、額に汗を流しながらも、足を止めずに走り続ける。前方が良くみえぬ林の中だと、すぐに迷ってしまいそうな物だが、少女は迷わず走り続けていた。それもそのはず、彼女はこの森のすぐ近くに住む者だからだ。

 バラバラな様でいて一定の秩序を持って木々は生えている。村の木こりが剪定した木々は、上手い具合に視界を確保してくれており、道なき道を、見知った場所に変えてくれる。

「くそ! まだ……追って来るのかよ!」

 女性らしからぬその言葉使いが、少女を少年に見せてくる。しかし体までは騙せきれぬのか、少女の体力は尽きようとしていた。

―――ヴルルルル

 背後から獣の声が聞こえる。少女は森の獣に追われていた。慣れ親しんだ森が、自分を追い詰める狩場となる時、それはより森を知る獣と出会った時だ。

 人が記憶と視界で場所を覚えるのに対し、獣は臭いと感覚で場所を知る。覚えるのでなく知るのだ。例え知らない場所だろうが、獣は自分の能力と本能で、そこを見知った場所へと変えて行く。身体能力が劣る人間にとっては、到底太刀打ちできぬ相手であった。

「お、おい。嘘だろ……」

 少女の足が止まった。疲労が真っ先に足へと伝わったのだ。意識はハッキリしているし、他の体は動く。しかし足だけが重りを付けられた様に動かない。

「い、いやだ。くるなー!」

 もう少しで村に出るはずだった。そこに着けば助かるのに、少女の体力はその期待を裏切り、獣は舌なめずりをしながら少女を餌にしようと近づく。

―――ドン

 音がした。少女はその音を聞いた時、真っ先に自分の父親がベッドから寝返りを打ち落ちてしまった時の音を思い浮かべた。そして次の瞬間にはもっと似た音を思い出す。雷が落ちた音だった。

「え? 何が……」

 少女の目の前には獣が居た。少女を追い詰め、平らげようとした獣が、黒焦げの死骸となって。

 少女は辺りを見渡す。自分の状況をなんとか理解しようとして。

「魔法……使い?」

 少女と獣が倒れる場所から少し遠くに人影が立っていた。影は手をこちらに向け、まさに何かの魔法で獣を倒した格好をしていた。

 まるで物語に出てくる魔法使いの様に。


 少年クルトは魔法使いである。まだまだ経験が浅く、能力も無い彼は見習いと呼ばれる側の人間ではあったが、間違い無く魔法を使える魔法使いのはずだった。

「だって言うのに、魔法の勉強をする大学を出て旅をしてるなんて、何してるんだろう僕……」

 森の中に切り開かれて舗装された道を進みながら愚痴をこぼす。どうせ聞いている人間の居ない一人旅なのだ。愚痴くらい喋っても罰はあるまい。

「そもそも、先生に頼まれる仕事が、授業や研究の手伝いじゃなくて、手の回らない大学外の仕事って時点で可笑しい話なんだよ。まるっきりアルバイトじゃないか」

 仕事を達成すれば駄賃を貰えると言う契約があるところが特にアルバイトらしくしている。これで魔法関連の知識を得るための仕事であればクルトもやる気が違うのだが、どうやらそうで無いらしい。

「昔あった事の後始末と言えば良いのか。魔法使いが内輪で解決しないといけない事なんじゃよ。本当はわし自身が行きたいのじゃが、この通り、別の仕事と重なってな」

 そう話すクルトの師、オーゼは嬉々として別の場所へ旅立ってしまった。恐らくは、彼の趣味に合致する仕事なのだろう。出来ればクルトもそちらを選びたかった。オーゼとクルトは、物事の趣向が似ていると最近分かる様になったからだ。

「きっと、僕の仕事は厄介事なんだろうなあ。出来れば人に押し付けたくなるくらいには」

 そして白羽の矢が立ったのが、オーゼ唯一の生徒であるクルトであったと言う訳だ。一応、自分の身を守るくらいには魔法を覚えて来たクルトを見て、丁度良い人材だと考えたのだろう。

