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三兄弟の事件簿~この恋はミステリー~ 作者:愛田美月
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第六章 舞台は館

 館の中へ入ると、一番に赤い絨毯の敷かれた階段が目に入った。少しカーブした手すりの側面には模様が刻まれており、なんとも高級感がある。
 階上には、いくつかの部屋のドアが見える。玄関を入ってすぐのこの広間に相応しい、大きなシャンデリアが存在感を放っていた。
 まるでホテルのロビーみたいだ。
 空は口をあんぐりと開けて、入口の前に突っ立ってしまった。
「空さん。どうかされました?」
 尋ねられて、空は我に返った。自分には不似合いなこの場所が、彼女にはよく似合う事に、少し焦燥を覚える。
「えっと、すっごいなぁと思って」
「気にいっていただけました?」
 無邪気に問いかけてくる千鶴には、空の複雑な気持ちなど分からないだろう。
 空は無理やり笑顔を作って頷いた。
「お嬢様。お待ちしておりました」
 奥の廊下から姿を見せたのは、初老の男性だった。かっちりとしたスーツに身を包んだ姿は、品がある。
 お嬢様と呼びかけられたのは、千鶴に他ならない。
「まぁ、茂山さん。お久しぶりです」
 千鶴が嬉しそうな声を上げる。
「祖父の第一秘書をなさっていた茂山さんです。今は祖父の身の周りの御世話をしてくださっていますの。茂山さん。この方達が私のパートナーですわ」
 千鶴は茂山と呼ばれた男に、空達を紹介した。
「始めまして。茂山と申します。何かお困り事がございましたら、どうぞ私におっしゃってください」
 初老の紳士は、丁寧に挨拶を終えると、千鶴に少しからかう表情を向ける。
「それにしても、お嬢様も隅におけませんな。てっきり同性のお友達をお連れになるのかと思っていましたよ」
「まあ、私だって。異性のお友達くらいできましてよ」
 少しだけ頬を膨らませて、千鶴が文句を言う。空の後ろに立っていた海が、少し吹いて、慌てて口元を押さえた。光が場をわきまえろというように、海の脇腹を肘で小突く。幸い、海が千鶴の物言いに笑いそうになった事に、当人も茂山も気づかなかったようだ。
 しかし、茂山は別の事に気付いたようだった。
「失礼ですが、あなたは、やはり春名様の……」
「ええ。茂山さんとも何度かお会いしています」
 光が応じる。茂山はそれに頷くに留めた。
「会長がお嬢さまのご友人にお会いしたいと申しております。後でお時間いただけますか」
 丁寧に尋ねられれば、否応無しである。
 千鶴のお祖父さんに会うのだと思うと、緊張で顔が強張ってくる。空は、緊張を解すために、ゆっくりと大きく呼吸した。
 茂山が屋敷の奥から出てきた理由は、挨拶のためだけではなく、空達が泊まる部屋の鍵を渡すためでもあったようだ。
 部屋への案内もしてくれようとしたが、千鶴が、自分が案内すると申し出たため、茂山はその場を辞した。空達はまた四人になった。
 ふかふかした赤い絨毯を踏みしめながら階段を上り、左右に広がる廊下に出る。
 千鶴は右へと歩きだし、三人は、そのあとを追う。
 廊下は行き止まりではなく、さらに左へ折れているようだ。
「この洋館は、四角形のような形で、中庭が二階のどの部屋からも見える造りになっているんです」
 千鶴がそう説明した。
「一階の、玄関を入って左手は祖父の寝室や書斎などがありまして、滞在中は祖父の許しもなく入ることは身内でも禁じられていますの。自由に出入りできるのは、茂山さんと、秘書の祐一さんくらいです」
 空達は千鶴の話を聞きながら、廊下の角を曲がる。廊下はまっすぐ伸び、今度も左に折れていた。右手の壁にはいくつかの窓がある。窓辺に寄れば、先ほど見た噴水が見下ろせそうだ。廊下の左側には、ドアが三つ並んでいるのが見て取れた。
「玄関を入って右側は、大広間兼食堂と、遊戯室があります。お客様用のお部屋は二階の右手に三室。後ろ側に二室あります」
「後ろ側?」
 訝しげな声を上げたのは、光だった。千鶴は、軽く振り返って、光に向かって微笑む。空はそれに少しむっとしてしまった。心が狭いと自分でも思う。
「この屋敷は中庭を囲むように建てられていますから、この廊下をずっと進むと、先ほどの階段にでます。つまり一周できるのです。私たちは玄関からみて、奥を後ろ側と呼んでいるのですわ」
「じゃあ、玄関から見える部屋は、前側の部屋って呼ぶんですか?」
 空が声をかける。千鶴の視線が空に向けられ、空は胸を高鳴らせた。
「ええ。あちらの二室は前側と呼んでいます。さあ、こちらですわ」
 千鶴は左側に並んだドアの内、一番奥の部屋のドアの前で立ち止まる。昔のホテルの様なプレートのついた鍵を鍵穴へ差し込んで回した。解錠されたドアを開けて、千鶴は脇に避けた。
 空を先頭に室内に入る。
 部屋の中は高級ホテルを思わせた。室内は深い緑色を基調としている。さほど広くはないが、落ち着いた雰囲気。家具や調度品のどれも高価そうだ。置かれた花瓶はもちろん、壁に掛けられた絵画にも指一本触れない方がよさそうだと空は思う。壊したって弁償などできっこない。
 部屋には、風呂もトイレも完備されていることを千鶴が教えてくれる。
「ところで先輩。ベッド、二つしかありませんけど」
 海が右手を軽く上げて、発言する。
 千鶴が眉尻を下げる。
「申し訳ありません。本当でしたら、お一人に一部屋と考えておりましたが、思ったより人数が増えてしまって。空さんと、海さんは同じお部屋をお使いいただいて、光さんだけ隣のお部屋をお使いいただくようにと、祖父が申しまして」
 千鶴はより一層申し訳なさそうに、俯いた。
 別に一人部屋だろうが、二人部屋だろうが空は気にしない。千鶴がこれほど申し訳なさそうに振る舞うのは、彼女の祖父が光を名指しで一人部屋にすると決めたからなのだろうかと空は思う。
「あの、気にしないでください。こんな広い部屋に俺一人じゃ寂しいし」
「そうですよ、先輩。俺ら別に気にしません」
 海も口を添える。光は口を閉ざしたまま、千鶴に近づき手を差し出した。
「部屋の鍵、いただけますか? 造りはこの部屋と同じですよね。あとは自分でできますから。先輩も色々と準備なさることがおありでしょう?」
 暗に、さっさと鍵を渡して部屋を出て行けと言っているのだが、千鶴は光に気遣われたと思ったらしい。柔らかい笑みを浮かべる。
「まあ、光さん。ありがとうございます。では、鍵を。私は一度ここで失礼いたしますわね。では、また後ほど。お夕食前に、祖父から呼び出しがあるかと思いますが、緊張なさらないでくださいね。では」
 丁寧にお辞儀をして、千鶴は部屋を後にした。

