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三兄弟の事件簿~この恋はミステリー~ 作者:愛田美月
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第四章 暗号の答えは?

 どうしてこんなことになったのだろう。
 こんなつもりではなかった。
「あいつが悪いんだよ。今更、自首しようなんていうから」
 仲間の一人が声を荒げた。
「だからって、殺すなんて」
 別の仲間が、反論した人物を諭すように告げた。
「事故に見えるさ。あいつは弱すぎたんだよ。あいつが死んでくれたおかげで俺達はアリバイを作れたようなもんだ。あいつには感謝しないとな」
「ああ。そうだ。仕方ねぇよなぁ。せっかく大金が手に入ったんだ。これをみすみす放り出すなんて馬鹿げてる。あいつは馬鹿だったってことだ。今更、引き返せやしない。裏切る奴がいたら、俺が殺す。誰にも言うなよ」
 脅すような口調に、肩をすくめた。
 もう、後戻りはできない。
 服が汚れるのも構わず地面に膝をつき、じっと見つめていた死体から目を逸らした。
 もう、後戻りなんて、できないのだ。



 通報があったのは、今朝の五時過ぎだった。第一発見者は近所に住むサラリーマンで、毎朝この時間、通勤のため、現場となった路地を通っているそうだ。
 男性が発見したのは、建物の屋上から落ちたと思われる、男の遺体だった。
「うーわー、痛そうだな」
 警察関係者が立ち働く喧騒の中。寝むそうな目で、遺体を見た私市の第一声がそれだった。端正な顔を歪めて、遺体を眺めている。いつもよりも早い時間に、電話で叩き起こされたからなのか。髪には寝癖がついていた。
 私市の頭を、傍らにいた虻が叩いた。二十六歳の私市とは親子程、とまではいかないが、それなりの年齢差があるように見える。背は低いが、がっしりとした体躯の持ち主だ。年中日焼けしたような浅黒い肌をしており、私市は以前『日焼けサロンにでも行っているのですか』と聞いて、先ほどと同じように頭を叩かれた事がある。
「おまえは何でそう、毎回、気の抜けるような言葉を吐くんだ。ちったぁ、ましな感想が言えねぇのか」
 ドスのきいた声で、虻が吐き捨てる。私市は頭を掻いた。
「ましな感想と言われましてもねぇ」
 ただでさえ寝癖がついていた髪が、さらに乱れた。気の抜けるような返答に、凶悪な視線が返ってくる。大抵の人を委縮させる虻の一睨みも、残念ながら私市には効果がなかった。
 うつ伏せに倒れている遺体を頭から足に向かって観察していく。骨折したと一目で分かる足。履いている黒い革靴のかかと部分に、新しく出来たと思われる何かに擦ったような疵があった。
「私市さん」
 名を呼ばれて振り返ると、新人刑事の河合が、後ろに立っていた。出来るだけ遺体から目を逸らすようにしている。
「やっぱり、自殺ですかねぇ」
 私市は、質問に答えず、河合の頭を右手で鷲掴みにすると、顔を無理やり遺体の方へ向けさせた。
「ちゃんと見ろよ、河合巡査。仕事だ」
 仕事を強調して、意地の悪い笑みを浮かべる。
「うへぇ」
 遺体をおもいっきり視界に入れる羽目に陥った河合が、情けない声をだす。遺体の状態がそんな声を上げさせるようなものだったのだ。虻が河合の肩に腕を乗せる。河合が逃げ出さないように押さえたのである。
「で、遺書はあったのか」
 虻は低く掠れた声で、河合に問いかける。河合は青白い顔を歪めた。必死で平静を装おうとしたのだろうが、明らかに失敗である。
「今のところ、見つかってないっす」