 師の考えが簡単に分かってしまう自分が憎かった。きっと、立場が違えばクルトも師と同じ様な選択をしただろうから、つい納得してしまう自分が居るのだ。

「僕も、後輩か生徒なんかができたら、嫌な仕事は押し付けることにしよう」

 心に決めるクルト。自分はああはならないとは考えない。師の姿は間違いなく未来の自分の姿だろうと言う直感があった。

「それにしても、目的地は地方の片田舎にある村かあ。先生も、なんでそんな場所に用事があるんだか」

 自身も田舎者であることを棚に置き、そんな愚痴を言うクルト。今、彼の居る場所は、魔法大学のある都市アシュルより西に進み続けた場所にあるシンザンと呼ばれる土地だ。森林地帯が多いこの地方では、あまり開発が進んでおらず、小さな村が、小さな土地に点々と存在している。治める貴族領主も、新参だったり地位が低い者が多い。

 つまり、この土地に用があると言うことは、そんな小さな村に仕事があると言うことだった。

「一応、内容自体は聞いてきたけど、それがなあ……うん?」

 師に頼まれた仕事、それをクルトは思い出そうとした時、前から人影がやってきた。クルトが進むのは都市から地方へ続く道であるから、逆方向への人通りは多い。だから前方からの人影と言うのは慣れた物である。クルトが気になったのは、その人影が明らかにクルトを見ていたからであった。

「ねえ坊や、もしかして、この先にある村に用事かい?」

 人影は案の定、クルトに話し掛けて来た。大人の女性である、クルトを坊やと呼ぶくらいには。

「えーと、そうですけど。僕に何か用ですか?」

 女性は綺麗と言うより、魅力のあると言った風貌で、長い亜麻色の髪がそれを引き立てていた。交友関係にある女性にこういうタイプの相手がいないため、クルトにとっては少々刺激の強い相手だった。花売り関係でなければ良いのだが。

「アタシはこの先の村で宿を営んでいてね、要するに営業さ。知り合いの村人が、村へと向かっている若い男が居るって話を聞いていたから」

 クルトは背が小さいので歩幅も狭い。何人か後ろから来た人々に追い抜かされていた事もあり、そのうちの一人が彼女の同じ村人だったんだろうと納得する。

 納得できないのは、どうしてその情報だけで、わざわざ村を出てクルトを宿に泊めようとして来るのかだ。それに疑問はまだある。

「この先に大きな街道がある訳でも無し、宿ですか?」

 つまり、村に宿があると言われても、客が居る様な場所では無いと言うことだ。女性に突然話し掛けられて浮かれないでも無いのだが、旅先ではそれ以上に警戒心がわく。

 世の中、都合の良いことより悪いことの方が多いと心に決めるのが旅のコツなのだ。

「そ、だからお客が少なくて、客引きをしないと行けない訳。どうする? ついてこないんだったらそれでも良いんだけど」

 とりあえず、彼女が道を外れてどこかへ誘い込もうとしない限り、着いていくことにした。断ったところで違う道が無いから。


「へえ、アシュルからこっちに一人でかい? 偉いねえ」

 クルトの目に老婆が映る。その隣には老婆の伴侶らしきお爺さんが、さらに少し離れたところには別の老人達がこちらを興味深そうに見る。

「仕事ですからね、やらなきゃならないことをしているだけですから。一応、見返りが無いことも無いし」

 老人達からの質問へ、一つ一つ返して行くクルト。今居る場所は、村へと続く道で出会った女性に連れられて入った村の宿である。セイロンと名前が付けられた村は、大きな森に隣接した土地であり、僅かに開いた田畑からの収穫と、森から取れる木材や動物資源によって成り立っている。

 そんなひっそりとした村に、旅人を泊める宿を経営できるのかと疑問に思ったが、どうやら上手くやっているらしい。

「ごめんねー。今は昼時で、仕事を休んで食事に来る人達が多いからさ」

 クルトが座る席から離れた場所、カウンターを挟んだ奥に台所があり、そこでクルトを宿へと誘った女性が料理を作っていた。

 宿は2階建ての建物で、1階部分は食堂になっている。つまりこの宿、村人達の食事場なのだそうだ。主な収入もそちら方面なのだろう。

「みんなも、この坊やはうちのお客さんなんだから、あんまり困らせないように」

 女性が出来た料理をクルトが居る席まで運んでくる。クルト自身が頼んだ訳で無く、その周囲に集まる村人達への物だ。

「だけどねフィルネちゃん、村に来るお客さんなんて随分と久しぶりじゃない?」

 クルトに話し掛けていた老婆が、今度はフィルネと呼ばれる女性へと向かう。宿の主人でもあるフィルネは、年配が多い村からしてみればまだ子供の範囲なのだろうか、ちゃん付けである。