「はぁ。なんや、ホンマに色々と時代錯誤な人やなぁ」
 感心しているのか、馬鹿にしているのか今一つ掴めない事を海は口にする。
「そこがいいんだよ。なんか、お嬢様って感じで」
 やにさがる空に、海は苦笑を浮かべた。
「疲れた」
 光が肩にかけていた鞄を床に下ろし、手近にあったベッドの一つに腰かけた。
「あ、足大丈夫だったか? おまえ、杖ついて歩けばよかったのに」
 不意に、光の足が悪かったことを思いだした。彼女のことに現を抜かしてばかりはいられない。
「先輩の前で、杖をついて歩けない」
「何じゃそりゃ」
 思わず、空は声を上げた。海も首を傾げている。もしかして、こいつも先輩に気があるんじゃ。などと邪推を始めたところで、光は視線を落として溜息を吐いた。
「一条家は春名の家と、それなりに親交があるからな」
「よう分からんけど、杖ついて歩くとなんかまずいんか?」
 海が思案げに問いかける。光は顔を上げない。
「何か、意味分かんねぇけど。見栄張ってもしょうがないじゃん」
 光は溜息を吐くと、顔を上げて空を真っすぐ見つめた。
「僕も空みたいに単純だったらな」
 真顔で言われ、むっとする。
「嫌味か」
「違う、羨ましいんだよ」
 珍しく自嘲気味に口の端を持ち上げた光を見て、二人は顔を見合わせた。
 空は、何か声をかけた方がよいかと考えたが、口を開いたのは光の方が早かった。
「そんなことより。この後、先輩のお祖父さんと会うだろ」
 空と海は、急に話が変わったことに面食らいながらも頷く。
「先に忠告しておく。びっくりすると思うけど、絶対に先輩のお祖父さんの前で、取り乱さないように」
 光は鞄を持って立ちあがり、ドアに向かう。
「どこ行くんだよ」
 空が呼びとめると、光はドアノブに手をかけて、振り返った。
「隣の部屋。荷物片付けてくる。お前らも、さっさと片付けろ」
 そう言って、光は部屋を出て行った。
 空は海に首を捻って見せる。
「何だ、あれ」
「さあ。びっくりって、なんやろうな。光はいっつも肝心なことを言わへん」
 まったくだ。と、空は頷いた。

 まずは、二つあるベッドの内どちらを使うか決めた。じゃんけんで勝った空がドアに近い方のベッドを選んだ。必然的に部屋の奥側のベッドを使うことになった海が、ベッドの脇に鞄を置いて、窓の方へ寄った。
「中庭、どんな感じ?」
 空はベッドの上で、鞄から取り出した荷物を、広げながら問うた。
 海は窓の外を見たまま答える。
「んー。なんや、鬱蒼としてる感じ」
「は?」
 空は、物を散らかしたままベッドから下りて、海の傍らから外を覗きこむ。
「確かに」
 先ほど見た、噴水周りの花壇と違い、中庭は鬱蒼という表現がぴったりだった。長年手入れされていないのか、東屋は朽ち果てているように見えるし、周りは雑草だらけで、地面が見えない。
「放置し放題って感じやな。せっかくの中庭やのに、もったいない」
「部屋の中とか綺麗に掃除されてるのにな。何で中庭だけこんなんなんだろう」
 空は首を傾げた。海は顎を親指と人さし指で摘まむようにしながら言った。
「んー。もしかして、これもミステリー会の演出やったりするんかな。実はここに死体が埋まってますー。みたいな感じで」
「えー。怖い、それヤダ」
 空は自身の腕をさする。
「ヤダって、お前は駄々っ子か」
 海はきっちり、ツッコミを入れた。
「そんなことより、お前らいつになったら荷物を片づけるんだ?」
 背後から聞こえた冷たい声に、空と海はゆっくりと振り返る。
 そこには、冷えた眼差しでベッドに視線を向けている光が立っていた。
「ノ、ノックくらいしろよ」
 驚きつつ批判の声を上げた空を、眼鏡の奥の瞳が見据えた。
「したよ。返事がないから入ってきた。それより、さっさと片付けろ。先輩が部屋に来たらどうするんだ」
 空は、そりゃまずいと慌てて、散らかした荷物を片づけ始めた。
「うーん。空に何かさせるときは、一条先輩の名前を使うのが有効やな」
 海は空の様子を眺めながら、壁に背を持たせかけて、腕を組んだ。

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