「ほう、じゃあ、なんで自殺だと思ったんだ? よう、河合のぼっちゃんよ」
 横で虻に絡まれている河合を放置して、私市は同僚の寺坂に話しかけた。
「寺坂さん。身元分かるものありましたか」
 寺坂は温和な顔を、私市に向ける。一見して、刑事には見えない。中肉中背、どこにでもいるサラリーマンといった雰囲気。とても強行班係に所属しているようには見えない容姿である。保父さんだって言われた方がしっくりくるな、とは、私市が始めて寺坂と対面した時の感想である。
「ああ、免許証と、名刺があった。不破孝造、四十歳。職業はフリーライターらしいな」
「フリーのライターですか」
 私市は、相槌を打ちながら、遺体に目を向けた。着ている服は、ジャケットもよれよれで、血に染まっていなくても決して上質な品ではないと分かる。金銭的な余裕があったようには思えなかった。
「あと、変なモノが二つ」
 つけたされた言葉に、遺体から寺坂へと視線を戻す。
「変なモノとは?」
「古い新聞記事の切り抜きが二枚ポケットに入っていた。日付もないから、あとで調べんといかんな。ところで私市。電話鳴ってないか」
 寺坂に指摘され、気づく。確かに背広の内ポケットが震えている。
 寺坂に断りをいれ、現場にいる同僚達の邪魔にならないように、電柱の脇に立つ。
 相手を確認してから、携帯電話を耳にあてた。
「おはようございます、姉さん。今日はお早いお目覚めで。今仕事中なので切ります」
 冗談である。本当に通話を切ったりすれば後が怖い。姉の性格を、私市は嫌というほど知っている。
『さーとーるー。私、今不機嫌なの。分かるわね』
「はい、姉さん。すみません」
 謝罪は条件反射だ。
 姉の芽衣子は幼い頃から美人だったが、傲岸不遜を絵に描いたような人だった。綺麗なバラには棘があるというが、姉の場合は棘ではなく毒だと私市は思っている。
『単刀直入に言うわね。悟、有給とりなさい』
「は?」
 いきなり何を言い出すのかと、私市は思った。
『大叔父さまから、招待状が届いたのよ。ミステリー会ですって。また、妙な事を思いついて。面倒臭いったら。悟、行ってきてちょうだい』
「大叔父様って、あの、一条の大叔父さま? 呼ばれたのは姉さんでしょう。今抱えている案件もあるし、無理ですよ」
 芽衣子は電話の向こうで鼻を鳴らした。
『呼ばれているのは私だけじゃなくて悟もなの。とりあえず、どっちかが行けば面目は保てるんだから、あんたが行ってきて。どうせ、有給だっていっぱい余っているんでしょう』
「だから、無理ですって、有給なんてとれる訳ないじゃないですか」
 面倒なことになったと私市は思った。口で姉に勝てたことがない。
『大丈夫よ。私を誰だと思っているの? もう手をまわしてあるわ。あっさり有給とれるようにしといたから。署に帰ったら、さっそく有給の申請だすのよ。もし、行かなかったりしたらどうなるか、分かっているわね』
 芽衣子は日程を告げると、私市が何を言うのも聞かずに、一方的に通話を切ってしまった。
 私市は途方に暮れたように、携帯電話を見つめるしかなかった。



 署に帰ると、姉に言われた通り、駄目もとで、有給を申請した。有給はとれないだろうという私市の思惑は外れ、苦虫を噛み潰したような顔をして、上司が受理してくれた。
 あっさり受理されたことを、不思議に思って上司に聞くと「上からのお達しだ。おまえが有給申請してきたら、受理しろってな。おまえ、一体どんなコネ持ってるんだ」という返答が来る。
 私市の方こそ聞きたい。
 姉さん、あなた一体何をしたんですかと。