「そうだね。アタシも、久しぶりのお客さんで助かるよ」

 老婆の対応に慣れた様子で料理を配り、また台所へと戻っていく。そうなれば再び老人達の目線はクルトへ向かう。

「まだまだ小さいだろうに、都会じゃあ子供でも旅をさせるのか?」

「いやあ、背が小さいだけで、これでも一人前に働ける齢なんですよ。それに、仕事と言っても勉強のついでだから」

「勉強? 何かを習ってるってことかい?」

 普通、勉強のついでに旅や仕事をすると言うことが無い村にとっては疑問に思う一言だったらしい。まあ、何かを勉強できると言うこと自体、余裕のある者しかできない世の中だ。それも当たり前だろう。

「アシュルには、魔法大学があるでしょう? あそこの生徒なんですよ僕」

「へえ、だったらもしかして、坊やは魔法使い?」

 老人達からでなく、奥の台所から声が聞こえた。料理作りを続けているフィルネだ。クルト達の話を片手間に聞いていたらしい。

「見習いも見習いですけどね、少しくらいなら魔法も使えますよ」

 指を立てて、魔法で火を起こす。前までは結構な疲労を感じていた魔法だが、今ではこれくらいは簡単に出来る様になった。

「はあ、魔法使いなんて、それこそ久しぶりに見たよ。あれは確か、10年くらい前だったかしらねえ」

 クルトの魔法を見て、随分と驚く老婆。その反応は他の老人も同様だった。平穏を絵に描いた様なこの村では、魔法使いと言うのは物語の登場人物くらいの存在なのだろう。

「そんなに珍しいんですか? 学べば覚えられるのが魔法ですから、結構いるところにはいると思いますけど」

「魔法の勉強をするってのが珍しいのさ。ここらじゃ日がな一日仕事に追われて、そんな余裕なんてないしのう」

 クルトの話を聞き、別の席に座る老人が喋る。どうにもこの地方、生きて行くのに精一杯な土地柄な様だ。

「もうちょっと開けた土地があれば、農業も本格的にできるんだけどねえ。でも森があるおかげで、得る物だってあるんだよ? 木々に動物。山で採れる山菜だって、村にとっては大切な収穫なの。ああ、そう言えば、それも一時期危なかったこともあったわねえ」

 近くに座る老婆が何かを思い出す様に目を閉じる。

「危なかったこと……。森が禿かけたとかですか?」

 老婆の話に興味を持ったクルト。どうせ聞かなくても、別の話を続けることになるだろうから、話を聞いて面白そうな方向へと進ませる。

「だから10年前よ、10年前。魔法使いが村にやってきて……」

「魔法使いがやってきて危険になった? 悪い魔法使いだったとか?」

「いやいや、あれは獣だった。獣のせいだ」

「獣? 魔法使いの獣と森に何の関係が……」

 老人達が各々に話すうえ、はっきりとした情報を、老人達自身が覚えて居ないらしく、さっぱり話の全容が掴めない。

「ほらほら、みんな早く食べないと、次の仕事が遅れるよ。お客さんもごめんね。ちょっと疲れちゃったんじゃない?」

「いや、まあ、大丈夫でしたけど……」

 話が中途半端に終わり、釈然としない気分になるクルト。その気分が晴れたのは、老人達の仕事が終わり、宿から人が出た後のことであった。


 昼時が過ぎた食事場と言うのは基本的に閑散としているものだ。セイロン村の宿もその例に漏れず、今は宿の主人であるフィルネとクルトだけになっていた。

「坊やには悪い事をしたね。この村にも、目的があって来たんだろう? それがまあ、村人達に囲われちゃって」

 台所で食器を洗いながら、こちらを気遣うフィルネ。まあ確かに、村に来てすぐに仕事をへ取り掛かるつもりだったが、今はその気が起きない。始めるのは明日の朝、人が集まる前にしようと心に決めている。

