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三兄弟の事件簿~この恋はミステリー~ 作者:愛田美月
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第八章 先輩のお誘い

 先輩のお祖父さんと対面したあと、空と海は部屋に戻ったので、ミステリー会の参加者とはまだ顔を合わせていなかった。
 招待状には、参加者は夕方の六時に大食堂へ集まるようにと記されていた。
 六時まではまだ、一時間半以上ある。暇を持て余して、海がトランプを取りだした。良い場所がなかったので、ベッドの上にカードを広げている。ババ抜きから始まって、今は七並べをしているが、少々ダレ気味だ。
「あー、つまらんっ!」
 海が突然持っていたカードを放り投げた。
 カードが空中を舞って、ひらひらとベッドや床に落ちる。
「あーっ! おっまえ、負けそうだったからって、放りだすなよ」
 海と同じようにベッドに座っていた空が、ベッドの上で膝立ちになって吠える。
 海は、拗ねたように唇を尖らせている。
「どうせ、俺が負けやって。もうパス四回使ってるしー。空、スペードの六止めてるんやもん。俺、どう頑張っても勝たれへんしー」
「だからって、途中で投げ出すんじゃねぇっつうの」
 空は再度ベッドに尻をつけ、鼻息も荒く抗議しながら、二人の間に並べていたトランプを集めた。海もベッドを下りて、自分が放りだしたカードを拾う。
 そこで、ドアがノックされる音が部屋に響いた。
 空は顔を上げ、海と視線を合わせた。
 海が拾ったカードを空に渡しドアに向かう。
「あ、先輩」
 と、いう海の声が聞こえ、せっかく集め終わったトランプが手から滑り落ちた。足の上に落下したトランプが、慌てて立ち上がったことで、更に散らばることになった。
「先輩、どうしたんですか?」
 空がドアを押さえている海の後ろから顔を出すと、千鶴が麗しい笑顔を空に向けた。空はそれだけで、至福を感じる。
「お夕飯まで時間がありますから、お散歩でもどうかと思いまして、お誘いにきましたの」
 先輩自ら、散歩に誘ってくれるなんて! 感激のあまり声を発することができない。
空は、こっそりと海のシャツを掴んで引っ張った。
 何やねんというように、斜め後ろに立つ空の顔を見やり、今度は納得の表情を浮かべて、海は千鶴に視線を戻した。
「もちろん行きますよ。な、空」
「はい、絶対行きます」
 反射的に答えたせいか、随分気合十分な声になった。何故だか、胸の前で拳を握る空を見て、千鶴は笑みを深くした。



 外に出ると、微かに土や草木の匂いに混じって、海の匂いがした。
 夏よりも随分日が暮れるのが早くなったとはいえ、夕方の四時過ぎではまだ暗くはならない。
 木々の合間から見える空には、うろこ雲が浮かんでおり、夕陽に赤く染まり始めている。
 三人は、邸の裏手に伸びた、木々の合間の小道を進んでいた。
「お屋敷の裏を少し歩くと湖がありますの。すごく良い景色なので、ぜひご覧いただきたいのですわ」
 嬉々として語る千鶴は可愛い。
 軽やかな足取り。ふわふわと揺れるスカート。足元がリボンのついたかかとの低いパンプスだったので、靴ずれしないか心配になった。まあ、そんなに遠くないから大丈夫か。いざとなったら、背負って帰ってもいいし。うわー、先輩を背負うなんて。そんなことになったらどうしよう。などと、空の妄想は膨らんだ。
 妄想をしながらも、会話は続いている。主に会話しているのは、空と千鶴で、海は時折相槌を打つだけだ。
「光さん、大丈夫でしょうか」
 不意に、千鶴が心配そうに呟いた。光も散歩に誘ったのだが、疲れたからと断りを入れたのだ。先輩の誘いを断りやがって。とも思うが、光が来なかったことに少し安堵した自分がいた。
 光は女性にもてる。あんなに愛想のない奴なのに、学校には密かにファンクラブがあるという噂まである。光を心配している千鶴を見ていたら、先輩は光のことを……。などと、邪推を始めてしまう。もしかして、それを見抜いて、光は一緒に来なかったのだろうか。
 そこまで考えて、空はすぐに否定する。別荘へ来るまでも随分と歩いたし、足の悪い光には過ぎた運動だっただろう。それに、千鶴の前では、杖をついて歩けないと言っていた。きっと光が来なかったのは、そんな理由だ。俺の事とは関係ないはず。と、心の中で自分に言い聞かせる。
「きちんとお休みになっていらっしゃるといいのですが」
 千鶴がなおも心配するので、空の中に嫉妬が湧きあがった。一瞬渋面を作りそうになって、空は慌てて笑顔を取り繕う。
 先輩はただ優しいだけで、他意は無いんだ、きっと。別に光を好きとかそんなことあるわけない……よな?
「大丈夫ですよ。そんな心配するほど、あいつ柔じゃないです。ていうか、先輩あいつの事心配しすぎだと思いますけど?」
 最後の台詞は嫉妬心から、うっかり漏れたものだった。どことなく拗ねた口調にもなっていて、空は内心慌てた。
 千鶴は、少し目を瞠って。そうでしょうか。と呟いた。
 視線を前方へ移したので、空は何かを考えるような千鶴の横顔を見ることになった。
「そう、ですわね。私、光さんにお会いするのは、数年ぶりだったものですから。昔の、お小さい頃の光さんの印象が強いのかもしれません」
 今度は空が目を瞠る番だった。
 光とはずっと親交があった訳ではなかったのか。光さんなんて親しげに呼んでいるから、勘違いしていた。
 何だ、よかった。と、思い、空は内心苦笑した。
「光が小さい時って、どん位の時ですか?」
 海の声が聞こえて、空は我に返った。
 そういや、海も居たんだっけ。
 千鶴は、そうですねぇと考えるようにし、海に目を向けた。
「最後にお見かけしたのは、小学校の低学年くらいでしょうか」
「そんな前なんですか」
 思わず声を上げた空に、千鶴は頷いて見せた。
「はい。あの頃の光さんは大人しくて、とても小さくて、華奢でいらしたし。触ったら壊れてしまいそうなくらい儚げに見えました。お身体が弱いと窺っていましたし、ついつい姉のように心配してしまうのですわ」
 でも、光さんにしてみれば、迷惑な話かもしれませんわね。と、千鶴は苦笑する。
「迷惑なんて、ありえませんよ。先輩って優しいですね」
 などと言いつつ、千鶴の姉という言葉を聞いて、よっしゃ光は先輩の守備範囲外だ。と、内心ガッツポーズを決めた空であった。