 本日お手伝いさんがだしてくれたのは、アイスミルクティーと、バームクーヘンだった。
 空が、一条千鶴から問題用紙を貰った翌日の事である。
「で、おまえらは何でわざわざうちに来て、問題を解いてるんだ」
 光は、テーブルに頬杖をつき、同じくテーブルを囲む二人に目をやる。授業を終えたあと、家に押しかけられたのだ。
 空と海は、問題の書かれた用紙とノートを机に広げ、あーでもない、こうでもないと言っていた口を閉ざす。そして、二人揃って、光に視線を向けた。
「光が答え教えてくれないからだろ。今日教えてくれるって言ったのにさぁ」
 空が文句を言う。光は目を細めた。
「あのな、一つくらい自分で解こうと思わないのか」
「あー、無理、無理」
 空は顔の前で、片手を横に振りつつ、あっけらかんと告げた。光は溜息を零す。
「なあ、光。ヒントくらいくれてもいいやん」
「どれの?」
 光がやっと興味を示したので、海は『問い一』を指差した。
「そこで躓いてるのか」
 光が呆れ声を出すと、空が剥れた。
「うるさいなー。二人で色々考えはしたんだよ。でも、この言葉に共通点はないし、ローマ字にしてみたりもしたけど、さっぱり。な、海」
「おう。合格って言葉がなんかキーになってるような気はするんやけどなぁ」
 海がぼやく。
『問い一』の問題はこうだ。