「それにしても、随分と人気者だったわね。この村の人たちって、基本的に外の人間へ警戒心を持ってるからさ。やっぱり、魔法使いだから?」

「どちらかと言えば、僕もそんな村出身だったからかな。魔法使いだからって、相手が気を許してくれる訳でも無いし。でも、魔法使いって立場は役に立ったかも」

 小さな村と言うのは閉鎖的かつ排他的だ。そんな村と付き合うためには、そこに馴染む必要があると思われがちだが、それはむしろ逆効果である。環境に慣れると言うのは、長期間の付き合いが必要である上、その付き合いができないからこその村なのだ。

 ではどうすれば良いか。慣れの反対は、自分が村にとって異物となる事だ。

「村が余所者を嫌うのは、その余所者が村の一部になろうとするからでしょ? 平穏の中に争いの種が侵入するなら、そりゃあ怖がるよ。でも、最初から村とは違う世界に生きてる姿を見せれば、案外受け入れてくれる」

 クルトにとって魔法使いと言う肩書きがそれだ。自分達とは違う立場と生きる場所。それを見せて置けば、村社会の外側に居る相手であり、自分達の平穏に干渉してくる相手でも無いと判断するだろう。

 そうして、そんな異物に対して村人が抱く感情は興味である。

「火を出して見せた時、みんな驚いたけど、その後は警戒心がちょっと薄れてたと思う。僕がちゃんと外に人間で、しかも面白みのある相手だって分かってくれたんだろうね」

 そうなれば、暫くの間は上手く付き合って行ける。長期間村に滞在するとなれば別だろうが、1週間程度の仕事に目くじらを立ててくる村人は居ないだろう。

「ふうん。坊やなのに、結構良く考えてるんだ。それも魔法使いだから?」

「多分、大学が入って精神が少し図太くなったとは思うけど……。あと、坊やって言うのはできれば止めて欲しいんだけど。子供に見られるのが嫌って訳じゃないけどさ」

 背の低さから、相手に子ども扱いされるのは慣れている。どちらかと言えば、女性に坊やと呼ばれる状況がなんだかくすぐったいのだ。姉を思い出すからだろうか?

「ああ、ごめんごめん。そう言えば、きちんと仕事ができる年齢なんだってね。15,6ってところ?」

「確か、今年で14歳だったかな。確かに坊やかもしれない年齢だけど、一応、ここには仕事で来てるし」

 子供として見られ続けては、自分までそう思ってしまう。そうなれば、公私を別にでき難くなるので遠慮したいところだ。

「それじゃあ名前で呼ぶことにするよ。名前は、えーと」

「クルト」

「クルト。うん、クルト君ね。魔法使いクルトって言った方が良い?」

 まだ子供として見られている印象を受けるが、坊やよりマシだろう。

「出来ればクルト君で」

「わかった、それじゃあそんなクルト君に聞きたいんだけど、村での仕事って何? 別に怪しい人を見てる訳じゃなくて、単なる興味本位だけど」

 村に仕事でやってきた魔法使いを見て、その仕事内容がなんであるかと言うのは、確かに気になることだろう。

「教えても良いけど、話し難いんだよなあ。後始末と言うか、わざわざ魔法使いが出向く物でも無いけど、魔法使いがしなきゃいけないと言うか」

 クルトが聞いた師の説明も分かり難かった。やること自体は単純なのだが。

「複雑ってことね。なら良いわ、言われて理解できる物でも無いんでしょ?」

「あはは、助かるよ。こっちも聞きたいことがあるんだけど、別に良い?」

「話せることだったら話すさ。なんたって、クルト君はお客様なんだからね」

 食器洗いが終わったフィルネは、カウンターに座るクルトの前に来る。

「じゃあ気になってたんだけど、10年間に来た魔法使いとか、森の危機だとか話していたアレってなんなの?」

 老人たちの話は支離滅裂かつ中途半端に終わっていたので、クルトにはさっぱりだった。

「ああ、あの話ね。10年前、アタシが12歳くらいだったかしら。森の木が食い荒らされる事件があったのよ」

 フィルネの視線は、クルトを見ている様でいてどこか違う場所を向いていた。恐らく、過去を思い出しているのだろう。


 事件の発端はこうだ。森からの収穫物によって利益を得る村人達は、当然、森へと頻繁に出入りする。

 森の木々はそのすべてが木材として利用できる物であり、村の先人達が育てた物だ。村周辺の森は、半ば人工物と言っても良い場所なのだ。だから、森を良く知る者は、森に危険を感じる事は少なかったらしい。