「あれが、湖ですわ」
 もう数歩行くと、森の切れ間に出る。そこに、千鶴の言う湖があった。
 木々に間から、切れ間へと足を踏み出すと、木々に遮られていた茜色の空が広がったように感じた。
 空も海も思わず感嘆の声を上げる。
 まるで一服の絵のようだった。
 一気に日本から、ヨーロッパのどこかの国に迷い込んだような錯覚すら憶える。
 夕陽を反射して、湖面がきらきらと輝いている。広い水面は、凪いでいる。湖に白鳥でも浮いていたら、完璧だっただろうと空は思う。
「めっちゃいい景色やなぁ」
 海が呟く。空は頷いた。
「やっぱり何度見ても、素晴らしいですわね。私、この別荘にくると必ずここへ来ますの。食堂に、この湖を描いた絵が飾られていますので、ぜひそちらもご覧になってくださいね」
「はい。絶対見ます!」
 食い気味で答えた空に、千鶴は柔らかく笑って答えた。
「夕やけの景色も綺麗ですが、日中の青空の下の湖もとても綺麗なのですわ。お時間があれば、日中にもう一度きませんか?」
「はい! ぜひ」
 その時は、ぜひ先輩と二人きりで! と、言う言葉は飲み込んだ空である。
 先輩と二人、湖デートを妄想する空の横で、湖の景色を堪能していた海が、遠慮がちに声を上げた。
「あの、先輩」
「何でしょう?」
 柔らかな問いかけに、海はもう一度あの、と続けたあと、少しだけ言い淀んだ。どうしたのでしょう? というような顔で、千鶴に見つめられ、空の頬が上気する。仕方がないので、熱い顔のまま首を傾げて見せる。
「花があるんですけど、ここで何かあったんですか?」
 軽く眉を寄せている海に、空は訝しげな顔をした。
「何かってなんだよ。花くらい、咲いてるだろうよ。森の中なんだからさ」
「いや、よう見てみいや。あそこ、あの花って供えられたもんちゃうか」
 海が顎をしゃくった方を見ると、湖の傍に一輪の菊の花が置いてあった。黄色い大輪の菊花は、艶やかに咲き誇っているが、一輪だけでその身を横たえている姿は物寂しげに感じる。
 確かに誰かが花を供えたのだろうと思える光景であった。
 水辺に添えられた花とくれば、大抵の人が連想するのは水難事故だろう。
「たまにああやって、お花が供えられているのですが、誰に聞いても理由を教えてもらえないのですわ。私、勝手にこの湖の神様にお供えしているのかと思っておりましたわ」
 菊の花なのに? と、空は思ったが口にはしなかった。
「おじい様と初めてこの別荘へ来た時に、折り紙で銀の斧と金の斧を作って、湖に沈めようとしたことがありましたの」
 ああ、そういえば湖に斧を落とすというような童話があったっけ。と、空は思いだす。だが、金の斧と銀の斧は落とすのではなく、神様が持って出てくるのではなかったかと、思うが突っ込めない空であった。
「そうしたら、落とす前に茂山さんに見つかって、こっぴどく叱られてしまいました」
 照れくさそうに話す千鶴を前に、空は思う。ああ、先輩は小さいときから可愛かったんだなと。

 二人の横で、海は、デレデレと相好を崩す空から、先輩に視線を移した。
 先輩は空のやに下がった顔に、普通に笑いかけている。先輩の中では、デレデレした表情が、空の顔と認識されてんねんやろうなぁ。と、他人事ながら空が哀れになる海であった。
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