『この中で合格していないものを一つあげろ。

・木 ・草 ・今日 ・明日 ・班 ・法 ・盤 ・肺 ・口 ・芯 』

 光はそうだなと小さく呟いた。
 そして、問い一の問題の周りを、人差し指で、丸く円を描くようになぞる。
「これ全部、ひらがなにしてみろ」
 偉そうな物言いだったが、それはいつものことなので、空が代表してノートに全てひらがなで書き写す。
 作業が終わったあと、光はもう一つヒントをだした。
「問題の部分を、口に出して読んでみろ。区切るところを変えて読んでいけば、何かにひっかかると思う」
 光は、それだけ言って、アイスミルクティーの入ったコップを手にした。ストローを使ってミルクティーを飲んでいる間に、海が光の言った通り、問題文を読んでいる。
「えっと。このなかでごうかくしていないものをひとつあげろ。この、なかで、ごうかく、して、いない、ものを、ひとつ、あげろ」
 空も、続いて声をあげる。
「このなかでご、うかくしていないものを、ひとつあげろ」
 空は首を捻ってから、続けた。
「この、なかで、ごう、かくし、て、いないもの、をひとつあげろ」
「あっ!」
 いきなり、海が声を上げた。びっくりして、目を見開いた空に、海が興奮したように右手を胸の位置にあげて、上下させた。その動きは、どこか関西のオバサンを彷彿とさせる。
「分かったかも、分かったかも。なあ、空。今のもっかい言ってや」
「ええ? えっと。どう言ったっけ?」
 空の言葉に、光は馬鹿にしたように溜息をつき、海はずっこけた。海は態勢を立て直しつつ、咳払いをする。
「ほんなら、俺が言うな。さっきとちゃうかもしれんけど。いくで。このなかで、ごう、かくしていない、ものを、ひとつあげろ」
 『ごう』の所をやけに強調するように海は言った。光が少しだけ、口の端を上げる。空も海もそのことには気づかなかった。
「ごうかくしていない、ごう、かくしていない。ごう隠していない! どうや、これ」
「それだ!」
 空は、嬉しそうに声を上げる。しかし、すぐに肩を落とした。
「でも、ごう隠していないってどういう意味?」
 海はじれったそうに、体を動かした。
「ああ、もう。やからな。言い換えれば『ごう』って言葉を隠している単語がいっぱいあってやな、えっと、つまり『ごう』を隠しているやつは、『ごう』をつければ別の言葉になるんや。問題は、『ごう』隠していないものを一つやから、『ごう』をつけて、別の言葉になるやつは、除外される……ちゅうことやんな、光」
 光は、ポーカーフェイスを保ったまま、無言を貫く。あくまでも、二人に考えさせようというのだろう。光のこういうところが、空はじれったい。分かっているのなら、さっさと教えてくれればいいのに。と、いつも思う。
「んーだとすると『き』に『ごう』をつけたら……あ、記号か!」
「そうや、で、次……あれ? 『くさごう』って言葉あったっけ」
「それに、『あしたごう』も、『くちごう』もねぇよ」
 海と空は二人して首を捻る。答えは一つのはずなのに、仲間はずれが三つも出てきてしまった。
「あれー? 良い線いったと思ってんけど、ちゃうかったんかな」
「うーん。そうかも」
 落胆する二人を見た光は、どことなく苛立った雰囲気を醸し出した。
「くさ以外にも、他に読み方があるだろう!」
 強い口調で言われ、空と海は光を見る。
 光はそれ以上何も言う気がないらしい。不機嫌さが伝わってきて、二人は『くさ』の別の読み方を考えた。
「草の、くさ、以外の読み方は、えっと『そう』とか?」
 空の言葉に、海はそれやと、声を上げた。
「そうや、そう。『そう』に『ごう』を足すと」
「そうごう!」
 海と空の声が、異口同音に部屋に響く。
「って、ことはやで、この調子でいくと……」
 二人は、一つの答えを導きだした。
「口は、『こう』とも読むから、『こうごう』やろ。ってことは」
「答えは『明日』だ!」
 空と海はおそるおそるといった態で、光を見る。光の表情が少しだけ緩んでいるのを見て、二人はそれが正解だろうと踏んだ。
「よっしゃ、次、次。光、ヒント」
 答えを問題用紙に書き込んで、空は光にヒントを要求する。
「まだヒントがいるのか」
「あたりまえじゃん」
 空は胸をはった。こうなれば、やけだ。プライドもへったくれもあるものか。と、開きなおった態度である。
 光は空に、冷たい一瞥をくれて、問題用紙に目を落とした。
「しょうがないな。じゃあ、ヒント。『くのいち』って、何をさす言葉か知ってるか?」
 尋ねられて、空は首を傾げた。海が手を上げる。
「はーい。あれやろ、女の忍者を『くのいち』って言うんやろ」
 海の答えに、光は首肯した。
「そう、で、なんで『くのいち』っていうのか知ってるか?」
「えっと、あれや。『く』と『ノ』と『一』を足すと『女』って漢字になるから、やったっけ」
「そう、諸説ある中の一つだけどな。まあ、今回はそれがヒント」
 空と海は顔を見合わせる。そして、改めて問題の暗号を読む。
『日寺門日は、くノ一より人云える。合言草世木は田力の子だ』
 くノ一が女だとすると『日寺門日は、女より人云える。合言草世木は田力の子だ』だろう。
「なあ、海。『合言』とくれば、合言葉って感じじゃね?」
「合言葉か。あ、そうか。草は草カンムリになおして、世と木をたしたら、葉になるわ」
「そうか。じゃあ、日と寺を足したら『時』って漢字にならねぇ?」
「なるなる。ってことは、門日は『間』やな」
 一度分かってしまえば、簡単に答えがでた。
「答えは『時間は女より伝える。合言葉は男の子だ』だ」
 どうだ、と言わんばかりに、二人は光を見る。光は仕方ないというように、頷いた。
 やったーと盛り上がる二人をしばらく見つめたあと、光は最後の問題を指さした。
「じゃあ、これのヒント。同じなら反発し、違えば仲良し。以上」
「はあ?」
「そのヒントがなんや難しいねんけど」
 抗議の声を上げるが、光は意に介さなかった。
 二人は諦めて、問題に視線を落とす。

『問い三
この暗号を解け。

SそっべNNうがSNほSSけしNSこばれNSものNSいだんNNくらいSSいとNSらもてNSいたいN』

 同じなら反発し、違えば仲良し。
 光のヒントは一体何を指すのだろう。
 二人が答えを導き出したのは、光がヒントをだしてから、二時間後のことだった。

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