「だけどね、ある時から根腐りしている木が見つかる様になった。最初は可笑しな伝染病か虫が付いて居るんじゃないかと疑われたけど、調べてたらどうにも違う。根が荒っぽく食われてたんだ」

 獣が迷い込んだ。そう結論付けられてからは行動は迅速だったそうだ。村人総出でその獣を追い出す。木々の根を掘り起こして食い荒らす様な獣は、村に被害を与えかねないし、そもそも、大事な資源である木々が既に奪われ始めている。

「まだ小さかったけど、アタシもその狩りに参加してね。と言っても、後ろで狩りをする大人たちのために炊き出しなんかをする係だったけど。まあそれだけなら問題も無かった」

 問題があったのは自分だとフィルネは語る。

「当時のアタシは随分と不真面目だった。なんたって、炊き出しをサボるために森に隠れるなんて馬鹿なことをするくらいに」

 森には獣が居るはずだが、居るのは森の奥だろう。村には獣避けと明かりのために火が焚かれているから、近くには寄って来ないに決まっている。そんな予想は簡単に覆される事になる。フィルネは獣に襲われたのだ。

「逃げたけど、二本足と四本足じゃああっちが勝つわよね。だんだんと追い詰められて、木の根っこの代わりに、アタシが食べられる番だと思ったその時」

「その時?」

 フィルネが一旦言葉を止めて溜めを作る。話のクライマックスを表現したいらしい。

「魔法使いがね、助けてくれたのさ」

 木々の間を避けながら進む光、光は獣に突き刺さりそのまま焼け焦げた。それが放たれた場所には、一人の人影が立っていたそうな。

「年配のおじさん。いや、もう少し齢が入ってたかな。とにかく魔法使いのおじさんが、アタシを獣から助けてくれたんだ」

 突然現れた魔法使いは、フィルネを助けたその足で村へと降りて行き、獣退治の助成を申し出たと言う。

「通りすがりだったらしいけどね、村にとっては渡りに船さ。森の中じゃあ弓矢も使い難い。縦横無尽に走り回る獣を狩り出すには、魔法は有効な武器だった」

 フィルネの言葉には、憧れに近い感情が混ざっている様に見えた。命まで助けてくれた相手だ、そうも思うだろう。

「それで、結局事件は解決したんですか?」

「そりゃ勿論、森が無事なままなのはそう言うことさ。魔法使いに関しては、獣を狩り終わってからすぐにどこかへ行っちゃったけどね。助けて貰ったお礼に、プレゼントとかも用意してたんだけど……」

 少し悲しそうな表情を見せるフィルネ。別れの言葉も言えなかったに違い無い。それくらい急いで魔法使いは去っていたのだろう。

「何はともあれ、村が魔法使いのおかげで救われたってことか。僕が魔法を使って見せた時、好意的に見られたのはその関係かな」

「そうだねえ。その事件のおかげで、魔法使いに感謝の念を抱いている村人は多いはずさ」

 フィルネもその一人。事件の話をするフィルネは、少し楽しそうであった。

「良く分かったよ。話してくれてありがとう、宿代を多めに払うべきなのかな」

「いいって、そんなの。ちょっと自分の趣向が混じっちゃったからさ。それより、仕事を始めるのは明日からなんでしょ? 上手く行ったり、説明し易い状況になったら教えてくれると嬉しいわ。まだ、正直興味があるし」

「わかった。明日の朝から始めるつもりだから、起きてこないなら起こして欲しいんだけど」

「わかりました、お客様。それでは御ゆるりと」

 最後に宿の主人としての顔を見せたフィルネは、そのまま食器の片付けを再開した。クルトも宿の二階にある、借りた部屋へと向かう。

 夕飯にはまだ時間があるが、部屋で少しゆっくりすればすぐにそうなるだろう。フィルネの話を聞いておいて良かったと思う。良い暇つぶしになった。何より、今回の仕事に関わる大きな情報源になったのだから。

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